街の探索、クエストの発生条件
裕子は空欄だらけのマップを見ながら。
「それにしても、ほんとにすっかすかだね。今、私たちがいる位置もよく分からないし。あるのは、このアレクシアの噴水って文字だけ」
詩音もマップを見ながら。
「おそらく、このバカでかい噴水のことだろう。他にも、こういった名前付きのオブジェクトがあるはずだから、手始めにこのエリアを探ってみよう」
「そだね。でもさ、ふと思ったんだけど、このマップってプレイヤー同士で共有することはできるのかな?」
詩音は考え。
「それは分からないな。いっそのこと、二手に分かれて試してみる?」
裕子は詩音の提案に乗って。
「んー、やってみよう! じゃあ、私は東側から行くから、お姉ちゃんは西側からお願いね」
「おけ。終わったらまたここに集合で」
「はーい」
裕子と詩音は、二手に分かれて別行動を開始した。
裕子は東側を、詩音は西側を担当することとなった。が、アレクシアの噴水エリアをくまなく探索しても、重要となりそうなオブジェクトを発見することは出来なかった。
二人が目にしたのは、花壇やベンチ、小さな公園と言った遊具に関するオブジェクトだけだった。しかも、マップの端っこまで行きついた先には、到底超えることが出来ないほどの巨大な壁がそびえ立っていた。だけど、不思議と現実世界と重なる部分がある。
小さな子供連れのNPCがいたのだ。まるで、家族の様に。
通常、プレイヤーの頭上には、キャラクター名が常時表示されているのだが彼らにはそれがなかった。よって、裕子と詩音は直ぐに彼らがNPCだと区別することができた。
NPCを観察していると、現実世界の家庭と同様に公園で子供を遊ばせていたり、追いかけっこをして遊んでいるのを目撃した。また別の場所では、男性のNPCと女性のNPCが手を繋いで歩きながら日常会話をしていたりもした。
裕子は、NPCの様子を見ながら東側のマップを埋めていく過程で北側に大きな通りがあるのを発見し、担当したマップを全て埋め終えると待ち合わせ場所に戻った。
詩音は、NPCの様子が気になってNPCと会話をしながら西側のマップを埋めていく途中で北側に大きな通りがあるのを発見し、担当していたマップを全て埋めると急いで待ち合わせ場所に戻った。
アレクシアの噴水エリアを探索してから数分後、裕子と詩音は再び再会する。
「お姉ちゃん。こっちのマップは全部埋めて来たよ。とりあえずマップの端っこまで行ってみたけど、おっきな壁があって行き止まりだった。でも、北側に大きな通りを見つけたよ。そっちはどうだった?」
「残念ながら私も同じ。このエリアはNPCにとってただの憩いの場所なんだろうな。気になって話しかけてみたけど、クエスト関連に関する情報は得られなかったし」
詩音の言葉に裕子は驚き。
「え? NPCと会話したの?」
「あぁ。フォルトゥナと今こうして会話しているように、NPCでも自然な会話をすることができた。一瞬、NPCだということを忘れてしまった」
「NPCと自然な会話って――」
裕子は言葉を詰まらせ無言になるが、詩音は続けて。
「まるで、一人一人のNPCに人格があるようだった。だとしたら、かなり作り込まれているね。今後は、NPCとの会話が重要になるかもしれない」
裕子はまた無言。
「あと、こっちも北側に大通りをみつけた。街の中心部に行くならそこしかないね。それと、マップ共有できるか試してみよう。大通りに行くのはそれからだね」
無言。
「お互いマップを表示させて、やり方を見つけてみよう」
まだ無言。
「って、フォルトゥナ! 私の話、聞いてる?」
ここでようやく、裕子はハッとして。
「あ、ごめん。お姉ちゃん。考え事してた。で、何だっけ?」
詩音は呆れた顔で。
「だから、マップを共有できるか方法を探そうって言ったの」
「あ、うん。分かった」
二人は人差し指でフリックして、青白いマップをほぼ同時に表示させた。人差し指でマップを動かし、画面をタップし、拡大、縮小してみるものの『マップを共有しますか?』などと言った案内もなければ文字すらも見当たらなかった。が、左上にフォルダーのような形をしたアイコンを詩音が見つけて。
「フォルトゥナ。マップの左上を見て。フォルダーのアイコンらしきものがあるから、ここからインポートできるかも」
