表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記録士とアイレット  作者: えーじ
12/24

消えてゆく人々のこと

アイレットは一人部屋のなかにいた。


本を読むのにも飽きて、部屋の壁にある染みの一点をじっと見つめる。点は薄闇の中で大きく見えたり小さく見えたりする。


もうすぐ自分は消えてしまう。


三週間ほど前に印が現れた時、どうしようもない理不尽と恐怖を感じた。どうして自分が? どうして自分に? 湧き上がって来た言葉はそれだけだった。

それから眠れない夜が続いた。うまくいかない世界を恨んだ。今はそれにも疲れ果てて、何もしたくなくなっていた。


消滅病の知識は過去に読んだ本で知っていた。

半世紀前に突然現れた悪意のような病。薔薇の形をした印はどんどんと色を濃くしていき、やがてその印から不気味な色の光が発せられ、光は宿主が生きて来た証である全てを消滅させる。その人物が存在した他者の記憶すらも。


かつて呪いは周囲に伝播すると伝えられ、印が現れた者は消滅するまで隔離されたという。

やがて病に選ばれるのは本当にきまぐれだとわかる。そこには何の共通点も、理由もない。悪しき神の意志による、ただのきまぐれ。

アイレットは思った。家族も、愛する人もいないまま、壁に囲まれて絶望しながら消えていく者を。


「それと比べたら、わたしはまだましなのかな」

アイレットはつぶやく。

階下から騒がしい音が響く。父が帰って来て、また母と喧嘩しているのだろう。

ふとアイレットは窓の外を見る。雪の降る中、山の白い稜線が聳えている。

いつか兄に連れられていった、あの山。あの星空。そしてあの景色。

星と亡霊に導かれるように、アイレットは窓を開ける。冷たい空気が暗い部屋に入り込んでくる。

ここから飛び降りて、家を逃げ出したらどうなるだろうか。地面に降り積もる雪は、私を受け止めてくれるだろうか。それとも……いや、何を考えてるんだろう、もうすぐ消えてしまうのに、と、アイレットはこの身を案じている自分がおかしくなった。

「アーーーちゃん!」

遠くの通りから、ペチカがこちらに向かって手を振っていた。その隣にはランプを持ってヨーゼフのほほ笑む姿が。


ペチカの、悲しみの混じったような笑顔を見て、思わずアイレットは扉を閉じた。


閉じた手が震えていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