景色
夜になっても、雪は降り続けていた。
凍りつくような寒さの中、ヨーゼフはランタンを片手に山の雪道を歩いていた。針葉樹の繁るその道はかつてアイレットが兄と一緒に歩いた道だった。
「やれやれ、どうして私がこんな寒い夜に……」
ヨーゼフは寒さに愚痴を言いながらも進む。
「だから言ったじゃない私最初に!」
ヨーゼフの背中にはアイレットがおぶさっていた。
「わかりましたから耳の近くで怒鳴らないでください」
「わ、わるかったわね!」
アイレットは最初、自分の足で歩いていたが、寒さで凍り付いた雪道に滑ってしまい、足を痛めてしまっていた。
「あなたは大丈夫なの? 疲れてないの?」
「まあ、寒いですが、それだけです。これくらい記録師なら出来て当然です」
「……そんなに体力のいる仕事なの? 記録師って」
「あちこちの地方を飛び回って、依頼者のワガ……要望に答えるのです。体力がなきゃできません」
「今なんて言いかけたの?」
「なんでもありません」
やがて開けた場所に出る。
「着いた……」とアイレットはつぶやく。
ヨーゼフが振り返ると、そこからは街を一望できた。冬の乾いた空に輝く満点の星空の下、家屋から、街灯から、教会の窓から、淡い橙色の光がぼうっと揺れ、雲のような夜霧の中で煌いていた。控えめなその光の集合体は、神秘の海を揺れる夜行船のようだった。
「なるほど、確かにここまで来てみる価値はありますね」
ヨーゼフはその光景を見ながらつぶやく。
「そうかな」
アイレットはそう言って、少し沈黙して、街をじっと見てから言う。
「昔、兄さんに言われたの。この景色を愛している。だから、この街を守りたい、って」
アイレットはその時のことを思い浮かべるように目を閉じる。
「でも、わたしにはわからなかった。綺麗なものなら、美しい物ならきっと都会にもっといっぱいある。だから、いっぱい勉強して、こんな小さな村なんか出て、都市に行ったらもっといろいろな美しいものを見たかった。もっといろいろなことが知りたかった」
「……」
「あなたは、都会に住んでるんでしょ? この村の景色を本当に綺麗だと思う?」
ヨーゼフもその景色を眺めて、そして口にする。
「正直に申し上げればそこそこ、といったところでしょうか」
「やっぱり」
アイレットは笑って尋ねる。
「……でも、この場所から見える景色も、決して、悪くはありませんよ」
「そう……」
アイレットはひょいとヨーゼフの背中から下りる。
「もう、大丈夫。自分で降りて帰れる」
「……それなら、わたしも、あなたに一緒に来てもらいたいところがあるんです」
ヨーゼフはアイレットに手を差し伸べる。
「いいわよ、ここまで付き合ってくれたお礼」
「あ、軽く殴られるかもしれませんが」
「じゃ。じゃあ行かない!」