変貌
このお話は【モブ令嬢はお邪魔王子を殺したい】の番外編となります。
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「空が裂けていく……」
アメリアが悲しげに空を振り仰ぐ。
「魔王が、マグネターを召喚したのね」
長い戦いは、無に帰した。
辛うじて生き残ったアメリアとザイオンは、瓦礫だらけの大地に立っている。
彼女もザイオンも、闇の魔術師による魔王復活を阻止する事ができなかった。
身を挺して二人を守った召喚ドラゴンは、立ったまま息絶えていた。
仲間達の殆どは、強大な魔王の力になすすべもなく倒れ、今は瓦礫と共にある。
エルフ族、人族、獣人族、竜人族と、特徴がわかる者はまだましだ。
炭化して、四肢が砕け落ちてしまった遺体もある。
アメリアが振り仰いだ空には、無数の亀裂が走っていた。
裂けた空の向こうに見えるのは、漆黒の闇と、銀色に光る真円。
その正体は、恒星の遺骸だ。
強力な磁場とエネルギーを持ち、この距離で実体化すれば、大陸はおろか、惑星ごとバラバラに引き裂かれてしまうだろう。
強い風が巻き起こり、立っていることが難しくなり始めていた。
ザイオンが、アメリアを引き寄せ、抱きしめる。
氷の王子とも称される彼が、そんな感傷的な行動をとる事など、これまでにはなかった。
「俺のせいだ」
震えるザイオンの身体を、アメリアが抱き締め返す。
「俺の憎しみが、この結果を招いた……みんなを殺し、君を殺してしまう」
「違うわ。全ては、あの魔術師が引き起こしたこと。貴方のお母様をさらった時から、こうなる事を狙っていたのよ」
アメリアが悲しげに微笑む。
「俺は諦めない」
ザイオンは、アメリアの瞳をのぞき込む。
「力を貸してくれ。俺の命と、君の命。この世界に在る、全ての命を使って、時を戻す──」
全てが光に飲み込まれる。
「君を、絶対に死なせはしない」
世界が回帰する直前に聞こえる、微かな声。
「……してるんだ──」
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また、バッドエンドの夢を見た。
前世の記憶が戻って以来、何度目だろう。
アメリア・カラドカスは起き上がって、窓際に行く。
空を見上げると、かなり曇っていた。
うっすらと見える下弦の月の位置から考えて、まだ真夜中だ。
このゲームの主人公『ザイオン』がカラドカス家に来てから、二ヶ月以上経った。
バラの季節は過ぎ、今はもう夏。
アメリアは、不安で仕方が無かった。
ザイオンがカプリシオハンターズ共和国に行かなければ、闇の魔術師が目論む魔王復活を止める事ができない。
ここは、彼の居るべき場所ではないのに。『不遇で孤独な子ども時代を過ごした、誰にも心を開かない孤高の冷徹王子』というキャラも変貌していて、この先ヒロインとうまく連携が取れるか、先行きは不透明だ。ヒロインとの恋愛が発展しなければ、召喚魔法のレベルアップもままならない。魔術師は魔王を復活させ、世界は終わるだろう。
その元凶は、本来ならエピローグで死んでいるはずの、マクシミリアン第一王子。
彼はザイオンのいる北の離宮へ逃げ込んで、死すべきシナリオを回避した。のみならず、ザイオンに干渉し続け、人格形成に影響を与えたらしい。
(早くあの王子を排除しなくては……)
気持ちは焦るが、アメリアはまだ十歳。
計画を成功させるためには、慎重に準備をしなくてはならなかった。
彼女は、庭の方に視線を向けた。
東屋に灯りが見える。
誰かが、アメリアと同じように寝苦しくて起きてしまったのだろう。
姉二人は、夜中に庭の探検をするような性格ではないから、兄のドミリオか、ザイオンに違いないと思った。
虫除けの香炉を手に、アメリアは外へ出る。
どうせ、すぐには寝付けないのだ。
少し夜風に当たりがてら、覗こうと思った。
人の声がする、という事は、一人ではないらしい。
庭園の散歩道を進み、彼女は東屋に向かう。
ガゼボとも言う東屋の周囲は、バラの低木で飾られていた。花が枯れてしまった後、葉が茂って見通しが悪い。
おかげでアメリアは、気づかれずに近づくことができた。
話しているのは、ドミリオだった。
執拗に擦りつけ……とか。
押し開き……などという単語が乱舞している。
そっと覗いてみると、兄ドミリオはガーデンチェアに座って、テーブルに載せた灯りを頼りに、一冊の本をのぞき込んでいる。
男女の絡み合う挿絵が見えた。
対面に座っているのは、ザイオンだった。
「よくこんなところで、そんなものを読めるな」
と文句を言っているが、アメリアも同感だ。
「この背徳感がたまらんのだ」
ドミリオは、ニヤニヤしながら、ああ、とか、そこはっ、などと、感情たっぷりに、閨本の音読を続けている。
「身体が……変……変なの……っ」
なかなか上手なので、いつもやっている事なのだろう。どうしようもない兄だな、とアメリアは思う。
「駄目、そこ……ああっ やん……いれないで……ああっそんな……」
「やめろって」
ザイオンが弱々しく言う。その口調が、全く孤高の冷徹王子らしくない。
おいお前ら。
アメリアはそう心の中で突っ込みを入れたつもりだったが、声に出ていたらしい。
兄ドミリオは悲鳴を上げ、本を抱えて、散歩道とは反対の方向にすっ飛んで行った。
ザイオンは座ったまま固まっていて、ドミリオのようには逃げ出さずにいる。
灯りの加減なのか、その顔が赤く染まって見えた。
「アメリアか。びっくりした」
夜着なので、アメリアと同じく眠れずに夜風に当たりにきて、ここで怪しい儀式を行っていたドミリオと遭遇したのだろう。
「こんなところに居ると、虫に刺されますわよ」
アメリアは、耳元をかすめた羽音を追う。
「戻りましょう」
「俺は、もう少しここに居る」
ザイオンは、気まずそうに言った。
アメリアの視線に気づいて、彼は頭を抱えた。
「なんなんだ、お前。……本当に十歳か? 絶対中に何か居るだろう」
その『何か』が本当に居て、アメリアの中で喚き、嘆き、身もだえている事を、ザイオンは知らない。
(あなたこそなんなのよ! こんなの、『ザイオン』じゃない! 『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』じゃない! 終わったわ! 世界は終わった!)
虫除けの香炉を、テーブルの上に置くと、アメリア・カラドカスは庭の散歩道を引き返し始めた。
(ドミリオお兄様がザイオンの人格に影響を及ぼすようなら、たとえ実の兄であろうと、あの第一王子より先に排除対象としなくてはなりませんね……)
アメリア・カラドカスの、いたいけな少女キャラも、転生の記憶を取り戻して以降、見る影も無く変貌を遂げていた。
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