34.06:フレンチトースト
「わあぁヤメロ! それだけはヤメロ!」
気が付いた時には、マクシーはソレを口に入れかけていて、俺は走りながら叫ぶ。
「食うな! 何やってんだ!」
不思議そうな顔で、マクシーは俺を見る。
マクシーの小さな指に挟まれたソレはまだ生きていて、逃れようと必死に、うにうにと身体を動かしていた。
丸々と太った、芋虫。
この北の離宮は、周囲をこぢんまりした森に囲まれていた。
ここだけでなく、城の周囲は広い庭園になっていて、当然虫はたくさんいる。
俺と会う以前、一人で城をうろついていた頃にマクシーは、囓った事があるんだろう。
「おいしい」
とマクシーは言った。
「マクシー好きよ」
「頼むからやめてくれ」
俺は泣きそうになった。
「もっとおいしいものを、作ってやるから」
虫を食うなんて俺には無理だ。とても容認できない。
菓子作りは、仕方なく始めた事だった。
大きくなったマクシーはもう、虫なんて食べない。あの時の事を、覚えているかどうかも怪しい。
俺がスイーツを作る必要なんて、今はこれっぽっちもないはずだ。
魔方陣を刻んだ収納は、ほどよく冷えている。そこから、牛乳と卵を取り出す。
牛乳をコップ半分、卵を一個、砂糖、スプーンに一杯。
よく攪拌し、トーストをつけ込んで、バターを熱し、弱火で焼く。
加熱調理用の平たい魔道具には、スライド式のハンドルもついている。位置ごとに、火力を指定する魔方陣を刻んである。
ソファの前のローテーブルに、マクシーが皿とフォークを用意して待機中だ。
温めたミルクは、すでにカップの半分に減っている。
焼き上がりをキューブ状に切って、粉砂糖を振り、皿の上に置いてやると、マクシーは食べ始めた。
美味しそうに一つずつ口に入れる様子を眺めながら、もう虫は食うなよ、と思う。
「あー、いいな」
クロエが三階から降りてくる。
この居間は、昔はホールだったので、部屋の両端に階段が向かい合うようについていて、階上まで匂いがのぼってしまう。
仕方なく、次に焼き上がったトーストをそのまま、皿に載せてテーブルに置く。
「待遇悪いなぁ。マックスの分は小さく切ってあげてるのに」
笑いながら、クロエはナイフとフォークを自分で用意する。
過保護だと言いたいんだろう。
お前は、あの芋虫を見ていないから、笑っていられるんだ。
「いただきます」
ミルクを入れたカップを皿の横に揃えて置いて、クロエがそう言ったので、マクシーがはっとした顔をする。
「いただきます……」
そう言うと、マクシーは最後の一つを食べた。
もうしばらくは、このままでもいいか、と思う。
買い物の荷物を抱えたルファンジアが、部屋のドアを開けて入って来た。
動きを止めたまま、視線が、クロエの皿に吸い寄せられている。
「皿とフォークは自分で用意するんだな」
そう言って俺は、足りなくなった液を追加で作り始めた。
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