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素敵な悪だくみをご一緒に

「私の現状は、さっきので大体、理解したわよね」


 笑顔のままのソフィ姉さまに、私とティティは顔を見合わせた後、こくりと頷いた。


「別にあの方との関係を改善したいとは思っていないし、むしろ、このまま破談にでもしてもらった方がありがたいのだけれど……」


 はぁっとため息を吐く憂い顔のソフィ姉さまも素敵です。


「バカな子ほど可愛いって、普通の家ならいいけれどね。王族がそれは笑えないわ。王妃様の溺愛は今に始まったことではないとはいえ、こんな大っぴらに浮気していても破談にならないのは、そのせいよ」


「ジェラルドおじ様はなんて?」


「そりゃもう、ご立腹よ。学園内だけにしとけばいいのに、王宮にも連れて行ってずっとそばに置いているし、やれお茶会だ夜会だって、その度に婚約者わたしに使うための予算でリリア嬢にドレスを仕立てているのですって」


「それ……普通にダメなやつでは?」


 ティティの思わず漏れた言葉にソフィ姉さまは頷いた。

 それはそうだ。ソフィ姉さまに使うから王家の予算がそこに割かれているのに、使い道が違うならそれは立派な横領だ。

 そもそも、そんなの認められるはずが、と思ったところで私はさっきの側近たちの顔を思い出した。

 たしか、財務を取り仕切る宮廷爵の子息がいたような……。


「ダイアン=ガーネット、財務を取り仕切るガーネット家の子息がいるのよね。息子を側近にしたい父親が手を回しているのでしょう」


 はぁとため息とは違う気の抜けた声が私の口から洩れた。

 それは、先ほど私にモノ申してきたマリアンヌ嬢の兄だ。娘だから甘やかされたのかと思ったが、彼女だけではなかった。親も親なら、子も子だったという訳か。彼らはコランダムの庇護を失うばかりか、敵に回ったと判断してもいいだろう。これは領地にいる家族にも共有しておかなければならない。

 しかし、子の不正をなかったことにするために奔走する親の話はよく聞くが、率先して不正をしているだなんて……。そんな輩が王宮の要職についているとは、なんと嘆かわしいことか。

 ぐっとテーブルの上で握りしめていた手に、ソフィ姉さまの手が重なった。剣を持っていた私と違って、細くやわらかなその手は、するりするりと私の力を解くように撫でている。


「残念ながら、私もそんなのを側に置くつもりはないわ。当然、お父様もお母様もそれは認めない。だからね……この際、まとめて消しちゃおうって話になったの」


「…………は?」


「みんな消しちゃうの。いい考えでしょう」


 思わず聞き返した私の無作法に触れることなく、ソフィ姉さまは、それはそれは素敵な笑顔をされていた。

 ルーファス殿下付きの側近候補たちはすべて宮廷爵を持つ侯爵家の令息たちだった。本人たちは次男三男であったが、親自身はそれなりに要職についている者だったはずだ。それらをすべて排除となると、国政に影響が出るのではないだろうか。

 それなのに、ちょっと散歩しましょう見たいな口調で、飛び切りの笑顔を浮かべるソフィ姉さまの身の内に渦巻いているだろう怒りを思うと、国政などどうでもよくなってくる。

 後のことは、奴らを野放しにしている大人たちが考えればいい。


「おじ様とおば様もご承知の上でしたら、私が異を唱えることなどございませんわ。セシルお兄様にもソフィ姉さまの支えになって差し上げるようにと、よくよく言い聞かせられておりますし」


「まぁ、セシルが……そう……そうなのね」


 セシルお兄様の名を聞いた時に、少し、ほんの少しだけソフィ姉さまの瞳が悲しげに揺れた。

 二人は心の底から想い合っている。幼く、まだ貴族としての責任など何も知らずに互いの領地を駆けていたあの頃から、ずっと。

 なのに、ソフィ姉さまが8歳の時に今の婚約が決まった。

 私はソフィ姉さまがセシル兄さまと結婚して、本当の姉さまになるのだと信じていた。しかし、二人の結婚が叶わないと知った私は、王様にお願いしてくると部屋に書置きを残して、侍女たちの目を盗んで屋敷を飛び出した。

 子供たちだけで出かけたことなどなかった。それに7歳の子供の足では遠くまで行けるはずはなく、敷地を出てすぐにセシルお兄様に見つかった。それでも、王様のところへ行くのだと泣きじゃくる私を抱きしめたセシルお兄様は、あの時、どんな想いを抱いていたのだろう。

