カルセドニーを持つ家はどこか
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それから私のどこか奇妙な学園生活が始まった。
昼間は普通に授業を受ける。が、環境は普通とは言い難い。
基本的には、いつもランドルフ様の隣に座り、私たちの後ろにはトレイシーがいる。例外は、ほとんどない。そのうち、マナーの授業で男女が分かれるときがあれば違うのだろうけれど。
昼食はラウンジで初日に顔合わせをしたメンバーと共に取る。たまにカルセドニーの新作スイーツが並ぶのが、私の楽しみだ。
午後の授業が終わるとまたラウンジへきて、ランドルフ様は執行部と王族としての仕事、私は商会の仕事をする。もう少しすれば、オードリー様が紹介してくれた内装工事業者が室内を整えてくれるらしい。
そうそう、あれからフェリシア嬢の突撃はない。けれど、私もソフィ姉さまも彼女たちの熱い視線をそこかしこで感じている。
本当に反省をしているのならばいい。今のこの静かな時間が、彼女たちが計画を練る時間になっていないことを、私たちは祈るしかない。
紙をめくる音とペンを走らせる音だけがして、時折、互いに言葉を交わす、そんなこの時間がいつしか私は好きになっていたから。
「シルフィーヌ、明日は所用で授業後は出かける。君は好きにしてくれていいよ。もちろん、ここも好きに使ってくれ」
「承知いたしました。ならば、私もたまには商会の方へ顔を出しますわ」
「そう、分かった」
考えてみれば、タウンハウスの執務室で仕事をしてばかりだったし、新学期が始まってからもラウンジで仕事が出来るから、長い間、商会本部には顔を出していない。
ロドニーも戻ってきたと聞いているし、イアンがカルセドニーとの連携について話があるとも言っていた。クライブからも取得した特許の確認を求められている。
そう考えると、いいタイミングではあった。
次の日の授業後、私は久しぶりに早い時間に馬車に乗り込んだ。
中にはレイモンドとコナがいる。最近は、ランドルフ様に送っていただくことが多かったから、二人がいる馬車の風景は久しぶりだった。
「お嬢様、このまま商会へ向かってよろしいでしょうか」
「その前にカルセドニーへ行きましょう。レイモンド、今日、出勤している人数は分かる? 彼らにはお菓子を買っていこうと思って。今日いない商会員たちには日持ちするものを用意していきましょう」
「本日は、ほぼ全員が出勤しております。なにせ、お嬢様が久しぶりにいらっしゃると聞いて、朝から賑やかにしているそうです」
「あら、みんな耳が早いのね。じゃぁ、お店に迷惑にならない程度にたくさん買っていきましょう。焼き菓子は後から届けてもらってもいいわね」
「承知いたしました」
ほどなくしてカルセドニーへ到着する。
相変わらずの人気に、まるで自分のことのようにうれしくなるのは、次の提携の話があるからに他ならない。
直接ではないにしろ、ここに溢れる笑顔に貢献できているのなら喜ばしいことた。
そんなことを考えながら、レイモンドの手を取り馬車を降りる。さてと顔を上げたところで、何故かレイモンドとコナが私の前に立った。
「二人ともどうしたの?」
何かから守るような、私の視界を遮るような二人の行動に、私の身体は僅かに緊張してこわばった。
一年近く前、ここで見たものは何だったか。
それが不意に頭に浮かんだ。
しかし、今の私には婚約者はおらず、そういった対象もいないはずだ。ならば、考えられるのはフェリシア嬢の存在だろうか。学園ではいつもランドルフ様をはじめとする誰かしらが私の側にいるため、彼女が私に近づくことは不可能だ。そう考えると、学園の外ならばちょうどよい機会になるのではないだろうか。
そう思った私は、不安と好奇心を覚えながら、二人の身体の隙間からその向こうを伺った。
そこには美しい大人の女性をエスコートする若い男性の姿がある。
ひゅっと自分の息を飲む音がした。
