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34.07:兄上(2)

「ここから出せ! 聞こえないのか! このままだと、戦争になるぞ! お前達など、我が国の騎士団の敵ではない! 後悔しても知らないぞ! 責任者に伝えろ! モスタ王国第二王子、ウイリアムが呼んでいると!」


 ウイリアムは牢の鉄格子を何度も蹴りつけたが、誰も来る様子はなかった。


 硬い寝具と、便器の臭気と、蒸し暑さに、ウンザリする。

 容器に入った飲料水は支給されていたが、飲んでも飲んでも足りない。


「まさか、私がモスタ王国第二王子、ウイリアムだと知らないのか? このような扱いを続けるのなら、私が国王になった暁には、貴様らの手には小麦の一粒も手に入らなくなるぞ! そうなれば、この国は全員飢え死にだ! 未来を憂う者がこの国に一人でもいるのなら、早く責任者を寄こすんだな!」


 飲料水の容器を、鉄格子にガンガン叩き付けていると、留置場の入り口の扉が開く音がした。


 やっと来たか、と、ウイリアムは寝台の位置に戻った。

 腰掛けて、彼は尊大に足を組む。

 ここの地域を管轄する責任者と話をつけて、貴族、王族について、その役割と尊さを理解させ、貴賓室を用意させなくてはならない。


 捜査と称して延々と事情聴取を続けた、ここの長である女は駄目だ。外交というものを全く理解していない。おそらく、教育が足りていないのだ。

 またあの女が来る可能性もある。

 お前では話にならん! もっと立場が上の者を寄こせ! と主張しなくては。


「やあ、ウィリー」

 鉄格子の向こうで、マクシミリアンが手を挙げた。


「お前じゃない!!!」

 ウイリアムの投げつけた飲料水の容器が、鉄格子に当たって落ちる。


(最も話にならない奴が、来てしまった──!)






「ミニマックスってさ、あのマックスの弟にしては、性格悪いよな」

 犬型獣人の一人が、銃を分解して机の上にパーツを並べながら、隣の竜人と話している。


「あーあ、あいつなぁ」

 竜人は、資料を整理しながら頷いた。

「俺の事、亜人って呼んだのよ、食事を持って行った時」


「なんだアジンって」

「さあ。いい意味じゃない事は確かだよ。それで、つい、うるせえ猿族って言っちまった」

「おいおい」

 パーツの一つ一つを手に取って清掃しながら、獣人は軽く咎める。


「そしたらよう」

 竜人は、くすくす笑い始めた。

「『私は猿族じゃない、王族だ!』 って」


 獣人にも、笑いが伝染する。

「なんだそれ。コントか」

 獣人はしばらく笑ってから、気づいた。


「んん? ってことは、マックスも王族なわけか?」

「そうそう。マクシミリアン第一王子だって」


 獣人は、その仰々しい呼び名にニヤニヤする。

 次に会ったら、そう呼びかけてみよう、などと考える。

「って事は、将来は国王じゃないのか、マックス」


「いやいや。無理でしょう、奴には」

「……そうだな。大剣で城をぶっ潰しそう」


 二人でまた軽く笑い声を立てる。


「ああ、だからか」

 竜人は、捜索資料を眺めながら、言った。

「王位継承権を争って、ミニマックスと愉快な仲間達は、マックスを殺しに来たのか」


「え? そうなの?」

 獣人は、銃のメンテナンスを中断して、竜人の手にある資料を覗き込む。

「これか? ……本国からのメッセージが残存。『亡命したマクシミリアン第一王子の居場所を突き止めたら、報告を。機会があれば、排除』って」


「本国に報告したと思うか?」

 竜人は書類をめくって、供述書を探した。

「供述書には、したともしないとも書いていないが」


「添付されている時系列をみれば、鉢合わせした途端トラブルになって、拘束されたから、その時間は無かったと考えていいだろう。釈放された後も、行動制限と監視がついただろうし」