「あ、ほんとだ。よく気づいたね。流石だ」
「任せなさい」
二人はフォルダーのアイコンをタップし、今ままで得たマップの情報をインポートさせると新しくマップ用のフォルダーを作成し、その場所に保存した。そのフォルダーからエクスポートをしてみると、『この情報を他のプレイヤーと共有しますか?』という案内メッセージが表示された。
裕子と詩音は、お互いのプレイヤー名を入力してマップの情報を自分のフォルダーに保存させると、先ほどまで空欄だった部分のマップの情報が上書きされてアレクシアの噴水エリアを全て埋め尽くした。
「お姉ちゃん!」
「あぁ。分かってる。これでマップ共有のやり方は分かった。この調子で北側のエリアも探索しよう。さっきと同じやり方でね」
裕子は、何かを思いついた様子で。
「分かった。今度は、私もNPCと会話してみる。さっき、お姉ちゃんの話を聞いてから考えたんだけど、ちょっと確かめてみたいことがあるのよね」
「試したいこと?」
裕子は、手を口に当てると下を向き。
「うん。でもこれは私の推測だから今は何とも言えないけど、もしかしたらってね」
詩音は、裕子が手を口に当てて下を向く動作を見て、現実世界での裕子の姿を思い出していた。この動作は、裕子が物事を深く考えている時に取る仕草である。
裕子はVRMMO歴が一年と短く、まだまだ初心者の域を出ていないレベル。
しかし、断片的な単語や他人から聞いた単語を結び付けて、物事を推測する能力と推理力は長けている。戦闘に於いては詩音の方が圧倒的に上だが、謎解き系のゲームだったら詩音よりも答えを導き出すのが速い。だが、欠点もある。それは、情報収集能力が乏しいこと。
なので、本来であれば裕子一人でクリアできるステージでも、必要な情報を得ることが出来ず失敗に終わることも多々あった。その為、詩音はクリアをするのに必要な情報を収集して裕子にそれを教え、二人で協力し合い高難易度のステージをクリアしてきた。
情報収集能力は、詩音の特技。
推理や推測は、裕子が得意。
だから。
「足りない情報があれば何でも聞いてね。私も、出来る限りの情報を集めておくから」
「わかった! お姉ちゃん! いつもありがとう!」
「どういたしまして。じゃあ、早速北側に行くとしますか」
歩くこと数分。裕子と詩音は、大通りに足を踏み入れると、そこは大勢のプレイヤーで賑わいを見せており、大通りの両端には軒並み並ぶ露店で活気に満ち溢れていた。
大勢の声が入り混じり、誰が喋っているのか、誰と誰が会話をしているのかが全く分らず、NPCと落ち着いて会話をしてみたいと思っていた裕子と詩音にとっては適していない状況だった。
おまけに、この通りは一本道で奥に続く道しか存在せず前に進むしか選択肢はなく、その場で立ち止まりNPCと落ち着いて会話するのは少し厳しい。
なので、この場所でNPCとの会話は一旦諦めて奥へ進むことにした。前に進んでいる間はマップに新しい情報を上書きしながら、徐々に空欄を埋めていく。
裕子と詩音は、人混みをかき分けて上書きされた情報を確認しながら歩き続ける。マップには、アレクシア大通りと表示され、武器、防具、雑貨、アイテム屋の名称も明記されるようになった。
奥に進むにつれて徐々に人数が減っていき、アレクシア大通りを抜けた先には先程とは打って変わり、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
正面には大きな広場があり、看板らしきものを掲げたお店だと思われる建物が軒並み並び、左を見ても右を見ても石畳で造られた地面がはるか遠くまで広がっていた。
「ねえ、お姉ちゃん。あの建物って、多分お店だよね?」
「おそらくな。私も気になるから、近くまで行ってみようか」
たどり着いた先にある建物の看板には、「喫茶店シャトラーゼ」と書かれていた。
お店の入り口には、「本日のおすすめメニュー」の一覧が書かれているメニュースタンドが置かれており、外窓から店内の様子を覗いてみると、数名のNPCが飲食を楽しんでいる光景を目にした。
「うん。普通に食事してるね。NPCなのに」
「だな。プレイヤーならまだしも、NPCだからな。どうする? 入ってみる? 気になることがあるんでしょ?」
