堂々としていればそれは最早公認!?
社交界において、一番の武器は情報だ。そして、それを正しく使える知識と教養。容姿は美しいことに越したことはないが、女性の場合はいくらでもなんとかなる。そこは侍女たちの腕の見せ所ということだ。
さて、そんなわけだが、武器を使いこなす頭がなくても容姿さえ良ければ、いや、それ自体が武器に成り得るものであれば、戦えるのだ。
自分で言うのもなんだが、私は美しい。容姿が武器に成る程度には褒められるものだ。しかし、男性受けが良いかと言われれば、ノーだ。銀に輝く髪とアメジストのような瞳、月の女神と称されるそれは、所詮、観賞用である。
そんな訳で、男性受けする容姿、性格を持ち合わせている(?)であろう女生徒が、今まさに私たちの視線の先にいた。
「なんか揉めてる?」
学食となっているカフェテリアに入ってすぐ、特に注力するでもなくそれは私たちの耳に届いた。
声の主はリリア=シルキー。ピンク色のふわふわとした髪と緑色の瞳はくりっと丸く大きく、守ってあげたくなるような愛らしい見た目を持つ。第二王子ルーファス殿下の寵愛を受ける、要するに浮気相手の男爵令嬢だ。そんな彼女の前には、ソフィリア様。クォーツ公爵家のご令嬢で、ルーファス殿下の正式な婚約者だ。
「揉めてるっていうより、あれがセシルお兄様の仰っていた『ヒロイン劇場』ではないかしら……」
高い天井がガラスでふんだんに外の光を取り込めるようになっているドーム型であったことが要因だろうが、ひときわ高く大きなその声はよく響いていた。
一番奥、中庭が見渡せるその席は、かねてより上位貴族が使う席とされている。侯爵以上の学生が使うそのエリアに子爵以下は入ることはできない。物理的に制限されているわけではないので、入ろうとすれば入れるが、まともな神経を持ち合わせているのなら危険を冒そうとは思わないだろう。
まともな神経を持っていれば……。
「ソフィ様! どうして私のお誘いを受けてくれないの? せっかくルーファス様がソフィ様も誘ってもいいと言ってくれたのに。ひどい!!」
うん、これは確かにひどい。
ただ、ひどいのは、主にリリア嬢の頭がということだろう。
セシルお兄様の『ヒロイン劇場』という言葉を聞いた時には、何を仰っているのか分からないわと思ったが、今ならちゃんと理解が出来る。これはまさに『ヒロイン劇場』だ。それ以外に表現のしようがないと思う。セシルお兄様の感性に称賛を……。
じゃなくて、これは、一体、どこから突っ込めばいいのかしら……。
思わず頭を抱えた私の横で、ティティも唖然としていた。
ティティすらも唖然とするその行いは、まずソフィリア様を愛称で呼んでいること。どう見ても愛称で呼び合うような間柄ではない。あとは、そうなんというか……あなたはどこからの目線で、どれだけ高い位置からモノを言っているのかと……。
「リリア様。あなたは一体、どなたの許可を得て私と同じ席にいらっしゃるの?」
「え? そんなのルーファス様に決まってるじゃないですか。ルーファス様は王族で、今、学園内では一番偉い方なんですから」
嘲るように答えたリリア嬢に、私はぐっと拳を握りしめていた。私が言われているのでないとしても、腹立たしいと思えるその声音に不快感が込み上げる。
「そうね、殿下は王族ですものね」
しかし、ソフィリア様はさすがというべきか、顔色一つ変えず、まるで子供に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
優雅さを損なわないままカップを置き、さっと広げた扇で口元を隠す。口調と裏腹に、すぅっと細められた瞳には、憐みのような色が浮かんでいたのを私は不思議な気持ちで見ていた。
「では、質問を変えましょう。私、あなたに名前を、まして愛称のような呼び方を許した覚えはございませんの。これは、いくら殿下でも許可できませんのよ。例え、ご命令だったとして……そんな命令をしなくてはならないなんて、殿下の威厳にかかわりますわね。そうでしょう? ルーファス第二王子殿下」
いつの間にか二人の近くに側近たちを引き連れたルーファス殿下が来ていた。気づかないほどに王族としての威厳がない……。もはや、露ほどの威厳を持ち合わせていらっしゃらないのでは? と、思っても口にはすまい。
ソフィリア様もそう思っていらっしゃるのかもしれないと考えたのは、殿下に呼びかける際に『第二』を強調していらしたことだ。
注意して聞いていなければ気づけない程度のその抑揚に、私だけではなく周囲の令嬢たちの何人かは気づいていただろう。女性特有の言い回しだから男性には気づかれにくく、また上位貴族と場を共にしない階級の者には、分からない。
きちんとその辺りも教育を受けている王族ならば、気づいて然るべきだが……
「ふん、相変わらずいけ好かない女だな、貴様は。もうよい、哀れと思いリリアに誘わせたが、今後一切、上のラウンジへ立ち入ることを禁ずる。後で泣きついても遅いからな」
という訳で、通じていないらしい。
微かにソフィリア様から漏れた息は、諦めの吐息だろう。
「承知いたしました」
途端に勝ち誇ったように胸を張る殿下の姿は、滑稽に見えた。
ルーファス殿下は、王太子ではない。その席には第一王子のフレドリック殿下がいらっしゃるし、すでにその高い能力を国内外で示されている。そんなフレドリック殿下は学生の内から多くの実績を残されていたと聞いているが、対して、ルーファス殿下のそういった話は聞いたことがない。このままでは天地がひっくり返りでもしなければ、王太子が変わることはないだろう。
王位につかない王族は、一代公爵を得て臣下降下が基本とされるが、王族に留め置くほどの実績があればそのまま、もしくは、公爵家の配偶者を得ることで王族のままでいられる。
「行くぞ、リリア」
逆に言えば、公爵家の配偶者を得られなければ王族ではいられないということ。つまり、クォーツ家に見限られれば、彼は王族ではなくなる。
知らないはずはない……え、もしかして、本当に知らない?
