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第八話・Let's ダンジョン?

―前回のあらすじ―

 怨敵たるガパラを討ち、復讐を果たしたゼスルータ。

 だが、彼に似たネフィリムの正体は分からずじまいであり、自らの手で理解者たるイザベラを殺めたことに後悔が残る。

 しかしヴィルドとは打ち解け、彼をハイゼルクに迎え、ローズウェル王国を後にするのであった。


―戦艦ハイゼルクの一室― 

 ヴィルドは渋々ボタンを押して開ける。その瞬間、ザクッ、と何かが切断される音がした。

「あ、あああっ‥‥‥!?」

 目の前には、うつ伏せになってギロチンで首を切られたジル。頭を前に起こし、笑っている様は怖いという程では済まなかった。

「ハイゼルクにようこそ‥‥‥!」

「ギイィィィアアアーーー!?!?!?」

 ヴィルドは叫んでから即気絶してしまう。

「アハハハ! 何ビビってんだよw、起きろって」

 ゼスルータは笑いながら、何度か彼の肩を叩きいて意識を呼び戻す。

「何してるのよ、バカ!」

「ちょっ待って‥‥‥!」

 ネイラータが割り込み、ジュエルブランチでギロチン台ごとジルを吹き飛ばした。

「何がどうなって‥‥‥?」

「どこに行ったかと思えば何首切って‥‥‥ってそれどうなってるわけ?」

 吹っ飛ばされた彼女とその首は切断されていたはずなのに、しっかりとくっついていた。

「イテテ‥‥‥そんなに驚かないでください。いわゆる人体切断マジックですよ」

「「マジック?」」

「私の家は代々マジシャンをやってて、私も後を継ごうと思ってたのですが‥‥‥辞め時を見失って気付けば最新鋭艦の副長ってね、ハハハ‥‥‥」

 後半からは死んだ魚の様な目で遠くを見ていた。

「マジシャンって需要あるのか?」

「ここでいうマジックは魔法を使わないから、魔導反応でタネが分かったりしないんです。だから魔法がいくら発達してもエンターテイメントとしての需要はずっとあり続けると思いますよ。これ見たら皆不思議がりますからね。ほらこんな風に」

 3人の前で右腕を切断し、それを持って見せる。どう見ても切れているはずなのに痛がりもせず、かといって魔法は一切使っていないことに彼らは驚いた。

「どうなってんの、それ?」

「目の錯覚です。つまり目が騙されてるって事です」

(錯覚って何だっけ‥‥‥?)

 錯覚で済まされないマジックを見せつけられ、ネイラータは頭の中が真っ白になる。

「さっきのも錯覚ですよ、ほら」

「えー!ジルっちって私と同じデュラハンっだったんすか!?」

 腕を元に戻し、今度は頭を抱えたところをひょっこり様子を見に来たラゼル。

「違います。人体切断マジックです」

「へー、よく分からないけど凄いっすね。あっ、そんな事よりエヴァンっちからの電文。はいこれ」

「ありがとう」

 点と様々な長さの直線が書かれたメモを受け取った。

「何て書いてあるんだ」

「えーっと、『当初の計画ではまず最初に大扶桑帝国へ派遣する予定であったが、度重なるトラブルによりその計画から大いにずれた事は諸君らの知っての通りである。されど目的の変更はないものとする。道中通過せざるを得ない国々とも国交は樹立する可能性あり。なお報告にあったダンジョンの攻略を優先してもよい。ただし攻略期間は1週間までとする』だと」

「えっ、大扶桑帝国に行くつもりなのか?」

 大扶桑帝国と聞き、ヴィルドは冷や汗を一滴たらす。

「それがどうした?」

「いや、ローズウェル国民としてはその国とはあんまり関わりたくないっていうか何というか‥‥‥」

「何でなんすか?」

 ヴォーロルルは孤児院でもどこでも、扶桑の悪い噂すら聞いたことがなく、疑問を感じた。

「ああ、まだビビってんのか」

「ずっと昔の歴史なんだけどな‥‥‥」


―魔導暦1453年5月13日―

 欧州から遠い遠い極東に存在する島国扶桑。この日は扶桑史上最大の二つの転機を迎えた日だった。

「今日ここに、元号を皇極こうぎょくと定め、我、皇極皇凰こうぎょくこうおうと、八百万やおよろずの神々の名において、国号を〈大扶桑帝国〉と改めることをここに宣言する!」

「「「万歳ー! 万歳ー! 万歳ー!」」」

 この日、国号を大扶桑帝国と改め、扶桑でいうところの皇帝である皇凰の座を皇極が受け継いだ。

 これにより、〈ブリテン連合王国〉を始めとする欧州各国からの幾度の来航に応えるかの様に帝国を名乗り、更にプロイセン帝国との同盟締結により、極東で数少なくなってしまった独立国であることを国の内外に示した。

 そう、この時代は帝国主義時代。イスパニア帝国を始め、ブリテン連合王国、フランセーズ王国やユーラクラ国を中心に植民地を拡大、その魔の手は東亜の国々にも迫っていた。

 が、後の歴史家達は皆口々に言った。「この日は眠れる神龍を叩き起こしてしまった日だった」と。


―それから5年後―

「フンッ、たかが黄色い猿風情が帝国を名乗ってもう5年だと!? この雑魚共が‥‥‥!」

(またかよ、この“失言王”!)

 今差別発言をしたのはブリテン連合王国国王〈フィリップ・ジョン7世〉で、海軍大臣ネルソンはこれを聞いて拳を握った。常日頃から差別発言や失言を繰り返し、臣下からも、果ては国民からも呆れられている残念な王だ。

「まあ、そいつらは併合して奴隷にしてしまえばよい」

「その、本気で攻めるんですか?」

「当然、あの様な貧弱で背が低い猿共の国家なんぞすぐに潰せるさ。分かったらとっとと20万の兵を送り込め。何の為に戦力を増強したと思っている?」

「はっ! では宣戦布告の書簡を送って参ります」

「私はこれより海軍省へ」

「期待しておるぞ」

(と言っても、大丈夫なのかなぁ‥‥‥?)

 当然、宣戦布告をされた大扶桑帝国側は激怒し、特に皇極皇凰の怒りは度を越していた。

「この差別主義国家め! 絶対に許さぬぞ‥‥‥!」

 今にも憤死してしまいそうな勢いで顔を真っ赤にする皇極皇凰。それも当然の話だ。

「既に艦隊はいつでも出撃出来るよう準備を済ませておりますが、如何なさいましょう?」

「陛下、大変な事態です!」

「何があった?」

「薩摩県より南方100キロ先に多数の艦影を確認! 揚陸艦を中心としており、最低でも18万程の兵や多くの砲を積載しているかと」

「すぐに第三戦隊と第十七水雷戦隊を派遣しましょう。この二つの艦隊は薩摩に最も近くにおり、かつ十分な戦力を有しております」

「いや、上陸は許しても構わん。そこを艦隊と挟撃する」

「はっ!」

 ブリテン連合王国軍側は何の抵抗も受けず、意気揚々と揚陸を開始した。

 それを林からこっそりと覗いていたのは、機関銃が配置され、銃火器と手榴弾と扶桑刀で完全武装された扶桑兵たったの1000人。勝敗は始まる前から決まった様なもの。―のはずだった。

『全軍、撃ち方始め!』

 数は多くもなければ少なくもないが、正確な射撃で瞬く間に前衛部隊が壊滅的状況に陥り、1万が戦死ないし負傷し、混乱が生じた。

「―クソッ、敵はどれ位だ!?」

「それが、3000も満たしていない程かと」

「ならば早く殲滅しろ!」

「こちらも応戦しているのですが‥‥‥」

「奴ら既に機関銃をッ‥‥‥!?」

 司令官の隣にいた士官が空を、正確には空から降ってくる無数の砲弾を指差した。その内のひとつが運悪く即席野戦司令部に命中。司令官以下10名の士官が即死した。

「―あれ? 当たったみたいだな」

「火力支援を頼んでおいて正解でしたね」

「しかし木下中将、元より備蓄を増やす余裕がなく、弾薬の残りが少なくなってきています」

「案ずるな。その時は武士もののふとしての戦い方を見せるまでだ」

 大扶桑帝国軍は臨機応変に機関銃をはじめとした重火器の位置を変えながら戦闘を続け、これといった被害を出さずに戦局を有利に進めた。一方、ブリテン連合王国軍は初っ端から司令官を失い指揮系統が大混乱。挙句敵前逃亡をしてしまう部隊まで現れ始めた。

「中将殿、各部隊で弾薬が枯渇し始めています。このままでは‥‥‥」

 この時点で大扶桑帝国軍は5万発の、ブリテン連合王国軍は47万発もの銃や砲の弾を消費していた。だが戦死者の数は前者が24名、後者が8万と圧倒的にブリテン連合王国軍の方が甚大な被害を出していた。

『総員抜刀。全軍、突撃ー!』

 雄叫びと共に前衛である残りの976名が扶桑刀を掲げながら前進。だがそれ以上にブリテン兵全員を震撼させる光景が起こった。

「一刀流、秋水!」

 木下中将が放った剣技。そのたった一撃で3万もの歩兵の首や胴体やらが切られ、一瞬で戦死した。

「に、逃げろー!」

「うわぁぁぁ!?」

 残った9万の残存兵はすぐさま乗って来た揚陸艇目掛けて逃走し、それを木下隊が追う。まだ戦力差は歴然としているのにも関わらず、少なくとも陸上戦での勝敗は決していた。

「―陸軍は当てにならんな。だが敵をおびき寄せたのには感謝しよう。艦砲射撃用意!」

 主砲を陸に向け、木下隊を抹殺しようとしたその時、戦艦3隻が一瞬で大破、炎上した。

「何事だ!?」

「敵艦隊発見! 彼我の距離3.5万m!」

「馬鹿な、我が艦隊の射程圏外からだと!」

 たった今アウトレンジ攻撃を仕掛けたのは旗艦である戦艦天城率いる第三戦隊。天城以下赤城、愛宕による一斉砲撃によるものだった。

「―先遣艦竹より入電、『敵戦艦3隻共ニ大破』とのこと」

「よし、このまま砲撃を続行せよ」

「了解!」

 結局、ブリテン連合王国艦隊は一方的に叩かれまくり全滅。第十七水雷戦隊の出番は全く無かった。

「―この黄色い猿共が! 我が艦隊を全滅させおって!」

 ブリテン本国にて、今度はこちらが顔を真っ赤にしているフィリップ国王。

「扶桑はここ本国へ攻め入ると言っておりますが、如何なさいましょう?」

「我が王国とあっちは1万キロ以上も離れておるのだぞ。そう簡単には来れん。問題はプロイセン帝国、奴がこのまま黙っているはずがない」

「同盟を結んでいるとはいえ、この戦争には不介入の立場を示しているので、そちらは大丈夫かと」

「いや、油断出来ん! プロイセン=扶桑同盟を理由に宣戦布告しろ!」

「いくら何でも早計過ぎます! どうか考え直してください!」

 ブリテンが海軍帝国とすれば、プロイセンは陸軍帝国。制海権を堅持し続けられれば直接攻められはしないだろうが、同盟二ヵ国がどうなるかは分からない。

「案ずるな。我々にはイスパニアとフランセーズがついておる。負ける事は無い」

「―まとめて返り討ちにしろ」

 宣戦布告を受け取ったプロイセン帝国の皇帝、後のロズワント帝国大帝ロベルト・ヴィルヘルムは報告を受け、すぐに反撃するよう冷酷に命令を下す。国家の数では3対1。当然三国同盟側の方がプロイセン帝国よりも兵の数では上回っていたのだが‥‥‥。

「ゼハルド、氷壁は既に完成しておるな?」

 当時は親衛隊中将であり、まだ片眼鏡を着けていなかったシュミル・ゼハルドは、一歩前に出てその進捗状況を報告する。

「はっ! 氷壁は抜かりなく、四方全ての国境を遮断しております」

 航空機が存在しない時代。それなのにプロイセンは全土を囲う形で厚さ、高さ共に20メートル越えの氷の城壁を築き上げたのだから、どう逆立ちしたって攻めようがなかった。

「つーことは、次は俺の出番か?」

 シャルカ・ローゼンの母にして、当時は海軍少将であった―真紅の翼に瞳と髪、そして最も紅い、神々しく堂々たる額にある一角を持つシャルカ・レッドテイル。当時から究極之破壊者アルティメットデストロイヤーとして知られる、世界一の爆裂魔法の使い手。

「陛下の御前であるぞ」

「だって堅っ苦しいのは嫌だし~! とにかくあのアホ共を吹き飛ばしゃあいいんだろ?」

「ああそうだ、派手に蹴散らしてやるとよい」

 ロベルトの出撃命令に「了っす~」と軽すぎるノリで返事をした後、国境手前で攻めあぐねていた三ヵ国連合軍、総勢70万を一夜で爆殺した。

 レッドテイルによる数多の爆裂魔法の勢いは凄まじく、当時のプロイセンの新聞はどこも『真夜中であるにも関わらず、国境近くは朝日が昇り始めたかの様に明るかった』と記事に書き記した程であった。