裕子は少し考えて。
「んー。入ってみたいけど、今はマップを埋めなきゃだし、今すぐにじゃなくても別にいっかな。だから、そこらへんを歩いているNPCをとっ捕まえて話しかけてみるよ」
「分かった。集合場所は、街の北側にしよっか。今度は範囲が広そうだから、パーティーを組んだ状態でやろう。今、申請出すから」
「はーい。って、パーティー申請? お姉ちゃん、いつの間にそんな項目見つけたの? てか、どこにあった?」
と、その時だった。
裕子の視線の先に、「ミストレルからパーティー申請が届きました」との鈴の音とともに案内メッセージが表示された。
「あ。申請きた」
詩音は、青白いパネルを操作しながら。
「キャラクター情報にあったよ。このゲームは不親切過ぎるから」
詩音は一番最初にログインした時、システムウィンドを片っ端から開いてゲーム内部に既存する情報を調べていた。公式サイトを閲覧しても大した情報は載っておらず、ヘルプ機能もないのでプレイヤー自身で見つける必要がある為だ。故に、他のVRMMOと比較しても、プレイヤーにとって不親切極まりない仕様となっている。
だから詩音は、今現状でできる限りを調べた。
でも、パーティーの組み方やフレンド登録、インベントリにトレードのやり方しか見つけることが出来なかった。
だから。
「フォルトゥナも、自分で探したりしないとダメだよ?」
「……分かりました。だから、さっきパネルと睨めっこしてたのね」
「そういうこと。さぁてと、これでお互いの声が届くと思うし、位置の確認も出来るはずだから何かあったらパーティーボイスで呼んでね」
「分かった!」
二人は、グルーデルの探索を再開。
裕子は西側を、詩音は東側を担当することになった。
西側には飲食店が並び、宿泊施設と思われる建造物が存在感を示していた。
裕子は時折、歩きながら店内の様子を見てみると、ここでもNPCが飲食を楽しんでいる姿が彼女の目に映った。
「プレイヤーよりもNPCが目立つね。それに、名前がないからNPCだってすぐに分かるけど、もしなかったら全く区別がつかない。お姉ちゃんは、人格があるみたいだ、って言っていたけど」
裕子は周囲を観察しながら歩き続けていると、喫茶店や洋服店、アクセサリーショップがやけに目立つ。
場所のせいなのか、アレクシア大通りにある露店街と比べると、このエリアでは他のプレイヤーよりもNPCとすれ違うことが多い。
裕子は、対面から歩いてくるNPCを一人一人見ていると、ふと一人の女性のNPCと目が合った。
そんな気がした。
「こんにちは!」
裕子は、自然と大きな声で挨拶をする。
でも、女性のNPCは軽く会釈をして裕子の隣を通り過ぎてしまう。
しかし、再び声をかける。
「あ、あの。突然、話しかけてすみません。今、お時間ありますか?」
すると、女性のNPCは踵を返して。
「はい。何でしょうか?」
「えっと、街の北側に行きたいんですけど、この道であっていますか?」
「はい、あってます。このまま道なりに歩いて行けば街の正門に着きます」
「あ、ありがとうございます。実は私、今日この街に来たばかりでまだ何も分かっていなくって」
「あら、そうでしたか。グルーデルはいい街ですから、きっと気に入りますよ。どちらからいらしたんですか?」
「え? えっと、それは……」
予想外の質問に、裕子は答えられずにいた。
グルーデル以外の街は知らない上に、仮に現実世界のことを言ったとしても通じるはずもない。
悩んだ末。
「こ、ここではない別の世界からです!」
と、つい言ってしまった。
それに対して、女性のNPCは笑いながら。
「お、面白いことをいいますね。別の、せかい、から、ですか。ふふふ。でもまぁ、お互い初対面ですし、言いたくない事情もありますよね。」
「そ、そうなんです! ごめんなさい」
「ふふふ。大丈夫ですよ。それと、失礼ですがご両親は一緒ではないのですか? あ、答えたくなければ無理しないでいいですよ。あなたはまだ幼く見えたので気になってしまって」
「えっと、お姉ちゃんと一緒に来ました。パパとママは、お仕事の関係で外国に行っているのでしばらく会っていません」
女性のNPCは少し困った顔をするが、裕子は明るく元気な声で。
