新作料理は王宮の食堂向きらしい
コナの開けた扉を抜ければ、すぐそこにレイモンドが控えていた。
「おはよう、レイモンド」
「おはようございます。お嬢様」
てっきりお小言の一つでも出るかと思ったが、笑顔で応じた彼はそのまま私の後へ続いた。
少しばかり拍子抜けしたが、まぁ、耳の痛いお小言はない方がいい。
「レイモンド、セドリックに連絡をしてお父様の予定を確認してくれる? 直接お話したいことがあるので、今日明日中に時間を取ってほしいの」
「承知いたしました」
私の知る限りで、元々この週末の休暇に予定は入っていなかった。すんなりと私の要求が通ったということは、今の時点で何も予定の変更はないのだろう。
せっかくだから、この二日の間に少しでもコランダムの聖女たちのことを調べようと思っている。おそらく本宅の図書館の方が最適だろうが、それはまた長期休暇の時にと考えているから、今はタウンハウスにあるものでいい。
そもそも聖女本人である私の知っている情報が少なすぎるのだ。
お父様がどこまで教えてくれるかは分からないが、知らないからと言ってそのままにしておくのは、私自身が落ち着かない。
「お寝坊さんの妹がやっと来たね。待っていたよ」
食堂に入れば、二つの笑顔が私に向けられた。
「お兄様、シリル、おはようございます。私は待たずに食事をしていてくださってよかったのに」
長めのダイニングテーブルの端に隣り合って座る二人に挨拶をして向かいの席に着くと、二人の前にはお茶しか置かれていなかった。
私の視線に気づいたシリルが、控えていた使用人に食事を運ぶように指示を出してから、私に答えた。
「何度も作ったり、温め直すのは面倒でしょう? 少しのことだから待っていればいいのです。それに、家でなければこんなにゆっくり座っていられませんし」
「そうだな、シリル。もしかして、学園でも王宮の食堂の様なのか?」
「ラウンジに入る限りは問題ありません。無駄な言葉も聞こえてきませんし、快適ですよ。だから、兄上、王宮の方はお任せいたします。僕は学業に専念したいので」
「は!? シリル、俺を見捨てるのか? なんてことだ……最愛の婚約者と可愛い妹とは学園に通えず、国のために身を粉にして働く兄を、弟が見捨てるなんて……。あぁ、世の中とは実に無常である」
まるで舞台俳優のように大きな身振り手振りで悲しみを表現したお兄様は、シリルの冷ややかな視線とぶつかり、しゅんとうなだれ席に着いた。
「兄さまも学園に行きたい」
呟かれた言葉はとても寂しげだった。
思わず手を差し伸べたくなる私だったが、かといってお兄様を学園に通わせる方法など思いつかない。
と、その時、シリルのため息が食堂に響く。
食事を運んできた使用人はピタリと動きを止め、どこか、張りつめたような空気となった。
「シ、シリル? 穏便にね」
「姉上、僕をなんだと思ってるのですか」
あきれ顔で言われて、そりゃ毒舌天使と思ってる……と言えるはずもなく、私は力なく笑顔を返しておいた。
「兄上は、学園に通いたいのですよね? でしたら、宰相閣下に王宮と王弟殿下の橋渡し、もしくは、政務補佐へ正式に任命していただければよろしいのでは?」
ハッと顔を上げたお兄様は、みるみる笑顔になっていく。次には自分の状況を整理し始めたのか、少しだけまじめな顔になり、それと同時に食堂も空気も和らいだ。
「まぁ、そもそも、俺は殿下付きということになっているからな。難しいことではなさそうだ。でも、あいつにはトレイシーがいるだろう?」
さらりとランドルフ様をあいつ呼ばわりしたお兄様は、私の心配をよそに何もなかったように言葉を続ける。
「奴は、政務には関わっていない……な、そういえば。あいつの置かれた状況を考えれば、そちらよりも護衛の意味の方が強いのは仕方ないか」
「えぇ、トレイシーはそちらの役目は担っていません。せいぜい、雑用程度のものでしょう。能力はあるのにもったいないことです。殿下のお考えは分かりませんが、学生会は助けがあるが、政務は難しいと……先日、漏らしておいででしたので、そういうことでしょう」
