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殺しに来た奴は、殺していい[BL]

BL(男×男)です。

また、残虐なシーンがあります。

バッドエンドです。

苦手な方はリターンしてください。

免疫のある方のみ

▼▼▼▼





【舞台】

モスタ王国


【登場人物】

ザイオン(21):

国王の隠し子で、マクシミリアン第一王子は異母弟。

第一王子の側近を勤めている。

近々弟と共に共和国へ亡命予定。


マクシミリアン第一王子(17):

ザイオンの異母弟で、モスタ王国王太子。幼名はマクシー。貴族学園二年生。発達がやや遅い。

第二王子派にとっては邪魔な存在で、たびたび命を狙われている。

動体視力が規格外で、戦闘能力は高い。


ナッシュ・ウォルム(24):

三年ほど前から第一王子の側近を務める。騎士団出身。




▼▼▼▼

 ナッシュ・ウォルムという男は元軍人で、騎士団からの推薦により、第一王子の側近になった。

 任務に実直で、寡黙だ。

 ザイオンも話し好きではないので、三年近く同僚として過ごしても、個人的な会話は交わした事がなく、ナッシュが実際にはどんな人間なのか、全く知らなかった。


 付き合っている女が週替わりで違う、という噂は聞いた。ナッシュは元軍人らしい筋骨逞しい体躯に黒髪に碧い瞳で、精悍な顔つきをしており、確かにもてるだろうなと思わせる容姿だ。年齢的にも、性欲を持て余しているのだろう。

 そのナッシュから、ザイオンは時折妙な視線を感じる事があった。気づいて顔を上げれば、ふいと逸らされる。そんな事が何度かあったので、彼に対する好感度は低かった。


 ナッシュは、その元軍人らしい大柄な体格でもって、第一王子に睨みをきかせた。ザイオンや他の側近には駄々をこねるマクシミリアン第一王子も、ナッシュの鋭い目でじっと見据えられると子どもっぽい言動を自制する。それは威圧というよりは、見下す事で愚かさを知らしめているように見えた。


 そのおかげかマクシーは、それなりに王子らしく振る舞えるようになった。貴族学園での行動も、多少はボロが出ていたかも知れないが、概ね良好のようだ。

 ただ彼の学力は、貴族学園で求められる基準に達しているとはいえない。どうにか通ってはいるものの、家庭教師がつきっきりで知識を詰め込み、課題を与えることで日々を乗り切っている。


 マクシーは、課題を嫌がるのは相変わらずだが、ひたすら拒絶して家出するのではなく、屁理屈をこねて回避しようとする、あるいは耐える代わりに何か得をしようと交渉するようになった。

 それも成長の一端ではあったが、その交換条件が毎回、ザイオンにとって屈辱的なものである事が多い。


「ザイオンがギュッとさせてくれれば僕は、この不可能な量だとも思える課題をこなせるのではないかと思うのです」


 表向き臣下であるザイオンには断りにくく、後で覚えてろよこの野郎、という顔をして怒りに震えながら抱擁に耐えなくてはならなかった。使用人達の一部はその様子を目撃して、男のくせに色仕掛けで第一王子を誑かしている的な噂を広めているらしい。すでに身体の関係を持っている、第一王子は男色家であり、王太子として相応しくない、という根拠の無い噂も流れた。


 第二王子派の悪意が垣間見える情報操作だが、いずれはこの国からいなくなる予定だから、ザイオンにとってそんな噂はどうでも良かった。

 他の側近達も、それで第一王子が大人しくすべき事をしてくれれば自分達の仕事が早く終わるのだからと、いちいち騒ぎ立てない。ただナッシュだけが毎回、奇妙な目付きで、マクシーとザイオンの抱擁を眺めている。


「ザイオンは僕の心の栄養」

 マクシーは抱き締めてきた上に、頭をぐりぐりと擦りつけてくる。

「課題も学校も大嫌いだけれど、ザイオンがいるので我慢してやり遂げます」


「殿下はもう十七歳なのですから、こういう事は今後控えていただかないと(わかっているのかお前、もう十七なんだぞ甘えんなガキが、恥ずかしい)」

 とザイオンが言ったところで、マクシーには通じない。


 その間中、ナッシュは怒りとも嘲りともつかない表情で、二人を見ている。悪意ある噂を信じているのかも知れない。ナッシュ・ウォルムは同性愛を忌避する人間で、時々感じる視線も、嫌悪からなんだろう。

(俺達は兄弟だから的外れだが、別に好かれたい訳じゃないから、せいぜい嫌ってろ)