「―ちーーーくしょーーーーうめえええぇぇーーーーーーーーー!」

 それが三ヵ国全軍総司令官が最後に発した絶叫だった。

 勢いそのまま、お隣のフランセーズは道路扱い《引き殺》され、イスパニアも呆気なく首都を無血開城して降伏。残るはブリテン連合王国だけとなった。

「ど、どうすれば良いのじゃ!? まさかプロイセンがこれ程までに強かったとは‥‥‥!」

(そりゃあ、欧州最強の破壊兵器レッドテイルがいる陸軍大国だからな~‥‥‥)

 どこか遠くを見つめるネルソンはその表情とは裏腹に、ある計画を極秘裏に進めていた。

「あー、そういえば大事な報告がありまして‥‥‥」

「その大事な報告とは?」

「つい先程入った情報ですが、我々が植民地にしたガンダーラ国が扶桑帝国軍によって制圧。そして現地人による臨時政府が樹立し、事実上解放されました」

「はあ!?」

「ついでに言うと、4日以内に戦艦19、巡洋艦27、駆逐その他合わせて158隻の扶桑艦隊がここ本土近海に到着するでしょう」

「えっ‥‥‥?」

「王国艦隊総司令官に勝てるかどうか聞きましたが、「敗北は不可避だ」と仰っていましたよ」

「はー‥‥‥」

「ではこれにて失礼」

 あまりのショックに放心した失言王をよそに王の間を退室し、ネルソンはまだ幼いアンリ・ローズ(アンリ女王家の始祖)の元へ向かった。

「アンリ様、最早ブリテン連合王国は崩壊するでしょう。しかし、ブリテン人という“種”が滅ぶ訳ではありません。ここは南北アメリゴ大陸へ亡命し、新たな国家を樹立し、アンリ様にはそこで国民を導いてください!」

「分かった。けどフィリップは? どうするの?」

「あんなクズ野郎放っておいていいだろ」

 ”ついうっかり”言ってしまい、周りの従者達などから驚きと焦りの目を向けられた。

「は! いえ、あの、これは‥‥‥」

「そうよね。私はまだ子供だけど「ああ、やっぱり最低だな~」っていっっっつも思ってたのだもの」

(ホント子供に何悟らせてんだよアイツ‥‥‥)

 こうして3日後、本国に馳せ参じた王国艦隊で多くの国民と共に南北アメリゴ大陸へ亡命。

 一方、見捨てられたクソフィリップはというと、プロイセン=扶桑連合艦隊を前に外務大臣が勝手に降伏文書に調印し、カール・ヴィルヘルムと全てのブリテン国民の要求によりギロチン台で公開処刑。最後は一切の戦闘も無く戦争は終結。

 それを機にプロイセン帝国はかの国とフランセーズ、イスパニアを全土併合、国号をロズワント帝国に改めた。大帝の称号が使われ始めたのもこの時である。

 アンリ・ローズ達は南北アメリゴ大陸に彼女の名に因んだローズウェル王国を建国。彼女は現地人を含む全ての国民に国民としての権利を認め、更に魔導や重工業などの発展を推進させ、国家の善政者として歴史に名を刻んだ。


「―最後はハッピーエンドだから別にいいだろ」

「いい訳ないだろ。あの下種野郎フィリップのせいで20万の兵士が死んじまったし、今でも扶桑人のことが怖くてしょうがないんだよ。親父からも「扶桑にだけは絶対に喧嘩を売るな!」って散々言われたくらいだし‥‥‥」

「まあ確かに、ブリテン連合王国に来た扶桑戦艦全てが50サンチ三連装を三基も搭載したチート級戦艦だったとか、彼らの技術力ホントにおかしいですよねー‥‥‥」

 ジルは現代の扶桑宇宙軍をも熟知しており、彼女が参加したロズワント=扶桑合同演習では50年前に就航した旧式艦を魔改造して参加。その巡洋艦が我が軍の新鋭艦以上の性能を発揮したのを見て、乾いた笑い声を出したのをよく覚えている。

「そう怖がるな。任務で長らく扶桑に駐留したけど、扶桑人以上に礼儀正しい民族なんて他にはそうそういない。それに、扶桑はいいぞ~! 寿司にたこ焼き、それからかき氷! 美味い物がいっぱいあるぞ」

「扶桑酒か~、一度飲んでみたいっすね」

「うん、酒に関してはひと言も言ってないからな」

 釘を刺すのを兼ね、ゼスルータはかなり冷淡な声でラゼルにツッコみを入れる。

「艦長、パシフィック海を渡るのが最短日数になるでしょう」

「やめとけ、こっちも何隻か艦を向かわせたけど、全部沈められたからな。だだっ広い洋上だと、バカでかい爆弾とか落してきたりと敵も容赦しないからな」

「それに扶桑は確実に無事だから、ちょっとくらい後回しにしても大丈夫じゃね?」

「どうしてそう言えるのですか?」

 ヴィルドの脳裏には、少数であるにも関わらず一方的にヴァミラル軍を蹂躙しまくる扶桑兵の姿が浮かんだが、ヴォーロルルは納得しない様子だ。

「蒼炎誘導弾は元々扶桑が開発し、それに偵察機と称して高性能な軍用機を作り続けている」

「それが何の根拠になるわけ?」

 ネイラータが指摘するように、蒼炎誘導弾があっても苦戦しており、また高性能な航空機を完成させたとしても、毎回自軍の5倍以上の航空機を繰り出してくるヴァミラル相手に勝算があると思えない。

「扶桑なら絶対に蒼炎誘導弾を無効化する術を知ってるだろって話だ。早く知りたいが、一応予想はついてるしな」

「その予想って何だ?」

「秘密」

 ニコラスが問うても、ゼスルータは一切口を割らなかった。

「とりあえず例のダンジョン攻略するわよ。もうそろそろ頼んでおいたロングソードも転送される頃でしょうし」

『元気にしてるかしら?』

 突如として受像機スクリーンに笑顔で手を振っているネレスと隣にいるエヴァンが映り込んだ。

「お母様!?」

「お久しぶりです、ネレス様」

『ゼスルータ。そんな固い口ぶり、私は嫌いよ』

「失礼、ではこれからはネレスさんと呼びます」

『ネレス、いや“お義母さん”でいいわよ』

「ちょっと、やめてよ!」

「何勝手に決まった事になってるんですか!? 私だって負けてません!!」

 皇后相手に堂々たる姿勢を崩さないヴォーロルル。隣にいたジルは(もうちょい畏まれよ!)と冷や汗をかきまくる。

「ルルってホント度胸あるな。相手皇后様じゃねーの?」

『その皇后様の前でそんな口調のヴィルドさんにブーメラン刺さったぞー』

 こいつ本当に元騎士団長か? と疑いつつ、会話に入り込むエヴァン大将。

「あっ‥‥‥! ってか誰? 何で俺のこと知ってるの?」

『エヴァンだ、あんたのことは報告書に書いてあったからな。あと、あんまり軽い口調で話すのはやめろ。皇后様の前だぞ』

『フフッ、賑やかでよいではないか。早速だが、頼まれていたロングソード、そちらに転送するぞ』

「えぇ‥‥‥これいつ追加した機能だよ」

 艦長室の床の中央が黄色く光り、十字の魔法陣が輝き出す。

(まーた知らないところを改造しやがって‥‥‥まだあったりしないだろうな)

 そんな事を思っている内に現れたのは、鉄製で白い魔石などがはめ込まれたりなど、やけに装飾の凝ったロングソードだった。

「‥‥‥これって魔剣だろ」

『察しが良いな。それはゴルゴンソードといって、石化の呪いが付与されたものだ。まっ、切れ味は扶桑刀に劣るがな』

 しかも石化の力は持ち主の魔力量が多ければ多いほど強力になるという。

「それチート確定じゃん」

 ゼスルータはそれこそ帝国、いや世界においても屈指の魔力量を誇る。下手をすれば魔王か何かかと思わせるくらいに。

『言っておくが、必ず石化させられるという訳ではないぞ。では期待しているからね』

 通信が切断され、受像機の画面は何も映さなくなった。

「じゃあ攻略を始めるとしますか」

 折角ゴルゴンソードを下賜されたのだから、試す場としてダンジョンはうってつけだ。

「私は行きません。留守番でもしておきます」

「何故かしら? ジルだって弱い訳じゃないでしょう」

「何というか、嫌な予感がするんですよね」

 やけに危険な香りがする。頭の中で警笛が鳴りやまないジルは残留を願い出る。

「えー、メンバーは俺と姉さん、ヴィルド、ネイ、ルルにラゼルの6人だな。ジル、留守番するならニコラスと一緒にローゼンの面倒を見てくれ」

「了解しました」

「それでは、未知のダンジョンの攻略開始!」

「「「おー!」」」


 そうして、ダンジョンの前に来たはいいものの、最初から行き詰ってしまった。

「‥‥‥これどうやって開けりゃあいいんだ?」

 入り口は分厚い石一枚の扉で塞がれており、ヴィルドが押してもびくともしなかった。

「破城槌で壊せばいいだろ」

「それはお約束破りです‥‥‥」

 それにここは新たに発見されたダンジョン。歴史的価値もある故、傷をつければ学者以外からも非難轟々だろう。

「というかルータ、手掛かりはあるでしょう」

「手掛かりって?」

「あのねぇ、このダンジョンはルータがこの島に降り立った時に出現したのよ。その胸にある赤い水晶も光ってたし、何か関係はあるでしょう」

「‥‥‥ひとつだけ心当たりがある」

 目をそらしたが、頭を掻きながら答えた。

「最後に母さんから託された魔導書がある。ルナリアをかたどった標章が表紙に描かれた魔導書がな」

「だったらそれを出しなさいよ」

「でもそれって一度も開いたことはないわよ」

 姉弟に託された魔導書だが、留め具が無くとも開かず、魔法で封印されている様子もなく、今まで途方に暮れていたのだ。

『偉大なる主よ、それは今まで“来るべき時”が来なかったからです』

 聞いたこともない妖美な雰囲気の声で脳に直接語りかけられた。

「誰だ?」

 それに応えるかの様に、彼が持っていら収納型マジアムから先程言っていた魔導書が出で、5人の前で宙に浮いて見せた。

『初めまして、偉大なる主よ。私めの事は〈強欲の書〉とでもお呼びください』

 表紙をゼスルータに向け、彼に対して話しかけてくる。

「偉大なる主って、まるで神様を崇める様な言い方だな」

『あなた様はそれ程偉大なお方ですから。それはそうと、どうやらお困りのご様子。私めが解決して見せましょう』

 ガコンッ、という音がしたかと思えば、ヴィルドが押してもびくともしなかった石の扉が徐々に迫り上がり、彼らを誘う様に開いた。

「あなた、魔導書に意思が宿ったとか、そんなちゃちなちゃちな存在じゃないわね。一体何者なのかしら?」

 ネイラータは強欲の書にどこか違和感を覚える。

『いくらヴィルヘルム家の者といえど、そう易々と正体を言う訳には‥‥‥。しかしながら、ひと言だけヒントを授けましょう。「統一国ルナリア」、これが真実を知る為の羅針盤となるでしょう』

 そう言い残し、彼女は喋らなくなった。その代わり、魔導書が開く。中に書かれていたのは、おそらくはこのダンジョンの地図だった。

「地図らしいが、これ信じられるか?」

 未だに疑心暗鬼のヴィルドはゼスルータに目を向けた。

「さあ? どうなんだろ?」

「というか、統一国ルナリアって伝説上の存在じゃなかったのですか?」

 この世界はかつて統一国ルナリアとして、文字通り地球はひとつの国家として存在していた。だが、末期にはあらゆる生命を脅かす〈死の瘴気〉が現れ、ルナリアは危機に陥り崩壊。しかし、不思議なことに死の瘴気は統一国ルナリアの崩壊と共に消え去った。

「一説には、統一国ルナリアの王は魔王であり、勇者カインが滅ぼし、それによって死の瘴気も消えたとか言われているが、ブレイブ教が主張している時点で嘘だろうな。あいつらと金官国は嘘しか言ってないし」

 とにかく魔族を差別するカルト教団と、とにかく噓を言う半島国家。どちらも噓八百を言うことだけは確かだというのが世界の共通認識だ。

「けど、世界各地で聖女か天使かをたどるかたどった石像や同じ様な術式があるのを考えると、統一国家があったのは事実で間違いないと思うわ。で、この姉弟がその関係者の末裔か何かって事ね」