「でも、お姉ちゃんが一緒にいるから寂しくないですよ! 全く寂しくないって言ったら嘘ですけど。あ、両親の話は気にしないでくださいね! 私は大丈夫ですから」
「ありがとう。ごめんなさいね。けど、お姉さんは一緒じゃないの?」
「今頃は、街の東側をたんさ――見て回ってると思います」
「そっか。それなら安心ね。東側かぁ。そだ。ここで会ったのも何かの縁ですし、私とお友達になりませんか? 悪い人には見えないし」
「はい! こちらこそお願いします! 友達ができるのは嬉しいです!」
「ありがとう。私の名前はアリシアよ。あなたのお名前は?」
「私はフォルトゥナって言います。よろしくお願いします! アリシアさん! 今度、お姉ちゃんも紹介しますね!」
「まぁ、ありがとう。こちらこそよろしくね。お姉さんによろしくね」
と、その時だった。
鈴の音とともに効果音が鳴ると同時に、青白いパネルが表示され。
『グルーデルのNPCと友好関係を築きました。アリシアを友人リストに登録します』
と、記載されていた。
「ん? 友好関係? なんだろう。何かのイベントかな?」
裕子は数秒の間、突如現れたメッセージウィンドに視線を移した。
するとアリシアが。
「どうしたの、急に。地面なんか見つめちゃって。何か、落としたの? 探すの手伝うよ?」
「ん? ああ、何でもないですよ。落としてないから、気にしないでください」
「そう。ならいいけど。でも、フォルトゥナってよく見ると珍しい恰好しているのね。だけどあなたと同じ格好をした人を街で何人か見たような……って。あ、いっけない! もうこんな時間! ごめんね、友達と待ち合わせしてるんだった」
「え、そうなの!」
「うん。お話の続きはまた後でね! あ、忘れるところだった」
アリシアはショルダーバッグに手を突っ込むとガサゴソと漁りメモ帳とペンを取り出すと、急いで何かを書いて裕子に手渡した。
「これ、私の連絡先。あとで連絡してね! 私の友達にも、フォルトゥナのこと話しておくから。またね!」
アリシアは手を大きく振りながら走り去っていく。
「あ、うん。ありがとう! 絶対、連絡するね!」
裕子も大きな声で別れの挨拶をして、アリシアの背中姿をしばらくの間見つめていた。
過去にプレイしたVRMMOで、NPCと会話をしたことはある。が、それは予めAIにプログラムされたテキスト通りの会話に過ぎなかった。
プレイヤーの問いかけに対して、決められた言葉を返すだけ。
だけど、先程の女性のNPCアリシアには人格があり、自分に意思があるかのように返答をしていた。
「ホントに、自然な会話ができちゃった。名前もあったし、友達もいるなんて。他のゲームだったらこんな会話したことないし、できなかったな」
その後、アリシアから手渡されたメモを見てみると、十桁の英数字が書かれていた。
「これは、おそらくNPCを管理する番号かな。でも、ボイチャみたいなチャンネルかもしれない。街の探索が終わって落ち着いたら、アリシアに連絡してみよう」
彼女は空を見上げて。
「まだ、情報が足りない。もっと色んなNPCと会話をして確認してみないと。よし。探索再開だ!」
裕子は再び歩き出す。
道中、すれ違うNPCに積極的に話しかける。
挨拶をし、雑談をし、初対面ながらも笑顔で話せるときもあれば無視されることもあった。それでも、出来る限りたくさんのNPCと会話をした。その過程で、裕子の中で疑問だった部分が徐々に確信に変わろうとしていた。
情報を整理しながら歩いていると、鎧甲冑を身に纏い、見るからに重装備で直立状態の一人のNPCの姿が見えた。
裕子は気になり近づいてみると、それは小さな建物で、室内を覗くとプレイヤーが五人も入ればすぐに満員になりそうなほどの広さ。
直立状態のNPCは、往来している人々の動きに合わせて首を左右に動かしている。
裕子は、早速声をかけた。
「こんにちは!」
鎧甲冑のNPCは首を縦に振ると。
「こんにちは。どうされましたか?」
「見るからにめっちゃ重装備をしてますが、どうしてそのような装備をしているのですか?」
「ハハハ。お嬢さん、面白いことを言いますね。我々は魔法警備隊。このグルーデル近郊の警備をしている部隊です。ここは、その屯所です」
「ごめんなさい。最近、この街に来たばかりで何も分かっていなくて」
