ラバン
ヨーゼフはペチカを彼女の家まで送り届けると、アイレットの家に帰った。しかし扉を開けるなり、
「……おめぇ、誰だ?」
居間に座っていた男に威圧的に詰め寄られた。
ヨーゼフはその男に見覚えがあった。酒場で、酒代を忘れたまま出ていこうとした男ーーラバンと呼ばれていた男だった。
彼は家に帰ってからも酒を飲んでいたのか、目は血走っていて、呂律もうまく回っていない。
「何勝手に人様の家に入ってんだ? あ?」
ラバンはヨーゼフに向かってずかずかと距離を詰めていく。
「あなた、やめて!」
ウシカは男を止める。ヨーゼフは冷たい目で男を睨んだまま動じない。
「私が呼んだの! 記録師のヨーゼフさんよ!」
「……記録師、だ?」
ラバンはそうつぶやいてヨーゼフを睨むと、やがて手を離す。ヨーゼフは男に掴まれた胸のあたりを払って、着を直す。
「おめえそんなものに金を使ったのか?」ラバンは、今度はウシカに向かって叫ぶ。
「そんな……私、ちゃんと言ったじゃない! 呪いが現れた場合、公国に報告するのは義務だし……」
「知らねえよ。そんなのに金使ってる暇あったらもっと酒代をよこせ!」
「これ以上飲むのはよしてよ! あの子のことも少しは考えてよ!」
「それはお前もだろ。酒屋で聞いたが、お前この間、男とあるいてたそうだなぁ。誰だ?」
「男…? いや、ちがう、あれは……」
「あ? 認めんのかお前? 誰だって聞いてーー」
二人の会話の合間を縫って、突然、爆発音が響く。
ウシカとラバンは飛び跳ねるように驚いて振り返ると、ヨーゼフが猟銃を持っていて、その銃口からは白い煙が上がっていた。
「おっと、失礼、興味深いもので触っていたら、つい」
ヨーゼフは呆然とする二人に向かってにっこりと笑う。
「て、てめぇ ……!」とラバンは声を震わせながら怒る。
ヨーゼフはすとんと真顔に戻ると、ラバンの怒りを意にも介さず居間の出口のドアに歩いて向かいながら
「申し訳ありませんが、つまらない喧嘩を前にしては執筆の効率が落ちますので、もうわたしは寝かせていただきますね」
「なんだとてめえ……!」
「言っておきますが、あの子に残された時間はもう少ない。どのように時間を使うか、よくよく考えておかれたほうがよろしいかと」
そう言い残すとヨーゼフはドアを強めに閉めた。