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モブ令嬢と悪役令嬢

本編・スピンオフ完結記念。特にオチはありません。

 その女性は、本物の公爵令嬢だった。

 背筋を伸ばして微動だにしない姿勢、真っ直ぐに人を見るグレーの瞳の穏やかさ、膝の上に揃えられた手の形、そういった全てから、貴族としての気品が感じられる。


 美人ではないが、小さな顔にチョコンと載せられたような目鼻が、愛らしくて魅力的だ。癖のある茶色の長い髪は、右側で一つに纏められて、肩から胸にかかってている。ハイネックの濃い臙脂色の服は、カプリシオハンターズ共和国の温暖な気候に合わせたのか、全体が通気の良いメッシュ仕様で、胸の見事な曲線を経た後に、ほっそりとしたくびれ辺りでタイトな黒のスカートに切り替わっていた。アクセサリーの類いは一切ないが、これだけ女性らしいメリハリのある体付きなら、人口的な装飾は蛇足だろう。


 クロエは、彼女を知っていた。

 王国から面会人が来ていると言われた時には、名前を言われても全く思い出せなかったのだけれど、顔を見れば、貴族学園で三年間同じクラスだった女の子だとわかる。生真面目で、他の生徒達からの信頼も厚く、ずっと級長を務めていた。


 ガーディアン事務所の会議室にいたのは、彼女一人だった。クロエが入ると、彼女は立ち上がってとても嬉しそうに微笑んだ。背が低いというほどではないが、クロエよりも目線が数センチ下にある。


「サンドラ。お呼び立てして、ごめんなさい」

 貴族学園では、殆どのクラスメートが略さずに『アレクサンドラ嬢』と呼んだが、彼女だけがサンドラ呼びだった。『アレクサ』『アレクサンドラ』という言葉の響きが嫌いなクロエにとって『サンドラ』は許容範囲だったが、今はどの名前も自分のものではないと感じる。


「ここでは、クロエと名乗っているの。そう呼んでいただけたら嬉しいわ」

 とりあえずクロエは、学園にいた頃のような令嬢キャラを被る。


「クロエ」

 アメリア・カラドカスは、潤んだ瞳でクロエを見つめながら、近づいてきた。

 こういう時は、ハウワーユーみたいな挨拶をしなくては、と言葉を捻り出そうとしていたクロエは、抱き締められて戸惑った。


「元気そうで、本当に良かった……!」

 何度か会話はした事があるけれど、個人的に学外で会うほど近しい間柄ではなかったはずだ。オヒサシブリ、オゲンキデシタカ、という出遅れた言葉を喉の奥に引っかけたまま、クロエは口を開けていた。


 小柄なアメリアの身体にそっと手を添えると、ほんの少し、震えているのがわかった。

「アメリア……?」

「私。これから罪を告白して、貴方に、謝らないと……」


 アメリアは、開いたままのドアの外に人の気配を感じたらしく、言葉を切って、驚いた表情で後ろに下がった。


「あー、その」

 クロエは彼女と違ってラフなシャツを着ているし、ズボンに至っては狩猟の時に破れた箇所をそのままにしているので、ダメージ仕様だ。その格好でご令嬢口調を続けていると、自分で自分が可笑しくて笑い出しそうになるため、クロエは早々に素の口調に戻した。

「彼らとは、今一緒に住んでいて、どうしても一緒に来るってきかなくて」


 会議室の入り口の外から、こちらを窺っているのは、マクシミリアンとザイオンだった。


 ガーディアンズの一人が訪ねて来て、アメリア・カラドカスの名前を告げた時から、二人の様子がおかしいことにクロエは気づいていた。今もマクシミリアンは、視線をあちこちに向けているし、ザイオンは無表情で無口だ。


「ここで会えるなんて思わなかったので、びっくりしました」

 アメリアは、微笑んだ。

「お久しぶりです、マクシミリアン第一王子殿下。随分大きくお育ちになりましたね」


 やっぱり知り合いだったのか、とクロエは思う。


「アメリアも、大きくなったな」

 マクシミリアンは、そう言った後、少し不安そうに訊ねる。

「お姉さんは一緒じゃない?」


「姉は二人おりますが、同じ学年で殿下を追い回していたノーマお姉様の事でしたら、国境を越えるどころか、あの婚約事件以来、家から外へ出られる状態ではありませんので、ご安心ください。その節は私の姉が、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 アメリアの説明で、クロエは気づいた。


 マクシミリアンは亡命申請の際、書類の備考欄に『意に沿わない婚姻が原因で、迫害され、場合によっては命を失う可能性あり』と書いたと聞いたが、どうやら婚約寸前だったご令嬢は、アメリア・カラドカスの姉らしい。


「こちらでお二人に会った事も、母国では秘密にしておきます。ところで、私は今回、こちらの……クロエにお話があって来たので、お二人とも、申し訳ないのですがご遠慮いただいてもよろしいでしょうか?」

 アメリアは柔らかい微笑みを浮かべていたが、その口調には、有無を言わさないものがあった。


 なんだろうこの空気、と、クロエは背中にぞわぞわしたものを感じる。

 さっきからアメリアは、ザイオンの存在を一応認めているようで、無難にスルーしているような気がする。

 修羅場か? 修羅場なのか?