「お二方は何か知りませんか?」

 ヴォーロルルが姉弟から聞き出そうとするが、どちらも肩をすくめる。

「母さんからは何も聞かされてないし、家にあった物はほとんど消し炭にされたからマジで知らん!」

「それにこの‥‥‥強欲の書だっけ? これの言う事を真に受けるの?」

 数少ない手掛かりとはいえ、信用できるかは別。フェルリア視点では、急に喋り出した魔導書は(いきなり何なの?)である。

「いずれにしても、今ある手掛かりはこの魔導書とダンジョンだけか」

 そう呟きつつ、ヴィルドは道奥へと視線を向ける。

 入り口から先は石レンガで舗装された下へ続くスロープがあり、途中からは暗くて何も見えない。

「仕方ない、行くしかないか」

 一番先にゼスルータ、続いて隣にヴィルド、その後ろをヴォーロルル、ネイラータ、フェルリアにラゼルの順で入って行った。

「冥焔」

 先を照らす紫焔。それがただでさえ不気味な道をより一層際立たせた。

「なあ、これはちょっと怖くね?」

「ならこれに電気でも流してくれ、ほらよ」

 彼が手渡したのはガラス管でできたスティック状のライト。鉄製の持ち手から電気を流し、内部のフィラメントを発光させる。

「なんつーか、アイドルオタクが持っているペンライトみたいだな」

「だってそれをイメージして作ったからな」

「ルータちゃんってそういうのに興味があるんすか?」

「いや、屋外ライブってのを通りがかった時に観て、面白そうと思ってな。これがそういう物だってのは後で知った」

 その後はあまり会話は弾まず、延々と長い道をただ黙って歩く時間ばかりが過ぎた。

「地図通りとはいえ、マジで長いな‥‥‥って姉さん何してんの?」

 ふと振り返って見ると、フェルリアが壁の“出っ張り”を押し込んでいた。

「出っ張っていたから元に戻しておこうか、と思って」

「ねえフェルリア君、そういうのって大体が罠だって知ってるよね」

「えっ!? 罠なの? やだどうしよ!?」

 ドンッ、と何か質量のある物体が落下した衝撃が走ったかと思えば、直後からゴロゴロと転がってくる音が聞こえ、だんだんと大きくなってくる。

「あ~ぁ‥‥‥女子は先に逃げとけ。シュバルツゲネリエン」

 その勢いを少しでも止めようと、何重もの黒いネットを展開する。

「ではお先っす!」

「死なないでよね!」

「お先に失礼します」

「じゃあ私も‥‥‥」

「姉さんは俺らと一緒な。これで少しは勉強しろ」

 一緒に逃げようとする姉の右腕を掴み、引き留める。

「そんなぁ!」

 そうしている間にも、何かの物体が時折少し遅くなっているとはいえ転がってくる音は近づきつつあった。

「シュバルツゲネリエンで障害物を作ったんだろ? だったら大丈夫じゃねーの?」

 意外と楽観視するヴィルド。結果と原因が分かっているから対策も可能だと踏んでいる。

「何枚も壁を作ったはずなんだけど、全部突破されてんだよな~」

「えっ‥‥‥? それマズくね?」

 対抗策が失敗していると知り、一転して悲観的観測が脳裏によぎるヴィルド。

「はい来た逃げろー!」

「うわぁぁぁ!?」

「ちょーーっとーーー!? しっかりしてくださいよぉ! 俺達命かかってんだよ!!!」

 全力疾走で巨大な石球から逃げる6人組。誰もかも必死の形相だ。

「何で防ぎきれてないんっすかー!」

「しゃーねえだろ! 魔法が無効化されたんだよ!」

「てことはあれ魔封石まふうせきの塊ってわけ!」

「そーだよ、最初からそうだって思ってたよ! 魔力線も通用しなかったからなッ!!」

「言い争ってないでとにかく逃げるわよ!」

「「「いぃぃぃあああああ!」」」

 走っているうちに突き当りが見えてきて、彼らは一瞬絶望した。

「まさかの行き止まり!?」

「いや、曲がり道がある。そこに逃げ込め!」

「はい一番! そんでネイちゃんルルちゃんこっち!」

 真っ先に駆け込んだラゼルがネイラータとヴォーロルルの腕を掴んで引き入れた。

「まっ、間に合った!」

 続いてフェルリアも曲がり道に避難し、残る男コンビも逃げ切れる‥‥‥はずだった。

「‥‥‥えっ?」

(ヴィルド!?)

 ゼスルータの方は間に合ったものの、残念な事にヴィルドは最後の最後に躓いてしまい、そのまま石球に激突され、突き当りの壁にめり込んだ。

「「ヴィルド!?」」

「ちょっとどいてろ。こいつを砕く」

 今までとは違う構え方、具体的には左手でゴルゴンソードを鬼が金棒を振りかざす直前の様に持ち、

 右腕を盾を構える格好で前に出し、脚は右を少し前に出して腰を低くした構え方。

「ブラッディ・ブレイク」

 剣身が赤く染まり、振り下ろす速さはゆっくりと見えたにも関わらず、その刃から生じた破壊力は凄まじいもので、宿した魔力は無効化されたのに、石球を一撃で砕いた。

「しっかりしろ、ヴィルド!」

 すぐに駆け寄り、埋まった彼を壁から引き剝がした。

「ゲホゲホッ! 死ぬかと思ったー!」

「大丈夫っすか?」

「ああ、心配ない。ディフェンス・ブースト発動できて良かった~。超ギリギリだった! ところで何なんだよこれ」

 渋面しつつ、背後にある砕かれた石塊を親指で指す。

「魔法を無効化する魔封石の塊、しかもとびっきりデカいやつ。聞こえてなかった?」

「必死過ぎて聞いてなかったよ」

「なぁ、姉さん。次からは絶っっっ対に変なものに触るなよ! 分かったな!?」

「ごめんなさい‥‥‥」

 舌を向いて両手の人差し指をツンツンしても、弟には通用しない。

「いいな、絶対触るなよ!」

「分かってるわよ!」

「ヴォォォ‥‥‥!」

 全員が咄嗟に通路の先を見た。そこには剣を持った動く骸骨の群れがいた。

「ダンジョン名物のアンデッド系モンスターかよ!」

「うわぁ、初めて見ました」

「前衛は任せろ、援護は頼んだ!」

 義足の膝下の装甲が開き、内側から魔力噴射で全身を浮かせる。そして膝を前に傾け一瞬にして骸骨集団の目の前まで吶喊する。

「ホバー!? そんなこと出来んのかよ!」

「まずは貴様だ!」

 大振りで頭蓋骨を打ち砕き、そのまま振りかざしていた剣を奪い取る。

「刃こぼれもしてるし、なまくらの部類かな」

「ルータ、前!」

 曲線を描く多くの矢。だがそれら全てはイーター・ハンドでへし折られた。

「ちゃんと気付いてるって」

「メルト・ショット!」

 純白の閃光が白骨騎士の群れを焼失させる。

「もう終わりかよ」

「今の戦利品がこれだけって‥‥‥」

「エースオブエースが2人もいると余裕ね」

「その代わりこっちの出番が全部無くなりそうっすけどね」

 帝国軍でも希代のメルギア兵。そんな彼らの実力を目の当たりにし、ラゼルは本心から(こいつらには勝てねぇ)と諦観してしまう。

「まっ、まだ先がありますから!」

 ヴォーロルルの言う通りまだまだ道は続いていた。が、出現するモンスターなんかより、フェルリアがあまりにも分かりやすい罠に引っ掛かりまくるのを対処する方が地獄だった。

「何レバーを下ろしてんだ!?」

「えっと‥‥‥駄目だった?」

 左右の大扉が開き、大勢のゾンビが押し寄せ、腕や足などが危うく食われそうになった。

「アトリビュート・フレイム! フレア・ボム! フレア・ボム! フレア・ボムー!」

「ちょ待って! そんなに爆裂魔法を使わないでくれッ!!!」

 見方をも巻き込みかねない勢いで爆裂魔法を行使しまくるネイラータに、ヴィルドは絶叫する。

「離れろっ! 冥焔纏い!!」

 爆裂魔法を連発したり、紫焔を宿した手で頭を掴んで一瞬で焼失させたりなどして、なんとか事なきを得た。

「あっ! 宝箱見っけ!」

「気を付けろよ。そういうのってたまにミミックだっ‥‥‥」

 忠告を最後まで聞かなかった天罰なのか、見事に頭から食べられた。

「姉さん!?」

「必殺、ラゼルちゃんブレイド!」

 左右から浴びせる全身全霊の連撃によって、ミミックはあっさりと倒された。しかし、フェルリアの上半身は唾液でベトベトになってしまった。

「言わんこっちゃない‥‥‥」

「せめてこのベトベトなんとかできない?」

「全身濡れてもいいのでしたら‥‥‥」

 ヴォーロルルが小さく挙手をし、それにフェルリアは深く考えもせず頼み込む。

「お願~い!」

「では、アクア・フォール!」

 ちょっとした滝程の水を浴びせられ、ベトベトではなくなったものの今度はグショグショになった。

「フレア・ボール。これで暖まりなさい」

「ありがと~」

 乾いた後再び進み出し、ちょっとするとまた罠を発動させた。

「あっ、何か踏んだ‥‥‥」

「「えっ!?」」

 先頭を歩いていた男組のちょうど真下の床が開き、落下する羽目になった。

「わあーーー!」

「ふざけやがってッ!!」

 間一髪、それぞれ持っていた剣を壁に突き刺すことにより、底まで落ちる事はなかった。

「「はぁ危ね~!」」

 息ピッタリのため息と共に息ピッタリの感想を漏らした。

「おいヴィルド、下を見てみろ」

「ん? ‥‥‥ヒィッ!」

 底にはビッシリと一切の隙間なく突き立てられた長く太い針の芝生。あと一歩遅ければ無事ではなかっただろう。その後、ヴィルドを抱えて義足の魔力噴射で這い上がった。

「本っっっ当にいい加減にしろよ! 何度引っ掛かれば気が済むんだ!?」

「ごめんちゃい!」

(全く反省してないだろ‥‥‥!)

 フェルリアが頭に拳を小突き、舌をペロッと出した姿をしたのを白い怒りの目で睨んだ。

「しっかし、ジルって感が鋭いんだな~。現に一緒について来なかったしな」

「いっその事姉さんの代わりに来て欲しかった‥‥‥」

「何でよ!?」

 弟にそれを言われ、ショックを受けたところに追い打ちを叩き込まれる。

「毎回毎回罠に引っ掛かり過ぎだっつってんだよ!!!」

「仕方ないじゃない。だって分かりずらいんだもん!」

(((今までの罠全部分かりやすかったり想像できたりするよな‥‥‥?)))

 フェルリアの罠に対する知識と警戒心の無さに、全員が頭を抱えてしまう。

「なあ姉さん、俺は「レディーファースト」っていう言葉が一番嫌いなんだけどさぁ、何でか分かる?」

「いきなりですね」

「おいルータ、それは男としてどうなんだ?」

「えーと、女に興味無いから?」

 いくら姉でも酷すぎると、イラッとしながら理由を続ける。

「ヴィルドは間違った意味で覚えてるし、姉さんの答えは1mmもかすってねぇよ!」

「じゃあ本当の意味は何なんっすかー!?」

「レディーファーストってのはなぁ、本当は男に危害が加わらない様に女に先に行動させる事だ。料理だったら先に食べさせて毒味をさせる、ってな感じでな」

「‥‥‥つまり何が言いたいわけ?」

 予想はついているが、ネイラータはあえて核心を聞き出そうと促した。

「そのレディーファースト精神にのっとり先頭は姉さんにさせようか? って話だよ」

「いや、やめておけ。どうせ先頭に立たせたら立たせたで厄災を呼んでくるだろうよ」

「あー、確かに」

「じゃあどうするわけ?」

 彼は暫くの間目をつむって両手を組み、考え込んでから悪魔の微笑みを浮かべた。

「あの時のお返しも兼ねて‥‥‥」

「えっ、何? ちょっと!?」

 何故か慣れた手付きでフェルリアをお姫様抱っこで抱きかかえた。

「恥ずかしいよ~!」

「おやぁ、姉さんだって同じ事しただろ?」

「羞恥プレイ?」

「ラゼルは黙ってろ」

 なんやかんやでお姫様抱っこはやめることとなり、結局彼が姉を背負って歩くこととなった。

「‥‥‥まだ新たなモンスターが出てないから今はいいけどさ、両手塞がってる状況で大丈夫なのか?」

「イーター・ハンドがあるし、瓦礫も落ちてれば武器になるから大丈夫だ」

「おっ、噂をすれば何とやらっすね」

 彼女が指を指した先に、ゴースト系のアイスゴーストが5体、こちらに向かって来た。

「このくらいどうっ‥‥‥」

「ギイィィィアァァァーーー!」

 ヴィルドがいきなり叫んだかと思えば、走って柱の陰に隠れた。

「まさかお化けが怖いんっすか~!?」

「そのまさかだよ。過去に身体を乗っ取られて以来怖くなったんだよ‥‥‥!」

「冥焔!」

 そんなやり取りをしている彼らを無視しながら放った5発の紫焔の弾丸。4体のアイスゴーストを仕留めたが、残った1体は妙にすばしっこく避けられてしまった。

「チィッ!」

「ならあとは任せて」

「ねえちょっと待っ‥‥‥」

 背負われてバランスが取りずらいことなど関係なく、メルト・ショットを見事に命中させた。だが“何故か”閃光の爆発は起こらず、一本道の暗い先まで飛び、ガツンッ、という何か金属に当たった音と共に閃光が遠くでした。

