六王子長政
「ううぅ〜」
「ほら、メロンパンあげますから」
麻奈美がメロンパンを差し出す。私は思い切りかぶりついた。
「うう〜。もぐもぐ、おいし」
「でしょう?」
今は、格納庫の入り口付近で麻奈美と二人、体育座り。
先程の光景が蘇る。とたんにメロンパンが不味くなった。
「おいしい。悔しい。おいしい、悔しい!」
「か、片瀬さん?」
「くーやーしーいー!」
網膜に焼き付いて消えない、零の一文字。
「良いじゃありませんの。私たち、晴れて戦闘機パイロット養成コースに編入です」
「……そっか」
最後に残ったなら、零の人も戦闘機パイロット養成コースじゃん。また、彼と一緒に飛べる。
零との飛行は楽しくはなかったけれど、凄くゾクゾクした。
「そう言えば、あれは誰なんだろう」
声は男の子だった。撃たれる刹那、顔が見えたけど、頭が真っ白で覚えていない。
「とにかく、それを食べて今日はお休みになられたら? 確かに負けましたけど、片瀬さん。流石でした」
「うん……」
かじりかけのメロンパンはなかなか減らなかった。
次の日から、私たちは一般学生とは別の校舎に移った。芸能コースの学生と一緒だから、鞠香がいる!
これであの一年生たちも来ないだろう。良かった。
戦闘機パイロット養成コースでは、座学の内容がより戦闘寄りになり、実践授業が増える。
「今日から実践増えるね」
「ご機嫌ですね、片瀬さん」
「今日は芸能コースと一緒なんだもの」
「イケメンたちに見とれないで下さいよ? 私たち、きっとまたペアなんですから」
パイロット養成コースの学生は、芸能コースの学生と実践授業をすることがある。
芸能コースの学生は、飛行ステージ上パフォーマンスの授業があるのだ。
飛行ステージは、実力の近しいパイロットがペアとなり戦闘機で空を飛ぶ。私のペアは麻奈美だ。
戦闘機パイロット養成コースの学生になったからには、更にその回数は増えるだろう。
私と麻奈美は新らしい教室へ向かった。
「六王子長政です」
「彼は一年生だけど、皆が知っているように、片瀬に匹敵する実力を持っている。仲良くしてやってくれ。片瀬は今日から六王子とペアを組むこと」
開いた口が塞がらないって現実にあったんだ。
六王子くんは、私の隣に腰掛けた。ペアどうしで座るから、当たり前なのだけれど。
「片瀬先輩ですよね?」
零号機のパイロットが六王子くんだなんて。
「でも先輩、俺意外だったんですよ。こんなに小さな女の子があの片瀬エマだなんて」
しかも飛び級だなんて。あの急降下のスピード。接近したときの、言いようのない、威圧感。
「聞いてますか?」
「あ、え?」
目が合った。そうしたらわかった。あ、彼だ。零号機は、彼なんだ。説明はできないけど、雰囲気が物語っている。
「この前の飛行、俺ゾクゾクしたんです。俺が勝ちましたけど、あれは先輩にハンデがあったから」
「ハンデ?」
「俺の機体、カスタムしてあるんですよ」
私が乗っていたのは練習用戦闘機。カスタムしていないから、しているものと比べると確かに、多少性能は劣る。でも。
「馬鹿に、しないで」
性能だけであのスピードの差はつかない。六王子くんは驚いているようだ。
「負けは、負けよ」
「ごめんなさい」
「それから」
でも、またペアとして彼と一緒に飛べるんだ。
「私も、ゾクゾクした」
六王子くんが一年生だとか、私より上手いとか、男の子であるとか、関係ない。
「改めてよろしく。片瀬エマ。ペアなんだから、敬語はなしだよ?」
「よろしく。片瀬さん」
私の頬は自然と緩んでいた。
「鞠香!」
「エマ。今日はよろしくね」
私と六王子くんのペアは、鞠香を乗せることになった。
「頑張るよ」
芸能コースの学生は、座学も受けながら、オーディションも受ける生活をしている。
今日の飛行は、イメージビデオの収録のリハーサルなのだ。
「そう言えば、あの子、優秀なんだって?」
鞠香は六王子くんを見た。六王子くんは、飛行スーツにまだ慣れないのか、少し居心地が悪そうにしている。
「凄いよ」
「ふぅん。エマが言うくらいだもの。噂は本当なんだ」
六王子くんの噂は、学校中に広がっているらしい。
この航空都市では、パイロットは花形の職業だから、仕方がないのかもしれないな。
「行こうか」
「うん」
少し、緊張気味の六王子くんをつれて、格納庫へ向かった。
芸能コースの学生たちが乗る飛行ステージは、二機の戦闘機の間、強力な磁力を使って固定してあり、ステージ上のスターはあらゆる角度で、自在な移動をしながらのパフォーマンスが可能だ。
しかし、パイロット同士の息が合っていなくてはならず、高度なテクニックを要する。
パイロットの仕事の中で、最も需要が多いのは空輸業だが、その次に多いのがアイドルなどのコンサートで使われる、この飛行ステージ専用機のパイロット。それだけにペアでの飛行は、入学試験にも起用される。
この学校にくる学生たちは、中学までの成績優秀者であり、出会ったばかりの他人とでも息を合わせることがでぎる実力を持った者ばかりだ。
ペアになった学生は、飛行の前に、自分たちと乗せる学生と話し合いをして、事前にプログラムを立てる。
私たちは、水平飛行、背面飛行、一回転し、ロールしながらの上昇、ラストに急降下して浮上する。
「プログラムは頭に入ってる?」
「う、ん」
ガチガチだ。やっぱり一年生なんだね。
「大丈夫。鞠香は運が強いの」
六王子くんは、キョトンとしている。ちょっと考えて、こう言った。
「俺、片瀬さんと飛行するのにワクワクしちゃって」
「えっ」
そう言われて、気づく。そっか、また六王子くんと飛べるんだ。
「あ、私も、ワクワクする」
六王子くんは、ちょっとだけ目を見開いて、目線を逸らした。
「行こう」
私の愛用する壱拾八号機は、零号機と並んで最後の微調整を受ける。
エンジニア候補生の中に、御影くんがいた。
「六王子! こないた言ってた下降のカスタムちょっといじっといたぞ」
「ありがとう」
エンジニア候補生でカスタムできる人は希少だ。もしかしたら、六王子くんだけでなく、御影くんも凄い人なのかも。
「片瀬さんのスピードに合わせてもらったんだ」
「じゃあ」
「この間も、こいつの零、俺がカスタムしたんです」
「凄い」
「片瀬さんのもちょっといじっときました。まだデータ少ないんで、とりあえず、スピード型に有利なカスタムにしておきましたよ」
「本当に? ありがとう!」
嬉しくて、笑顔になる。
「でも、対応できるかな? 今日は実際に人を乗せるから」
「大丈夫です。いじったの、ほんのちょっとですから。いつも通り、飛べますよ」




