1 入学式
春。花粉症には厳しい季節。
私は中学生になった。中等部の制服は糊が効いていてまだ硬い。自分で見ても制服に着られている感じなのだから、入学式に参加している保護者の目にはさぞ滑稽に映ることだろう。
突如、目の前が真っ白になった。何も見えない白い世界が徐々に正常に戻っていくなかで、近くの保護者席からフラッシュがたかれたのだと分かった。うつむく女性と男性が、ひとつの小さなカメラの画面を身を寄せあって覗き込んでいる。男性がカメラを傾けたり、女性が手でそこを覆ったりする。それから、ぱあっと花が咲いたように笑顔になったかと思うと、ふたりして新入生席に手を控えめに振る。
ふたつ前に座っている生徒の頭がそちらに向いて、振り返す指先がちらちらと生徒たちの身体ごしに見えた。そりゃあ眩しいわけだ。
私の両親も保護者席に見つけたが、ここぞとばかりにカメラを向けてきたのですぐに顔を背けた。他人の目があるところだけ家族面してくるところが本当に嫌いだ。
式は順調に進んでいる。
新入生挨拶、在校生挨拶、校長祝辞に来賓祝辞。みな、取ってつけたような挨拶で当たり障りのない内容だ。毎年同じ話をしているのだろうなと思う。だって去年の祝辞とか絶対覚えてないし、そもそも聞いているやつがいるのかさえ怪しい。
それにしても、小等部からの持ち上がりが故に生徒たちの顔ぶれに変化は見えないが、教師陣はがらりと変わっている。がらりと変わることは予想していたが、予想外なのは意外と若そうな教師が多いことだ。小等部の教師なんて定年間際の教師が大半だった。
教員席の若いお兄さんと目が合いそうになって、そっと視線を外した。
長い入学式は何十回も開催されているだけあって、手慣れた厳かな雰囲気だ。出席者が身動ぎひとつすることすら許されないような息苦しさを感じる。
まだ冷え込む体育館は足先から体温を驚くほど急速に奪っていく。もう爪先が冷たすぎて痛いくらいだ。タイツで覆われた爪先を擦り合わせて暖を取る。
もうそろそろ終わるはずだ。
「新入生起立」
パイプ椅子から立ち上がる。
少しも動かないように緊張していたせいで、身体のあちこちが軋んで痛む。ラジオ体操でもしたいくらいに身体がガチガチだ。
外に出たら伸びよう。
大きくため息をついて、腕だけを下へ伸ばす。バレないよう最小限の伸びに抑えて、ふっと脱力する。
「みなさま、新入生に大きな拍手をお送りください」
嬉しそうな顔を貼り付けた人間が360度にいる。
考えただけでも吐きそうな状況だ。この状況を素直に喜べるやつはどれだけいるのだろう。それとも私が変なだけなのか。
とにかく、私のやることはこれまでと変わらない。
あの人を怒らせないこと。
それだけだ。