「なるほど、移住民でしたか。でも、変ですね。移住民でも、我々の存在は周知されているのに、それを知らないとは」
裕子は慌てた様子で。
「ま、まあ。細かいことはいいじゃないですか」
「そなた。何か、隠しているな? それに、よく見ると珍しい容姿をしている。正直に申せ! 何者だ!」
裕子は気迫に負けて、正直に話した。
「ほ、本当は、ここではない別の世界から来ました。しかも、今日です。目を開けたら、アレクシアの噴水の前に居ました」
鎧甲冑のNPCは声を荒げて。
「それは本当か! 今、別の世界からと申したな!」
「は、はい。嘘じゃありません!」
「本当だな! 虚偽であれば牢獄に入れるぞ!」
裕子は力説して。
「嘘ではありません! 本当です! 信じてもらえるか分かりませんが、こことは別の世界から来ました! 私にとって、ここはゲームの世界なんです! だから、牢獄に入れないでください!」
鎧甲冑のNPCは、裕子を宥めるように穏やかな口調で。
「分かった。分かった。そなたの目を見る限り、嘘をついているようには見えなかった。だから信じよう。牢獄にも入れない。怒号を浴びせたことを詫びよう。お互い、冷静になろうではないか」
「はい。すみません。ありがとうございます」
数分後。
鎧甲冑のNPCが静かに口を開く。
「やはり、国王様の言葉は真実であったか」
裕子は疑問に思い。
「と、言いますと?」
「実はな。昨日、国王様から我々にだけ伝令が届いたのだ。明朝、見知らぬ恰好をしたここではない別の世界から来訪する異界人が現れる、とな。最初は半信半疑だったが、そなたの言葉を聞く限り真実に変わった」
「そう、でしたか。その異界人と呼ばれる人たちとは話をしてみましたか?」
「いや、我々に話しかけて来たのはそなたが始めてだ。少なくともこの屯所ではな」
「何故、国王様はそのような事を急にお伝えしたんですかね?」
「それが、分からぬ。あまりにも唐突すぎて、我々も困っている所だ。しかも、その者らは死してもなお何度でも蘇るので不死なる者、とも報告にあったから恐ろしい」
裕子は。
不死なる者、ねぇ。まぁ、私たちプレイヤーにとってはゲームの世界だからリスポーンのことだね。それに、この話の流れだとクエスト関連の情報を得られる絶好の機会。この手を逃す手はない。と、内心思っていた。
「私はフォルトゥナと言います。よろしければ、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「ああ、構わない。私の名はザイール。フォルトゥナと申すのか、覚えておこう」
お互いに名前の交換をした後で、鈴の音とともに青白いパネルが表示され。
『魔法警備隊、部隊員のザイールと友好関係を築きました。助力リストに登録します』
と、記載されていた。
裕子は小声で。
「どうやら、お互いの名前を把握すると友好関係を習得出来るのね。でも、アリシアの時とは違って友人ではなく助力になってる。警備隊っていうぐらいだし、戦闘の知識やクエストの攻略に関する情報を得られるチャンスかも」
「どうしたのだ? 急に黙り込んで」
「あ、えっと。確認したいことがあるんですが、最近、この世界で異変みたいなのはありましたか? 私たち異界人は不死なる者と呼ばれていますよね? それと何か関係があるかもしれません」
「いや。そのような報告は聞いておらぬ。平和そのものだ」
「そう、ですか。では、国王様はどちらにいるのですか?」
「この街の遥か北にある王都ケフェウスという場所におられる。……まさか、フォルトゥナよ! 国王様に謁見を申し出ると考えているのか?」
「そのまさかです」
「なんということだ。警備隊の隊長でも、国王様との謁見は困難を極めると言うのに無謀だ」
「異界人、ならばどうでしょうか? 国王様が、伝令をするほどです。過去に同じような伝令をされたことはありますか?」
「そ、それは……」
数秒の沈黙が続き、ザイールは一呼吸置いてから。
「ふう。そなたの言動には感服した。この事は、部隊長に報告しておこう。しかし、一人で行くつもりか?」
「いえ、一緒にこの世界へ来た姉と同行しようかと」
「そうか。姉がいたのだな。ならば、さぞかし心強いであろう」
「はい。とても頼りになる自慢の姉です」
