能力があるからこそ疎まれる場所がある-2
『彼はもう大丈夫』
近くで見守ってきたイアンの言葉なら、きっと、そうなのだろう。
クライブの生家であるアクロアイトは、いくつかの鉱石が採れる鉱山を有しており、子爵という地位の中で潤沢な資産を持つため、上位の爵位を持つ家よりも間違いなく羨望の対象になるだろう。
その直系の次男として生まれた彼には、年の離れた兄がいた。その兄は後継者として申し分はなかったが、他人を信用し過ぎた。
クライブが後継者の座を狙っており、兄の命をも奪おうとしていると、耳元でささやいた者がいたのだ。それは、兄の妻であり、クライブにとっては義姉であるその人だった。そして、実際にクライブの方がより優れていたことで、彼女の言葉は兄の中で真実となってしまった。
自身を監視し続ける兄の疑念を払しょくするため、クライブは自らに『規則的であること』を強いた。
彼の日常は、すべて規則的であれば問題なく、そこから外れることが兄への疑念へとつながると、盲目的に信じていたのだ。
そんなクライブにとって兄の監視が緩まる学園内が、唯一、彼の心が休まる時間だったのだろう。だからこそ、たった数年の学園生活は、彼の中でとても重要だったはずだ。
そんな学園生活の中で、将来、兄と家のためになると学び始めた法律は、いつしか本当に好きな学問になった。家から離れるために入った寮で、同室になったどこか似たような境遇の学友たちは、なんでも話し合える親友となった。
学園を出れば常に息の詰まる生活が待っている。分かっていてもクライブは、抗うことなくそれらを受け入れた。いつか、兄が自分への疑いを晴らし、幼い頃のように仲の良い兄弟に戻れる日が来ると信じていたかった。
だが、疑念に囚われ続けた兄にとって、クライブが習得した法律は自分を攻撃するためと捉えられた。兄は彼を恐れずにはいられなかった。そして、とうとう義姉の囁くまま、兄は彼に冤罪を着せ、事実確認もされず、結果、彼は除名という形でアクロアイト家を追い出された。
唯一の救いは、真相の露見を恐れた彼の家族たちが、彼自身が望んで家との縁を切ったとして、彼の法律家としての地位が汚されなかったことだろう。
あの頃のクライブは見ていられなかったと、彼の事情を悲痛な面持ちでレイモンドは語った。
家を出た後も、クライブは『規則的であること』をやめられなかった。少し外れてしまえば、まるで何かに取りつかれたように謝罪を繰り替えす。
ちょうど、その頃に家を出たイアンの力を借りて、ようやく人らしい姿を取り戻していく。それからもレイモンドとイアンは彼を支え続け、後にロドニーが合流した頃には、こだわりが強い程度までに回復していたそうだ。
親友としては強く、まるで家族のような彼らの関係は、もしかしたら、そんな日々の中で強固になったのかもしれない。
クライブを見送ってしばらく、室内には、紙をめくる音とペンを走らせる音だけがしていた。それぞれが黙々と自身の仕事を片付けていき、少し暗くなったと気付いた時、扉をノックする音が響いた。
コナが灯りを点しに来たのだろうと席を立ったイアンは、あっと声を上げた。
「お嬢……商会長はまだいらっしゃいますか?」
「あぁ、いらっしゃるよ。よかった、間に合ったね」
今となっては聞きなれた声に私は顔を上げる。その先の扉の向こうには、笑顔を浮かべたロドニーが立っていた。
「まぁ、ロドニー! 家の方はもういいの? まだ助けは必要かしら? そういえば、お姉様が戻られたと聞いたわ。関係は良好? ご両親もお疲れになってないかしら。お二人の体調はお変わりない?」
ついつい矢継ぎ早の質問をしてしまって、私はハッと口を噤んだ。
その間も笑顔のままで私の言葉を聞いていたロドニーは、少しだけ痩せた顔つきになっていたが、送り出す前よりも晴れやかな様子だった。
「はい、サンストーンの家の方は落ち着きました。義兄の実家が助けに入ってくれることになったので、問題ありません。両親は仕事に戻れて前より生き生きしているくらいです。まぁ……兄たちのこともありますから、気を紛らせているだけかもしれませんが。それでも、生甲斐を取り戻せたので、きっと……えぇ、きっと好くなります」
「そう、そうなのね。良かったわ」
「あと、王家の承認が得られましたら正式に通達が出るかと思いますが、サンストーン家は義兄が継ぐことになりました。ですので、どうか私を末永くよろしくお願いします」
「それは願ってもないことだわ。しかし……えっと、義兄様ってシトリン侯爵家のご子息だったかしら」
