許さないから
夜の酒場は人でごった返していた。
カウンターの女に声をかける者、狩猟の自慢をする者、テーブルでビールの入ったカップを片手にトランプ博打に興じる者。皆、その顔は一様に陽気だった。
しかし、店の端の椅子に座り、一人酔いつぶれ、テーブルに突っ伏すその男は今日もひとりだった。
「ラバン!」
と店員がやってきて声をかける。
「また吐く気かよ。吐くんなら家帰れ」
「う、うるせぇな……わかってるよ」
ラバンはそういうと店員を手で払って千鳥足で店の外に向かう。店員に代金を催促されると今度払うと言い、店員は愛想をつかして別の客のところに行く。
店から出て、路地裏をふらふらするラバン。しゃがみ込むと、口を開いて嘔吐しようとする。しかし、何も出てこない。その代わりのその眼からは涙が零れ落ちて、身体を震わせ、その口からは嗚咽が漏れる。
冷たい空気の中、ラバンの痛々しい声が雪に消える。
「やはり、ここにおりましたか」
ラバンの傍らにはいつの間にかヨーゼフの姿がある。
「お前は……」
ラバンは顔を見上げてヨーゼフの姿を確認すると、目をぬぐって立ち上がろうとするが、また涙があふれて立ち上がれない。
「酒場の店員から、あなたの話を聞いたのです。毎晩ここに来て、そして、ずっとみじめに泣いていると。厨房の窓のすぐ近くですからね。聞こえてたみたいですよ」
「………」
「そしてそれは、先月の中頃から。つまりメリー様が消滅病にかかってから、と」
ラバンは顔を伏せる。
「どうして、避けるのですか? 本当は言いたいことがあるんじゃないですか」
ラバンはやがて重く閉ざした口を開く。
「……俺は、あいつの父親になる資格がない」目を閉じて言う。
「俺は、チャチャムがいなくなってから酒に逃げた。ろくにメリーの面倒を見ていなかった。いつもあいつに任せていた」ラバンはうつむいて、声を震わせて、小さな声で言う「そんな俺が、今更どうして父親面が出来る?」
「なるほど。とんだ、臆病者ですね」
「……ああ、そうだよ。今更、俺は怖いんだ。あいつを失うのが」
「言葉にしないと伝わりませんよ」
「あいつだって俺のこと、きっと恨んでるよ」
ラバンは悲しそうに笑って言う。
「あたり前でしょ!」
ヨーゼフの後ろからアイレットが出てくる。
「メリー……!」
アイレットは充血した赤い目で父親をまっすぐ睨む。その手はワナワナと震えている。
「私のことずっとほったらかしにして、お母さんにも迷惑かけて、お酒ばっかり飲んで……! 許せるわけないでしょ……!」
アイレットは言葉を詰まらせながら言う。
「……ああ、その通りだ」
「でも………」
鼻をすすりながら言う。
「このまま、私が消えて……私が消えるまで……何も言わないなら、もっと恨むから……」
「……」
ラバンは立ち上がって、よろよろとした足で、アイレットに近づく。そして震える手でゆっくりとアイレットを抱きしめる。
「すまなかった……本当にすまなかった……」
ラバンは目を閉じアイレットを強く抱きしめ、何度もそう言った。