3 役員決め
さっさと静かになってほしい。
話し合いだとか相談だとか、心底どうでもいい。
誰でもいいでしょ、級長なんて。
「先生、俺やる!」
そう勇んで手を挙げたのは、本日開幕で担任の自己紹介時にクラスに拍手を強要した男子生徒だ。名前は、西脇正樹。
いや、誰でもいいって言ったけど、あいつはだめだ。すべてをその場のノリと勢いでなんとかするクラスになってしまう。
「いや、あんたがやったらクラス崩壊するわ!」
「はぁ〜? そんなんやってみんと分からんやん! はい、ということで俺が級長!」
「あかん、絶対あかん!」
付き合いが長いのか、隣の女子生徒が一歩も引かずに断固反対している。名前は、藤森神奈。金色に見える茶髪、日焼けサロンに行ったのかと思うほどこんがりと焼けた肌、やや酒やけした声という特徴的な女子生徒だ。良くも悪くも目立つ容姿なので、彼女とも小等部では一度も同じクラスではないが、名前と顔は一致する。
すっかりクラスの中心の彼らのやりとりをBGMにして、ぼんやりと外を見る。
中等部の1年生は校舎の2階にある。整備された広いグラウンドとそれを取り囲むように木が植えられている。
あの木はなんと言う木だろう。落葉樹だったら掃除が大変だろうなと、まだ見ぬ用務員に同情した。
「美術係いないか〜?」
ちらりと見ると、各教科ごとの連絡係を決めるようだった。準備室の鍵を開けたり、提出物を集めたり、教師からの連絡をクラスに伝えたりする係だ。
担任の教科担当が数学らしく、数学係に人気が集中している。あとからジャンケンをするとのことで、今はとりあえず全部の係について立候補者を募っているらしい。
まあ、ジャンケンで負けたから次は第二希望のところに立候補者、なんてされたら、元からそこを第一希望にしていた生徒にしたらたまったもんじゃない。まずは全員の第一希望を聞くということだろう。その方がいい。
そして私は、美術係に立候補者がいないのを見て、すぐさま真っ直ぐに手を挙げた。
「お。涼川のほかにはいないかー?」
やりたい委員会もないし、級長と副級長なんて雑務が多そうで面倒くさいものも嫌だ。教科係のうちで、誰も立候補者がいないところに早めに収まる。あとは他の生徒たちが騒がしくしているところを眺めていればいい。
担任がクラスを見渡す。ほどなくして黒板に私の名前が書かれる。書き終わったところで一安心だ。
「夏月ちゃん、放送委員じゃなくていいの?」
「委員会めんどくさい」
「えー、夏月ちゃんの声好きなのになぁ」
「毎日喋ってるでしょ」
「そーじゃなくてぇ〜」
斜め後ろの方から話しかけてくる冬海がまだ文句を言っている。
本人はと言うと、大好きな親戚のお兄さんの担当教科である数学係になりたいらしい。つまり、ジャンケン待ちだ。他の数学係立候補者の生徒の心中は分からないが、単に担当教師の係の方が安全だということなのだろう。
現に、私も美術教師がどんな人か知らない状態で選んでいる。ただ、前期と後期で役員決めをするらしいので、もし変な教師でも半期さえ凌ぐことができれば離れることができる。その頃には教科担当の教師のこともよく分かっているはずだから、選ぶ幅も広がるはずだ。
黒板の右から左まで書かれた委員、係に名前が入り、残るはジャンケン組だけとなった。
ジャンケン組は、級長、副級長、数学係。
「よぉし、勝つぞ〜!」
「じゃあ、まずは級長に手ぇ挙げてくれた人、前出てきて〜」
奇声を上げて盛り上がる男子生徒に、励ます声を飛ばす女子生徒。無駄に机を叩いたり、器用に指笛に吹く生徒もいる。教室のあちこちから椅子を引く音も加わり、私は黒板前に集まった生徒たちを眺めているように見せかけて、その奥にある今日の時間割を見た。
次は道徳か。
「ふわぁ……」
小さく出たあくびを抑えて、出てきた涙を指先で払う。
その時に視線を感じて前を見たが、特に誰とも目は合わなかった。今は皆がジャンケンに注目しているから、視線は気のせいだったのかもしれない。
級長のジャンケンは、最初に立候補者した西脇正樹と、それに断固反対していた藤森神奈。どちらも仲良くなれるタイプではないが、私は藤森を応援している。
頑張れ、藤森。このクラスの安寧のために。
そして運命の対決。
「ぐおおおおおおおっ!」
一回目のジャンケンで、西脇が膝から崩れ落ちた。