表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/39

34.04:マクシー

「ザッカリー・ハウトラさん。釈放です。お気をつけてお帰りください」

 カウザン第一拠点のガーディアン事務所で、牢から出されたザッカリーに対して、ヨアン保安官が難しい顔をしてそう告げた。


「俺だけですか? ウイリアム殿下はどうなります?」

 差し出された剣と私物を受け取りながら、ザッカリーは尋ねた。


「あなたの場合、被害者のマックスが被害などないと言い張るので、拘置を諦めた形だからね。目撃証言は多数あるにも関わらずだ」

 ヨアン保安官がぞんざいな口調で言う。


 なんという不敬な女だ、とザッカリーは腹に据えかねながら聞く。

 こんな、男のような口調で、男のするような仕事をしているから、結婚ができないのだと指摘してやろうか、と思うが、人質に囚われている王子の事を考えると軽率な真似はできない。


「ウイリアム・モスタの被害者であるユージーンは重傷で、腹膜炎を起こして、一時は生死の境を彷徨ったのだから、すぐに無罪放免とはならない」

「ウイリアム殿下は、モスタ王国第二王子であらせられる。このままだと、国際問題になりますよ」


「あなた方に、国際問題を論じる資格などない」

 ヨアン保安官が、さっさと出ていけという仕草で、ガーディアン事務所の出口を指さした。


 ザッカリーはむっとしながら、しばらくそこに立っていたが、その場にいる全員に無視され続け、仕方なく外へと出る。

 西には夕焼け空が見えており、クエストを終えた狩猟民の流れが、食堂や宿舎へ向かっていた。


 まずは、宿でテレンスとドニの二人に会って、情報を摺り合わせよう。

 拘置されている間に来ているはずの、本国からの指示も確認しなくてはならない。

 できればその前に、身体の汚れを清めたかった。


 宿の方向へ歩き始めたザッカリーは、男女のエルフが数人、距離を詰めてくる事に気づいた。

 彼らの目つきが気に入らない、とザッカリーは思う。

 まるで、犯罪者を見るような目だ。


 全員、浅葱色の詰め襟服を着ている。

 国へ帰れば、皆の羨望の的である騎士団団長を父に持つ自分が、なぜこのように威圧されなければならないのか。


 この国では、我慢のならない事が多過ぎる。


 腰に下げた剣で反撃する事も考えたが、相手に関する情報が少なく、ここで事を起こしても多勢に無勢だ。


 ザッカリーは身を翻し、住宅街への坂を駆け上がってから、急いで人気(ひとけ)の無い小道へ入る。

 結果的に彼は、エルフ達の視界から消える事はできたが、同時に、誰の目にもつかない状況に我が身を投じた。


 拉致は一瞬だった。

 ぐいっと持ち上げられる感覚に、ザッカリーは悲鳴を上げる。

 足が地に着かない。

 景色が回転した。


「うるさいなぁ」

 男の声が言った。

 次の瞬間投げ出されたのは、どこかの住居の、屋根の上だった。


 こんなに軽々と、一瞬でこの高さに移動するなんて、信じられなかった。

 側に立っているアッシュブロンドの髪の男を、見上げる。

「な、誰」


 風雨に晒された屋根の上は、土埃だらけだった。数日間過ごした牢屋で汚れた上等な服が、更に汚れていく。拘置中手入れを怠っていたザッカリーの赤毛も、泥と汗と一緒に額に張り付き、酷い有様だ。国に帰ったら、この扱いについて抗議文を送らなくては。