「あっ、ごめん。ゴースト系相手だと矢に組み込んだ信管術式が発動しないんだった」

「「「はあ‥‥‥?」」」

「けど最後に炸裂したよな。じゃあ何に当たったんだ?」

「金属音がしたって事は‥‥‥」

「嫌な予感しかしないっすね」

 奥からガシャンガシャンと甲冑を揺らす音が聞こえ、徐々に近づいて来るのが分かった。

「とりあえず姉さんは降りて」

「分かったわ」

「来たぞ!」

 人の倍背が高い銀白色の甲冑が同じ色の斧を振り上げながら、ゼスルータ以外眼中に無いと言っているのか、真っ直ぐ彼目掛けて飛び掛かった。

「分かりやす過ぎだ!」

 右拳で斧の平らな面を殴って刃をずらし、地面に刺さったところを宙返りからの踵落としで更に食い込ませた。

「シュバルツ・ゲネリエン」

 斧を地面から抜かせる暇さえ与えず、動く甲冑を黒い球に閉じ込めた。

「ネイ!」

「ヘル・バースト!」

 球に衝撃が走った様に見えた以外、特に変わったところは無かった。だが球の内部の温度は一気に2000度以上に上昇していた。

「どう? 中の敵は倒れたかした?」

「まだ動いてる」

 動く甲冑は斧を振り回し、球を切り裂いて出て来た。

「な~んで倒れてないのー?」

「あれ鉄じゃなくてタングステンってとこか? 道理で溶けない訳だ」

「冷静に分析している場合じゃないっす! 今度はこっちに来てるんすっけど!?」

「ディフェンス・ブースト! からのブレイク・カウンター!」

 ラゼルに対し振り下げた斧をヴィルドが前に立って弾き返し、姿勢を崩す。その隙を逃さず畳み掛けた。

「エレクトロ・カノーネ!」

 剣先に魔力を集中させ、いかずちの魔弾を形成。そしてそこから放射された電撃砲は動く甲冑を貫き、膝をつかせた。

「どう? 倒れたか?」

「ちゃんと止めをしっかり刺してるよ。しかし、タングステンの塊とは‥‥‥全部回収するか」

 ボックス型マジアムを取り出し、動かなくなった甲冑全てをその中に入れた。

「タングステンって何なんっすか?」

「クロム族元素で元素記号はw。とっても硬くて重く、融点は3380度、沸点は5555度で化学的に安定した金属だ。対戦車砲の砲弾にも使われたりしているな」

「で、そんな金属でできたモンスターが居た先には何があるんですかね~」

「魔力線を飛ばしてみたけど、なんかやけに大きな扉があるわね」

「あー、あれだ。ダンジョンのボスが待ち構えている部屋の入り口だろ」

「思ったより早く攻略できそうですね。てっきり何日もかかるかと思ってましたが‥‥‥」

 意外とあっけなく終わりそうだと、ヴォーロルルにとって肩透かしを喰らったよう。

「魔導書に載ってる地図には広い長方形の部屋があって、その先にも小さい部屋があるらしい」

「なんつーか、思ってた収穫物がほとんどなさそうだな。オルハ姉弟のルーツに関するものがひとっつも見当たらないし」

「それ最後にあるっぽいな。ほら、小さい方の部屋にはルナリアの標章があるから」

「じゃあ今のうちに準備でもしましょう」

 砥石で各々の得物を磨き、消費した魔力や体力はヴォーロルルが作っておいた〈マンドラ・ポーション〉(マンドラゴラのしぼり汁にスライムジェルと聖水を混ぜて煮込み、それを急激に冷やしたもの)を飲んで回復に務める。

「うげぇ、不味いっす」

「何か変な味だな。甘さと苦さが混じり合ってる」

「「良薬は口に苦し」ってことだろ。ところで、ルルのそのステッキ、やけに古そうだが‥‥‥」

 彼女がクロスで丁寧に拭いている木のステッキを一瞥し、どこか懐かしさを感じていた。

「これルータさんが作ってくれたんですよ。ちゃんと“ZR”とイニシャルも彫られていますよ」

 持ち手に彫られたZR、それは確かに彼が彫ったものだ。

「ほんともう記憶喪失って嫌だな。早く思い出して~」

「記憶喪失って何のことだ?」

「ああ、ヴィルドには言ってなかったな。俺はユーラクラの戦場の事、全部忘れたんだよ。何者かに頭を殴られたようでさ。おまけに箝口令を敷かれたから何も聞けないし」

 事情を知り、ヴィルドは一言同情する。

「それは災難だったな」

「生きてるだけマシだ」

「さて、準備はできたかしら? そろそろラスボス倒すわよ!」

「イエッサー! ラスボスよ、酒を用意して待ってろっす!」

「いや酒なんてある訳ねーだろ!」

「はいはい、今開けるから」

 ラゼルとヴィルドの漫才を聞き流し、ゼスルータは重たい扉をグッと押し開けた。部屋には誰もおらず、中央に大き目の石棺があるだけだった。

「何これ、俺達墓荒らししに来たんじゃないんだけどなー」

「いや、こういったダンジョン攻略しに来てる時点でほぼほぼ墓荒らしみたいなものだろ」

「フッフッフッ、ようこそ我が元へ」

「誰ですか!?」

 石棺が毒々しい紫の魔力の霧に包まれ起き上がり、石棺が砂の様に崩れ去り、中から黒銀のローブを着こなし、金と霊木のワンドを持った女賢者が目覚める。

「エルダーリッチ、といったところでしょうか? 白に赤みがかった髪と眼が美しいですね」

「ご名答、今代のあるじは聡明な方とお見受けする。それだけでなく褒め言葉も上手なようで」

(俺の事は知ってるって感じだな‥‥‥)

 エルダーリッチとは、不老不死となる為にアンデッドと化したリッチの中でも特に時を重ねた上位種である。リッチとなる方法は数多くあるが、特に知られているのは、自身の魂を魔力の籠った道具などに封じ込めるものである。

 その上、何故か自身の一部を知っている様子を受け、ゼスルータは警戒感を一段階上げる。

「ルータちゃんがモテモテな理由が少し分かった気がするっす」

「それはどういう事だよ?」

「さて、それでは早速ですが、試させてもらいます」

「ッ!? 避けろ!」

 突如として刺し付けられた業火の槍が6本。だが皆それぞれ避けたり魔法で防ぐ。

「‥‥‥って危ねー! ちょっとお姉さん、いきなり何してくんの!?」

「試練、といったところですよ。我が守護する宝物ほうもつを託せるかどうかふさわしいをね」

「要は勝てばいいのか? なら望むところだ」

 その場でゴルゴンソードを振り上げ、白く輝く閃光の斬撃を繰り出した。それも3発立て続けに繰り出し、緩やかな曲線を描きながらエルダーリッチに刃向かう。

「ディメンション・ボム」

 結局、それら全ては柴黒の球から爆ぜられた爆炎でかき消された。

「なに防がれてるわ、け‥‥‥!?」

 爆炎の中をくぐり抜け、エルダーリッチの首元に狙いを定めた突きを放った。

「‥‥‥なかなかやりますね」

「そっちこそな!」

 結界で防がれた剣を引っ込め、今度は冥焔を纏った連撃をしつつ、結界の破壊と隙を伺った。

「言っておきますが、全員でかかってきてもいいですよ。というより、その方が何かと都合が良いですから」

「何でなんすか?」

「宝物は複数ありますからね。一度に全員分の試練を済ませたいですから」

「なんか焦っている様にも見えるんだけど。割と時間無かったりする?」

「‥‥‥」

 図星を突かれたのか、含み笑いをしただけで噤んでしまった。

「当たりっぽいようね!」

 気を引く為に放ったフェルリアのメルト・ショット。だがかすりもせず目標を見失う。

「あれ?」

「後ろも気を付けた方が良いですよ」

 ゼスルータと同じ冥焔を宿した左手でフェルリアの頭を掴みかかろうとした。

「ラゼルちゃんブレイド!」

(と見せかけて‥‥‥)

 エルダーリッチは宿した紫焔を手のひらで球体状にまとめ上げ、それを奇襲を仕掛けようとしたラゼルに差し向けた。

「ぎゃぼっ!?」

「イーター・ハンド」

 一瞬焼け焦げたが、漆黒の魔掌によってその炎は全て吸い尽くされた。

「助かったっす!」

「‥‥‥にしても、まさか極東の妖術すら熟知しているってのは驚きだな」

「ええ、古今東西あらゆる術を学びましたからね。といっても、使えるのは火と闇属性の術だけですが」

(だとすると、かなりの強敵だな‥‥‥)

「アトリビュート・ゼロ、バフ・キャンセル!」

 彼女の結界にひびが入り、砕け散った。

「ナイスだ、ネイ!」

「当然よ」

「流石はヴィルヘルム家の末裔。イージスの守護と言って、これでも私が使える最も強力な結界だったのですよ」

 (神話でしか聞いたことないわ!)と愕然としつつも、ゼスルータは平然を装う。

「マジか、初めて見た。でもこっから俺達のターンだな」

「ブラッディ・フィースト」

 以前ゼスルータが使ったのと同じ能力強化術式。しかしながら、彼自身は驚愕の目でそれを凝視した。

「嘘だろ!? 血を使わずに発動できるって」

「それ結構グロい技なのかよ、ってかルータも使えるのか‥‥‥」

「主よ。これは高度な技術を擁する術者は自身の体内を巡る血だけで正気を保てるのですよ」

「これマズくね?」

「死ぬなよ」

 6人に対して120発もの冥焔弾。しかもほぼ同時に襲ってきた。

「イーター・シールド!」

 当たった魔法攻撃を喰らう漆黒の盾。それら全てを女子達を守る為に使い、自身とヴィルドの為には生成しなかった。

『やるぞ』

『しゃーねぇか』

「「リフレクト・カウンター!」」

 剣身に淡い水色の結界を貼り、迫る魔弾全てをひとつひとつ連撃でそっくりそのままお返しした。

「アブソーバー」

 ワンドから白い渦を出し、返した冥焔弾は全て吸い込まれた。

「ブラッディ・ランス」

 血と同じ赤い巨槍。それをゼスルータ目掛けて弾丸よりも速い速度で突き刺した。

「ルータ‥‥‥?」

 彼は避けようともせず、腹を貫き壁に激突した。

「ん? ‥‥‥しまった!」

 顔が蒼白になったのはゼスルータではなく、エルダーリッチの方だった。

「ヒントくれてありがとさん。これで解析できたし、本気でいかせてもらうぞ!」

 巨槍を抜いて投げ捨て、自身もブラッディ・フィーストを発動。その赤眼で彼女に狙いを鋭く定めた。

「イージスの盾!」

「一刀流、秋水!」

 結界は展開した途端に粉々に切り砕かれ、その隙を逃さずに骸骨から奪った鈍らの剣を投げ込んだ。

「この!」

「ゴルゴン・スラッシュ」

 先程の白い閃光の斬撃。だが数と速度が異常な程に増加している。

「ディメンション・ボム!」

 彼女も黙っている訳はなく、相殺を狙って連続で行使した。しかし、無数の斬撃には到底間に合わず、何箇所かその身に傷を負わされた。

「石化ですね。しかも確実に発揮する程強力な呪いですね」

「で、試練はこれでクリアしたってことでいいのか?」

 ブラッディ・フィーストと、ついでに石化も解除し、膝をついた彼女の目と鼻の先に剣先を突き付けた。

「当然、最後は随分あっけない負け方でしたからね。文句はありません。この先の宝物庫にある物は全てご自由にお使いください」

「で、君はどうするんだ? このままここに居続ける訳にはいかないだろ」

「私はここまでですよ」

「それはどうして‥‥‥?」

「ヴィルド、ワンドの先に付いてる宝珠を見ろ」

 赤く丸い宝珠は砕けそうになっていた。それで悟る。彼女にはもう寿命が尽きかけている事に。

「今は、魔導暦何年でしょうか?」

「1924年、もうそろそろ9月になるわ」

「そんなに時が経っていたのですね。私めは何百年何千年とここで主を待っていたという事になりますかね」

「そこまでして俺達を待っていた理由は何だ? 俺達姉弟は何者なんだ!?」

「いずれにしろ、そのことを伝えるのは私めの役目ではございません。最後にひとつ。さようなら、偉大なる主よ」

 ゼスルータと手をつなぎ、残った僅かな生命を使い果たし、彼にもたれかかった。

(‥‥‥魔導防壁)

