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モブ令嬢と悪役令嬢(3)

『母上が怒り狂っている。馬鹿を二人も産んでしまったって』

 ウイリアム王子はそう言った。


 我が子であるマクシミリアンを馬鹿呼ばわりして愛さない王妃にも、本人を目の前にしながら平然とその言葉を突きつけるウイリアム第二王子にも、クロエはブチ切れた。

 マクシミリアンの気持ちを考えれば、今でも震えるほど殺意を覚える言葉だ。


 だが、無様な王妃の姿を伝えてくれる言葉でもある。


 長い時間と労力をかけてウイリアム第二王子を王太子にし、あとは国王さえ居なくなれば全ての実権を握れるところまで上り詰めた王妃が、勝手な婚約破棄を聞いた時の憤怒はいかばかりか。




 婚約破棄されたルグウィン公爵家側では、非は公爵令嬢側にあるという一方的な王子の主張を聞いた家人が、ルグウィン公爵にそのまま伝えたために、クロエは酷い扱いを受けて追い出された。後で真実を知った時、ルグウィン公爵は早まった事をしたと後悔したに違いない。


(父親面して労って、大事に手元に置いておけば、第二王子に恩を売る形で元サヤにおさめ、前よりももっと良い条件を得て権勢を振るう機会もあったのに! って思っていそう、あの公爵)

 生物的父親の思考を、クロエは容易に想像できた。


(今更どんなに足掻いても、取り返しがつかない。さぞかし悔しい気持ちでいるのでしょうね、お父様?)

 クロエは、暗い満足感に浸る。

(そうか! これが、『ザマア』ね!? 王妃もお父様も、『ザマアミロ!』だわ)




「ウイリアム第二王子立太子後、第二王子派閥は、将来の禍根を断とうと、頻繁に幼い第三王子へ刺客を差し向けるようになりました」

 アメリアは再び沈んだ表情になっていく。


「そのままでは私の叔母とその息子である第三王子、そして第三王子を守ろうとするカラドカス公爵家は、悲劇的な結末を迎えたでしょう。私は自分自身と家族を守るため、『男爵令嬢』を用意し、第二王子に罠を仕掛けたのです」

 アメリアは俯き、ハンカチを握った手を膝の上で固く握りしめた。

「婚約者である貴方の立場がどれほど悪くなるのか、わかっていたにも関わらず」


 泣きそうな顔をしたアメリアにむかって、クロエは手を伸ばし、彼女の手の上に重ねた。

「貴方には感謝しかないわ、アメリア」


 アメリアは、驚いた顔をした。

 彼女はおそらく、とても良い家庭で育ってきたのだろう、とクロエは思った。父親の立場を悪くした姉に怒りを滲ませたところからも、良い親子関係が窺い知れる。だから、クロエの感謝の気持ちは、スムーズには伝わらないようだ。


「第二王子と王妃のような人が、権力闘争から脱落するように仕組んでくれた点で、モスタ王国も国を挙げて感謝するべきだわ」

 クロエは、アメリアの内に頑固に居座っているらしい悲壮感を何とか追い出そうとして、懸命に言葉を繋ぐ。


 今こそ、新しい環境でせっせと磨いてきたコミュニケーション能力を試す時だと、クロエは自分を励ました。

 相手から目を逸らさず、重い感情から逃げない。

 自分の気持ちを誤魔化さず、正直に伝える事を恥ずかしがらない。


「まずは私個人から、どれだけ有り難いと思ってるか、言わなきゃね! 私は家風が合わなくて、子どもの頃から家出の計画を立てていたの。その計画の過程でザイオン達と知り合って、共和国行きを無意識にすり込まれてたみたい。ルグウィン公爵は、家族を手駒の一つだとしか考えていない男だった。娘として扱われた事は一度も無いわ。できるだけ早くあの家を出たいって、ずっと考えてた。お兄様に会ってもらえればわかると思う」


「お兄様というと、ユージーン様ですか?」

「そう! 虐待の痕が体中にあって、ここに来た時は凄く痩せてて、大怪我をしてからは医療センターに入っていたの。今は私達と一緒の家にいて、療養中よ」

 話が長くなりそうなので、クロエは、第二王子がユージーンに怪我をさせた話を省略した。


「虐待……?」

 アメリアは、ショックを受けた様子で、小さくそう呟いた。

「そういう事でしたの。妹の貴方を探しに来られただけではなく、迫害を逃れるためにユージーン様は、こちらへ亡命されたのですね」


「そう! 私もユージーンも、自分の意思でこの国に来て、新しい人生を始めることができて、本当に幸運だった。亡命には逼迫した理由が必要だから、婚約破棄と国外追放は、私にはとても都合が良かったのよ」