「そうだよな」

 相手の返事に、納得した竜人は、テキパキと書類を製本化していく。


 獣人が、銃のメンテナンスを再開するが、少し経ってから、手を止めた。

「もしも向こうの国にマックスの居場所が知れたら、刺客がいっぱいくるかな?」

「考えたくもないが、そうなるだろう。……死体が毎日出て、俺達大忙しだ」

「ミニマックスも、その死体の一つになりそうだな。だから釈放しないのか」


 牢の中で毎日叫んでいる、尊大な囚人の事を彼らは少しだけ考えた。

 取り調べが終わって、とっくに勾留期間を過ぎているはずなのに、いつまでもあそこに留め置かれているのは異常だ。


「まあ、上が何とかするだろう」

 そう言って、獣人はこの話を終わらせると、メンテナンス作業の手を早める。

「今日は早く帰るよ。俺のベビたんが、待っているんだ」

「そろそろ三ヶ月か? 風呂は誰が入れているんだ?」

「俺俺~」

「……一番幸せな時だよな」

 竜人の口調に、ほんの少しだけ苦々しさが混じった。






「そのガトーショコラっていうのが、外も中もチョコレートで、中のチョコレートはふわふわで、間にしっとりしたチョコレートが挟まっていて、甘過ぎず、ほろ苦くて、とにかく美味しいんだ」


 牢の外側の廊下で、壁に背をもたれたまま喋るマクシミリアン。


 ウイリアムは寝台で、薄い掛布を被ったまま動かない。


「まあ、ザイオンは何でも美味しく作れるんだけれどね。王国に居る時によく作ってくれたのが、プディングっていうぷるぷるした奴。中にナッツが入っていて、外側にカラメルソースが掛かってるんだ。そのカラメルを、ザイオンが火の魔法で少しだけ焼くと、パリパリして凄く美味しくなるんだ」


「魔法だと!?」

 掛布を撥ね除けて、ウイリアムが寝台の上に起き直った。

「あの側近の男が、魔法を使えると?」


「あ」

 マクシミリアンは視線を彷徨わせる。

「今のは嘘! お前が、話を聞いているかどうか試しただけ」


「あの男が、エルフの血を引いているのではないかという噂は、以前からあった。我が国では珍しい、金色の瞳をしていたからな」


「そんな噂があったんだ」

 マクシミリアンは、やっと顔を見せたウイリアムに、微笑みかけた。

「僕、お前が生まれた時の事を、思い出した」


「は?」


「ナニーが、こっそりと僕を連れて行ってくれたんだ。ベビーベッドに、凄く小さい人間がいた。『でんかは、この赤ちゃんの、あにうえになったのですよ』って、ナニーが言った。僕は、喋るのは苦手だったけれど、言われた事はなんとなく理解していたから、覚えている」


「それがどうしたっていうんだ?」


「あの時の赤ちゃんが、お前だったんだ」

 マクシミリアンは、慈愛に満ちた視線を、ウイリアムに向ける。

「大きくなったな」


「今更何を言っている!」

 ウイリアムは赤くなる。


「お前は僕の弟で、僕はお前の兄上だ」

「今頃わかったのか? 馬鹿なのか? 今まで私の事を、何だと思っていたんだ?」


「母上の後ろにくっついて、僕の命を狙っているチビ? のくせに、僕のクロエと三年も婚約してて、許せないと思ってた。だから、殺すつもりだった」


 マクシミリアンは、手元に暗器を出して、クルクルと回した。

 よく磨かれた、鋭く尖った先が、牢の中と外に、反射した光を滑らせる。

 鉄格子を難なく通過するほど、小さい武器だ。


 ウイリアムは、動けずにいた。

 次の瞬間にはその暗器を頭に生やして、音も無く崩れる自分の姿が、想像できた。


「ギリギリで思い出せて、良かった」

 マクシミリアンはニコニコしながら手を振ると、出て行った。


 見送ったままの姿勢で固まっていたウイリアムは、自分の息の大きさに、我に返った。

 寝台の一番奥に陣取り、頭がどこかわからないように、掛布を被る。

 気温が高くて暑いはずなのに、身体が小刻みに震えた。


(次に食事の配膳係が来たら、不遜な態度を謝罪しよう)

 もう、国に帰るとか、王族とか、王位継承権は、どうでも良くなっていた。

 ここから生きて、出る事を考えなくては。


(あの女性の責任者に繋いでもらおう。彼女なら、話を聞いてくれそうな気がする……)


 彼の身体は、意思に反して震え続けていた。

 生まれて初めての死への恐怖は、なかなか去ってはくれなかった。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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