「長い旅路になると思うが、フォルトゥナならば大丈夫だろう。不死なる者が二人もいるのだからな。他に聞きたいことはあるか?」
裕子は少し考えて。
「では、この街全体の位置関係を教えてください」
ザイールは、屯所の真横に設置されているエリアマップの方を向き。
「それなら、あそこに地図が置かれている。近くに行って確認してみるといい」
「ありがとうございます」
「では、達者でな」
裕子は早速、エリアマップを操作した。
そこには、グルーデルの主要施設が記載されており、街全体を立体的に確認することが出来た。けれど、確認ができるだけでシステム上のマップを埋めることはできなかった。
「ふむ。マップを埋めるには自分で探索しないとダメか。それに、主要都市って言うからにはもっと広いのかと思ったけど、案外それほどでもないかな。距離からして、あと数分も歩けば北側の正門に着くみたい」
裕子は屯所を通り過ぎる時、ザイールに大きく手を振って別れの挨拶をする。ザイールもそれに応えて敬礼をした。
「それにしても、不死なる者か。なんだか、称号っぽいな。てか、称号だったりして。でも、メッセージ出なかったし関係ないのかも。えっと、お姉ちゃんの位置は、もう少しで正門か。よし、先を急ごう」
数分後。
グルーデルの北側に位置する正門へたどり着いた裕子は、たむろしている大勢のプレイヤーの中からマップに示されたマークを頼りに詩音を探し始めるが、彼女はまだ正門に向かっている途中だった。
そこで、パーティーボイスに切り替えて、詩音に呼びかけた。
『お姉ちゃん、聞こえる? 今、正門に着いたよ。そっちはどうだった?』
『お、思っていたよりも早いな。私ももう少しでそっちに着く。東側は、殆ど住宅街で結構入り組んでいた。それと、数軒訪問して話してみたら、現実世界の私たちと同じような生活を送っていたぞ。同時に、仲良くなったNPCと友好関係を築けたな。そっちは?』
『私も友好関係を築けたよ。西側は、飲食店とか宿泊施設。一言で言うと、ショッピングモールだったよ。あと、魔法警備隊っていう警察みたいな組織があることかな。でも、お姉ちゃんの言葉を聞いてよりハッキリしたかも』
『ん? 気になっていたことの答えがでたの?』
『うん。この世界に住んでいるNPCには家族や友人もいる。だから、この世界で生きていると思うの。感情もあるし、性格もあるし、名前だってある。だから、何か困っていたことがあれば助けたいと思ったし、交流を深めたいとも思った。プレイヤーと交流するようにね』
『なるほどな。確かに、言われてみればそうかもしれない。そうと決まれば、このゲームを私たちなりの楽しみ方で攻略しよう!』
『あ、ありがとう! って、あ。お姉ちゃんの姿が見えた』
『おまたせ、フォルトゥナ。って、その顔は収穫ありだな』
『大収穫だよ。それと、今後は重要な情報を話す時はパーティーボイスで話そう。他のプレイヤーに聞かれたくないし。あと、通常ボイスでも、私たちにしか聞き取れないぐらいの声で話そう』
詩音はコクリと頷く。
裕子は続けて。
「とはいっても、大した情報は得られなかったよ」
「フォルトゥナは、情報収集苦手だもんな」
パーティーボイスに切り替えて。
『ひょっとして、クエスト関連?』
『そそ。ここから北にある王都ケフェウスってところまで行って、国王と謁見することが出来ればメインシナリオっぽいのを受注できるかも。簡単に説明すると、私たちプレイヤーは国王からの伝令で異界人と呼ばれているみたい。んで、リスポーンするから不死なる者とも魔法警備隊から呼ばれているのね』
『なるほど、そういう設定のシナリオか。それで?』
『何の目的があって、この世界に異界人を召喚したのかの理由とその役割を達成する、みたいなクエストの流れだと思う』
『なるほどね。ありがちな展開だが、行ってみるか。レベル上げや強い装備を揃える必要がないからサクサク進みそうだな』
『そだね。だから、いくつものストーリーをクリアして余韻に浸る系かもね。旅した気分にもなれるしさ。戦闘はおまけ程度で』
『それで、情報を漏らさないようにしたのか。でもまぁ、だとすれば、フォルトゥナの専売特許だな。謎解きは任せた』
『おっけー。んじゃまぁ、マップの共有だね』