「クロエの場合は王命による国外追放が、ユージーン様の場合は、身体に残る虐待痕が亡命の理由になったということですか」

 アメリアが、初めて納得した様子を見せたので、クロエはほっとした。

「そういうことなの。断罪イベントは、本当にただの切っ掛けだから。私に、悪かったとか、申し訳ないとか、思わなくていいからね?」


 アメリアのグレーの瞳が、まじまじとクロエを見つめた。

「わかりました」

 その瞳の奥にあった暗い影が、引いていく。纏っていた使命感のようなものがすっと抜け落ちて、アメリアの表情が柔らかさを帯びた。

「唯一の心残りだったの。元気でいてくれて、本当に嬉しいです、クロエ。これで思い残す事はないわ」

 まるで、これから死地に赴くかのような口ぶりで、アメリアはそう言った。


 不安そうな表情になるクロエに、アメリアは微笑みを浮かべる。

「ねえ、クロエ。私が先ほど申し上げた、バンカラの意味はわかりましたか?」


 クロエは、前世では本をよく読む方だったから、『バンカラ』が『ワイルド』を意味する言葉だという認識はある。

 言葉の意味はわかるが、質問の意味がわからない。


 クロエは用心深く答える。

「ハイカラの反対語?」

「そうです。明治から大正時代によく使われた言葉です」

「明治から大正」

 それは『バンカラ』『ハイカラ』以上に、この世界では使われない言葉だ。


 アメリアが重ねて訊く。

「姉の話をさせていただきました時の、蟄居の意味はわかりました?」

 クロエは、漫画でその言葉の解説を読んだ事があった。

 江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜が若かりし頃に蟄居した場面だ。


「……じっと部屋に座って本を読んで、動いちゃいけない刑罰?」

 意味としては、合っているはず。

 だが、この世界で使われている言葉かどうか、判断がつかない。


「そう。江戸時代の刑罰です」

「江戸時代」

 明治、大正と同じく、久しぶりに聞いた日本特有の用語に、クロエはどう反応して良いかわからなかった。

 彼女の迷いを吹き飛ばすかのように、アメリアは笑みを大きく広げて言う。

「ちなみに、貴方が先ほど仰った『断罪イベント』は、乙女ゲームの用語ですね」


 クロエは、小さな悲鳴を喉の奥で潰す。

 失敗した!?

 失敗かな……?


 クロエの黒い瞳が、戸惑いがちにアメリアを見つめた。

「ねえ。アメリアが私をサンドラって呼んでいたのって」

「アレクサだと、現代人はつい、AIの方を考えちゃいますものね」

「ですよね!」

 クロエは感動した。

「やっと、わかってくれる人が現れた!」


 アメリアとクロエは、しばらくの間見つめ合う。


「話したい事が多過ぎて、何から話していいのか」

 とアメリアが言った。

「私も!」

 クロエは、会議室の外に待たせている二人の事をすっかり忘れてしまっていた。


「一日あっても時間が足りないわ。良ければ、場所を変えて話さない?」

「そうね! 私、貴方がすぐに見つかるかどうかわからないと思って、暫くここに滞在するつもりで宿をとっているの。そちらに移動しましょうか?」


「ねえ」

 唐突に、窓の外から声がした。

 驚いたクロエとアメリアが、椅子を撥ね除けながら立ち上がる。


 窓枠に縋り付いた手が見えた。

 その手が、身体をぐいっと持ち上げると、アッシュブロンドの髪に紫紺の瞳を持つ、見慣れた顔が窓から覗いた。

「その前に二人とも、お腹空かない? サンドイッチ、食べる?」


「マックス……?!」

 クロエは、窓の外を確認し忘れた事に気づく。

 油断した!

 まさかここで、『話は聞かせてもらった!』事案が発生するとは……!?


「え、ちょっと待って! ここ、三階なんですけれど!?」

 クロエが悲鳴を上げそうになる前に、マクシミリアンは窓から身体を捻じ込んできた。

 砂が、室内にパラパラと落ちる。


 アメリアは、半ば呆れた様子を見せている。

「身体は大きくなったのに、行動パターンはちっとも変わってないのね、王子」


 マクシミリアンは会議室の中に下り立って、

「うん」

 と嬉しそうに笑った。











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