 彼は、ユラユラと輝く霊魂を逃さないよう、防壁で捕らえた。

「ルータ、何してるわけ?」

「彼女の魂を逃がさないようにしただけだ」

「ということは、ネクロマンサーとしての資質もあるってことですね」

『その魂をこちらに譲ってもらおうか』

「あ?」

 誰かから頭に直接語りかけられる。誰もが聞いたことも無く、それでも本能的に恐怖を覚える不気味な声。気配がした後ろを振り返ると、大鎌と蒼い金刺繍ローブの骸骨が立っていた。

「死神って奴? そんな見た目でも、少なくともアンデッド系じゃなさそうだな」

「ああその通り。そしてそ奴の魂を回収しに来た。周りを見れば分かるだろう」

 今動けているのは彼と死神のみ。彼ら以外は人や魔族、更には物質関係無く全て時間が止められている。

「本当ならこっそり回収するつもりだったが‥‥‥何故か時間魔法が通用していない。だが所詮はエルフ。大人しくそ奴の魂を明け渡せ」

「あ゛あ゛っ!?」

 “彼女”は突然冥焔を何発も撃ち込み、死神に反抗する。

「馬鹿な!? 何故現世の者が曲がりなりにも神である私に怪我を負わせられる!? 天使族? それとも悪魔の末裔か?」

「お前如きが調子に乗るんじゃねーのッ! もう一度ヒルデガルドに手を出してみ? あんたの骨をひとつの残らず灰にしてあげるから‥‥‥!!」

「ゼスルータといったか。そのエルダーリッチの名は聞いておらぬはずだろ。何故そ奴の名を知っておる?」

「あんた、相当馬鹿みたいね」

「うん? ‥‥‥なるほど、私めの悲願は達したのですか」

 何を気付いたのか、死神はその大鎌を亜空間にしまう。

「此度の非礼をお許しください。ここに私めが雪山で魂の回収中に偶然見つけた〈霊華れいかの宝玉〉を置いて去ります故。あと、この事は黙ってくれますか? まだ知られる訳にはいかないので」

 死神は中でコバルトブルーに輝き、水の中で揺らめく様な花が閉じ込められた宝玉を床に置く。そして蒼い霧となり霧散しこの場から去った。

「それでいいの♪」

 死神が去ったのを確認すると、“彼女”も彼の意識から退いた。

「‥‥‥タ、おいルータ!」

「あぁ‥‥‥?」

「何見てたんだよ?」

「‥‥‥何見てたんだろ?」

「どうしたの? 頭でも打ったの?」

「いや、そうじゃない」

 全員が心配そうに彼を見ていた。どうやらかなり長い間、ボーッとしていたらしい。

「ルータも心配だけど、最初に来た時にあんなものあったかしら?」

「へー、綺麗な宝玉だなぁ」

 世にも珍しい宝玉に、ヴィルドはまじまじと見入っている。

「待てよ‥‥‥これなら!」

 ゼスルータはその宝玉を早速拾い、あらゆる角度から見定めた。

「普通雪山、それこそ霊峰とかにある物だが、誰が置いて行ったんだ? けど、これなら使える」

 ヒルデガルドの魂を霊華の宝玉に封じ込め、彼女の傍にそっと置いた。

「すぐには目覚めないだろう。連れ帰って様子見ってところだな」

「にしても、魂を封じ込む依り代に宝玉を使うなんて、相当高位の魔導士のようね」

「へー、そうなんだ」

「あのねぇ、そこらのエルダーリッチは安物の魔石に自身の魂を封じ込めれば上出来ってものよ。宝玉を利用するなんて500年に一度の逸材にしか不可能な事よ。まぁそもそもな話エルダーリッチになること自体難しいのだけれど」

「んな事言ったらルータもその500年に一度の逸材ってことになるんじゃね? さっき宝玉に彼女の魂を封じ込めてたし」

「「「あっ‥‥‥!」」」

 先に宝物庫に入って物色しているラゼルを除き、4人はゼスルータの方に振り返った。

「何だ? そんなに凝視して。俺の顔に変なものでも付いているのか?」

「なあ、もしかしてルータってエルダーリッチになってんの?」

「さあ? 俺を不死身にしたこの呪い自体、術式がどうなってるのかあまり理解出来てないよ」

「みんな~、宝物庫にお宝がザックザックありますぜ~!」

 財宝の山ばかりに気を取られていたラゼルは、金貨を腕にいっぱい抱えて飛び出して来る。

「お前、彼女のこと心配してなかったのかよ」

「別に、ルータちゃんがどうにかできるって言ってたから心配しなかったすよ。そんな事より、他にもマジアムがいっぱいあったし、奥の中央に何やら凄そうな赤い魔石が置いてあるっすよ」

「全部回収してから撤収するぞ」

「かなり多そうだけど、運べるの?」

「まだまだ余裕だ」

 ゼスルータは空の収納型マジアムを5つも取り出す。

「ちゃっかりしてんな」

 とか言いつつ、しばらくの間ヴィルドも皆と共に宝集めに没頭した。


 ―ローズウェル王国某所―

「で、ネフィリムの奴はしくじったのか」

 ここはローズウェルのどこかにあるブレイブ教の支部。そこで幹部クラスの者達が丸いテーブルを囲み、人知れず一連の件の情報を共有し合っていた。全員ローブと仮面を被っており、声でしか男女の区別がつかない。

「おまけにこっちの“商売”も潰されたちゃったか。お陰でやりずらくなったし」

「“NU”の奴らから「こいつは優秀な戦力だ」って聞いたのによ。何ゼスルータの抹殺に失敗してんだ? ええ!?」

「ここで文句を言っても仕方ないっての」

「それに関しては手を抜いていた感じだねぇ」

 老婆らしき幹部は、とっくにネフィリムがブレイブ教への協力とは別の隠れた動機を持っていることを見抜いていた。

「じゃあどうする? 本部にでもチクるか?」

「その方が良さそうだねぇ」

「ネフィリムのカスはそれでいいとして、問題はこのガキだ」

 一人の若そうな幹部が見せびらかした写真には、ヴォーロルルの姿が写し出されていた。

「その少女がどうかしたのか?」

「こいつはなぁ、“あの実験場”の生き残りだ」

「‥‥‥だからどうした? ただでさえロズワント帝国に気付かれている。今更殺してしまえば、他の国にも感づかれてしまうぞ」

「本当に気付いているのかな?」

「でなければマギラマシンの歩兵なぞ作らんだろう」

「なんぞそれ?」

 年老いた老婆の声を発した幹部がその者に目を向けた。

「奴らの会話を盗み聞きした。ハイゼルクには使節団護衛のG-14なる新型機械兵が配備されているらしい。実際に西部戦線では人型マギラマシンの姿を確認した」

「マジかぁ~、あれって感情の無いのには通用しないんだよな~」

「しかし不吉な花を飾るのう」

「不吉な花?」

 老婆らしき幹部はテーブルの中央の花瓶に飾られた白い花を指差した。

「あれはスノードロップと言っての、とても不吉な花なんじゃ」

「‥‥‥ちょっと待て、この花を飾ったのは誰だ?」

 ついさっきネフィリムの悪口を言っていた者は顔が蒼白になっていることを声で教えてしまった。

「さあ? 誰が置いt‥‥‥」

 全員何が起きたのか理解する間も無く爆発にのまれて即死した。それを高いホテルの一室で高みの見物をしていたのは他でもないネフィリムだった。

(今密告されるのは都合が悪いのよねぇ。君達はまだまだ利用価値があるもの。それに‥‥‥)

「Have a nice day in the hell!」

 彼女はたった一本でファーストクラスのクルーザーすら買える高級な葡萄のワインをグイッと飲み干し、高らかに笑った。


 ―戦艦ハイゼルク 医務室(仮)―

「―んっ、ここは‥‥‥?」

 意識を取り戻したヒルデガルドは白いベッドから身を起こし、辺りを見渡した。

「あっ、目さめた? すぐ呼んで来る!」

「‥‥‥ありが、とう?」

(この子誰!? というより私死んだはずじゃ‥‥‥?)

 ローゼンの背を見た後、枕横にあった霊華の宝玉に自分の魂が在るのを見て、自分が彼に救われた事を悟った。

(主よ、ありがとうございます‥‥‥!)

「体調はどうだ?」

 彼はローゼンから知らせを受け、様子を見に来た。

「主のお陰でこの通り、無事であります」

「なら良かった。俺はオルハ・ルナ・ゼスルータ。君の名前は何て言うんだ?」

「ルーゼン・フォン・ヒルデガルド、それが私の名です」

「ならこれからは気軽にヒルデって呼んでいいか? 俺のことはルータでいいから」

「身に余る光栄、感謝致します」

「おっ、おう」

(なんつーか、やけに慕われてる?)

 ほとんど初対面であるはずなのに、敬意を示すヒルデに困惑せざるを得ない。

「ルータ様、ひとつ頼み事をしてもよろしいでしょうか?」

「私を使い魔としてはいただけないでしょうか」

「使い魔、か‥‥‥」

 使い魔とは、簡単に言えば主が魔力を与えるかわりに主の要望に応える存在である。ただしひとつだけ条件があり、それは「主が使い魔よりも強く、魔力の質や量で上回っていること」である。

(俺ってヒルデより強いのか? 皆で寄ってたかってやっとのことで勝てたから、俺だけじゃ負けてたくね?)

「どうかお願い致します! 家事でも護衛でも、なんなら夜伽のお相手でも!! アンデットとはいえ、腐敗は全くしておりませんので」

「いやいやちょっと待て! 使い魔としての契約って、俺がヒルデより強くないといけないだろ。あれは皆がいたからこそ勝てた訳で、俺一人じゃ負けてただろう?」

「そんな事はございません! 現に魔力では私めよりも上です。それに、契約を交わしてみれば分かることでしょう」

「‥‥‥ならやってみるか」

「喜んで!」

 2人は手を取り合い、試しに使い魔契約を交わし始める。

「汝、ヒルデガルドよ。何時如何なる時も、主人の元に馳せ参じ、己の力を振るうことを誓うか?」

「我は何時如何なる時も、主の力になりましょう」

「‥‥‥ルータぁ、夜伽の意味を知ってるのかしらぁ!?」

 契約には成功したものの、その前からの会話を聞かれていたのか、開いたドアにネイラータが物凄く冷たく、見られるだけで刺し殺されそうな表情で顔をのぞかせる。

「知らないけど、それって何?」

「大人の男女が夜にする事ですよ」

「‥‥‥どっちかが子守唄でも歌ってくれるのか?」

「知らないならそれでいいのよ。でも、ヒルデガルドといったかしら‥‥‥」

 ネイラータは彼女の顔に額がくっつきそうな程近づき、釘を刺す為に恐ろしい形相で言い放った。

「ルータの無垢さに付け込んで手出ししたら、その時は私のレイピアで串刺しにしてあげるから‥‥‥ね?」

「いっ、以後気を付けますね!」

「あの、ヒルデも怯えてるからさ、落ち着いてくれないか? 俺も変なことはしないから、な」

「分かったわよ」

 彼の懇願を聞き入れ、落ち着きを取り戻した。それからゼスルータは受話器を取り寄せ、艦内放送を流した。

『えー、今後の方針を決める為、姉さんとジルとヴィルドは直ちに司令塔に来てくれ。以上』

「ネイも来てくれ。それからヒルデ、戦術や戦略は理解出来るか?」

「申し訳ございません。私めにはそのような知識は持ち合わせておりません」

「何かできる事は?」

「会計処理など事務系の仕事でしたら心得ております」

 事務処理はゼスルータ自身が行っているが、別に得意という訳では無く、簿記の仕訳の科目もちょくちょい間違えてしまう為、ちょうど欲しいと思っていたスキルだ。

「なら本艦の主計長の仕事をやってくれ。今は俺が兼任しているが、俺が技量が充分あると判断した場合、上にも事情を説明して正式に主計長に任命する」

「謹んで御受け致します」

「これからよろしくな、ヒルデ」

「はい!」


 ―戦艦ハイゼルク 司令塔―

 艦橋下後方に配置された、最も厚い装甲に覆われた、作戦を指揮する上で重要な箇所。だが単艦で行動することとなった為と、元から艦橋要員がたったの4名と少なかったので就役してから一切使われていなかった。

 操舵輪やアスナの制御盤の予備、更に机上に配置された映像が空間上に立体的に浮かび上がる大型の受像機(主に戦域の地形等や敵味方の位置を把握する為)などがあり、最新鋭の戦艦らしく設備もとても充実している。

「今後の方針を決めるって聞いたが、その前にロズワントとその周辺の現状を説明してくれないか?」

「今からやる。本国から最新の情報が入っているからな。我々も確認する必要がある、ジル」

「まずは西部戦線から。こちらは既に敵軍は手を引き、事実上我がロズワント軍の勝利です。陸軍曰く「ロズワントとルーシャを隔てるシュバルツ海峡に敗残兵を叩き落としているところだ」とのことです」

