幕間:言い伝えられた歴史は真実か?
今回は、ちょいと重め?な幕間を
いつもありがとうございます!
聖女
癒し、先見、祝福、結界、解呪、豊穣……
その能力は多岐にわたり、その中の一つでも持っていれば聖女として認められ、保護されるべき存在だった。
中でも大聖女と呼ばれた存在は、いくつかの能力を併せ持ち、その力も強大であったとされる。
ルクレツィア――帝国において庇護されていた彼女は、神にも匹敵するほどだと言われおおよそすべての聖女の能力を持った、まさに大聖女と呼ばれるにふさわしい存在であった。
しかし、彼女は後に『悲劇の聖女』と呼ばれることになる。
時の皇帝――ルキウスの妻となったルクレツィアの起こした軌跡は数あれど、最も偉大だと言われたのは、帝国に繁栄をもたらしたことだろう。
しかし、強すぎる光の裏には、深い闇も広がっていく。
侵略戦争のどんな困難、死の淵からも蘇り、無敗の皇帝として名をはせたルキウスだったが、それは大聖女の力を搾取したからだと実しやかに囁かれた。いつしかルキウスは『悪逆皇帝』と呼ばれるようになっていた。
そんな中、栄華を極めた帝国で反乱がおきた。
反乱軍は中央の貴族を中心としており、大聖女を皇帝から救い出すためという大義のために集まった。
中央貴族が中心であったこともあり、内部から食い荒らされた帝国が落ちるのは時間の問題だった。
数日後、ルクレツィアのかつての婚約者だったセルヴィンが、彼女を救い出した。
反乱が成功したとの知らせを受けた隣国や今や属国となった小国たちは、我先にと皇都へと入った。大聖女の恩恵を受けるために。
だが、当然、それは新たな争いを産む。
反乱を生した帝国は、優秀な指揮官でもあった皇帝を失い、膨大な戦力もただの烏合の衆と化していた。
新たな帝国の主となったはずのセルヴィンの抵抗むなしく、僅か十日余りでその首は皇都の城門前に吊るされていた。
攻め込んだ国々の手が大聖女に迫った時、彼女が持つすべての力を使い今後生まれるはずの聖女たちの聖女たる標を消し、手にした短剣で自らの心臓を突きさし命を落とした。
以後、聖女は自身のみがその存在を知り、自身の意思で解放しなければ能力は覚醒せず、覚醒しなければ周囲に聖女と知られることもなくなった。
それは、大聖女が後世に残した、聖女たちを守るための最後の祝福であった。
―――――――――――
愛した国民と側近たちを盾に取られたルキウスとルクレツィアは、あっけなく反乱軍と名乗ったセルヴィンたちの手に落ちた。
周囲は信頼のおける者たちで固めていたはずだった。その者たちの幾人かは、家族や恋人を人質に取られ、心に血を流しながら忠誠を誓った主君に背いた。
だが、彼らは反乱軍が皇城を目指したタイミングを見計らい、最後の抵抗を試みた。それぞれが属国や周辺諸国へ情報を流し、帝国を攻めるように仕組み、これ以上、利用されないように自身と人質に取られた縁者たちはその場で命を落とした。
セルヴィンたちは、駒を失っただけだと思っただけだった。
その証拠に今もまだ自分たちの勝利を信じて疑わず、豪奢だった謁見室で、ルクレツィアの前でルキウスの身体に剣を突き立てた。
「いやぁああああ、やめて! ルキウス! ダメよ、だめ」
お願いやめてと、すすり泣くルクレツィアの声が響いた。
ルキウスは大聖女の祝福を受けていたために、すぐに絶命することは無い。それは戦において絶対的な有利だったが、敵の手に落ちた場合は、長く弱点にもなる諸刃の剣であった。
目は霞み、荒く息を吐くルキウスは、ただ一人の愛した女性を想っていた。
既に彼女の姿を目に映すことが出来なかったが、その声はルキウスにも鮮明に聞こえた。
おそらく最後になるであろうそれが、彼女の柔らかな声ではなく、嘆き悲しむ声であることが、ルキウスの後悔でもあった。
「こいつを生かしたいか? ならば俺のものになれ、ルクレツィア。こいつの目の前で俺に抱かれ、誰のものかを示せ」
この男は何を言ったのか。
ルクレツィアはルキウスに剣を突きさしたままのセルヴィンを信じられないという目で見上げた。
