運命の出会い
“航空都市”ネオ・トーキョー。私の通う高校は、都内一のパイロット養成コースがある人気の学校だ。
「新学期から遅刻はないよねっ」
急がなくちゃ、バスの時間に遅れそう。ほんの少し、憂鬱を抱えて走り出す。
バスは、嫌い。朝なんて、人で一杯だし、ぎゅうぎゅう押されて潰されそう。
男の子はもっと嫌い。だって、皆背が高くて、話すだけでも首が疲れるから。
私は、所謂日本人女子平均身長を大きく下回る体尺をしている。
百四十六センチメートル。これは平均を十センチメートル以上下回る数値である。
だから、世の中のほとんどの人は私よりも頭一つ以上大きいことになる。
私にしてみれば、バスに乗るのも命がけなのだ。
走って走って、ようやくバス停が見えだす頃には、すでに学校の送迎バスが来ていた。ヤバい、乗り遅れてしまう! 更に足の回転速度を速める。
あと五メートル、四、三、二……良かった、間に合った。そう思ってステップに足をかけた瞬間に、勢い良く後ろから突き飛ばされた。
「キャッ!?」
私は自分が頭から人混みの中に突っ込んだのを感じた。こけちゃう!
と、肩の辺りをしっかりと、でも優しい手つきで止められた。
「君、大丈夫?」
「は、はい!」
低い声と、私を支える大きな手。きっと男の子だ。顔を上げると、目があった。知らない顔だ。
「あ、ありがとう」
栗色の髪が、サラサラしていて、優しい顔をしている。こう言う人のことをカッコいいと言うのだろう。
その優し気な瞳がスッと細まった。
「どう致しまして」
その目線が、ステップの方へ向けられる。つられて其方を向くと、とても背の高い人が、首を傾げていた。
「こら御影!」
「ん? おお、六王子!」
御影と呼ばれたその人は、こちらの方を見るなり、満面の笑みを浮かべた。
黒い髪型、クシャクシャでワカメみたい。六王子と呼ばれていた人とは、正反対な見た目だ。
「おお、じゃない。お前のせいで、この子がケガする所だったんだぞ!」
「この子?」
目線が捜すようにさ迷う。バッチリと目が合った。
「小さい……」
その呟きは私の鼓膜にしっかりと響く。どうやら彼は、自分の身長の高さは棚に上げて、本気で私のサイズに驚いているようだ。
「驚いてないで、ちゃんと彼女に謝れよ」
言われて気づいたのか、いきなり頭を下げた。身長が高いから、何と言うか顔が、凄く近い。
「ごめん。乗り込むときに何かにぶつかった気がしたんだけど、小さすぎて見えなかった」
「バカ、失礼だよ! ごめんね。君、一年生だよね? 俺は六王子って言うんだけど。あ、このバカデカいのは御影。俺たちも一年なんだ」
どうりで見たことがないはずだ。新入生だったんだ。
凄く言いにくいけど、私、二年生なんだよね。
「そうなんだ。入学おめでとう」
ニコリ。六王子くんは、私が言った言葉の意味がわからなかったみたいだ。御影くんは、私が二年生であることに気づいたのだろう、戸惑う六王子くんを見て笑いをこらえている。
「六王子、彼女は先輩だよ」
突如、手が伸びてきたので、避けようとした瞬間、頭をポンポンと叩かれた。
「こんなサイズでも、ほら、緑だ」
私の学校では、学年ごとにリボンやネクタイの色が決まっている。緑は、二年生の学年カラーだ。
「えぇっ。俺、てっきり……すみません!」
「いい」
「これじゃ、御影とあんま変わりませんよね」
「慣れてる」
それ以上の会話はなく、私たちはそれぞれ下車した。
昼休みになった。今日のお弁当は、昨日の余った竹の子ご飯と煮付けと、茹でたブロッコリーをハムで巻いたものなど。
「そうかそうか。それは可哀想に」
私と違い、読者モデルをする親友は特に悪びれる様子もなく言い放った。
「エマ、小さいもんねぇ」
片瀬エマ。それが私の名前だ。私と彼女は小さい頃からの親友であるから、互いに遠慮なんかしない。彼女は、この学校の芸能コースに所属している。
「そりゃあ、人気上昇中の読モやってる倉田鞠香様々に比べてると多少は……小さいことは認めるよ?」
私と鞠香は、正反対だった。鞠香は背が高くて、スタイルも良くて、大人っぽい。私は背が低くて、幼児体型で、言われる賛辞は“お人形さんみたい”。
きっと鞠香の真っ黒なサラサラロングヘアーと違って、私の髪は色素は薄く、天然パーマのせいもある。
この容姿のせいで、変な人に声をかけられたことだってあるくらいだ。一つだけ特なのは、パイロット向きだったと言うことだけ。
と、突然教室の窓が開いた。
「あ、いたいた。六王子! 彼女いたよ!」
窓から乗り込んで来たのは、御影くんだった。その遥か下方から、六王子くんらしき声が聞こえる。ここ、二階だよ?