「ってか今まで押されていたのか‥‥‥!」

 彼は(宇宙)海軍出身だが、ロズワント帝国軍が世界有数の陸軍国家であることは重々承知している。 

 その上、本国の新聞ではプロパガンダ目的で圧勝していると書きまくり、陸軍からは情報は渋られるものだから、陸軍がヴァミラルに押されていたというのは寝耳に水であった。

「ヴァミラル軍の物量は凄まじいの一言に尽きますからね」

 平気で我が軍の倍どころか10倍、下手をすれば20倍の物量で攻めて来るヴァミラル軍には、辟易するしかない。

「気に食わんが、あの変態クソ狼のお陰で何とかなったってことだ」

 本当に気に食わないゼスルータは、イラッとした表情を隠さない。

「続いて西部戦線ですが、西端の一部沿岸部を制圧されてしまいましたが、奪還は時間の問題でしょう。しかしながらヴァミラルによる強襲揚陸は続けられており、我が方を辟易させております。ですが、フリードリヒ殿下とラインハルト殿下が指揮を執り、更に内線戦略を充実させたので問題は無いかと」

「いっその事どっちかが五帝将になればいいのにな‥‥‥」

「それな!」

「ルータにジル、ネイの前だぞ」

 彼の指摘に2人はハッと口に手を当て、ジルはバツが悪そうに説明を再開した。

「問題なのはヴァミラルがどこを出撃地点にしているかです」

「既に“アフリ大陸”は占領されたってこと?」

「フェルリア航海長の仰る通り、大本営は本国からロズワント海を隔てた先にあるアフリ大陸、別名南方大陸は敵の手に落ちたと判断し、ロンメラ大将を指揮官としたアフリ大陸派遣団を編成中とのこと。で、艦長、我々は如何なさいますか」

「普通に考えて、本国の方向から南進していくのがいいだろう。反対側からだと、制海権も制空権も取られているから行き来がしずらい。という訳で、アトランティック洋を北上する」

 ロズワント帝国とローズウェル王国の間の大洋。そのど真ん中なら、ヴァミラル軍の妨害も減らせると踏んでいる。

「つまり、派遣団の援助をしつつ、大陸諸国との国交回復の任を成し遂げていくと?」

「その通りだ。何か反対意見はあるか?」

「ひとついいかしら?」

 今まで黙っていた説明を聞いていたネイラータが手を挙げた。

「どうぞ」

「大陸派遣団が行くんだったら、別に私達が行く必要ある? 外交官なんて今ここに居る5人だけってわけじゃないし、先に盟友である扶桑へ行った方がいいんじゃないかしら?」

 彼女の指摘は最もな意見だった。当然、ジルも最初はそう考えたが、どうしても出来ない理由があった。

「それが‥‥‥ここから、あるいは本国から扶桑へですと、だだっ広いパシフィック洋を通過しなければなりません。島もある程度まとまっているので、一見すると敵基地はあるはずも無く戦闘を回避しつつたどり着けそうですが、無理な話です」

「そりゃまたどうして?」

「陸が少ない、という事は、即ち民間人の存在を気にする必要が少ないという事です。彼らは宇宙から来たとはいえ我々と同じく、“文明人”といえます」

「つまり、大量破壊兵器を使っても民間人を巻き込まずに済む、ということかしら?」

「あー、なるほど」

 ゼスルータが頷いているところに、すかさずヴィルドも説明を付け加えた。

「そこに落とすのは何も兵器だけでなく、適当な小惑星の欠片をも使用された可能性もある。現に本国に漂流した扶桑国籍の艦艇の一部にはその様な形跡が確認された。ちなみに生存者は居なかった」

「ちょっと待て、ワープは使わなかったってことよね? でも何で‥‥‥?」

 ああも大規模な施設を設置可能な土地はないはずだと疑問を抱くネイラータに、続けてヴィルドが説明を付け足す。

「インティフィルは海底にあるらしい。場所は確認出来ないがその反応はある、その事実から俺らはは海底に設置されたと考えている。しかも扶桑との通信を妨害出来る範囲内にな。直接扶桑に行きたければ、宇宙に飛んでからの大気圏突入だろうな。まっ、それをしくじったのが本艦だが」

 最大のチャンスを逃し、単独では扶桑到達は不可能と判断したゼスルータ。故に本国にもその旨を報告し、計画を大幅変更するよう求めるつもりだ。

「仕方なくローズウェルを目指して航海に出たが、洋上で隕石ミサイルでも喰らわされた。そんなところか」

「扶桑の軍艦がやられた時点で、我々ではパシフィック洋横断は不可能な話だ」

 全員がはぁ~、とため息。本当の意味での制空権奪還は宇宙に行かない限り達成しえない。

「まあとにかく、月面司令部に連絡を入れて、大陸派遣団と共に行動する。以上、解散!」

 しかし、その目標は“想定出来た理由”と“くだらない理由”で失敗する事になるなど、この時はまだ誰も知らない。


 ―土星圏エンケラドゥス・ヴァミラル軍第二ドック―

「あんな負け恥を晒してしまうとは‥‥‥」

「そんな事は無いよ、ソフィア。にしても、厳しい対応でしたな。たった一回の敗北で地球侵攻軍総司令官の座を降ろされるなどとは‥‥‥」

 窓越しのディクスミュード級航空母艦を眺めつつ、会話する一介の艦隊司令と新任総司令。彼の言った通り、月での海戦で敗北した彼女はリベンジの機会を願っていた。

「少なくともお前には言われたくないな、コルテス」

(そうだ、お前にはな!)

 彼の名はシャルル・コルテス。彼女の後任として総司令官の座に就いた、卑怯者と言われるエルフだ。

「つれない顔だな~。酒でも奢ろうか? 慰めとして」

「貴様に奢る酒も、奢られる酒も一滴も無い」

 彼女はコルテスを最も嫌っている。後任が彼になった事に敗北以上の屈辱を味わっている程に。

「まあいいさ、また後で会おう」

(二度と顔を合わせるな!)


 それから数日後、途中までは難なく航海していたハイゼルクだったが、悪夢が空から降って来たのは真っ昼間のことだった。

「―電探ニ感アリ、巨大ナ落下物ガ本艦ニ向ケ落下中」

「これって隕石? しかも結構大きなやつ」

「反転! 取舵一杯、及び魔導防壁展開!」

「反転、船速最大!」

 弧を描き、180度回れ左。それからしばらくの間最大船速で避けようと必死に前進する。

 あっという間に元居た地点へと魔導誘導された隕石が降り落ちる。

「きゃあああ!?」

「‥‥‥クソッたれ、状況はどうなってる?」

「巨大ナキノコ雲ガ発生、ナレド本艦ニ被害無シ。半径数十キロ範囲デ天候ナドニ大キナ影響ヲ与エル可能性大」

「マジか。どんだけ狙われてんだ、この戦艦はよ‥‥‥」

 天高く昇る雲を見上げ、ハイゼルクが想像以上に賞金首であることをしるヴィルド。

「針路を少し変更しましょうか?」

「‥‥‥するだけ無駄だろう。こっちの位置は完全に知られている様だからな」

「コノ程度ナラ主砲ノ斉射デ破壊可能カト」

「今後はそれでいく。隕石が確認でき次第砲撃しろ。俺も1日の内何時間かは早期警戒機の役割をやってみる。その間はジルが指揮を執ってくれ」

「はっ!」

 翌日のまだ日が出てない早朝、日々のトレーニングと言って高高度(高度80キロ前後)を飛行しつつ、目視と魔力波での警戒を行っていた。

(しばらくは毎日飛べるかな‥‥‥?)

 メルギア航空隊が事実上解体されてから、まともに飛行訓練を行う事すら出来なかった時期があった。制空権が取られたからや、陸軍からの要請で塹壕戦をされた時などはそれが許されなかった。空を飛ぶ事がどれ程渇望し、気持ち良さを味わっていたかを思い知らされた出来事でもある。

「私も飛びたいよ~」

「駄目ですお嬢様。あれは隕石が落とされないかを見張ってるのであって、遊覧飛行じゃないのですよ」

「ニコラスのケチ」

「ゔっ‥‥‥!」

「ほら、立派な女の子は我慢するものだよ。おままごとでもしてあげるから、ね?」

「じゃあ弟の役やって」

 飛びたがってるローゼンをニコラスやレゼルバがなだめる。昼になって彼が空を飛んでいたが知られた時、彼女のわがままに付き合わされた2人だった。

(今のところは何も無いが‥‥‥)

 流石に昨日から続けて攻撃されることは無かった。が、3日目の夜に今度は対艦誘導弾を投入してきた。

『おいジル! 4時の方向から大型爆弾、そっちを狙っているぞ!』

「え~、夜は勘弁してよー」

 そろそろ自動航行と交代し就寝したいと思っていたフェルリアは愚痴る。

「泣き言は言わない! 電探射撃用意!」

「電探ニ感無シ。命令ノ遂行ハ不可能」

「そんな‥‥‥逆探には成功してるはずよ。それで何とかして」

 逆探知とは相手から発せられた魔力波や電磁波を察知する事。これにより、自分がどこから狙われているかが分かる。

「了解シマシタ」

 ゼスルータも視認魔法で得た情報を送り続け、それらの情報から主砲は標準を合わせ、紅蓮の魔弾を斉射。迎撃に成功した。そして翌日、他の議題も含めて前回と同じメンバーで再び司令塔での会議が始まった。

「で、何で魔導電探に引っ掛からなかったんだ?」

「これじゃあ一方的にやられるわよ。どうにかならないわけ?」

「何故反応が無かったのかやその対策については前から目星が付いている。と言っても、すぐに対策出来るかについては別問題だがな」

「その目星というのは、一体何なの?」

「まず最初にジル、魔力線の性質について説明してみろ」

「魔力線は文字通り魔力で創り出した魔力の線であり、主に索敵や魔弾等の誘導に使います‥‥‥」

 そして電波とは違い、対象に接触すれば曲がってでも必ず発信者に戻って来る。もう少し細かく言えば、電波だとそれの入射角が大きく接触面と平行に近い場合、屈折しても発信者から見て向こうの方向に飛んでいってしまう。当然対象を察知する事は不可能。

 一方で、魔力線の場合、どんな角度で対象と接触しても必ず戻って来、索敵が可能となる。更に魔力線を円錐形にした魔力波では全体を範囲内に収めればより正確に形状などを把握できる。

「‥‥‥電波と違い、水中以外のどんな条件下でも索敵可能な事や、曲げられたりなど形すらも変えられる為、電探は早々に電波から魔力線及び魔力波へ切り替えられました。それが魔導電探であります」

「素晴らしい、流石は副長だ」

「そんな‥‥‥!」

 彼は拍手で褒め称え、ジルは少し照れる素振りを見せた。

「それは分かっているが、無力化の説明をしてくれないか」

「それは今からやる。魔力線の無力化の方法は2つあって、ひとつは、つまり魔力線そのものを吸い込んでしまえばいい。俺自身、それで敵の対空網をくぐり抜けて戦艦とかに爆撃したからな」

「なるほど。おまけに電波の方でも通用するわね」

「だが欠点もある。魔力線を吸収するアブソーバ装置を稼働させ続けるのにはそれなりに魔力を消費する。従って魔力を溜められる魔蓄石を使用した従来機では稼働時間が短くなる」

「確かに、同じ機体でも電探に写らない方は先に帰るしな」

「そこで考えたもうひとつの方法は、魔封石のメッキ加工だ」

「「「メッキ加工!?」」」

「魔封石は“石でありながら金属と同じ様に延性を持っている”事は知っているよな」

 魔封石は魔法を封じ、叩くと伸びる延性を持っている。石なのに延性を持っていることは〈魔導学七不思議〉のひとつに数えられている。

「そんなの無理よ! 確かに延性を持っているけど、石は石だから電気は通さないわ」

「そうだ! 魔封石に関しちゃ、メッキしたい金属を電気分解する電気メッキは当然無理、薬品を使った無電解メッキだって方法は確立されていないんだぞ」

「装甲板は量産する時、大型の圧延機で伸ばしてから適度な大きさにカットするだろ。その時に板状にした魔封石と装甲にする金属板を重ねて圧延機で無理矢理くっつけりゃあいいんだよ。まあ、当然メッキ加工よりかははがれやすいが。現に鹵獲したヴァミラル機なんてちょっと爪を引っ掛けただけでその部分がはがれたし」

 仮にヴァミラルの様に圧延機で充分に接着する技術が無かったとしても、リベット打ちで補強するという手もあり、それだとメッキより厚くなり過ぎるが、実現自体は可能である。