「騎士団団長の息子って、お前?」

「そうだが?」

 と、答えてから気づいた。

 これは、あの時、アレクサンドラの横に立っていた男だ。


 マクシミリアン第一王子。

 第二王子の王位継承のためには、必ず排除しなくてはならない障害物。


 さっと身体を起こして、剣の柄に手を掛ける。

 先日仕留め損なった時、この男は鎧を着ていたが、今日は普通のシャツ姿だ。

 騎士の家門に生まれて今日まで、父の厳しい訓練に耐えてきた自分には、至極簡単にこの愚鈍そうな男を倒す事ができるはず。


 予告なしの一刀両断。

 それで全てが終わった。


 終わるはずだったのに。


 ターゲットを失ってバランスを崩し、ザッカリーは振り切った剣を手に持ったまま、前のめりになっていた。

 いつの間にか後ろに回った男が、彼の尻を蹴りつけた。

 頭から屋根の漆喰部分に突っ込み、ザラザラした表面に顔を削られる。


「お前さ」

 刀身を顔に突きつけられて、剣を奪われた事を知る。

「あの時、クロエを狙ったのはどうして?」


「クロエ──アレクサンドラ?」

「そう」

「急にウイリアム殿下の側に来たので、護衛として仕方なく」

 ガーディアン事務所で何度も繰り返した供述を、ザッカリーは口にした。


「僕、あの時見てたんだけれど、何か凄く怒った顔だったよ?」

「それはそうでしょう、マクシミリアン第一王子殿下」

 渾身の一撃が失敗し、武器も奪われた以上、言葉で媚びを売る以外に、できる事はない。


「あの女のせいで、殿下の弟君であるウイリアム第二王子は、次期国王の座を追われました。婚約者でありながら、弟君が不利益を被るかもしれない事項を故意に見過ごしたのです。彼女は立場上、ウイリアム殿下を諭し、自分が無実である事を表明し、冤罪を強く主張するべきでした。マクシミリアン第一王子殿下も、弟君の事をお考えいただけるならば、あの女の罪を看過すべきではありません」


「意味がよくわからないんだが」

 マクシミリアン第一王子は、身体を起こそうとしたザッカリーの上に剣をかざす。

「それって、お前を生かしておいたら、またクロエを傷つけるかもしれないって事だよね?」


 相手の命を狙っておきながら、自分が命を狙われる事は、想定していなかった。

 ザッカリーはそれがひどく不思議な事に思えて、ポカンと口を開けたまま、刃が落ちてくるのを待つ。

 父親の科す訓練に明け暮れた人生だった。

 平和な王国で、実践になど、一度も出た事がなかったのだ。


「凄くやりにくいんだけれど」

 とマクシミリアンが言ったのは、ザッカリーに向けてではなかった。

 彼らはいつの間にか、浅葱色の詰め襟服を着たエルフ達に囲まれていた。


「その男は、傍系のエルフ家門一同で拘束いたします」

 一番背の低いエルフが、胸に手を当てて一礼した。

「お渡しいただけますか? マクシー様」


 マクシミリアンが、エルフに怒った視線を向ける。

「僕をマクシー(マクちゃん)って呼んでいいのは、ザイオンと、クロエだけ」

 兄の名前を口にした途端、彼の目に、罪悪感のような色がよぎる。


 マクシミリアンはしぶしぶ剣を引いた。

 エルフはわざとマクシーと呼んで、ザイオンの事を思い出させたに違いなかった。


「失礼しました」

 エルフはもう一度丁寧に礼をして、仲間に合図する。

 ザッカリーは、刃を見つめた顔のままで、引き立てられていった。






「ザッカリー・ハウトラも姿を消した」

 ヨアン保安官は、執務室の椅子に全体重を預けた姿勢で言った。

「釈放の時間を上から指定されたので、予想はしていたが」


 執務室の机にもたれかかったスラン師団長は、唸っただけだった。


「水面下ではすでに、交戦状態という事だな。モスタ王国第二王子の側近は全員、捕虜となったわけだ」


「仕方あるまい」

 と言って、スラン師団長はもう一度唸った。

「我が国の建国の英雄であるお方の、一粒種を、あの国の現国王が文字通り飼い殺しにして、命を奪ったとあればな」


「気を付けろ。まだそれが事実だと認定されたわけじゃない」

「ああ。だが最早、事実かどうかを置き去りにして、事態が突き進んでいる」


 エルフ達は、国を落として墓を暴くまで、止まらないだろう。

 ヨアン保安官は、最近深くなってきた眉の間の皺を、マッサージして伸ばそうとする。

「事実なら、殲滅だけじゃ済まないかもな……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