 婚約者のいるソフィ姉さまと以前の様に時を過ごせなくなったことを、仕方ないんだよと言って悲しそうに笑ったセシルお兄様の顔を今でも覚えている。その後、クォーツの家を訪ねた私は、セシルお兄様と同じ顔で笑ったソフィ姉さまの姿を鮮明に思い出せる。

 セシルお兄様は、18になった今でも婚約者を決めていない。辺境伯家の後継者としては異例だ。親戚たちは早く婚約者を決めるようにと求めているが、両親はそれを突っぱねているのだと聞いたことがある。きっと、お兄様の気持ちが固まるまで待っているのだろう。

 だから、私はソフィ姉さまの「まとめて消してしまう」計画に乗らないなんてあり得ない。そっと、隣のティティを伺いみれば、彼女もまた、決意を込めて頷いていた。


「お父様からシルフィーの入学と共に学園内の影の主は移行されているはずだと聞いたわ」


「コランダムの影をご所望ですか?」


「えぇ、クォーツの者を動かすと奴らに筒抜けになる可能性があるの」


「まさか、裏切り者が……」


「いいえ、魔力痕よ」


 あぁ確かにと、合点がいった。

 優秀な魔術師であればあるほど、自身の魔術を隠す能力が高い。それらの力を束ね行使すれば、国家転覆が出来るほどと言われている。そのため、国内の魔術師は漏れなくその魔力を国に登録され、さらに宮廷内では、許可された魔術しか行使できないようにもされている。

 魔術師を束ねる家門であるクォーツ家の邸宅は、その敷地全てが魔道具と化しており、魔術を扱えない者は暮らせない。自ずと抱える影も魔術師となる。


「それに我が家に裏切り者がいたら、お母様の被検体になるか、お父様の炎に焼かれてるわ」


 そうだった。

 クォーツ家の魔術師たちは、コランダムの騎士たちよりも気性が荒い。それを纏める当主ともなれば……。

 お二人とも見た目はとても美しく穏やかそうではある。子供のころ、一度だけお二人が家人の粗相を窘める場面に遭遇したことがあったのだが、それはそれは恐ろしい体験であった。

 おじ様とおば様は怒らせてはいけない。えぇ、我が家の両親よりも、よほど恐ろしい。

 騎士が屈強で、魔術師がひ弱なんて、この国においては物語の中だけのことなのだ。


「影たちに何を……」


「私を見張らせてほしいの」


「見張る……ですか?」


「えぇ、斥候を務める影は視覚共有の力があるのよね。それを使って学園にいる間の私を常に見張ってもらいたいの。共有された視覚情報は我が家の魔道具で記録するわ」


 どうしてそこまでする必要があるのかと、おそらく顔に出ていたのだろう。困ったように微笑んだソフィ姉さまは、すっと人差し指を唇に当てる。

 次の瞬間、美しい微笑はとても悪い笑みへと変わり、私の耳元に唇が寄せられた。


「誇れるのは血だけの、クォーツの力がなければ王子として立つこともできない愚か者に、身の程を分からせて差し上げるのよ。私を罠に嵌めようとしている奴らを、まとめてそれ以上の罠で絡めとる。気づかれないように、そっと……じっくりとその首を絞めていくのよ」


 あぁ、ソフィ姉さまの心は凍ってなどいなかった。

 同じ顔で笑った二人の姿を見たあの日から、私はソフィ姉さまの婚約のことを口に出すことはなかった。それは二人も、家族たちも同じだ。王家相手に婚約という契約をなかったことにするのは容易ではない。だから、私はどこかで諦めていたのだ。

 けれど、諦めてはいない。ソフィ姉さまも、そして、きっとセシルお兄様も。


「素敵、捥いだと思っていた羽が、自分のだと知った時の……彼らの顔が見ものですわね」


 防音結界の外から見る私たちは、それはもう素敵な悪だくみをしているように見えるだろう。

 遠巻きながらにチラチラとこちらをうかがう視線の中に、敵意を隠せないものがいくつかある。敵意の一つが、私の良く知る気配であったことに気づかないふりをする。


「今日はエサを撒くだけよ。近いうちに屋敷へきてくれるかしら、詳しいことはその時に話すわ」


 その後は本来の目的であった中庭を眺めながらのランチを堪能し、いろいろ盛沢山な昼休憩を終えた。


 クォーツ家に招かれたのは、それから1週間後のことだった。



ご覧いただきありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。

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