「なるほど、その手があったか」

「でも板状の魔封石って‥‥‥よっぽど大きな魔封石を採掘しないと、ですよね?」

「それもそうね。にしても、その方法は通用するのかしら?」

「絶対に通用する、確実にな」

 ゼスルータは、かなりの自信を持って堂々と言い切った。

「何か確信があるのですか?」

「扶桑宙軍が戦前に赤城型と加賀型高速戦艦の建造に着手した。で、第二航空戦隊を率いて派遣されていた俺は扶桑に頼み込んで最初の工程だけは見学させてもらった」

「艦長、何でその頼みを聞き入れてもらえたのですか?」

「扶桑にも格安価格でライセンス権を売ってるからな。例えば八八式重機関銃とか魔導防壁の術式、あとはこの義足に使ってるS型ピストンとか」

「「「はあ!?」」」

 事の重大さを理解したネイラータ、ヴィルド、ジルにとっては寝耳に水。一方、フェルリアとヴォーロルルは「別にいいのでは?」と思っている様子だった。

「どーして軍事機密を売り飛ばしてんのよ!?」

「だって、扶桑とは仲良くしていきたいし、こっちも色々とライセンス権売ってくれるから別にいいだろ」

 要は等価交換だから別にいいだろと、ネイラータに責められたゼスルータは開き直る。

「ま、まあそれは置いておくとして、その最初の工程から分かった事があるのか」

「その2隻の戦艦は“下から上へと建造していた”」

「はっ? 何で? 普通は側面から造り始めるよな。側面は装甲盛るし、竜骨キールも側面から組み立てるはずだろ。だって現代じゃあ艦上と艦底に主砲を配置するんだからさ」

「それ言ったらロイ・ゼント級もこのハイゼルクも側面にも主砲を配置したから異端になるけどな、設計と技術でどうにかしたけど‥‥‥。それはともかく、では何故艦底から造り始めたのか? 勝手な推論だが、“空母化も視野に入れた設計だから”、だと思う」

「それってどういうわけ?」

 何故それが空母化を視野に入れることになるのか、ネイラータの頭上に疑問符が浮かぶ。

「エンタープライズの事故で身を以て思い知らされたことだが、飛行甲板は上に大きく一段だけにすればいい。つまり、戦艦とし完成させるつもりだが、状況に応じて航空母艦へ改装も出来る。そしてそれは最後に決める予定だろう、という事だ」

「でもそれだけじゃあ分からないだろ?」

「根拠はまだ二つある。再び大艦巨砲主義が台頭してから、長らく扶桑宙軍は大口径かつ長砲身の主砲を持った戦艦を何隻も建造してきた。その長射程でのアウトレンジ攻撃を更に活かす為に、同時並行で偵察機の開発を続けている。実際に観たが、それらはシーホーク、ましてやヴァミラル機などとは比べ物にならん。しかも本職の偵察能力以外の格闘性能や武装も含めてだ」

「どういうことなんですか?」

「観せてもらった二式偵察機、2年前に配備された機体だが、もはやあれは戦闘機だ。ヴァミラル機など一捻りだろう」

「本当に実在するのか? 土星沖海戦では見なかったが‥‥‥」

 ヴィルドの疑問混じりの反論もすぐに論破された。

「そもそも、あの海戦に扶桑の艦艇は何隻参加した?」

「たったの6隻、しかも戦艦クラスは1隻も見当たりませんでした」

「あー、元から少なかったな。マジで消極的‥‥‥ッ!?」

 ヴィルドは言いかけて、そして全員がハッと気付いた。扶桑のこの戦争に対する考えに。

「そう、扶桑はこの戦争に本腰を入れるつもりはない。自分らだけでも生き残れればそれで良し。巻き添え喰らった側の国の1つだから、そう考えても当然だ」

「まあ普通はそうね。いくら盟友でもこんな訳の分からない戦争なんてまっぴらごめんよね。それはいいとして、最後の理由は何なのかしら?」

「敵機を追い爆発する蒼炎誘導弾、あれは元々扶桑が開発した兵器だ」

「なるほど、開発者ならそれの弱点とか抜け穴ぐらい、見つけられるはずってことね」

「まさかだけど、それを利用して世界に覇を唱えるつもりだったのかしら‥‥‥?」

「さあ? 確かに出来なくはないけど」

 大扶桑帝国の武力だけを見ればやれるかも知れないが、かの国の食料自給率はカロリー換算で40パーセント程度。世界征服を始めた途端に自滅することは扶桑自身がよく理解している。

「チーっす、会議まだ続いてるっすかぁ?」

 司令塔にラゼルがいきなり入って来た。後ろにはヒルデガルドも控えている。

「消化不良だが一通り終わった。で、何の用だ?」

「あの赤い魔石の事っすよ。あれの正体について調べてないんっすか?」

「それでヒルデを連れて来たのか。ヒルデ、何か知っているか?」

「恐れながら、ただ守護しておくよう言われただけで、私めも理解しておりませんね」

「そうか、じゃあこれから解析でも始めますか。ジル、それまでの間指揮はよろしく」

 艦長からの丸投げに、ジルは恨めしく不満を直接言った。

「‥‥‥せめて任務に支障が出ない範囲にしてくれませんか?」

「しょーがねえだろ、ああいうの見るとワクワクするからな」

「そんなものですか‥‥‥」

 呆れながらも艦の指揮を執り、ゼスルータは艦内工場に備えた大型の解析機で例の魔石について調べ始めた。

「まずこれは何なのか、収容型マジアム? それともメモリアか? ってところからだな」

「何調べてるのですか?」

「ルドルフか、噂話でも聞きつけたのか?」

 ひょっこりと顔を出した彼は、物珍しそうに魔石を見つめる。

「ラゼルさんが「あれは一体何なんっすっかね~」と言いふらしていたので気になりまして、こうして仕事の合間に来たという訳です」

 その合間は無理矢理作った訳だが、当然黙っておく。

「なら納得、でも俺もこれから調べるところだからよく分かってないから。適当に何か打ち込んでみるか」

 本当に適当に文字盤で「R」を連続して打ち込んだ。すると水晶板の画面に何桁もの数字が表示された。ルドルフにはさっぱり分からなかったが、ゼスルータはすぐに理解した。

「RSA暗号か‥‥‥ってRSA暗号!?」

「暗号? これが?」

「ああ、桁数の大きな素数を掛け合わせた数字の素因数分解って難しいだろ。それを応用した暗号なんだけど、これ使われたの魔導暦1600年代のはずなんだよな。でも検査結果はこの魔石はもっと古い、つか魔導暦が始まる以前の代物だってさ」

「という事は、これはオーパーツ!?」

「最高だ、我々は今この瞬間、歴史の真相に迫っているのだからな!」

 歓喜の声で大喜びしているのがありありと分かる笑い声。それに水を差すタイミングでジルから呼び出された。

「艦長、すぐに来てください。緊急事態です」

「チッ、こんな時に‥‥‥まあ仕方ないか」

 艦橋に上がった彼に報告されたのは、この航海に関わる、しかも危機的状況だった。

「―で何が起きた? 主機関に致命的な欠陥でも見つかったか?」

「そうではなく、その、月面との連絡がつきません」

「まだ月が出てないからでは?」

 ついて来たルドルフが単なる凡ミスであることを信じて、念の為に確認を促す。

「いや、月は見えてるんだよ、ほらあれ」

 ゼスルータが指差した方には、夕方にうっすらと白い三日月が浮かんでいる。

「別に妨害をされている訳ではないのですが、こちらの定時連絡に応えてくれません」

「ローズウェルからは?」

「そちらからは通信出来ているのですが‥‥‥」

「つまりこちらの設備には異常なし。月面で何かあったのか?」

「どうするの? 定時連絡どころか周囲の状況すら知らせてくれないわ!」

 航海長であるフェルリアは、事前にヴァミラル軍が本艦に対し動きがあっても、また周辺国による正確な天気予報も知れない状況に危機感を覚える。

「夜になれば星が見える。それを見て現在位置の把握をしてくれ」

「分かったわ」

(にしても、何があったんだ?)


 ―月面基地 司令部―

「大型アンテナが壊れた!?」

「厳密には寿命が尽きたと言った方が正しいでしょうが」

 報告書を受け取り、珍しくあられもない声を上げたエヴァン大将。というのも、前述の通り地上やハイゼルクとの通信に利用していた機材が故障したのだ。

「直せないのか?」

「古過ぎて予備の部品の在庫がありません。しかし、流石の安心と信頼の扶桑製でも100年は持たなかったようですね」

「え待って、あれってそんなに古いの? というより設備の更新はしてなかったの?」

 エヴァン大将が月面艦隊司令部長官に就任したのは開戦から1年前の話。引き継ぎをし終わってひと段落かと思いきやヴァミラルとの開戦で、まともに基地の状態を隅から隅まで確かめる余裕が無かった。

「予算は他の施設に使ってましたからね。扶桑製ならまだ持つだろうと使い続けてたらこうなっちゃった的な状況です」

 まだどうにかなるとほったらかしていた結果がコレだという。

「ここに着任した時に新しいのに変えれば良かったな。まあ今更愚痴言っても意味ないが‥‥‥。ハイゼルクとの通信手段だけでも確保したいが、出来るか?」

「それならいっその事まとめて済ました方が早いです。大丈夫ですよ、ここ月にある扶桑企業の〈三尾みつび重工〉の月面支社に依頼しましたから。在庫部品をかき集めて明後日までに完成させてみせると豪語していましたから」

「マジか、スゲーな扶桑!」

「その代わり、ちょっとお高いですけど」

「この際だ、それくらいどうって事は無い。それに扶桑なら長持ちするのを造ってくれるだろうからな。問題なのはハイゼルクだ。何も無ければいいが‥‥‥」

 何も無いはずもなく、彼らはすぐに窮地に陥る事となる。

「―最悪の天気だ」

「航海長の予測通り、流石です」

「褒めてる場合じゃないよ、これ」

 ヴォーロルルは純粋に褒め称えるが、フェルリアは素直に受け取れる状況ではないと気を引き締める。

 天候は最低最悪の豪雨が降るし、雨雲ばかりで星は一切見えない。おまけに視界も悪いので島を探そうにもほぼ不可能。

「どう考えてもあの隕石のせいだろ」

「でーすよね~」

「まいったな、このまま進んでも迷子になるだけだろうからな。つー訳で俺はあの魔石の解析を進めるわ。後はよろしく」

「待てやコラッ!」

 ジルは艦内工場へ向かおうとするゼスルータの襟を掴み、強引に引き戻す。

「これ結構危機的状況なんですよ。それなのに艦長が職務をほったらかしてどうするんですか」

「だって気になって仕方ないんだもん。アクセスしたらRSA暗号が出て来たんだよ。オーパーツだよ、あれ。何が何でも解明したいじゃん」

「RSA暗号!? それは確かに気にはなりますが、駄目なものは駄目です」

「は~い、じゃあ魔導電探で周囲の地形を把握しよう。アフリ大陸に居るヴァミラル軍に俺達の存在がバレる可能性もあるが、やるしかない」

「‥‥‥了解」

 致し方無く曲線化魔力線を飛ばし、北アメリゴ大陸とアフリ大陸沿岸部の地形と距離を把握し、本艦が両大陸のほぼ中央を航行していることが判明した。が案の定、自身の居場所を知られるきっかけにもなってしまう。

「―魔力線の逆探知に成功!」

「何? どこから発せられている?」

「アトランティック洋の真ん中あたりから、発信源は‥‥‥戦艦ハイゼルク!?」

「間違いないか?」

「はい、波長がデータと完全に一致しています」

「宙軍、いや大陸中の全軍に伝えるよう報告しよう、ソフィア閣下にもな。「此度の屈辱、忘れはせぬぞ!」とか言って絶対に仕留めてくれるだろうしな」

 アフリ大陸最西端の都市ガンビアにある、ヴァミラル陸軍が持つ一基地からもたらされたこの報告は大陸中どころか他大陸の戦線、そしてソフィア・アレクシスの元へ、更には本国の最高総司令部にまで行き渡った。

(想像以上に早くに来たな)

