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チャーハン

 鞠香から、あと一週間は帰らないと言うメールが来た。

 私はと言うと、座学をサボっていた。もう丸二日になる。サボるなんて、はじめてだった。

 だって、隣なんだもん。ペアなんだもん。会いたくなくても、会うんだもん。

「ううぅ〜」

「片瀬さんって、案外頑固なんですね?」

 今日は、麻奈美が来ている。きっと優しい彼女は、私を連れ戻しに来てくれたに違いない。

「ごはんは食べていますの?」

「食べて、ない」

 ぐぅうう、と腹が鳴いた。丸二日、何も口にできなかった。

「全く、今でさえそんなに小さいんですのに。食べなきゃ益々縮みます」

「ちぢ!?」

 これ以上小さくなったら私、どうなるわけ?

「行きますわよ」

「どこに?」

 麻奈美は盛大に溜め息をついた。そして挑戦的な笑みを浮かべる。

「食堂、に決まってますわ」

 今は夜中で、この時間には食堂は開いていないから、夕食を食べ損ねた学生は、申請書を出して自分で料理したりする。

 山盛りの、何かを焦がしたものが目の前にあった。おかずに見えるものは、何一つない。

「これを全て食えと?」

「私が片瀬さんのために作りましたのよ」

 風の噂に、麻奈美の料理は凄いとは聞いていたけれど。

「本当に、凄い……」

 それでも、麻奈美の作ったものだからと、箸をのばした。

 黒い固まりは、箸で触った感じからしても、決して柔らかいとは言えない。むしろ、砂が固まっているかのような感触だ。

 意を決して、口に運ぶ。ジャリリと言う音がして、焦げ特有の苦味が広がる。

「マズい……」

「片瀬さん?」

 麻奈美は、不思議そうな顔をして、自分も箸をのばす。

「ごめんなさい。私、料理の知識は有るんですけれど、経験はないのです」

 麻奈美がこんな表情をするのをはじめて見た。

「いいよ。ありがとうね。麻奈美は私を心配してくれたんだよね?」

「ええ、まぁ」

 麻奈美は不本意そうだけれど、それは彼女の照れ隠しだ。

「今日は、焦がしちゃいましたけど、今度はちゃんとマスターしてきますわよ!」

「うん。楽しみにしてる。片づけは私がやっておくから、もう帰って良いよ」

 麻奈美が帰った後、一人で片づけをはじめた。明日は、座学に出なくちゃ。でも、隣に六王子くんがいるんだよね。

 六王子くんが何かしたわけじゃないし、私のエゴだけれど、やっぱり裏切られた感は拭えないままだった。

 焦げの塊は一つの皿にまとめ、積んで、運ぼうとしたとき、誰かが目の前にチャーハンを突き出した。

「良い匂い」

「明日は、座学に来ると良い」

 皿を持つ手の先を追うと、悩みの種である顔があった。

「六王子くん」

「俺の零号機は、確かに凄い」

 六王子くんは、チャーハンの皿もそのままに、私と向かい合うように座った。つられて私も座る。

「あの急降下システムは、片瀬エマを目指して俺が作った」

「六王子くんが?」

「確かに、あの技は俺の力でなくて、零号機の力だけれど」

 六王子くんは一旦そこで言葉を切ると、チャーハンを取り分けてくれた。多分、言葉を選んでいるのだろう。

「作ったのは俺で、乗ってるのも俺で」

「うん」

 わかってるよ。零号機のパイロットは、他でもない六王子くんだ。

 あれだけのシステムだから、きっと操作するのも高い技術を要するはずだ。

「俺は、努力しているつもりだ。片瀬さんのペアで居続けるために」

「わかってる」

 座学に行かなかったのは、少しだけ驚いたからで。裏切られた気がしたのは、六王子くんから言葉を聞いていなかったからで。

「ごめんなさい。私、わがままだね。六王子くんは、努力しているのに」

 私たちはそれ以上何も話さず、ただチャーハンを食べていた。

 とても穏やかな気持ちで食べたせいか、チャーハンは優しい味がした。

「私、飛ぶよ」

 御影くんから、壱拾八号機のカスタムが完了したと言うメールが届いていた。

「今度は、負けない」

 六王子くんは、僅かに目を細める。はじめて会ったときの表情にそっくりだった。

「今度も、負けない」

 明日向かいます。メールにはそう返信しておいた。

 翌日の放課後、格納庫へ向かうと、既に御影くんが待機していた。この分ならば、壱拾八号機はいつでも発てるだろう。

「エマ先輩の飛行の特徴から見ても、よりスムーズな飛行ができる方が良いと思って、表計算システムを入れときました」

 カスタムした分、壱拾八号機の操作は各段に難しくなった。

 表計算システムは、壱拾八号機の飛行起動を予測数値としてデータリングしておくことで、より滑らかな飛行を可能にしたシステム。

 表計算を使って描くことができるラインのみであるが、数値を操作席の左腕に設置してあるキーボードで入力すると、そのライン上を辿るように飛行することができるのだ。

 もちろん、これまでのようにスロットル・レバーを用いて操作することも可能であるが、システムと両立できてはじめて壱拾八号機は生まれ変わったと言うのだろう。

 その、表計算システムがなかなかにややこしい。全ての操作をこのシステムに任せるわけにはいかないし、かと言って通常の操作と併用しながらキーボードを扱うことに慣れなくて、危なっかしくてしょうがない。