踵を返した殿下に、リリア嬢が駆け寄りその腕に絡みつく。その様子をデレデレとした顔で見つめる側近たちも二人の後に続いた。
「えっ、でも、ルーファスさまぁ~、ソフィ様がかわいそうですぅ」
「お前はあんな女のことを気にする必要はない。だが、そんな優しいお前は素敵だよ」
「もう、ルーファスさまったら」
大人しく引き下がった? ソフィリア様に気を良くしたのか、彼らの大きな声はその姿が王族専用のラウンジへ消えるまで響いていた。
そんな後ろ姿と二人のやり取りに、いつしか腹立たしさは吐き気を催しそうなほどの気持ち悪さに変わっていた。
ぶるぶると寒気をこらえるように両手で自身の身体を抱きしめれば、ティティも同じようにぶるぶるとしていた。
分かる、分かるわ。一緒よ、ティティ。
「……やっと行ったわね」
ぽつりと零したソフィリア様の声に、しんっと静まり返っていた時がようやく流れ始め、学食らしい喧騒が戻ってきた。
「シルフィー、ティティ、来たわね。こちらへいらっしゃい」
そう、今日の私たちはソフィリア様にご招待いただいていたのだ。
『中庭を眺めながら食事をいたしましょう』
そんな、素敵なご提案を楽しみにしてきたのに、あんなものを見る羽目になるとは思わなかった。
学内の雰囲気が調書通りとはどこか信じていなかったが、今の場面を見てしまえば、やはり調書は正しかったのだと納得した。
促されるままに席に着けば、ソフィリア様は眉根を下げてため息を吐く。緩やかなウェーブを描く金糸の髪と、長いまつ毛に縁どられた翡翠の瞳が揺れる。そんな憂いを帯びた姿も美しい。リリア嬢とは比べ物にならないくらい優雅だ。
「見苦しいところを見せたわね」
「いいえ、ソフィリア様の所為では……」
「シルフィー、違うでしょ」
「あ、えっと、ソフィ姉さま。本当に大丈夫ですか? あんな横暴をお見逃しなさるなんて」
両親同士が親友の間柄で、クォーツ家とコランダム家は家族ぐるみの付き合いをしている。ソフィリア様……ソフィ姉さまは幼い頃から私をとても可愛がってくれていた。男兄弟しかいない私にとって、ソフィ姉さまは憧れであり、目標だ。
「いいのよ。ちょっと待ってね、あなたたちとの楽しい時間を邪魔されないようにしなくちゃ」
ソフィ姉さまがにこりと笑った瞬間に魔力の流れを感じる。
「流石ですわ! 今のは防音魔法ですよね。しかも無詠唱だなんて……」
クォーツ家は魔術師団を纏める家としても名が知られている。現在の筆頭魔術師はソフィ姉さまのお父上――ジェラルド様で、奥様のアイリス様は魔術研究所の所長を務められている。もちろん、ソフィ姉さまもとても優秀な魔術師で、実力はジェラルド様と同等、もしかしたら凌ぐのでは? と噂されている。卒業後は王立魔術師団に所属されながら、王子妃としての仕事もされる予定だと伺っていた。
王子妃……もちろんソフィ姉さまにはふさわしい地位だろう。けれど、先ほどの様子を見るに、そのままその座について、ソフィ姉さまは幸せになれるのだろうか。例え、政略的なものだとしても、互いを尊重してこそなのではないのか?
あぁ、でも、それは私も一緒だ。まるで自分たちこそ正義だと言わんばかりにふるまう彼らの姿に腹を立てたのは、そこにオニールを重ねたからだ。
ほの暗い思考に落ちていきそうなそれを現実に引き戻したのは、ソフィ姉さまの声だった。
「ふふっ、本当にシルフィーは可愛いわね。そんな私のシルフィーを悩ますおバカさんがいると聞いているのだけど……それは今度にするわ。まずはさっきのことを説明するわね。あなたたちにも協力してほしいこともあるの。私に力を貸してくれるかしら?」
「もちろんです。ソフィ姉さま」
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