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「奇跡の子」だけど脇役です!~周りが主役級ばかりなのでヒロインといわれても困ります~  作者: 沙霧紫苑


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名が表すもの

 すっかり冷めてしまったお茶を口に含む。

 渋みを増したそれは、いつものような香りは消えてしまっていたが、今はそれがかえっていいのかもしれない。


「苦い……」


 途端にコナの淹れた温かいお茶が飲みたくなり、そう思ったことが、なんだか私に現実味を与える。

 私はここにいる。確かにここにいる。

 けれど、本を開けば、まるでその時へ引っ張られるような、そんな感覚がするのだ。

 共感や共鳴、同化。

 そんな類の。

 急に私が私でなくなるような気がして、少し、怖かった。


「シェリル=コランダム……魔王討伐に加わった亡国の姫。彼女がルクレツィアの生まれ変わりだったなんて。いいえ、それよりも問題なのは『悲劇の聖女』の真実の方だわ。二人の話の通りならば、皇帝は……。彼女は皇帝を深く愛していた、のね。だからこそ、世界を呪ったのだわ」


 胸が痛くなるのは、きっと、ルクレツィアの心を慮ってのことだ。

 今の私は、やはり、ルクレツィア本人ではないし、何かを呪うほど愛している人はいない。

 それなのに……。

 頬を伝う涙に私は驚きはしなかった。


「あの人……皇帝の生まれ変わりをずっと探しているのね。ルクレツィア……」


 恋という感情を知ったばかりの私には、世界を呪うほどの激情は分からない。

 でも、少し、羨ましいと思ってしまった。

 例え、それが世界を危機に陥れたのだとしても……と思ってしまうのは、私がルクレツィアの力を持つからか、コランダムという彼女の流れの中に居るからなのだろうか。

 少なくとも、彼女を、彼女の愛する人を脅かさなければ、世界を呪うこともなかっただろうに、と、そう思ってしまった。

 涙をぬぐい、胸の中に広がった苦い思いを紅茶の苦さで誤魔化し、私は再度本を開いた。


 本の中の二人は、失われた国と民を悼みながらも魔王討伐のパーティーに加わった。

 主要のメンバーは、いずれも亡国となったオパール、クォーツ、サファイアの王家の血を引く者たちだ。そして、そこに『神』に選ばれた勇者が加わる。

 勇者を選んだ『神』も、シェリルが先に語った外の世界からの介入者であろうとシェリルの兄は語る。選ばれた勇者が、『転生者』と呼ばれるこの世界の者ではなかったからだ。

 初耳だ。そんなことはアダマスの建国物語にも記されていない。

 疑問に思いながらも読み進めると、その謎はすぐに解けた。

 勇者の身体はこの世界で生まれ育ったもので、記憶、いや魂というべきものがこことは違う世界から来たらしい。勇者本人はそうとは語らず、シェリルと彼の兄だけが気づいたのだ。

 そこでふと、私はシェリルの兄だった人が気になった。

 ここまでの話は彼の視点からで、彼自身のことには触れられていない。だが、シェリルと共に魔王討伐に加わったのなら、別の記録から分かるはずだ。


「確か、ここに……あった。建国物語」


 ここにあるのは貴族名鑑に名前を登録すると国からもらえる子供向けの要約した建国物語だ。

 この本は少し特別で、受け取るときに自身の魔力を登録すると表紙に名が刻まれる。幼い頃はこれが身分証代わりにも使え、この国で生まれながらに貴族とされるものは、必ず一冊ずつ持っている。

 だが、これが与えらえるのは生まれた時だけだから、養子などで後から貴族に名を連ねた場合には所持が出来ない。

 それはさておき、私自身はこれを始めて開く。

 私にもあることは知っていたし、どこに置いてあるかもこの通り分かっていたが、私が読んだのは大人向けの詳しく書かれたものだった。

 そう、読んだはずだ。しかし、シェリルの名前は憶えているのに、他の登場人物の名は記憶が曖昧だ。

 理由は、まぁ、あれだ。

 私も聖女様になりたい! とかいう、幼い頃の憧れ的なものだ。

 これは簡易版だし、もし人名まで記されていないなら後で書庫へ行く必要があるだろう。その場合は、後回しだ。

 何かの予感があるのか、私は何故か緊張している。落ち着かせるように息を大きく吐いて手にした本を開いた。

 魔王討伐に加わったコランダムの兄妹の名はすぐに見つかった。


「ダリル……亡国コランダムの第一王子。……ダリル=コランダム」


 一瞬、お父様の顔が浮かんだが、名前だけで判断できるものでないと、すぐに首を振って否定した。

 コランダムの子らは似た名前が多い。おじい様はカイル、お兄様はセシル、弟はシリル。カイルもセシルもシリルも、もう、コランダムの家系図には何人もいるのだ。

 当然、ダリルも。

 だから、なんとなくホッとしたような気がするし、納得をしたような感じがする。


「ダリルって名を付けられた子は、きっと、優秀になるのね。始祖王もそうだったから、コランダムはやはり縁を大事にする家なのね」


 ふふっと口から思わず笑いが漏れる。

 なんだか、それがとても誇らしいことのように思ったのだ。

 その時、扉を叩く音がした。

 返事をすれば、控え目に開かれた扉にはレイモンドの姿があった。


「お嬢様、そろそろ夕食のお時間となります。こちらでとられますか? セシル様とシリル様が、お嬢様をお待ちすると仰っておられますが」


「食堂に行くわ」


「承知しました。では、そのように申し伝えてまいります」


「ありがとう、よろしくね」


 笑顔で頷いたレイモンドが踵を返すと、入れ替わるようにコナがやってきた。


「お嬢様、お食事の前に温かいお飲み物をいかかですか? ずっと、お一人でいらしたので……」


「さすがコナ! ちょうどお願いしようと思っていたの。コナのお茶を飲みたくて仕方なかったわ」


「まぁ、ならばお呼びになればよろしかったのに……。コナはいつでもお嬢様のためにお茶をご用意いたしますよ」


「ありがとう、コナ。大好きよ」


 そうして、笑顔のままで手際よくお茶を淹れるコナを眺める。ほどなくして湯気の立つカップが私の前に置かれた。

 ここには二人しかいないから、私はマナーなど無視してそのカップを両手で包み込むように持った。

 香りの消えた冷たいお茶は下げられ、今の私の手のカップからは香りが漂う。


「あたたかい」


「まぁ、お嬢様ったら、コナのお茶淹れ練習にお付き合いいただいた頃の様ですね。お嬢様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、今のように温かいと笑顔を浮かべていらした姿をコナは忘れられません」


「どうして?」


「実はあの後、それを口にしたお嬢様が苦いと顔をしかめながら、それでも飲み干してくださったんです。その時に誓ったのですよ。ちゃんとお嬢様に美味しいって言っていただけるお茶を淹れられるようになろうって」


「覚えていないわ。だって……苦かったのは、その時だけじゃなかったもの」


「そうですよね……。今は……どうですか?」


「苦くないわ。とてもおいしい」


「それはようございました。コナは、これからもお嬢様にそう仰っていただけるように頑張ります」


 コナの笑顔に、私の中で燻っていた言いようのない不安が霧散していくように感じた。

 大丈夫だと、思う。

 ここに、今の私が大切な人がいる限り、この本にのまれることは無い。

ご覧いただきありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。

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