ペチカとアイレット
「ど、ど、どうして人気のないところを選んで…! まさかお兄さん! わたしを……!」
「……どうしてこうも面倒なガキが多いのか」
「え、今なんて!?」
「なんでもありません。一階が騒々しいので」
それからヨーゼフはペチカに自分は公国から来た役人で、あの家のことを調査しに来たと言う。
「アイレット様のこと、聞いていませんか?」
「アーちゃんがどうしたの? やっぱり風邪引いちゃってるの?」
「……いえ、何でもないです」
釈然としない様子のペチカに、ヨーゼフは話を変える。ペチカにとってアイレットはどんな存在なのかと聞く。
「友達、だよ」
ペチカは笑顔で答える。
そしてペチカは話す。アイレットと村の教会で知り合った。教会はお祈りだけでなく、子供たちに勉学を教える場所でもあったため、幼い頃から村の子供たちは皆顔見知りだった。
そこで、誰よりもしっかりしていて、誰よりも勉強をしていたのがアイレットだった。いつも本を読んでいて、授業中も皆が騒いでいる中、最前列で真面目に聞いていた。しかしペチカは最初、アイレットに対して少し怖い印象を抱いていたと言う。
話しかけられても不愛想で、他の子供ともほとんど口もきかなくて。最初はチャチャムの妹だという理由で話しかけてくる子も多かったが、そのうち誰も話しかけなくなっていった。
「では、どうしてあなたは友達に?」
ヨーゼフが聞くとペチカは少し口を閉ざす。しかしやがて顔を上げて、明るい笑顔で言う。
「わたしを、守ってくれたから」
ペチカの家は貧乏だった。ある日父親が失踪してから、ペチカは母とふたりで暮らしていた。
教会に汚れた格好で来るペチカは他の子供たちの嘲笑の的になった。
ペチカはある日ひとりの男子生徒から「泥棒」と、唐突にいわれた。 教会のほどこしを受けているペチカと母に、教会に寄与された物が渡っている、とその子は親から聞いたのだった。それから堰を切ったように子供たちは「泥棒」をペチカに向かって連呼した。手を叩いて、地団太を鳴らして。ペチカは何も言えず、ただどうしていいかわからず、笑っていた。
何ニヤニヤ笑ってんだよ。泥棒のくせに。
そう言って、少年はペチカを突き飛ばした。ペチカは倒れた。痛みで泣きそうになった。でもなんて言っていいのかわからなくて、悲しそうな母の顔が浮かんで、口をついて出たのが、ごめんなさい、だった。
その少年は面白くなさそうな顔をして、またペチカに近づいた。
その時、少年とペチカの間に割り込んできたのがアイレットだった。
アイレットは黙って少年のことを見つめた。
な、なんだよ、と少年はアイレットの視線に動揺して、アイレットに一歩踏みよって威嚇する。しかしアイレットはびくともしないで、少年をにらみつける。いや、少年だけではなく、周りで見ていて、笑っていた生徒たちも。皆が黙っている中、アイレットはふっと鼻で一息笑うと、ペチカに手を差し伸べた。
大丈夫?
「だからアーちゃんは恩人なんだ」
「なるほど……」
ヨーゼフは手元のメモに少女の言葉を一語一句書き留めていた。
「だから、アーちゃんに何かあったら、私が力になりたいの」
「……素晴らしいですね。きっとその気持ちはアイレット様にも伝わっていますよ」
ヨーゼフは微笑むが、ペチカは表情を変えずに真正面からヨーゼフの目を見て言う。
「ねえ、本当は、アーちゃんに何があったの? 大人は、何を隠しているの?」
ヨーゼフは少女のまっすぐな目を見つめながら思った。子供には大人ほどのバカはいないと。