二人は、互いに埋めたマップのデーターを共有し、自身のフォルダーに保存した。が、所々に小さな空白があり、街全体を踏破することが出来なかった。
裕子は不思議に思い、通常ボイスに切り替えて。
「あれ? 全部行ったと思ったのに。なんで?」
詩音は、空白の個所を見ながら。
「空白は全部で三か所か。西側に一か所、アレクシア大通りで二か所か。だがこの通りは一本道だったぞ」
「うん。だけど、大混雑してたから見落としてたのかも。それに、西側もほぼ一本道だったから見落とすことはないかも」
「そうか。どうする? 私は後でもいいよ。あとでゆっくり探索すればいい」
「そだね。次は、フィールドの探索にしよう」
裕子と詩音は目礼すると、街を出るため正門に近づいた。だが、正門の警備をしている一人の鎧甲冑を見に纏ったNPCから行く手を阻まれる。
「そこの二人の異界人。街の外は危険だ。どこへ行くつもりだ?」
『お姉ちゃん、ここは私に任せて』
詩音は頷く。
裕子は念のため、周囲にいるプレイヤーとの距離を確認した後、目の前にいる警備隊のNPCにだけ聞こえるような声量で話しかける。
「私は、フォルトゥナと言います。隣にいるのが姉のミストレルです。外が危険ですって? 屯所にいたザイールからは平和だと聞きましたが。それと、行き先は王都ケフェウスです。そこで、国王様と謁見した後、何故急に異界人が現れるという伝令を下したのかをお聞きするためです」
「なんと。そなたらが。ザイールからは報告を受けている。私は魔法警備隊、部隊長のウルズと申す」
「あ、あなたが部隊長でしたか。失礼しました」
「いや、問題ない。では、本題に移るとしよう。ザイールの言う通り、昨日までは確かに平和だったな。しかし、何の兆しもなく、突如大人しかった動物が狂暴化したのだ。グルーデル近郊で言えば北東の森林でだ。現状は、我々警備隊がその動物を鎮圧している。ここいらにいる異界人は、よってたかってその森林へと足を踏み入れてはここで蘇り互いに笑っている。何ともおぞましい光景だ」
「そうでしたか。目の前で死人が蘇るのは見るに耐えませんよね。ですから、国王様はその原因を突き止めるべく、あなた方の代わりに不死なる者である異界人をこの世界に呼び寄せたと?」
「それは、国王様にお聞きしないと分からない。しかし我々は、異界人みたく蘇ることは決してない。そう考えると、国王様が国民から死者が出ないよう、国民を守るためにそなたらを呼び寄せたのかもしれぬな」
「他の異界人は、このことを知っているのですか?」
「いや。恐らく知らないだろう。討伐とか何とかは口にしていたな。だが、そなたらは違う。他の異界人よりも我が国が抱えている問題をいち早く知り理解し、解決し実行しようとしてくれている。感謝するぞ。それに道中、危険を伴うかもしれぬが、無事に王都までたどり着けることを祈っておるぞ」
裕子は敬礼をして。
「ありがとうございます。必ずや原因を突き止め問題を解決してみせます」
パーティーボイスに切り替えて。
『ほら。お姉ちゃんも!』
『あ、ああ。分かった』
通常ボイスに切り替えて。
「私も妹と共に行動し、尽力します」
「うむ。よろしく頼むぞ。願わくば、北東の森林にも赴き、事態を収拾してもらえると心強いがな。フォルトゥナとミストレルに、導きの加護があらんことを」
と、次の瞬間。鈴の音と共に3つ同時に青白いパネルが表示され。
『魔法警備隊、部隊長のウルズと友好関係を築きました。助力リストに登録します』
『助力クエスト。「新たな脅威、森林に棲む獣」を発見しました』
『ストーリークエスト。「王都からの招集、世界を脅かす存在」を発見しました』
と、記載されていた。
「お、お姉ちゃん! これって!」
「ああ。お手柄だ、フォルトゥナ。よくやった!」
パーティーボイスに切り替えて。
『お姉ちゃんが言ってた通り、NPCとの会話が重要でそこから情報を集めて条件を満たすとクエストを発見できる仕組みっぽいね』
『そのようだな。他のプレイヤーの動向も気になるところだが、まずはストーリークエストを進めてみよう。行き詰ったら、その時また考えればいいと思う』
『分かった!』
裕子と詩音は、高ぶる気持ちを胸に意気揚々と、遥か北に位置する王都ケフェウスを目指した。