父としての憂鬱-1
――シルフィーヌがまだ目覚めていなかった頃、コランダム本邸にて
朝の定例訓練中の演習場に家令のセドリックが現れた。通常、急ぎの要件がない限り彼がここに来ることは無い。
新人騎士たちの指導をしていた僕は手を止め、彼らには続けるように伝えるとセドリックの元へと向かった。
「ダリル様、王弟殿下が領地内に入りました」
差し出されたタオルを受け取り、セドリックの言葉を聞きながら足を止めることなく屋敷への道を歩く。
「分かった、出迎えの用意を。しかし、坊主は転送装置を使わなかったのか」
訪問の報せは、数日前に届いていた。
それを知らせる書状は、国王の印が押された正式なもので、ランドルフ=アダマスが訪問する旨のみが書かれていた。
そう、用件は書かれていない。だが、今の国内情勢と辺境の状況で急ぎの、まして王弟を出すほどの案件はない。そう考えれば、自ずと訪問の目的は分かってくる。
いよいよかと、その書状を受け取ってからの僕は憂鬱で仕方なかった。
「はい、どうやら多くのお荷物をお持ちの様です」
「はっ、贈り物などで釣られるものか」
「あ、いえ……どうやら奥様からのご依頼の品だとか。すでにエントランスで奥様が控えていらっしゃいます」
「くそっ、先にレイチェルを買収したな。姑息な手を……」
しかし、いつの間に連絡を……と考えたところで、彼女がセシルたちの婚約の件で頻繁にアイリスと連絡を取っていたことを思い出した。
魔術研究所経由で手を回したのなら、僕の範疇にない。
レイチェルのやることには一切の口を出さないという僕のポリシーをうまく利用されたのだ。
まぁ、実際、実直なだけでは愛する人を守れないのは真実だ。
手を尽くして挑むその姿勢は褒めてやるが、僕がその対象になったというのは、気に入らないのだから仕方ない。
「まぁ、ダリ。お顔が怖いわ」
身支度を終えてエントランスへと向かう。
レイチェルの隣に立つと、くすくすと笑いながら眉間のしわをのばされた。
「レイ、この裏切り者」
「でも、あの子はいい子よ。どこぞの嫡男よりもよほど信頼も出来るわ」
どこぞの嫡男……
レイチェルが棘のある言い方をするのは、なかなか珍しい。
婚約破棄をしたときは、ただ、淡々と互いの家として対応していたが、それはアイリスの顔を立てただけだ。
結局、フェルスパーがアイリスの生家で、オニールが彼女の甥でなければ、婚約もしなかったし、そのまま見逃すなんてこともしなかった。僕も、レイも。
「けど、気に入らない」
まぁ、オニールよりも条件も人柄も、比べ物にならないことくらい分かっている。
血筋は言うまでもなく、こうして僕の裏をかいてでも足元を固めていく手腕も、悪くはない。プラセオで商会を起こしていることから、個人資産は国内でオズワルドたちの監視下にあったフレドリックよりも多いだろう。
娘を嫁がせる先としては、今の国内で坊主以上の男はいないだろう。年頃の娘や少し離れていても未婚の娘を持つ家がこぞって縁を結びたがるのは当然だった。
分かっている。
そう、気に入らないだけだ。
「あなたに言わせたら、私たちから奪っていく男性は、彼でなくても気に入らないのでしょう?」
「私たちの娘が政略結婚をする必要もないし、彼女自身、経済的に自立もしている。なら、このままコランダムに居たってなんの問題もないだろう?」
「ふふっ、それ、私の父に言えて?」
「……今日のレイは意地悪だ」
本当に意地悪だ。
可愛い娘の幸せを望む複雑な父親心を分かってくれないなんて。
「まぁ、拗ねたの? 可愛い人。でも、ダリ、考えてみて。あなたがコランダムの名を捨てても私の隣に立つと決めたあの時と、今の王弟殿下は同じなのよ。同志を応援してあげて」
「分かってるよ」
そう、分かってはいる。
あぁ、今になってジェラルドの悔しそうな、でも嬉しそうな、あの顔の意味が分かるなんて、なんてことだ。
隣でくすくすと笑いながら、宥めるように僕の腕を叩くレイチェルをぎゅっと抱きしめながら、どこにも行けそうにない憂鬱をやり過ごす。
ほどなくして、坊主よりも先に荷馬車が到着した。
「レイ、これはなんだ?」
荷馬車の中に詰め込まれていたのは、わずかな宝石類と魔石、後は大量の資料だった。
しかも、宝石類と魔石からは嫌な類の魔力が感じられる。
「建国記念のあれで、大量の実験体を手に入れた魔術研究所の解析資料よ。まだこれはとっかかりの方ね」
「何か気になることでも?」
なんとなしに摘まみ上げた一枚には、精神干渉という文字が見える。
坊主を狙った暗殺者たちのことを知るアイリスならば、この手の事例解析をこちらに送ってくるのも納得がいく。
「まだ、憶測の域を出ないのだけれど、ね。仕掛けられる前に防ぐ方法を見つけられたら、最高だと思わない?」
僕の手から資料を抜き取ったレイチェルは、それはそれは嬉しそうに笑う。
それは研究者として、目の前の難題に挑むことに喜びを見出しているそれで、僕はため息を吐いた。
「好きにするといいよ。足りないものがあれば手配する。ただ、ちゃんと寝食はとること」
「えぇ、分かってるわ。忘れていたら、ダリが教えてくれたらいいし」
「ハイハイ、愛しの君の言う通りに」
出会った頃と変わらない少女のような好奇心に満ちた横顔を眺めながら、資料をレイチェルの研究室棟へ運ぶように指示を出す。
これは、しばらくエメリー商会は新商品を出せないだろうと考える。
まぁ、おそらくシルフィーヌ自身もそちらに構う余裕がなくなる可能性もあるから、ちょうどいいのかもしれない。
「ダリ、お受けするの?」
「ん? 僕としては本当にどちらでもいいんだ。ただ、フィーが納得して決めるならそれで」
「そうね。それが一番ね」
「あぁ」
運命などという言葉で片付けたくはないが、二人が惹かれ合い、共にあることを望むのなら周囲がなんと言おうともそうなるだろう。
彼らが遥か昔に交わした約束を果たせるならそれで……。
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