女性の方は見覚えがない。だが、男性の方は、私の前に立つ執事ととてもよく似ていた。髪の色を変えているが、間違いなくあれはランドルフ様だろう。
視線を動かして彼らの周囲を見たが、トレイシーの姿はなかった。
それもそうか、女性とのデートに従者を連れてくるはずはない。
柔らかな笑みを浮かべたランドルフ様の腕にそっと添えられた女性の手は、細くしなやかで、美しかった。
私は自分の手を眺める。年相応に、それなりに整っているが、やはり剣を握る手は細くもなく、か弱い雰囲気はない。
ふっと小さな笑いが浮かぶ。
どうして、私の胸は、今、こんなにも痛いのだろうか。
「お嬢様?」
コナのあたたかな手が、落とした視線の先にある私の手を包んだ。
顔を上げれば、コナの向こう側で、二人の姿は個室のある二階へと続く階段に消えていった。
「えっと、なんでもないわ。さぁ、みんなが待っているから早くいかないと」
「はい、お嬢様」
流石、私のコナだ。
気付いていても、気づかないふりをし、その顔にも声にも揺らぎはどこにもなかった。
店の中は相変わらずの大盛況で、カフェスペースは満席、持ち帰りスペースも多くの人がいた。
私たちは商会本部へ持っていくものだけを手にし、ついでにタウンハウスへのいくつかを届けてもらうように選んでおく。会計と配達の手配はレイモンドに任せ、私はコナと共に馬車に戻るために店の出口へと向かった。
店を出る時、ふと、階段の方を見た。もちろん、そこには誰もいない。だって、お茶とお菓子は、ゆっくりと味わうものだから……。
後ろでレイモンドが店員と言葉を交わす声が微かに聞こえたが、閉じられた扉の向こうでは、もう何も聞こえなかった。
だが、一歩踏み出したところで、別の聞き覚えのある声がした。
「フェリシア様、本当に私もご一緒して大丈夫なのでしょうか」
「構わないわ。ここはセレン家のお店だし、家族の集まりと言っても小さな報告会のようなものなの。むしろ、私に着いてきてくれたアビゲイルを招かなくてどうするの?」
「しかし、あの……殿下もいらっしゃるとか」
「えぇ、もちろんよ。あの方はいつも私たちの家族の集まりにいらっしゃるの。だって、プラセオであの方を支えたのは、我がセレン公爵家なのですもの。家族と言っても過言ではないわ」
声のした方へ視線を流せば、しっかりとフェリシア嬢と目があった。
なんとなく予感はしていたが、どうやら私に今の話を聞かせたかったのだろう。
しかし、私は彼の何者でもないし、交友関係に口を出せる立場にはない。そんな話を聞かされても、感情を動かされることはない。
ただ、少しの痛みがあるだけだ。
「参りましょう、お嬢様」
「えぇ」
そうしてコナに促されて馬車へと向かった。
後ろでわずかに笑う声がしたが、私はもう振り返らなかった。
一方、店の中で、執事らしく柔らかな笑みを浮かべたレイモンドは、新人らしい店員に何気なく尋ねた。
「今日は、オーナー……セレン卿はいらっしゃるのですか?」
「えぇ、朝から難しい顔をして事務所に座っていらっしゃいましたよ。それなのに、先ほどはそわそわしだして……」
その様子を思い出したのか、彼女は笑みを深くした。横から来た馴染みの店員は、レイモンドへ伝票を渡しながら、その言葉を引き継ぐようにくすりと笑う。
「夫人がいらっしゃるのを待っていらしたようです」
「そうでしたか。相変わらず、お二人は仲がよろしいのですね。では、どうかご夫妻によろしくお伝えください」
「はい、必ず」
そうして最後はいつも通りの言葉を交わしてレイモンドは店を出ると、すぐに馬車へと戻った。
「お嬢様、お待たせいたしました。すべての手配は滞りなく」
「そう、ありがとう。ロドニー以外とは、本当に久しぶりになるわね。皆、元気にしているかしら」
「えぇ、取り囲まれるのは覚悟してくださいね」
そう、冗談めかしたレイモンドの言葉に、どこか重さのあった馬車の空気は、少しだけ軽くなった。
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