これは、レイモンドに言われて改めて皆の経歴を見直していた時に知ったことだ。
魔石鉱山を有するシトリン家にとって、鑑定の眼を持つロドニーの姉であるアニタは、爵位を気にしなければ政略結婚の相手として申し分なかっただろう。それでも、この結婚は、相手となったトーマス氏立っての望みだったと聞くから、爵位など最初から関係なかったのかもしれない。
だが、公爵家の子息が男爵家の後継になるとは、色々問題が出そうな話だった。
「商会長の懸念は分かります。私も最初は信じられませんでしたから」
私の表情を見たロドニーは、私と周囲を安心させるためか笑顔を絶やさなかった。
「義兄は、シトリン家の三男で家業の経営には携わっておらず、姉と同じく鑑定士として働いておりました。義兄の鑑定の技術は私の母から教えられたもので、義兄本人は、師匠と仰ぐ母の力になれるなら家の問題は二の次だと言っておりまして……」
そこまで言って、ロドニーはどこか呆れたようにため息を吐いた。
「あの人……私に負けず劣らずの魔石バカなんです」
彼の言うところの『魔石バカ』は、この商会の中でもロドニーを形容する言葉として聞いたことがあった。その彼に負けず劣らずと言わせるならば、相当なものだろう。
なんだか、俄然、興味が出てきた。
「ロドニー、私も……」
「いけません」
私の言葉が終わる前に、いつの間にか私の背後に立っていたレイモンドによって遮られた。
「何でよ、レイモンド! 私はまだ何も言ってないわ」
「サンストーン家へご挨拶に……と仰るつもりだったのでしょう? だから、いけません」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
時々、レイモンドは人の心を読めるような加護でも受けているじゃないかと本気で疑うことがある。
直系ではない王家や、王家に最も近い公爵家の中には、稀にそういった特別な能力を持って生まれる方がいらっしゃるという。オパール公爵家を生家に持つクリスティーナ様が、先見の能力を持っていたというのもそうだ。
「だって、ほら、鉄は熱いうちに打てっていうじゃない」
「あなたが打つ必要はどこにもないでしょう? 先代のご夫婦もいらっしゃる、貴族籍の書き換え、商会情報の更新、あちらにはやることが山ほどあります。そして、我が商会も新しい技術の発表、他商会との連携、展開……あなたにも同じようにやることは山積みです。どこに『ご挨拶』に行く時間があると思っておいでなのです?」
私、知ってるわ。これは正論パンチっていうのよ。
ぐぬぬと言葉が出ずにいた私に、ロドニーの笑う声が聞こえた。
「商会長、次の会合にはおそらく義兄も父と出席いたしますので、どうか、それまで温かい目で見てやってください」
と、まるで子供に言い聞かせるみたいに言われてしまった。
むぅと口を尖らせた私に、さらに説明する声が届く。
「義兄は、とんでもない人見知りなのです。魔石には向き合えるのに、人にはなかなか……」
その場にいたレイモンドもイアンも大きく頷いている姿に、どうやら私はその説明を受け入れるしかなさそうだと悟る。
だが、私はふと気づいた。
「え? でも、お姉様とのご結婚は、彼の方からだったのでしょう?」
とんでもない人見知りの方が、どうやってロドニーのお姉様を見初めたのか。気付いてしまったら、ものすごく、本当にものすごく知りたくなってきた。
そんな好奇心を隠さない私に、レイモンドの眉がわずかに顰められる。これは……あまり突っ込むと叱られると思ったが、やっぱり好奇心の方が強い。
私とレイモンドの視線を行ったり来たりしたロドニーとイアンの視線は、次には楽し気な笑い声になった。
「その疑問はもっともですが、私たちの間では割と有名な話なのです」
そう話しだしたイアンは、ちらりとロドニーを見やる。
そんな彼の視線を受けたロドニーは、何故だか困り顔だ。
「義兄と言っても、実は、私たちと彼は同級生なのです。彼らの縁談が纏まったのは、ロドニーの功績が大きいのですよ」
「おい、イアン。もういいだろ。商会長、それは、いつかきっとお話ししますから……」
そこまで聞いて私はなんとなく察した。
義兄のことを遠慮なく『魔石バカ』と言えるロドニーと彼との関係は、きっととても良いのだろう。そして、義兄の人柄も……。
「ふふっ、じゃぁ、約束よ、ロドニー。時間はたっぷりあるのだから、きっといつか聞かせてね」
そう、あなたたちのことをもっと……
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