その能力であることのリスク
食堂で料理長の自慢の料理を食べているときに、私は重要なことを思い出した。
「きゃぁ~~~」
「どうした! フィー、大丈夫か?」
「姉さま!」
すぐさま二人が駆け寄ってくる。その向こうでレイモンドとコナも心配そうな顔をしていた。
えっと、これはどう説明をすればよいのだろう。
ランドルフ様に婚約を申し込まれたけれど、カルセドニーで見たこととか、純粋に気まずいとかいろいろで、ランドルフ様と顔を合わせるのを避けたい。
明日はまだお休みだからいいとして、週明けには普通に学園があるのよ。返事は保留してるけど、当然、ご本人は分かっているだろうし、どんな顔して隣の席に座れというの?
そもそも、婚約の話はおそらくセシルお兄様とシリルは知らないし、レイモンドは察してそうだけど、コナも……。
婚約の話からのカルセドニーの件とか、絶対にお兄様たちは憤慨しそうだし。
いやいや、まって、これ、穏便に話をしようなんて無理じゃないかしら。
とりあえず……
「な、なんでもありませんわ。提出しなければいけない課題をやっていないことを思い出したの」
「……」
お兄様、その沈黙は信じていらっしゃらないってことですわね。
私が立派な大根であることは分かっていましてよ。
じっと私をまっすぐに見つめていたお兄様の瞳が、不意に閉じられ、その口からは小さなため息が漏れた。
「フィー、とりあえず、座りなさい。せっかく料理長が作ってくれた夕食を無駄にしてはいけない。課題をやるにも、しっかり食べてから。いいね」
「そうですわね。分かりました、お兄様」
「ん、いい子だ。俺が見てあげるから、課題なんてすぐ終わるさ」
にっこりと笑うお兄様の目は、笑っていなかった。
えっと、これは、課題という『課題』で問い詰められる方向に『見てくれる』感じですわね。
私としたことが何たる失態。
いや、そもそも、やり方がお父様にどんどん似ていくお兄様をごまかせるなんて出来るはずもなく。ちょっとだけ期待を込めてお兄様の隣に座るシリルに視線を向けてみたが、どうやら彼はお兄様側らしい。
万事休すですわね。
ここはもうあきらめて全部明かして、いっそ、二人のアドバイスをもらった方がいいかしら……と、そう思い始めた。
どうせ逃げられないのなら、それが良いと、私は開き直った気持ちで席に着いた。
料理長の夕食はとてもおいしかったのに、それ以降の食事は、味が分からなくなってしまい少し残念に思う。
やっぱり、食事はおいしく食べたいものだ。
食事を終えて席を立った私に合わせて、セシルお兄様とシリルも席を立った。
そのまま、談話室へ行くかと思えば、お兄様の書斎へと向かった。
「なぜ、談話室ではないの?」
「ん? 話す内容に適切かどうかってだけだよ。フィーの話を聞くだけなら、まぁ、談話室でもいいのだけれどね」
言外にそれ以外の話があることをにおわせながら、お兄様は笑みを浮かべた。
きっと、お兄様とお仕事する方たちはいつも得体のしれない緊張感を持っているに違いないわ。
私、後ろめたいことなどなくてよ。うん、だって、今の私にとって最適解を見つけましたから。それを実行するのよ。
固い決意と共にお兄様の書斎へと入る。
天井まで届く書棚が壁一面にあるそれは、記憶の中のお父様の書斎と同じだった。けれど、ここに置いてあるのはほんの一部で、お兄様も、お父様も、収まりきらない本はそれぞれ専用の図書室を持っていらっしゃる。
そういえば、私はどちらにも入室を許可されているから、聖女たちの記録を探すのにもいいかもしれない。
「適当に座って。イーサン、お茶と軽食を用意してくれるかい?」
「承知いたしました。すぐにお持ちします」
何故軽食? と首をかしげていると、くすくすと笑うシリルの声が耳に届いた。
「姉上、あまり食事を召し上がっていなかったでしょう? 兄上はずっと心配していたんです。家の姫君をどうすれば飢えさせずに済むかってね」
「えっと……」
「ちゃんと、今の内に食べておいてください。夜中にコナを困らせてはだめですからね」
「っ…………はい」
シリルにも行動を読まれていたことに、ちょっとだけ気恥ずかしさを覚えながら、部屋に置かれたソファに身を沈める。
ほどなくしてイーサンを先頭にレイモンドとコナが部屋に入り、手際よくお茶と軽食を並べた。軽食は先ほどの夕食で使われていた肉料理を挟んだサンドイッチだ。
あぁ、お兄様やシリルだけでなく、使用人たちにも気づかれていたのだと思うと、穴があったら入りたい気持ちになってくる。
「それだけ、みんながフィーのことを気遣っているという証拠だよ。分かったかい?」
きゅっと首を縮めていた私の頭をお兄様がするすると優しく撫でた。
「はい、お兄様、シリル」
「うん、いい子だ。じゃぁ、先にお上がり。君の話はその後にしよう。今は食べながらでいいから、俺の話を聞いて」
頷きながら私は目の前に置かれたサンドイッチを手に取った。
私がそれを口に運ぶのを見てから、お兄様は話を続ける。
「フィー、先の政治犯たちの処遇は知っているね」
「はい、魔力の量によって行先は違っているとは聞いていますが、おおよそは魔術研究所へ送られたとか」
「そう、そこでの研究結果をもって、国王陛下から正式にコランダム夫人、母上への調査依頼が発出された。どうやら、魔術研究所に送られた彼らから漏れなく精神干渉の痕跡が見つかったそうだ」
もうひと口を頬張った私は、しっかりと噛んでから飲み込む。しかし、先ほどより味は分かるが、おいしくいただくという訳にはいかなそうだ。
「精神干渉……そんな大勢」
「うん、だから陛下も宰相閣下も重要視している。今回は未然に防げた形だが、それがこの国の中枢を揺るがす事態になりかねないからね」
確かにその通りだ。
今回の政治犯とされた人数は、少なくはない。その中の数人は要職であったといっても過言ではない位置だ。
私が手にした残りを口に入れると、隣でお茶を優雅に口に運んだシリルの動きが止まった。
「母上に依頼されたということは、魔道具の可能性があるということですか?」
「あぁ、しかも、技術的に我が国のものを用いているという……」
「まさか、魔術研究所の中に……」
シリルがそう思うのは当然だ。
エメリー商会のように民間の魔道具師が活躍する場は多くあるが、精神干渉の術式はさらに高い能力が要求される。そもそも並大抵の技術力で作ることは不可能だ。出来るとすれば、まさに魔術研究所に入れるくらいのエリートたち。
しかし、現時点で、我が国の技術の集大成ともいえる魔術研究所でもその術式を完成させられる者は片手で足りる。お母様とアイリスおば様、そしてサミュエルお兄様だ。
「母上とクォーツの技術を盗むのは、不可能だ。とはいえ、新たに術式を生み出した者が現れたことも否定できない。だが……クォーツ所長によると、既知の術式のようだと……」
「一体、どういう? 兄上、母上が疑われている訳ではないのですよね?」
「あぁ、それはない。だが、技術の高さで考えれば、俺たちが思うようなことは、誰でも考えるだろう。だからこそ、母上へ国王陛下から直接の命だ」
「兄上がそれを僕たちに話したということは……」
「あぁ、コランダム家は母上の調査結果が出るまで、監視下に置かれる」
お兄様の言葉と共に、私は口の中のものを飲み込んだ。
今度もやはり、味はしなかった。
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