「きゃっ!?」

 今は、私の入力ミスで、水平飛行はそのままに通常の三倍のスピードでロールしている。

「大丈夫? 片瀬さん」

「何とか……」

 六王子くんの助けが入り、やっと無限のロールから抜け出すことができた。

 安全対策のために、六王子くんの零号機とランを繋いでもらって、私が危険なときは助けてくれるようにしてあるのだ。

「今日はここまでにしよう」

「うん」

 通信から苦笑する声が聞こえた。

「納得してない返事だ」

「いい。降りる」

 私たちは滑走路へと機体を降ろすと、零号機を先頭にそのまま格納庫へと移動させる。

 零号機から降りた六王子くんが、私の肩に触れた。

「はじめてにしては、脅えずやれていた」

「そうじゃない」

 その手をそっと肩から外す。脅えるとか、上手とか、そんなことではない。

「もっとコツとか掴めたら良かった」

 六王子くんは、しばらく黙っていたけれど、徐に口を開いた。

「正直、片瀬さんには表計算システムは向いていないと思っていたんだ」

 また少し黙って、考える仕草をする。最近になって、これは六王子くんなりに言葉を選んでいるのだと気づいた。

「片瀬さん、俺が思っていたよりずっと、女の子だったから……小さいし」

 そう言ってそっぽを向く耳が赤い。下手に“女の子”だなんて言うから、六王子くんを見ている私まで恥ずかしくなった。

「でも、思い直した。やっぱり君は片瀬エマなんだね」

「そうかもね」

 私たちは食堂へ向かった。

「鴇子のツアー?」

「はい! 今度ライブやるんです。それで、マネージャーさんが五席くらい取ってくれて」

 スーパーアイドル桐谷鴇子のライブツアーが、今月二十日からこの航空都市ネオ・トーキョーから始まることは、すでにメディアでも話題沸騰していた。

 鴇子の前に私、その隣に六王子くん、更にその隣には御影くんが座っている。

 御影くんはそれまで微動だにしなかった手を、机に叩きつけた。

「行く! 俺、ぜぇぇええったい、行く!」

「御影……?」

 今にも断りそうな雰囲気を醸し出していた六王子くんは、呆気に取られている。

 鴇子が、私の方を向いた。その笑顔が可愛くて、あぁ、やっぱりスーパーアイドルなんだなぁと実感する。

「片瀬さんは来てくれますよね?」

 私は、元来身体を動かしたり、皆で騒いだりすることが大好きだ。

「勿論!」

「六王子さんは?」

 盛り上がる私と御影くんについて行けずに唖然としていた六王子くんは、突然話を振られて驚いたようだ。

「俺は……」

「六王子、お前も来い」

 断ろうとした矢先、御影くんがそれを静止した。

「スーパーアイドル桐谷鴇子のライブだぜ? めったに無いチャンスだ」

「俺、アイドルは……」

 興味ない、と言おうとしたのだろうか。しかし鴇子の悲しそうな表情に言葉は止まる。

「そうですよね。アイドルなんて歌手じゃないんだし」

「いや、その、あの」

 一言で表すならまさにタジタジと言ったところだろうか。

 御影くんがここぞとばかりにつつく。

「六王子がアイドル泣かせたあ」

「えっ、ちが」

 焦っている六王子くんは、ちょっと幼い感じがして、私は思わず笑ってしまった。

「あ。片瀬さん、今バカにしただろう」

「違う。バカにはしていないよ」

 そうは言ったものの、焦る六王子くんを見ていると笑いこえはおさまるどころか高くなる一方だ。

 だから、六王子くんが何か呟いたことにはじめは気づかなかった。

「え?」

「俺も行く」

「本当ですか!」

 鴇子は、それまで俯いていた顔を瞬時に上げた。案外、確信犯なのかもしれない。

「麻奈美さんは誘いましたから、あと一人……」

「二十日なら、鞠香が帰ってるよ。メールしてみる」

 鞠香からの返信は、行く行く!

「楽しみだね」

「はい! 俺、前から桐谷先輩のファンですから!」

 はしゃぐ御影くんの横で複雑な顔をしている六王子くんは、やっぱりちょっと可愛かった。


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