父としての憂鬱-2
荷馬車のものをすべて運び終えたころ、屋敷の門をくぐったのは、王室専用の豪奢な馬車でなく、シルフィーヌがエメリー商会で売り出していた偽装馬車だった。
他の荷馬車よりは、確かに高価なものを積んでいそうな外装ではあるが、中は高位貴族が使用するものと何ら変わりない。外装を下位貴族用に、内装は上位貴族と同じものもあり、内装を見られたとき用にオプションで認識疎外の魔道具もつけられるとか。そうすれば、馬車で難癖をつけられずに済むと、裕福な下位貴族や商家に爆発的に売れたらしい。
その一台が王家に買われていたのは、意外でもなかった。
あぁ、やはり、私の娘は優秀だ。
「お久しぶりです。辺境伯、辺境伯夫人」
「お待ちしておりました、王弟殿下。遠いところをありがとうございます」
形式的な挨拶と共に差し出された手を握ると、剣とペンを持つ手だとすぐに分かる。浮かべた笑顔も、初めてここへ来たときの面影を残しながらも、何かを背負う男の顔をしていた。
「と、堅苦しいのはここまでだ。お前はもうコランダムの子だからな」
「はい、義父上」
「誰が、義父上だ。お前の養父母は僕の両親だろう。兄上と呼べ。フィーにはおじ様と呼ばせてやる!」
僕の言い分にレイチェルは、声を上げて笑った。その後ろでセドリックの肩が震えているのも見逃さない。
「ダリ、それが作戦?」
「……ふんっ」
そんなの、苦し紛れに決まってる。
だが、レイチェルはそんなこともお見通しだろうから、笑いながら僕の手を引き屋敷の中へ入っていった。
坊主の後ろに付き従う男は、セシルたちが言っていたパライパの者か。グラフェン公以降、パライパが付いた王族は坊主だけのようだ。最も、フレドリックには大元が付いているから必要もないだろうが。
色々気に入らないが、認めざるも得ない。
「私が居た頃とお屋敷は変わりませんね」
「えぇ、私たちの代では変わらないわ。セシルたちが変えるのなら、それは彼らの自由よ」
二人の懐かしむ声を聞きながら、脇へ立ったセドリックへ耳を寄せる。
シルフィーヌが、僕と直接話をしたいと伝えて来たらしい。ちらりと坊主を見て、そのまま、彼女の都合の良いときに呼ぶようにと言伝をする。
彼女は何か思いだしたのだろうか。そして、このタイミングだったのは、偶然か、必然か。
応接室に入り、お茶の用意が終わるとセドリック以外の使用人は外に出された。
「さて、前置きは良いだろう。本題に入ろう」
僕の言葉に頷いたランドルフは、側近から書状を受け取り、そのままこちらへ差し出した。
「私、ランドルフ=アダマスは、正式にコランダム家令嬢 シルフィーヌ=コランダムへ婚約の申し入れをいたします。すでに国王陛下の承認を得ております」
「拒否権は?」
訪問の申し入れの時と同じく国王の印が押されたそれは、正式な婚約の申込書だった。通常ならば、臣下であるコランダムに拒否権などない。
「シルフィーヌ嬢の心のままにと、陛下より言付かっております。私自身としては、ぜひ、お受けいただきたい」
「断っても、お咎めはないってことか」
「……えぇ」
そういいながらも不本意な様子が見て取れる。が、どうやらそれだけでないらしい坊主の態度が気になる。
「猶予は?」
「いつまでも……と言いたいところですが、そうは言ってられないかもしれません。夫人の研究結果にもよります」
その言葉にちらりと横を伺えば、レイチェルは何かを考えているのか、その表情はあまりよくはない。
「アレの影響で、フィーちゃんを取られちゃうってこと?」
「可能性として」
「レイに全部任せようと思ってたけど、僕も介入した方がよさそうな話?」
二人の言うアレが何なのか……。先ほどの資料のことを思えば、何かしらの要因で精神干渉を企てる者か物があるのだろう。
「はい、私としては学園の卒業を待つつもりでしたが、もしもアレが本当ならば、学園にいる間に使用した方が効果が大きい。そう考えると、敵が行動する前に彼女を護れる口実と立場が欲しいのです」
そう前置いてから坊主は、アレの話をし始めた。
アレ自体は、僕の想像通りのモノのようだ。だが、それがすでに実験を終えているという話に眉を顰める。
にわかには信じがたいものだが、坊主自体が体験したというのならば、おそらくそうなのだろう。
「敵の目的がフィーではなく、お前の可能性はあるのだろう?」
「……否定できません。しかし、私を手に入れてもメリットがない、ならば、彼女を手に入れた方が効果は……」
「最終的な目的がフィーを手に入れることなら、お前は餌か人質だろう。そして、上手く立ち回りお前を洗脳してしまえば、フィーも思いのまま……そういうことじゃないか?」
「そうね。フィーちゃんが力を使えるようになったとして、おそらくすべての原動力はあなただものね」
そう言いながら、レイチェルの顔に何かを企むような色が浮かんだのを僕は見ている。
まぁ、可愛いからそのままにしておこう。
だが、向かいでは対照的に顔色を悪くする坊主の姿があった。
「しかし、真の私を知る者が裏切るとは思えないのです」
そもそもそれを知っているのは、ここにいる者と、クリスティーナとフレドリックだけのはずだ。クリスティーナは亡くなっているし、この件について彼女が何かを遺しているとは考えられない。
そうとはいえ……
「直接とは限らないだろう? それに、今のフィーを動かすなら、お前がどんな存在だろうと関係ないさ」
直接その事実につながるものがなくても、推測するだけなら誰でも出来るから、可能性が全くないとは言えない。
あったとしても、本当に僅かな可能性だが。
「それはどういう……」
「知りたいなら書斎へ行くぞ。彼女からの通信が入るから」
言いながら時計を眺める。
フィー起きないと泣きそうな声のセシルから通信があったのは朝のこと。次にフィーが起きたと連絡があり、追うようにフィーから話があると連絡があった。
寝坊というには遅い時間。
大方、息子たちが先に食事をさせているのだろう。
では、その間に彼女への贈り物を用意しなければならない。
もう少し後になるかと思っていたが、これも運命というものだろうか。
思わず出たため息は、自覚した憂鬱をさらに重くしただけだった。
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