 などとザイオンは思っていた。






 ザイオンが女と食事をするのはいつも、大衆向けの飲み屋だ。

 洒落た料理屋も、高級レストランも行った事はない。

 たいていそこで、女の表情が引き攣る。


「ザイオンがこんなお店に来るなんて、意外だわ」

 と、女は遠回しに言う。

「そうか?」

 高級レストラン用に着飾った女を、意地の悪い目で眺めつつ、ザイオンは彼女の不満げな様子を無視する。

「俺が利用するのはいつも、こういう店だ」


 デートなんだからこれは無いでしょう、と席を立つ女も多いが、何割かは最後まで付き合ってくれる。違和感を無視して、生身のザイオンを見ようともせずに勝手な夢を見て、欲得ずくで抱かれる、そういう女達には、処女はいないので楽だ。

 それが彼女達の生き方なのだろう。『王太子の側近を務める、将来有望な、容姿端麗の男』を獲得した気でいる女達は、しばらくの間ザイオンにしがみつく。


 夢を見て、現実に気づいて別れを告げ、次の夢を目指すまでが、二週間ほど。

 その間ザイオンは、その女の夢を一緒に楽しむ。結婚したらどこに住むか。子どもは何人欲しい? どんな子どもに育てようか。家は大きい方がいいよね。だったら、使用人もたくさん雇わなきゃ。


「王太子の側近って、お給料はたくさんもらってるんじゃないの?」

 夢の終わりに、彼女達はたいてい、その会話に行き着く。

「まあ、それなりにね。でも俺は、ほら、借金持ちだから」

 面倒なので、架空の話をでっち上げる。

「貴族の人妻だと知らなくて付き合ったら、慰謝料を請求されてさ」

 借金持ちでも良いという女は、一人もいなかった。


(一緒に返していきましょう、という健気な女が一人でもいてくれたら、俺は変われたかも知れないのに)


 金の事を言い出す前に、ザイオンの態度に怒り出す女もいた。

「貴方が、バッカだなって私に言ったの、今ので何回目だと思う?」

 馬鹿は馬鹿だから、仕方が無い。

 噂や、生半可な知識や読んだ本にすぐ感化されて、とんでもない髪型にしたり、怪しい民間療法に手を出したり、幸運を呼ぶなどというアクセサリーを買わされたりして。

 踊らされている事に気づかない馬鹿だ。


「数えていたのか」

 と、笑ったら、パン、と顔を張られた。

 そのまま立ち去る女の後ろ姿を眺める。


 馬鹿は結構好きな属性なんだが、馬鹿の方は俺をお気に召さないらしい、とザイオンは思う。

 親しみを込めて罵っていたのに、伝わらないのか。


 二人用テーブルで、ザイオンは食卓に残っている二人分の料理を食べ続けた。

 別れは数え切れないほど繰り返したが、別れるたびに無性に寂しくなる。

 ありのままの自分を受け入れてくれる女はいないと突きつけられるたびに、一生このまま一人で、人の輪からはみ出したまま生きるのかと、ザイオンは落ち込む。

 誘いをかけてくる女がいたら、相手が誰であっても、すぐに付き合ってしまうほどに。


「相変わらずだな、お前は」

 と言って目の前の席に座ったのは、見知った顔だ。

 ナッシュ・ウォルム。

 毎日職場で会っているというのに、思い出すのに時間がかかった。

 ザイオンより三つ年上の二十四歳、筋骨逞しく、第一王子側近になる前はこの国の騎士団に所属していた元軍人。黒髪に碧い瞳、精悍な顔つきで、女にはもてるらしい。実際、夜の街で、女連れで歩いている姿を何度か見かけた。


「お前、喋れたんだ」

 と、ザイオンは嘲笑う。

 俺を嫌ってるんじゃなかったのかと、内心驚いていた。

「これ、食べていいか?」

 ナッシュは、女が食べるはずだった一人分を指さす。


「食べるなら金払え」

 ザイオンはつっけんどんに言う。

 抱かせてくれる女には金を出すが、男に奢る義理はない。


「もちろんだ。何ならお前の分も払う」

 そう言ってナッシュは、がつがつと食べ始めた。

「はぁ? 俺の分はいい」

 まさか、食卓に並んでいるものを全て平らげるつもりなのか、とザイオンは張り合うように食べる速度を上げる。

 結果、早食い競争のようになって、あっという間に全ての食器と、麦酒二杯が空になった。


「麦酒の追加を頼もうか?」

 ナッシュのにこやかな笑みを、ザイオンは睨み付ける。

「要らん。金を置いて、さっさと去れ」

「おお、怖いな」

 ナッシュがおどけた口調で言うので、ザイオンは二度目に驚いた。

 こんな軽口を叩く奴だっただろうか?