「何を話すつもりだ? 何を謝るって?」

 ザイオンがようやく口を開いたが、かなり不機嫌な口調だ。

「それは後ほど、クロエからお聞きになってください」

 アメリアは微笑みを崩さないが、明らかに拒絶の色が見えた。


(もしかして元カノ? 初めての相手とか?)

 と、クロエは勝手な憶測を始める。頭の中で、ザイオンが王国にいたころの二人の年齢を計算して(前世なら社会人とJKぐらい?)、お巡りさんコイツです、などと思っているうちに、アメリアはさっとドアに歩み寄って閉めてしまう。


 えっという顔をしたマクシミリアンとザイオンが、ドアの向こうに消えた。


「窓際に行きましょう」

 と、アメリアがクロエの手を握り、エスコートする。

「えーと」

 クロエは、何が何やらよくわからずに、されるがままついていった。どうやらドアから一番遠い窓際なら、話し声を聞かれることがないという配慮のようだった。


 会議室の椅子を二つ、窓のすぐ近くに並べて、アメリアはクロエと向き合って座る。

「ごめんなさい」

 アメリアは、グレーの瞳でクロエをまっすぐに見つめて言った。

「あなたの婚約破棄は、私が仕組んだの」


 何の話か理解するのに、十秒ほどかかった。

 クロエは、驚いた。

「そうなんだ?」


 もう十年は昔の出来事のように思えていたので、誰の婚約破棄なのか把握するのに数秒かかり、続く数秒で、やった覚えのない悪事を列挙されたあの断罪イベントが仕組まれたものなら、納得できる部分も多いなと考えるが、それがこの真面目で誠実そうな公爵令嬢の仕業だと聞くと、怒りよりも驚きの方が大きかった。


「私、貴方の保護先を用意していたのに、間に合わなくて。ルグウィン公爵家にお伺いした時にはもう、貴方は、どこかへ去ってしまった後だったの」

 アメリアが、悲壮な表情になっていく。

「そうなんだ……?」

 彼女のようなご令嬢が王族を相手にハニートラップを仕掛けるなんて、よほど切羽詰まった事情があったんだろうな、とクロエは思う。


 どういう事情だったのかと訊くべきなんだろうけれど、コミュ障気味のクロエにはハードルが高く、なおかつ他人の事情は自分には関係ないと思っているので、訊くのは面倒だという気持ちが先に立つ。


(『私かんけーありませーん』はもうやめようとは思ってるけれど! でも! 何か重そうだし!)


「クラスメートの家や、近郊の森や、女性が働いてそうな夜のお店も、思いつく限り探したのに、どこにもいなくて。大使館はどの国も、取り合ってくれなくて」

 アメリアが、涙を零し始めたので、クロエは慌てた。

「探してくれてたの? ゴメンね」


 あの日は、悲劇のヒロインのような気分で、兄を含め全てを切り捨てて、さっさと大使館に向かった。あまりに行動が早すぎたために誰も追いつけなかっただけで、アメリアのように探してくれた人はいたのかも知れない。クロエは、自分の短絡的になりがちな行動を今後は改めなければと思った。


「私のせいで、酷い目に遭ったり、死んでしまったのかも知れないと思うと、本当に申し訳なくて」

 アメリアの涙は止まらず、小さな手提げからハンカチを取り出して目元を押さえる。その仕草が洗練されていて、なんとも魅力的に見えた。


「こちらこそ、そこまで心配してくれる人が居るとは想定してなくて、誰にも何も言わずに国を出ちゃった。ほんと、ゴメンね?」

 クロエはどうにか外面で自動対応しているが、内心はややパニックである。

(私まだ、泣いている人を慰められるほど、コミュ力磨いてないよ!?)


「ドミリオお兄様から、ルグウィン家嫡男のユージーン様がこの国に亡命したと聞き、こちらにいらっしゃるに違いないと思って、謝罪しに参りました」

 アメリアは涙を止める事ができずに、とうとう顔を覆った。

「……無事で良かった。本当に、ごめんなさい」

 そのまま、アメリアは声を殺しながら泣き始める。


 どう言葉をかけて良いかわからず、困り果てたクロエは、椅子を横並びにすると彼女を抱き寄せて、落ち着くまで背中をさすってやる。


 途中、音も無く開いたドアの向こうから、紫紺の瞳がそっと中を覗き込んだ。それからすぐに、寄り添っている二人に気づかれないよう、ドアは再び音も無く閉まった。











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