普段通り話し始めた二人の様子に、ほっとしたような使用人たちは、次々に食事の用意をしていく。そうして、あっという間に少し遅めの昼食の準備が整った。
「なるほど、王宮のゴタゴタを目の当たりにしている状態で、自分にも補佐官をくれとは言えなかった訳か。実際、割ける人員もいないしな」
「宰相閣下を納得させられるかは、兄上の手腕次第でしょう。まぁ、道筋も見えたところで、先に食事にしましょう。今日は料理長の新作があると聞いていますし」
「そうそう、私はそれを楽しみに起きてきたのよ。冷めないうちにいただきましょう。ね、お兄様」
「なんと、我が家の姫を起こしたのは、兄と弟の愛情ではなく料理長の作品だったとは……。では、ご所望のものをどうぞ」
笑い声をあげたお兄様は、そう大げさに言いながら料理長の新作を取り分けてくれた。
丸い薄いパンのような生地にチーズをのせて焼いたものらしい。そこになんと蜂蜜がかかっている。
チーズと蜂蜜ってあうのかしら……。でも、パンケーキにバターを乗せて蜂蜜をかけるととてもあっていておいしいのだから、これもきっと。
「これは、ピザというプラセオの料理だよ。しかし、これは王宮の食堂向きだな」
「確かにそうですね……」
「どういうことですの?」
「うん、これはね。こうして……」
そういって、お兄様は自分の皿にもピザを取り分けると、具の乗っていない端を手に持ち、器用に折りたたむとそのまま口に運んだ。
なるほど、王宮向きというのは、そういうことか。
「でも、これは良いですね。あの時のように、無理やり何かに詰め込むのではないから、気持ち的になんというか……」
「わかる、分かるぞ、シリル。あそこでパンに詰め込むのは、具となる料理だけでなく、心のゆとりや人間らしさもだからな」
二人の会話に苦笑いを返して、私もお兄様のように手を使って口に入れる。
「!?」
チーズのしょっぱさと蜂蜜の甘さがケンカすることなく、むしろ引き立て合っている。パンケーキのバターと蜂蜜とはまた違った感じで、これもまたおいしかった。
「フィーも気に入ったようだ。これなら忙しいときでも食べられるだろう? 上に乗せるものを変えれば色々楽しめるしな。料理長にもフィーが気に入っていたと伝えておいてくれ」
「承知いたしました」
お兄様の後ろに控えていたイーサンが恭しく頭を下げて下がっていく。それと入れ替えにレイモンドが食堂へ姿を現した。
「お嬢様、当主様のご予定を伺いました。午後、お嬢様の良い時間にとのことでございました」
どうやら、お父様にはおおよそ私が話す内容に検討がついているのかもしれない。
まぁ、わざわざ私が聞きたいというのは、今では私にまつわる話しかないから当たり前だろうけど。
『フィーが知りたいことは教えてあげたいけれど、全部という訳にはいかない』
お父様が仰っていた言葉が思い出される。
今回、どこまで私は知ることが出来るのだろうか。
「分かったわ。できれば早い方がいいのだけれど……。そうね、食事が終わったら一度お伺いして。良ければそのままお話しするわ」
「では、そのようにセドリックへ申し伝えます」
「お願いね」
レイモンドが部屋を出ていくと、それまで黙って聞いていたお兄様とシリルの視線が向けられていた。
「何かを思い出したの?」
「思い出したというか、分からないから確かめたいというか……」
「そう……。フィー、無理はしないで」
「ありがとう、お兄様。でも、大丈夫よ。だって、お話の相手はお父様ですのよ。お父様が私に無理をさせるはずはありませんわ」
「確かに! まぁ、でも、何かあったら俺たちにもちゃんと話すと、約束してくれるかい?」
「えぇ、お兄様。頼りにしていますわ」
「兄上だけ?」
「もちろん、シリルも!」
ふふっと三人で笑い合い、料理長の自慢の料理で埋め尽くされた昼食を続けた。
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