 寡黙で無骨なイメージしかない。


 ナッシュは無遠慮にザイオンを見つめながら言う。

「どうしてそんなに尖ってるんだ? 彼女にも容赦なしだったな」

「これが俺の地だ。取り繕ったって、どうせ後でばれて破綻するのだから、隠しても無駄だろう?」

 ザイオンは、親しくもない相手に正直に言い過ぎた事で、自分が少し酔っていると自覚した。


「わかるな、それ」

 そう言ってニコニコするナッシュも、酔っているのだろう。笑った顔を見たのは今日が初めてだな、とザイオンは気づく。


「ありのままの自分を、受け入れて欲しいよな」

 ナッシュは、椅子を動かして、ザイオンに身体を近づけてきた。

「俺なら、お前がどれだけ俺を馬鹿呼ばわりしようと、嫌味を言おうと、受け入れる」


「……は?」

 女に振られて、落ち込んだ気分の時に聞きたい冗談ではない。

「お前に受け入れられたって、何の意味もないな」

「俺と付き合わないか?」

 ナッシュが、真顔になる。

「ずっとお前の事を好きだったんだが、気づかなかったか?」

 はっきりと言われてようやくザイオンは、今まで不思議に思っていたナッシュの視線の意味を知る。


 なんだ、この流れ。


「付き合う訳ないだろう?」

 そう言ったザイオンの声に、勢いがない。

 まずいぞ、と彼は思う。

 こんな気分の時に、強引に来られたら。

「だいたい、俺が好きだっていうのは、嘘だろう。お前が女と居るのを、何度も見たぞ」


「お前と付き合えるはずがないって、思ってたからな。他の女で紛らわせていた。でも、お前がどうでもいい女と節操なく寝ているのを見てたら」

「節操なくという訳じゃない……」

「ずっと見ていたって言っただろう。どうでもいい、くだらない女ばかり食い散らかして。そんなに相手に拘りがないんなら、別に俺でもよくないか?」


 くだらない女、ばかりでもなかった。

 みんな、普通の女だっただけだ。

(普通の人間が、俺の性格に耐えられないだけで……)


 駄目だ。そんな風に考えてしまうと、俺の性格に耐えられて、好きでいてくれるなら、男でも良いって事になる。

(傍にいてくれるのなら、男だっていいって俺は思っているのか? そんなに俺は、寂しいのか?)


「どうせお前だって、二週間がせいぜいだろうさ」

 だから、はっきりと断らずにそんな言い方をするのか? これはまずい対応だぞと、頭の中のどこかで声がするのに、ザイオンは思考が麻痺したように、相手の出方を待っている。


「二週間よりはもう少し長くなるな。死ぬまでだ」

 ナッシュ・ウォルムはザイオンの言葉を肯定だと受け取って、嬉しそうに笑った。

「死ぬまで? それは絶対に有り得ない」

 と言ったザイオンは、ナッシュの言葉の意味を、全く理解していなかった。




 ナッシュは、相手が男でも非常に手慣れていた。ベッドの上では尽くすタイプで、丁寧に相手を刺激し、追い詰めて、何度もいかせてから、最後は自分自身でとどめを刺す。時間がかかって、しつこいとも感じるが、抱かれる側は何もしなくて良いので楽だった。


(いやいや。何をやっているんだ俺……)

 夜ごとナッシュが部屋を訪れ、繰り返される痴態に、ザイオンは戸惑っていた。

 気持ちいい事は否定しないが、気持ちいいだけでは、どうでもいい女と寝るのと大して変わりない。


 それなのにナッシュは、愛していると囁き続ける。

 重過ぎて、拒絶するタイミングが掴めない。

「俺は愛してないからな、勘違いするなよ」

 ザイオンは何度も念を押すが、ナッシュは気にも留めない。


「俺は愛されなくていい。この手に、お前が堕ちてきたこの幸運に、感謝するのみ」

「堕ちてない」

「堕ちてるさ。俺の下で喘ぎ、達するお前の事を、ずっと夢見てきた。有り得ないと思っていた事が現実になって、俺はこのまま死んでも良いと思っている」


 死ぬまでお前の事が好きだ。

 死ぬほど気持ちがいい。

 このまま死んでも良い──『死ぬ』という単語を使う癖が、ナッシュにはあった。うぜえからやめろ、と言ってもナッシュはやめない。


「毎晩、お前の中で果てたまま死ねたらどんなにいいかと、考えている」

「はあぁ? その後俺が、どんな窮地に立たされるか、わかってんのか? そんな事になったら俺は、お前の死体を切り刻んで、人知れず山に埋めて、知らないふりをするからな?」

