34.08:第二王子も退場しました
冗談のつもりだった。
「これはこれは、マクシミリアン第一王子殿下」
たまたまガーディアン事務所の玄関周辺にいた犬型獣人は、やってきたマックスを、恭しく出迎える。
マックスは、容姿的には王子様の素質はあっても、無地の白シャツに、なんの変哲もない黒のズボンを身につけ、服装は素朴そのものだ。
何より、少し子どもっぽい言動が、『マクシミリアン第一王子様』像とはかけ離れている。そのギャップが、いじりネタとなるはずだと、獣人タトスは思い込んでいた。
彼は、マックスの目付きが変わったのを見て、驚く。
「僕を殺しに来た人?」
持っていた紙袋を受付窓口のカウンターに置きながら、マックスは訊いた。
予想もしなかった、身震いするような殺気にタトスは飲まれた。
「いや……そうじゃない。そうじゃなくて……」
タトスは、竜人との会話を思い出す。
『王位継承権を争って、ミニマックスと愉快な仲間達は、マックスを殺しに来たのか』
わざわざここまで追ってきてまで殺そうとした、という事は、王国に居る時はもっと修羅場だったのではないか。
その修羅場を切り抜けてきたに違いない相手と、今、自分は対峙している──マックスがやたらと戦闘能力が高いのには、そういう理由があったのだと、タトスは気づく。
「じゃあ、どうして僕をそんな風に呼ぶの?」
マックスの冷たい声の調子に、タトスは冷や汗をかく。
(あの手の動き……絶対何か、武器を隠し持ってる……)
犬型獣人タトスは、本能的に、ひっくり返って腹を見せたい衝動に駆られた。
「いやあ。牢にいるモスタ国第二王子のお兄さんだって聞いたから……第二王子のお兄さんは、第一王子でしょ?」
「ああ」
笑みを浮かべて、マックスが言う。
「ガーディアン内にも、殺し屋がいるのかと思ってびっくりした」
(他のどこかには、殺し屋がいたんですかね?!)
王国にマックスの居場所が漏れたら、殺し屋が来て返り討ちに遭い、死体が増える、という会話をしたばかりじゃないか?
冗談半分だったけれど、本当に?
詳しく訊いてはみたいが、仕事が増えても困るので、タトスは口を半分開けて舌を垂らし、愛想笑いをした。彼には、生まれて三ヶ月のベビーがいるのだ。もうじき寝返りもしそうなのに、見届けられないような事態は極力回避したい。
「そういえば、弟王子は、今朝首都に移送されたよ」
「そうなの?」
と言うマックスは、すっかり普段通りである。
「せっかく差し入れを持ってきたのに」
「差し入れ大歓迎!」
事務所の奥からやってきた黒狼型獣人が、カウンターに置かれた紙袋に手を伸ばした。
「いないのなら、仕方が無い」
ションボリとそう言ったマックスは、奪われるに任せた。
「首都のどこだろう?」
独り言とも質問ともつかない口調で、マックスが言う。
「普通なら、ガーディアン中央施設の拘置所辺りだろうが、他国の要人だから、わからんな」
黒狼型獣人は、入っていたマカロンを食べた。
「レモン味か、美味いな!」
「ザイオンが作ってくれたのを、一個残しておいたんだ」
「一個だけかよ! ショボいな!」
紙袋を丸めた黒狼型獣人は、そのゴミをタトスに手渡した。
「ヨアン保安官だったら、居場所を知ってるかな?」
「あー? どうだろう?」
黒狼は、声の調子を落として、マックスに言った。
「お前、弟を殺そうとしたんだって?」
やめて。こんなところで、そんな重い話を聞かせるの、やめて。
タトスはゴミを手に握りしめ、さりげなく事務所の入り口周辺から離脱する。
「してない。ちょっと脅しただけ。こうやって」
マックスは、隠し持っていた暗器を、手の上で器用にクルクルと回し始めた。
(あれが、俺に刺さったかもしれない武器なんですね?)
タトスは無事にゴミ箱へ辿り着き、ゴミを捨てる事ができた。
そのままそっと、自分の机に向かう。違法に持ち込まれた重火器についての報告書を、今日中に書き上げなくてはならない。無許可の武器を扱ったと思われる組織は、違法ドラッグと、違法魔術にも手を出していたため、その分野の担当者と連携を取る必要がある。
(俺の可愛いベビたんのためには、こんな危険な職場には見切りを付けて、転職を考えるべきか──)
タトスは、小さな娘を抱き上げた時の、千切れんばかりに振り回される可愛い尻尾を思い出していた。
「勝手に人を殺したら、それはモンスターと同じですから」
マックスは、真面目くさって言った。
「わかっているのならいいよ」
黒狼型獣人イザンは、ほっとしながら言う。
イザンには年の離れた弟が一人いたため、面倒見が良かった。これまでも彼は、マックスに対して、弟のように接してきた。
一度、マックスと一緒にいる時に偶然会った、家族だという若い男が、『大人のいない環境で育って、びっくりするぐらい常識がない奴だが、よろしく』と言った。初めは社交辞令だと受け取っていたが、今では本当にその通りだと知っているので、要所要所で指導を入れる。
マックスの話によく出て来る『ザイオン』が、あの男だという事は、会ってすぐにわかった。見かけ上は似ていないが、おそらく兄弟だろうという推測もついていた。
今回、モスタ王国王子とのトラブルを処理した事で、イザンは彼らの背景をおおよそ知る事になった。
「それで、僕のかわいい弟はどこに行きましたか?」
「絶対そんな事は思ってないだろう」
「まあ、かわいくはないよね。本人もそれには気づいていたみたい」
「そういう事じゃなくて」
イザンはマックスを、事務所の隅へ引っ張って行った。
留置場には監視がついている事を、マックスが知らないはずがない。
「相当いたぶっていたようじゃないか?」
「もっと優しくしてやれば良かったかな?」
悪びれた様子もなく、マックスは言った。
「そうだな。あいつ、ちょっと壊れてたよ」
第二王子が震えながら、ヨアン保安官に泣きついていた様子を思い出して、イザンは言った。
マックスは、残念そうに溜め息を吐いた。
「もう少し、弟と話したかったのに」
「相容れない相手とはいえ、やはり兄弟だな」
イザンは頷く。
「こんな事なら、昨日のうちに殺っておくべきだった」
「わかってねぇじゃん!」
イザンは、うろ覚えの入国者用カリキュラムを記憶の底から引っ張り出す。
「遵法精神とか、法律とか習ったでしょ? 試験も受けたでしょ? 殺しちゃ駄目なのよ?」
「正当防衛ならいいと、ザイオンが言った」
「正当防衛の意味!?」
確かに、モスタ王国の連中はマックスを排除しろという指示を受けていた。
だが、捕らえて牢に入れた時点で、脅威ではなくなったのだから、今更殺しても、正当防衛は成立しない。
という事を、イザンはこんこんと説く。
「僕が間違っていた」
マックスは衝撃を受けたようだった。
「やっとわかってもらえてなにより」
イザンは、安堵の長い溜め息を吐く。
早朝の門番に始まるシフトもそろそろ終わりの時間なので、帰りたかった。
「つまり、牢屋に入る前、ウィリー達がクロエに手を出そうとしたあの瞬間に、全員潰してしまうのが正解だった……」
「ちがーうぅ!」
その後イザンは、過剰防衛という概念について、延々とマックスに説明した。
勤務時間を大幅に超過した。
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