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殺しに来た奴は、殺していい(終)

 その後も、暗殺者は来た。

 僕は、兄上にばれないように彼らを撃退した。

 側近達をまいて、オークの木に隠れていると、好機と思うらしくて登ってくる。

 でもここは、僕が小さい時から知っている場所で、どこにどんな枝が茂っているか、見なくてもわかる。奴らが枝にぶら下がってもたもたしている間に、僕は簡単に返り討ちにする。


 学校が休みの日に、なるべく高い位置にある大きな枝にまたがって昼寝をしていると、赤髪の見知った男が登ってきた。


「これはこれは」

 と、騎士団団長は幹の向こう側から、枝に掴まって頭だけが見えている格好で言った。

「大きな釣り針ですなぁ。さぞかし大勢釣れているんでしょうな?」


 騎士団団長は、身体も声もでかい。赤い髪がモサモサしていて、顔は四角く、大きな口に牙が生えていそうな顔立ちだ。

 初めて会った時、僕はこの男が怖かった。

 騎士団団長に、修練場を三十回走れと言われれば三十回走ったし、剣の素振り千回と言われれば、その通りにした。

 逃げ出したら、次の日にはその回数が倍に増えるし、ご飯の量が減る。だからできるだけ従っていた。

 そうして鍛えられた分、今は僕の方が強い。


 それにしてもなぜこの男は、釣りの話をしているのか。

 数秒考えてから僕は気づいた。

 これは『比喩的表現』みたいなやつだ。

 国語科の家庭教師が、うっとりしながら言っていたっけ。


『比喩的表現とは、えー、ここにおられるザイオン卿、女性のように美しいと言われておりますが、この、何々のように、という言い方が比喩と言われるものです。一方で、何々のように、という言い方を省いた比喩もございます。このような感じで──ああ、花のかんばせ、美しき人よ。我が愛、我が心の灯火、我が胸は貴方を思うたびにざわめき、酔いしれて踊り、愛を謳います』家庭教師のおっさんは、ずっと兄上を見つめていたけれど、兄上は知らないふりをしていた『──このような表現方法を、暗喩と言います』


 その様子が面白かったので、僕は『比喩』という言葉と使い方を覚えた。

 つまり騎士団団長は、僕が釣り針だと喩えている。

 とすると、大勢釣れているという魚は、暗殺者の事だ。

 この男は、ここで何が行われているのか把握しているらしい。


「お前も釣られに来たのか、ハウトラ?」

 つまり、死にに来たのかと僕は訊いた。

 騎士団団長は笑う。

「まさか。話し合いに来たのですよ。死体を、高貴なお方の宮に棄てるのは止めてもらえませんかね?」


「何の話かわからないな」

 シラを切りながら僕は、良い返し方を思いつく。毎日、手が引き攣るぐらいに書き取りをこなした成果だ。

「犬の死体の事なら、飼い主のところに戻されただけなんじゃないかな」

 騎士団団長は魚だと言ったが、僕にとっては、煩く嗅ぎ回って隙あらば襲ってくる犬だ。


 相手の茶色い瞳を見返しながら、あの女と手を組んでいるのは、この男なのかと僕は考える。軍のトップが協力しているのなら、暗殺者は城に入り放題だし、証拠なんか出てこない訳だ。


「ほほう。初めてお会いした時より、随分とお喋りが上手になられましたな」

 騎士団団長は感心したように言った。

「しかしながら、飼い犬よりも見知らぬ犬の方が多いようです。高貴なお方はかなり参っておられて、私に相談を持ちかけられた次第です」


 暗喩の会話は難しい。

 つまり、王妃が放った暗殺者ではない者が多いと言ってる?

 そんな事、僕にはわからない。

 名札でも付けておけばいいのに。


「それじゃあ、この前僕が殺した、あのでかいのはお前の犬か? お前の部下だったと聞いた」

 剣の柄に手を掛けて、僕は尋ねた。

 兄上を泣かせた奴は斬り捨てて、しばらくこの木に吊り下げてから、母上の寝室にでも放り込んでやろう。


「ああーぁ、ナッシュですか?」

 すっかり忘れてた、という顔をして、騎士団団長は言う。

「あれは、向こうから入団したいと熱心に頼んで来ましてねぇ。熱意にほだされて、面倒を見てやった訳ですが。先日調査したところによると、どうやら、貴方が何年か前、誘拐事件に巻き込まれた時に殺した者の、家族だったようです。敵討ちをしたかったんでしょうなぁ」


 それは、僕が悪いっていう事なんだろうか?

 よくわからない。

「とにかく、頼みましたよ」

 と騎士団団長は言う。

「高貴なお方の飼っている犬は全て、こちらで処分しますから。もうあの方の宮にゴミを捨てないでください」


「そんなの知らないよ。僕は何もしてないし。犬の死体を減らしたいなら、生きている時から一匹もお城に入れないようにすればいいんじゃないのかな」

「あいにく、城内は近衛隊の管轄ですから、そう簡単にはいかんのですよ」

 騎士団団長は太い眉毛を下げて、困った顔をした。

「……だが、正論ですな。努力はしてみましょう」

 騎士団団長の頭が、下がっていって見えなくなった。


 突き落とせば良かったかな、と僕は思う。

 この高さだから死んだだろうし、事故死って事になるはずだ。

 でも、本当に敵なのかどうかがよくわからない。敵なら、僕が強くないうちに殺せたはずだ。それに『木の上から転落』っていうだけで、兄上にはばれそうだから、今は殺さない方がいいか。


 夕方、部屋に帰ると兄上が待っていて、どこに行っていたのかと問い詰められた。

 僕は適当な木を指さして、『昼寝していて時間を忘れた』と言ったら、一人で行動するなと怒られた。


 それから、『今日の分』の課題を渡された。

 絶対に、一日では終わらなそうな量だ。

 僕は泣く。

 夜に寝る時間がなくなってしまう。

「昼寝したのなら夜は寝なくても大丈夫だろう。本当は今日の朝からとりかかるはずだった分だから、自業自得だ」

 兄上は、嘘泣きだと思ったようで、全く取り合ってはくれなかった。

「昼寝と夜寝は違うよ?」

「屁理屈を言うな」

 側近達がよそ見をしている時に、ゴツンと頭を叩かれた。新人もこの頃には慣れたらしく、そういう時にはわざと視線を外している。





 その日以降は、殺し屋が激減した。

 騎士団団長が努力したせいかのかどうなのか、よくわからない。

 僕は、騎士団団長と何か約束をしたというつもりはなかったけれど、殺し屋が減ってゴミが出なくなったので、結果的に母上の宮にゴミを棄てる事はなくなった。

 元々は、向こうが投げつけてきたものを、『残念でした!』みたいな感じで返して、煽っていただけだ。

 それが、死体なんて見慣れない『高貴なお方』には相当なダメージになったみたいなので、とりあえず僕は、すっきりとまではいかないけれど、少しだけ気が晴れた。


 兄上は、今はいつも通りに見える。

 けれど、寂しそうな顔をする瞬間がある事を僕は知っている。

 そんな時は、無理矢理にギュッと抱き締める。

 兄上はメチャクチャ嫌がって、怒る。


 僕は兄上に怒られると、嬉しい。

 怒っている時の兄上は、とても元気で、ちっとも寂しそうじゃないからだ。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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