「それは酷い」

 と言って、ナッシュは笑う。


「ずっと好きだった。死ぬまでに一度だけでも抱きたいと思っていた」

「お前な、好き好きって軽々しく言うが、本気で言ってんのか? 男のお前が、男の俺のどこに好きになる要素があるんだよ? 顔以外で言ってみろ」

「毒舌なところかな。王子相手に猿って罵っていただろう。馬鹿とか、この野郎とかもよく言ってるよな。とんでもない不敬だが、お前だから許されている」


 マクシーは、貴族学園に入学する少し前まで、靴も履かず、上半身裸で高い場所に登る癖があった。降りてこいこの猿が! と、何度怒鳴ったかわからない。

「あいつの話をするな」

 最中に、馬鹿な異母弟の顔を思い出す事ほど気まずいものはなく、ザイオンは彼の下から這い出そうとする。

「白けたから帰れ」


「言ってみろと言ったのは、お前だ」

 ザイオンを逃すまいとして、ナッシュがのし掛かる。

「帰れ!」

「顔以外とは言われたが、その怒った顔も好きだ」

 と言うが、灯りを消しているので顔が見えるはずもない。


「この大嘘吐きの、変態野郎が!」

「変態というのは、俺達のこの行為の事か? 盛大なブーメランだな」

「俺は……変態なんかじゃ……っ」

 身体のそこら中にキスを落とされ、煽られて、罵り声が喘ぎ声に変わる。


 そんな日は夜中まで抱き潰されて、翌日がつらい。

 好きだとか愛しているといった言葉の類いを、まともに捉えて刺激したりしない方が良い事を、ザイオンは学習する。


 二週間以上経って、もうそろそろ煩わしいなと思い始めてから、ザイオンは気づいた。

 今までは全て、相手から振られていたので、自分から別れを切り出した経験がない、という事に。


(俺は好きじゃないし、愛していない。男と恋愛する気もない)

 そう断言して、二度と来るな、と言い渡すべきだとザイオンは思っていた。

 だが、仕事場が同じだから、別れてからも毎日顔を合わせる事になる。

 ナッシュは基本的にほとんど喋らないが、視線が合った時の気まずさを、ザイオンはつい想像する。


(俺は、マクシーの傍を離れる事ができない。ナッシュが側近を辞めない限りは、その状態が続くのか。いっそ亡命の時期を早めた方が……? でもマクシーの学業が中途半端になって、馬鹿が治らないままだと困る)

 マクシーは同じ年齢の学友達に交じってようやく、普通の人間に擬態する方法を学び始めた。このまま、まともな人間になる可能性だってある。卒業まで通わせた方がいいと、ザイオンは考えていた。




 迷い続けたまま、ずるずるとナッシュとの関係が一ヶ月ほど続いた、ある日。


 その日は一日休みだった。

 最近寝不足気味なので、ザイオンは城内にある宿舎で昼まで寝て過ごし、午後は自炊したり、本を読んだりして、ゆったりと過ごしていた。


 以前なら、毎日のようにマクシーが何かやらかして、休日であろうと夜中であろうと、ザイオンが呼ばれた。だが貴族学園に通うようになってからのマクシーは、問題行動を起こす頻度が極端に減ったので、ザイオンは穏やかな休日を過ごす事ができている。


 他の側近達が慌ててザイオンの部屋に駆け込んで来たのは、夜になってからだ。

 マクシミリアン第一王子が怪我をした、というので、ザイオンは私服のまま、第一王子の部屋に急いだ。

「怪我って、どんな怪我だ? 襲撃に遭ったのか? どこを怪我したんだ? 医者は呼んだのか?」

 と尋ねても、側近達の返事は要領を得ない。


「医者は待機している。だが俺達では、近づけないんだ。極度に警戒されていて」

「は? もっとわかるように話せよ」

「部屋が血だらけなんだ! でも詳細がわからない。入ろうとすると、襲ってくるんだ」

「襲ってくる?」

 そんなの、近衛兵達で取り囲んで倒せばいいだろう、と言う前に気づく。

「誰が?」

「殿下だよ。マクシミリアン第一王子殿下」

 そんな馬鹿な、と思いながら部屋に入ると、床が血だらけだった。


「ザイオン!」

 構えていた剣を捨てて、マクシーが駆け寄ってくる。

 その様子が元気そうだったので、ほっとした。

「何があった!? 怪我をしたのか?」


 マクシーの身体を抱き留めて、よく見れば袖の辺りに血が滲んでいる。襲撃を受けて咄嗟に腕で受けたらしい。マクシーなら簡単に躱しそうなものなのに、と思ってから、ザイオンは気づいた。血だまりに倒れている男がいる。