「うわ、君一年生? 危ないよ!」
何も知らない鞠香が御影くんに歩み寄った。
「ん? おぉ、背高い! アンタとは凄い身長差だろ、先輩?」
ヒョイと音がしそうな勢いで、窓から入って来る。先輩って私のことかな。
「この失礼な奴、エマの知り合い?」
鞠香は怪訝な顔をした。背が高いのはモデルとしては有利だけど、鞠香はちょっと気にしているのだ。
簡単に傷つく質じゃないけど、ちょっとイライラしているみたい。
「……今朝の一年生」
「御影陽晃です! 芸能コース所属。そう言えば、俺先輩の名前しらねぇ!」
「御影!」
今度は六王子くんの声がした。彼はちゃんとドアから入って来たみたいだ。
「すみません! こいつ礼儀を知らなくて!」
「いい」
「怒りましたか? でも俺たち冷やかしに来たわけじゃないんです。今朝のお詫びがしたくて」
「いい」
もうあんまり関わりたくないよ。ほら、目立っちゃってるし。
「いいの? やった。ねぇ、ところでさ、先輩の名前教えてよ」
御影くんはどうしても私の名前が聞きたいらしい。
「お前から名乗れよ」
「俺は名乗った。六王子こそ、名乗れよ」
「マジ? すみません! あ、俺六王子長政です」
私の願いとは裏腹に、なかなか立ち去らない二人。私、これだから男の子って苦手。
「いい」
「名前教えてよ!」
「いいっ」
「先輩?」
「いいから立ち去って!」
案外、大きな声が出た。あ、泣きそう。
「鞠香ぁ〜」
「よしよし」
思わず鞠香の後ろに隠れた。
「ごめんね、一年生。この子、人見知り激しくてねぇ」
私のことを良く知ってる鞠香は、かばってくれる。
「ほおら、エマ。出ておいでよ。せめて名前くらい自分で名乗って」
「……ま」
促されて、口を動かしてみるけど、すっかり警戒してしまった体は言うことを聞かずに、声が嗄れる。
これじゃ、ダメ。大きな声じゃなきゃ! 大きな、声……!
「片瀬、エマ!」
気がつくと私は叫んでいた。その声は響きわたって、後で聞いた話によると、両脇のクラスにまで届いていたのだとか。
「ぶっはははは!」
笑ったのは、御影くんだった。六王子くんは、なぜだか固まっている。
「おもしれー! 気に入った。俺毎日でも来るわ!」
それに続いて、遠慮がちに六王子くんがつぶやく。
「み、御影が来るなら、俺も」
「じゃあね、エマ先輩!」
色々ありすぎて、唖然としていた私に、鞠香が耳打ちして来た。
「やるじゃん、エマ」