かつてセルヴィンは誇り高い男であったと、ルクレツィアは記憶していた。婚約者として互いに想い合い、その先には共に歩むはずの未来があった。
しかし、それはセルヴィンの裏切りによって霧のように散っていった。
当時、まだ大聖女としての力を目覚めさせていなかったルクレツィアは、それでも優秀な聖女の一人として帝国に属していた。貞淑な彼女は多くの貴公子たちのあこがれの的であったが、貞淑過ぎたのだ。
多くの貴公子たちは高嶺の花を諦め、手を伸ばせる身近な花を近くに置いた。
セルヴィンも例外ではなかった。帝国のために身をすり減らす高嶺の花よりも、自分に寄り添い綻ぶ花を選んだ。
すぐに婚約は解消され、なお一層、職務に励むようになったルクレツィアは、戦場にもその身を投じるようになった。
そこで出会い、彼女の傷を癒し、また、大聖女としての能力を覚醒させたのがルキウスだった。
「あなたが先に裏切ったのでしょう? それを今更、俺のものになれですって? ふざけないで!」
「なら、こいつがどうなってもいいんだな」
セルヴィンはルキウスに刺した剣をそのまま回した。
「うぐっ」
苦し気な呻きが漏れたが、ルキウスはそれ以上の声を出さなかった。
だが、それを見たルクレツィアはかえって冷静さを取り戻していく。
ルクレツィアの脳裏に、ルキウスと共に戦場をかけた記憶がよみがえる。
ルキウスが泣き言を言ったことなど一度もない。どれだけ傷を負っても、前線に立ち、兵たちを率いた姿は、今でも鮮明に思い出せる。
そんな彼が一度だけその瞳を不安げに揺らしたことがある。
ルクレツィアにプロポーズをした時だ。
そして、今、おそらく自分の姿は見えていないだろうこともルクレツィアは分かっていた。
それでも、ルキウスの焦点の合わない目は、意志を失っていなかった。
――あぁ、どんなに絶望的な局面でもあなたは気高い。
「いいわ。殺しなさい。その代わり、私はあなたを……私たちを裏切った者たちを許しはしない」
先ほどまで泣き叫んでいた姿はどこにもなく、今は毅然とした態度をとるルクレツィアに、セルヴィンはたじろいだ。
「わ、分かった、少しだけ時間をやろう。だが、長くは待てんぞ」
傲慢な態度のまま、ルキウスの身体から剣を抜くとそれを脇に放り投げた。
カラン、と音が響く中、セルヴィンは他を伴い謁見室を後にした。
かつて国を動かすための議論が交わされ、他国の重鎮たちを招いた謁見室は、今や皇帝だった男と大聖女を閉じ込める檻となった。
「ルキウス、ルキウス、しっかりして。今、治すわ」
足の腱を切られていたルクレツィアは、手で身体を引きずりながら、血だまりの中に横たわるルキウスに近寄った。
「ルクレツィア、君ならもう分かっているだろう? 私に残された時間は僅かだと。だから、私に力を使わなくいい。自分を大事にするんだ。そうすれば、きっと逃げられる」
聖女の癒しの力は、聖女本人には使えない。その代わり、彼女たちは自己再生能力がただの人よりも強く、確実だった。
それでも、時間は要る。
しかし、セルヴィンも他の反乱軍の誰一人として、大聖女の能力を正しく理解している者はいなかった。だからこそ、瀕死のルキウスと、足の腱を切ったルクレツィアを部屋に残し、監視もつけなかったのだ。
「逃げてどうするというの? あなたがいないのに? そんな世界で私に生きろというの?」
そして、ルキウスさえ知らない力があることをルクレツィアは彼に言わなかった。
ルキウスの命の灯はもう消えようとしてる。それは覆すことは出来ない。
「ルクレツィア……」
懇願するような声にも、彼女は首を横に振った。
「いいえ、聞かないわ。例えあなたのそれが私を思っての言葉だとしても、それだけは聞けない」
手を伸ばせば触れられそうな距離なのに、酷く遠い。
それでもルクレツィアは力の入らない腕を動かし、漸くルキウスにたどり着き、その身体を抱きしめた。
もう、彼は言葉を紡ぐことも出来ず、細く息を吐くだけだった。ただ、唇だけが動いた。
『愛してる』
音にはならなかった。
僅かに口角が上がった。
それが、ルキウスが自らの意思で身体を動かした最後だった。
「ルキウス? 待って……いやよ、置いていかないで」
愛した人が逝ってしまった。
