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キーンスレイヤー  作者: 永井伝導郎
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明日はどっちだ!? 

 息を飲む。

こっそりと、ひっそりと、彼は獲物を待っていた。そこは普通の人間では潜むことができない場所。

まさか、こんな換気扇の通風口に人が潜んでいるなど想像もできないだろう。

だが、彼には可能だった。

彼はナメクジの能力を発現させた『M』である。国家が『M』と称している彼らはある種の強制進化させられた人間である。『M』手術を施されることによって」人間とは別の能力が発現する。その結果、国家の監視を拒み脱走する者も存在する。

板谷橋庄司いたやばし・しょうじ、彼もその一人であり、能力を発揮させて脱出に成功した。その際、誰一人として傷つけていないのは奇跡でも何でもない。ナメクジの特殊能力を使っただけである。

ナメクジの身体のほとんどは水分である。その身体を自分の意志で自在に変形させれば通風口などという狭い場所に身を潜ませることも可能なのである。

それに、なんといっても彼は生粋の変態であった。

人間であった頃は軽犯罪を繰り返すだけであり、また、そういった画像を収集するだけの存在であった。そんな彼が『M』になったのは紆余曲折がある。

通っていた大学の女子のシャワールームに隠しカメラを設置しているトコロを見つかり、ヒステリックな悲鳴を上げながら逃走。その結果、逮捕されるということはなかったが、車道を横切ろうとしたときに軽トラックに撥ねられた。

走馬燈を見ていた彼が運ばれた病院の医師は国家が運営するMの組織『スレイヤー』に属しており、『M』の被験体にするため、死亡扱いにした。国が手を加えていたのは彼を仮死状態にしただけではなく、火葬場に大掛かりな細工をしており、都合よく彼と似たような体形の死体とすり替えたのだ。当然、彼の家族は遺骨を庄司として墓に納めた。

彼は戸籍を失った。

『M』として彼は目覚め、生きることになった。しかし、『スレイヤー』は彼を実験体として扱うことに決定した。戦闘力は皆無であり、教官としての素質も無いためであった。

実験は過酷なモノばかりだった。『M』でなければ死亡していた。彼には検査という建前であったが、過酷な環境は拷問のそれに等しく思えた。

彼は脱走した。彼の能力は身体を軟体にするものではなかったのだ。その能力に気付いたのは脱走する少し前であった。ぐったりとしていたトイレのドアの前。いつの間にか彼はトイレの中にいた。庄司はテレポーテーションができることに気付いたのだ。その距離はごく短いものであったが、確実に瞬間移動していた。その実感を得て、彼はスレイヤーの施設から脱走することに成功した。地下深くの施設から限られた者にしか使用ができないエレベーターに侵入し、その通路を素早く登って行った。そして、庄司は難なく警備網をすり抜け、外へと戻った。

自由の幕開けだった。

外へ出るまで三年もの歳月が経っていた。彼は全裸であったが近くの町で衣服や靴を盗んだ。不思議と後悔や罪悪感の念は生まれなかった。こうやって生きていくのが正しい事ではないかと心の中の誰かが囁いたのかもしれない。

脱走に気付いたスレイヤーは彼の追補にかかった。可能であれば捕獲を、できなければ抹殺を命じた。こういった脱走事件は意外と多いのだ。その悉くを振り切り庄司は遠くの町に潜伏した。運がよかったのか、この町にスレイヤーの手は伸びていなかった。彼はナメクジの能力を発揮させて犯罪を行った。

そのほとんどが『のぞき』であった。

彼の趣味であり、性癖であり、人生であるといっても過言ではなかった。町で目を付けた女性の後をつけ、家屋を特定し、侵入する。それだけを繰り返していた。  

正直なところ社会の毒にも薬にもならなかった。

こうやって現在もマンションの通風口に身を潜めてターゲットが来るのを待っている。ターゲットは少し社会に疲れているOLであることはすでに調べてある。ターゲットである女性のプライベートのほとんどを覗き見ていたからだ。一人暮らしで帰ってくるのは、そろそろ。彼女の暮らしを見ている庄司であるから、その予想は簡単だった。

息を殺し、耳を澄ませる。ドアの開く音。帰ってきた! そのまま、ため息にも似た安堵の呼吸。このすぐ後、彼女はバスルームに入ってくる。毎日の繰り返しであり、日課である。一日の疲れを吹き飛ばそうと風呂に入るのは何度も目撃している。これが初めてではない。ある意味、手慣れた行為とも言えるだろう。

少し疲れた顔の女性がバスルームに入ってくる。そろそろ本気で婚活も考え始めている年齢である。軽くシャワーを浴びる。その姿は庄司に凝視されていた。

彼は『M』であることを神に感謝している。自分が選ばれた人間であると思っていた。そんなことも知らずに疲れたOLは職場とは違う顔をしていた。浴槽に少し熱めの湯を溜め浸かる。この熱さが堪らなかった。庄司もその顔をしっかりと見ていた。ナメクジの『M』である彼が通風口にいることも知らない彼女はリラックスできるポーズを模索する。その行いは滑稽でもあったが、到底、他人には見せられないものである。

彼女がバスルームから出て行くと庄司は今日の仕事は御終いとばかりに通風口からヌルリと出て、『M』としての能力であるテレポーテーションを使った。コツはもう掴んでおり、自由自在であった。テレポーテーションでの移動場所は季節的に使われていないエアコンの中。その送風口から彼女のプライベートを覗き見る。

彼女が就寝すると、彼はエアコンの中から室外機へと移動し、人の姿に戻る。その顔には、やりとげた男の貌があった。

「いい仕事したなあ~」

 庄司は独り言をつぶやき汗も出ていない額をぬぐった。彼はそのまま階段を使う。心が踊っているためなのか足取りは非常に軽い。

 だが、ここで彼に不覚があった。

「ちょっと、キミ、なにしてるの?」

マンションから出たところで夜間警邏中の警官に遭遇してしまったのだ。

ヤバイ! 

彼は全裸であった。服を着ることを完全に忘れていたのだ。引き攣った笑顔で警官に敬礼をひとつすると、庄司は回れ右し、ダッシュした。『M』であればこの警官を殺害することも簡単だったが彼はそれを知らなかった。警官の制止の声を振り切り彼は必死に逃走した。

彼の明日はどっちだ?






さて、皆さん、また後日にお会いいたしましょう。

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