「あいつがいきなり、身体を掴んだんだ」

 と、マクシーは言った。

「それで、斬り付けてきたので、避けきれなかった」


 ナッシュはまだ生きていた。

 胸の辺りが血塗れて、口からも血の泡を吹いている。おそらくマクシーの返り討ちにあったのだろう。胸を刺されたせいで、ナッシュは自分の血で溺れかけていた。ヒューヒュー、ゴボゴボと、ごくかすかに、呼吸の音がする。

 ザイオンを見て、ナッシュは微かに笑ったような顔になった。直後、痙攣を起こす。苦しさのあまり、四肢を突っ張っている。


「ザイオン?」

 呼びかけられて、ザイオンは自分がナッシュの傍に、跪いている事に気づく。

「殺しちゃいけなかった……?」

 マクシーがそう尋ねた。


 ナッシュの痙攣と、呼吸音が止まる。

「いや」

 しっかりしろ。

 動け。

 泣くな。


「殺しに来た奴は、殺していい」

 そう言っておかないと、殺していい相手かどうか考えている間に、マクシーは殺されてしまう。


 ザイオンは、待機していた医師にマクシーを手当させた。マクシーは、剣先を避けきれなかったものの、流す形で受けたらしく、服を着込んでもいたので、幸い少し縫っただけの軽傷で済んだ。


 ナッシュの遺体は近衛隊が片付けた。

 近衛隊隊長と共に立ち会った、ハウトラ騎士団団長が、嘲るように言うのが聞こえた。

「何の役にも立たない奴だったな」


 騎士団からの推薦で側近になったにもかかわらず、不名誉な行為に及んだからか。聞きようによっては、暗殺に失敗した事を罵ったようにも取れる。


 ナッシュは、三年もの間味方のふりをしていた。ずっとその機会を狙っていたのか、それとも何らかの事情があって途中から暗殺者に転向したのか、ザイオンにはわからない。


 そもそも、本気でマクシーを殺す気だったのか。

(死ぬ話ばかりしていたな)

 古巣である騎士団の誰かから第一王子暗殺を命じられ、逆らうという選択が無かったとしたら?

 形だけ襲って、返り討ちで死ぬところまでが、ナッシュのシナリオだったのだ。


『ずっと好きだった。死ぬまでに一度だけでも抱きたいと思っていた』

 あれは、叶ったから死んでも良いという話だったのか。

 違う。

『二週間よりはもう少し長くなるな。死ぬまでだ』

 確かにそう言った。

 おそらく、あの時にはもう、期限を決められていたのだ。

 だから、接触してきた。


「ザイオン?」


 声を掛けられて、ぎくりとした。

 マクシーがベッドの上に身体を起こしていた。

 第一王子の私室には今、マクシーとザイオンの二人だけだ。


 部屋は一通り掃除されたが、血の臭いがまだ残っている。閉じられた大きな窓のカーテンが月明かりを浴び、部屋の中はうっすらと明るい。

 深夜、ザイオンが全ての側近を下げて、ベッドサイドの椅子に腰掛け、寝ずの番をしていた。国王とカラドカス公爵家が側近達の精査を終えるまでは、当分一人体勢が続くだろう。


「まだ起きていたのか」

 平静を装ってザイオンはそう言ったが、声が掠れた。


「手が痛くて、眠れないんだ」

 と、マクシーは言った。

「我慢して寝る代わりに、ギュッとしていい?」


 なんだそれ。

 もうじき成人する男の台詞とは思えないぞ。

 ザイオンはそう言おうとしたが、声が出なかった。


 彼は溜め息を吐いて、差し出された両腕の中に、渋々収まる。


 あんな奴、好きじゃなかった。

 男は恋愛対象じゃない。

 ただ、死ぬ間際の様子があまりにも苦しそうだったから、忘れられない。

 それだけだ。




 縋り付き、声を抑えて泣く兄を、マクシーはその夜ずっと、腕の中に抱えていた。 











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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