その事実にルクレツィアは静かに涙を流し、まだ微かに温もりの残る唇に口づけた。
周囲の空気がゆらりと揺れた。
普段、彼女の周囲に流れる力は清廉なものだったが、今は黒く淀んでいた。
「許さない……」
ぶわりと彼女を中心に巻き上がった力の奔流は、あっという間に広い謁見室を覆い、そのまま皇城のすべてを包み込んでいった。
「何事だ!」
「セルヴィン様、これは謁見室の方から流れているようです」
その言葉にセルヴィンは謁見室を目指したが、黒い力がまるで嵐のように吹き出ていて近づくことは出来なかった。
「くそっ、中はどうなっている!」
「分かりません。誰も近づけません」
あっという間に城の中を埋め尽くした黒く禍々しい力の奔流は、皇城を中心に天を突き抜けるように立ち昇る。
その景色を帝国の民は見た。
同じように帝国を攻め、聖女を手に入れるために皇都を目指していた国々にも確認できた。
皇都にある大神殿では、多くの神官たちが祀られた女神像が黒く染まるのを見た。
「大聖女が闇に落ちた」
神官長の言葉に、人々は唖然とした。
その日から三日三晩、冷たい雨が降り続いた。雨がやんでも未だ世界は闇包まれていた。
皇都を目指していた国々の半分はその闇に恐れをなして、自国へ戻っていった。進んでいた半分は、途中で見えない力によって壊滅していた。最後、皇都に着いた国は、四つだけだった。
皇都を目指す途中で四つの国は協力体制を組んでいだ。
彼らが皇城に入り、反乱軍を撃ち、セルヴィンをはじめとした首謀者の首を城門前に吊るすと、漸く皇城から立ち上っていた力の奔流が徐々に消え始め、上空から光が射した。
「私たちが中に入る。お前たちはここで待っていろ」
「しかし、陛下」
陛下と呼ばれた月の光を集めたような銀色の髪の男は、感情の読み取れない紫の瞳を持っていた。
彼がついっと何かを言いかけた側近に視線を流すと、その後ろから艶やかな黒髪の男が側近の肩をたたく。
「この先は謁見室だ。貴様らに入る資格はない」
「あぁ、間違いなくこの先には、皇帝と大聖女がいるだろう」
赤く燃えるような髪の男がどこか痛ましげに呟くと、その隣に輝くような金髪の男が並んだ。
「帝国より格下の我々では、国王しか入ることを許されていない」
反乱軍により皇帝は撃たれ、その反乱軍もそこに並んだ四人の男たちが率いる連合軍によって撃たれていた。
そう、すでに帝国は亡びている。
それでも、彼らは礼を欠くことを良しとしなかった。
「承知しました。では、我々はこちらで控えております」
各国の側近たちは、自分の主君を良く知っている。
彼らの側近の一人が応え、それに倣うように、それぞれが一歩引いた。頷きを返した四人の男は、高く重厚な扉を押して、謁見室へと入った。
彼らが目にしたのは、謁見室の中央で、最後の皇帝ルキウスを抱き、自らの身に剣を突き立てている大聖女ルクレツィアの姿だった。
彼らの足元は黒く変色した床が広がっていたが、二人の姿はまるで今にも動き出しそうなほどだった。
ルクレツィアは自分の身を媒体として捧げ、彼女の持つ力のすべてを、現存する聖女とこの先に現れるであろう聖女たちの力を封じることに使った。
その後、神殿を主導に旧帝国は皇都にたどり着いた彼らの国の支配下に置かれることとなった。
今や大聖女のもたらした祝福は無くなり、荒廃した場所も少なくなかったが、彼らは互いに友好的な関係を築きながら、それぞれの国を発展させていった。
その繁栄は長く続いたが、それが遠い未来に魔王の出現によって一変するなどと誰が思っただろうか。
しかし、それは、また別の話だ。
―――――――――――
記された歴史は語る。
聖女を害してはならないと。彼女らを害すれば、国は亡びるだろうと。
では、そうして記された歴史は正しいのか?
大聖女は、何故、命を絶つ必要があったのか?
そもそも……
撃たれた皇帝は、本当に『悪』だったのだろうか?
真実を知るのは、その時を生きた者たちだけである。
ご覧いただきありがとうございます。
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