 ソフィアは、ハイゼルクの尻尾が早くに掴め、武者震いしそうな身体を表に出さぬよう必死に抑え込む。

「艦隊総司令長官直々の電文です」

「読み上げろ」

「『目標の戦艦は現時点で確認し得る地球側の“不沈戦艦”である。放置すれば後々厄災となるだろう。従って可及的速やかに撃沈すべし』とのこと」

「言われずともやるさ‥‥‥。総員、配置に着け!」

「航空隊、発艦用意。本艦隊は目標空域にワープ後、速やかに交戦に突入する。“秘策の隊形”で攻撃するように」

「主機、最大出力。全艦ワープまで、10、9、8、7‥‥‥」

 カウントダウンが進むごとに胸の高鳴りを覚える。必ず仕留めると、必ず勝利と戦果を取ってみせると。

「‥‥‥3、2、1、ワープ!」

 その思いを糧に、彼女は戦場へ赴く。

「―10時ノ方向ニワープ反応ヲ確認、艦艇数24」

 航空母艦4隻を中核とする空母打撃群。そして4隻のうち1隻は、想像を絶する新鋭艦だ。

「彼我の距離は?」

「オヨソ50キロ」

「当然の結果だが、ホント対応が早いよな。しかも晴れやがったし」

 魔導電探での現在位置把握から半日も経っていない。それだけでも如何にハイゼルクが注視されているかがよく分かる。

「艦長、これはかなりヤバいかとぉ!」

 全長800mを超える、宇宙要塞と見間違うディクスミュード航空母艦の存在を認めたジルは半ば怯えていた。

「どうするの?」

「反転、三十六計逃げるに如かずだ‥‥‥けど逃げ切れねぇから対空戦闘用意!!」

「一機も残らず撃ち落とせ!」

「それは無茶だろ‥‥‥」

「敵弾来マス!」

 両舷にかすりもせずに通り過ぎる紫色の光線。恐らくは牽制目的だろう。

「後部主砲撃ち方用意! 周りの艦艇から沈めろ」

 護衛のブルターニュ級戦艦やシュフラン級重巡洋艦を捉え、斉射で反撃を行った。

「命中ヲ確認、敵戦艦並ビニ巡洋艦4隻轟沈」

「撃ち方止め! 牽制はこのくらいでいい。次からは航空機に対処する。一、二番砲塔には〈試作A型ジャミング弾〉、他は全て〈24式榴弾〉を装填しろ!」

「了解シマシタ」

 次々と弾薬庫から揚げられる2種類の50サンチ砲弾。これらは全て対カムロス兵器開発用とは別に送られた資材を使い、艦内工場で生産されたものだ。ただ時間があまり無かったので数は合計で100発程度と少ない。

「一発ずつバラバラに放て。一、二番砲塔、フォイア! 他の砲も続けて撃て!」

 50サンチ砲の射程距離は絶大で、余裕でソフィア艦隊を範囲に収めていた。24式榴弾と仕組みはほぼ同じで、前者だと炸薬によって燃焼材をばらけさせるが、こちらは燃焼材の代わりに特殊な魔石片とミスリル箔を詰め込んでいる。

「―あれはチャフでしょうか?」

 ディクスミュード航海長の直感に、ソフィアは「そうらしいな」とだけ発する。

 起爆と同時に魔石片とミスリル箔が花火の様に散り、それらが陽光が照らす粉雪の如く降りかかった。

「電探及び通信系に異常発生。妨害されています」

「あれが原因か。何でもいい、とにかく焼き払え。航空隊とは光信号でやり取りせよ」

「了解!」

「高角砲撃ち方始め!」

 原因となるものを消そうと機銃や高角砲をしばらく撃ち続ける。

(―おーおーやってるねぇ)

 その様子を見て、ある程度時間が稼げたのを確認したゼスルータは、この特殊弾が有効だと確信した。24式榴弾も使い込み、結果40機程の敵機を撃墜した。が、相手にとっては微々たる損害らしい。

「ざっと見ただけですが、敵機総数はゆうに600機は超えているかと‥‥‥!」

 高射装置からの映像を見てゾッとした。これでは袋叩きに遭うのは必至だ。

「チートかよ、せめて蒼炎誘導弾が通用するようにしないとマズいな‥‥‥」

「魔導防壁展開用意!」

 敵航空隊は雷撃隊も急降下爆撃隊も出来得る限りひとまとまりになって襲い掛かった。

「魔導防壁展開、主砲及び対空兵装は敵の隊列に向けて魔弾を撃て!」

 すぐに彼らの狙いを悟ったゼスルータは、それを逆手に取ろうとした。

「雷撃来ます!」

 雷撃隊はただひたすら魔導防壁の一点に空間魚雷を叩き付けた。爆撃隊も同じく、集中攻撃での防壁破壊を目指している。

「左舷ニ攻撃ガ集中! 前回ヨリモ早ク魔導防壁二ダメージガ入ッテテイマス」

「にしても火力が高い、新型か?」

「いくら何でも数が多い‥‥‥! 撃墜数は?」

「オヨソ50機」

「割と何とかなりそうだ」

「敵弾来ます!」

「―放て!」

 ハイゼルクより高度を取ったディクスミュードは、艦前方下部に備えられた四連装47サンチ砲。ブルターニュ級を上回り、ハイゼルク級にも匹敵する火力で魔導防壁を破壊。そのまま艦後方上部にひな壇上に装備したあった2基の主砲をあっさり無力化した。

「魔導防壁焼失、及ビ三、四番主砲大破!」

「マジか、なんて攻撃力だ」

「敵航空隊の第二波、来ます!」

 四方八方から押し寄せる魚雷と、空からの砲火の雨。対空砲火と彼女の類稀なる操艦技術による回避運動で対処にあたったが、如何せん数が多い。

「航空攻撃時々砲撃、通信系が復活した様だな」

「戦闘機があれば‥‥‥!」

「こっちも反撃だ! フォイア、フォイア、フォイア!」

 黙っている訳も無く、こちらも敵艦隊に向け回避行動ついでに砲撃を叩き込んだ。

(―やはり強いな。だが、次で止めを刺す!)

「第四次攻撃隊発艦! 右舷に攻撃を集中しろ」

 ソフィアの命で一度に12機も発艦可能な幅広い飛行甲板により迅速に発艦を済ませ、即座に編隊を組んだ。そして必殺の魚雷と爆弾を抱え、ハイゼルクを殺しに掛かる。

「―右舷より敵大編隊来襲!」

「全砲塔を右舷に向けろ! これはマズいぞ‥‥‥!」

 何度も何度も紅蓮の魔弾を撃ち上げ、ヴァミラル機を追い払おうとした。が、いくら旋回速度が速いといっても、主砲で敵機を撃墜するのは至難の業。高角砲や機銃の方も奮戦しているが、近接信管機能が通用しないのでは厳しく、またパイロット達はそれらに恐れず勇敢に突入。結果多くの魚雷や爆弾を浴びせらることとなる。

「総員、衝撃に備え!」

 手始めに連続で空間魚雷が命中。左右で最も装甲の厚い機関部や中央部はへこんだだけでどうにか防げたが、主砲は砲身が破壊され、多くの機銃や高角砲がその機能を失った。

「‥‥‥ワープ準備急げ」

「今、何て‥‥‥?」

「ワープの準備だ。ワープアウト座標は干渉されているが、一か八か、やってみるし、か‥‥‥?」

 ゼスルータが苦肉の策として命じようとした一瞬、何かが空から落ちてきた。

 突如としてソフィア艦隊に“雨”が降る。太くて赤く、命中すれば爆発する雨だ。

「―左舷中央部被弾!」

「1、3、7番艦沈没! 更に被害拡大!!」

「どこからだ!?」

 船務長からの報告に、ソフィアは驚愕することとなる。

「宇宙からの様です!!」

「何だとッ!?」


 ―地球圏 パシフィック洋戦域上空(宇宙)―

「まさかこんなピンチに陥ってたとはねー」

「エヴァン司令官、呑気に言わないでください。これも全て我々のせいなのですからね」

 月面守備艦隊旗艦ハンブルクを筆頭に、計17隻の艦隊による超遠距離砲撃。敵の正確な位置は測距儀で捉え、そして援護射撃をかましていた。

「しっかし、俺らに目もくれずに直接大気圏内にワープって奴らにとっては機関に相当な負荷がかかるはずだが、それでもハイゼルクを仕留めたかったのか、あるいは機関部を強化したのか‥‥‥?」

 ヴァミラル艦の場合、大気圏内など重力が強い地点へのワープアウトは主機関に多大な負荷を与えてしまい、最悪航行不能となる。だから大気圏突入の邪魔となる月基地とその守備艦隊を躍起になって撃破しようとしている。

「いずれにしても、制宙権は早期に奪還したいところです」

「まあ確かに、そうすれば地上に敵は補給が届かなくなって最後には降伏せざるを得なくなるだろうが‥‥‥扶桑やローズウェルとかとは一致団結したいから、地球から奴らを追い出すのが先だろ」

「司令、ハイゼルクから通信が来ています」

「繋いで、繋いで~」

『どーも、サボり魔のエヴァン大将とその皆さ~ん。今まで何してたクソ野郎共ッ!?』

『ちょっ、艦長!?』

 テレパシーと映像が繋がった途端に発せられたのは、彼による毒舌混じりの恨み節だった。

「いやごめんね。扶桑製の大型アンテナを89年間くらい使い続けてたら寿命が尽きてしまったんだ。それでしばらくの間君らと連絡出来なかったって訳」

『“出来なかった”じゃなくて“しなかった”の間違いなのでは? 現に今その大型アンテナを介さずに通話できてますし』

「古い予備があったの忘れててさ。小さくて性能も落ちるし、周波数合わせんのメンド‥‥‥じゃなくて難しいけどね」

『ガチでサボり魔じゃねーか‥‥‥』

「あれ? ローズウェルとこのアトラ・ヴィルドじゃん。何でそこに居んの?」

 ゼスルータの「おい、聞いてるのかッ!?」を無視して、ヴィルドに話しかけようとしたが、それはゼスルータによって遮られる。

『本国でやる事が無くなったからサポーターとして仕事してくれてんだよ。サボり魔のお前と違ってな!!!』

『「いやあんた上官に対して辛辣だなおい!」』

「わー、息ぴったりだね」

 偶然にも、ヴィルドとハンブルクの副官が全く同じツッコミを同じタイミングで放った。

「君が「お前」って言うってことは、俺もしかして嫌われた?」

『当たり前だ! 俺達に隕石叩き付けられてた時何してた? まさかガン無視してた訳じゃないよな?』

「ご名答~」

 一瞬の出来事で手を出す間も無かったというのが事実ではあるが、「まあどうにかするだろう」と無視したのもまた事実である。

『よし、帰ったら殺す!』

『んな事よりこんな感じで話し込んでいていいのか?』

『問題ない。サボり魔がやっと仕事を始めているからな』

「まだ言うか、それ」

 事実、宇宙からの一方的な砲撃により、ディクスミュード以外の艦艇は海へと叩き付けられていた。だが旗艦ディスクミュードの装甲はハイゼルクと同等かそれ以上なのか、飛行甲板に垂直に魔弾を撃たれても、全て跳弾していた。

「―おのれ、またしても邪魔立てか!」

「損耗率80パーセント超過! 残存艦艇は本艦とブルターニュ級が1隻、シュフラン級が2隻のみ」

「撤退だ、緊急ワープ!」

 尻尾を巻いて逃げ始め、これで彼とソフィアの戦績は2対0。またしても屈辱を与える結果となった。

『―救援感謝します。では、本艦はこれよりアフリ大陸北部を目指し‥‥‥』

「あー、その事なんだけどさ、最南端の喜望峰に向かってくれない?」

『‥‥‥F○○k you!』

 中指を立て、怒りをド直球でぶつけるゼスルータ。当然だ、物資の補給も見込めない敵地かもしれない場所に行けと言うのは、遠回しに「死ね」と言っている様なものだからだ。

『あーあ、感謝なんてするんじゃなかったなー!』

「話聞いてくれん?」

『どうせ俺を妬んだ血統主義貴族共が「あんたウザイから死んで」って思ってるからそう仕向けたんだろ』

「話早すぎん!? 何で君の理解してんの!?」

 民主化でほとんど実権の無い血統貴族。その癖に過去の栄光にすがり、ふんぞり返る輩が多い。

 軍事にも口出しするせいで、当然ゼスルータやロズワント全軍のほぼ全員から反感を買っている。まともに尊敬されているのは、重工業で財を成し、労働者に手厚い給料と福利厚生を保証している〈バイエルン重工〉の経営者、アルフレート・バイエルン候ぐらいである。

『私が居ること聞いてないのかしら? 後でヴィルヘルム家に対する反逆という事で貴族位は剥奪にでもしましょう』

『それは生温い。毎日そいつらの屋敷にVキラーロケット(マスタードガス入り)を届けてあげようじゃないか。確かレオポルグ家とかいう没落寸前貴族でしたっけ?』

「もしも~し、ルータく~ん。おたくかなりヤバい計画を言ってるんですがー? それと何で発案者まで知ってんだよ。もしかして話の全容把握してんの?」

 これはこの通信の直前に諜報機関から伝言として報告された内容であり、ゼスルータが知っているはずがない。

『屑野郎共が考える事なんて最初から把握しているっての。たまに反撃もしてるし』

「え待って、ここ数年血統主義貴族が片っ端から不審死して断絶してる原因ってまさか‥‥‥?」

『それは知らん。反撃っつても成果でだから。俺が多方面で活躍するとあいつら悔しそーな顔になるからな。それを見て嘲笑うのが日課だったな~。だんだんと数が減ってるから地味にしょんぼりしてたのはここだけの話な』

『いい性格してんのな‥‥‥』

 表では引きつつ、内心ではゼスルータが本音を全く隠さないので(では誰が犯人だ?)と訝しむ。

「じゃあ今度は空前絶後の戦果を挙げてくれば? 大丈夫、必要な物資は輸送用ロケットで送るから」

『じゃあ修復用資材に食料にチョコレートなどの甘いもの、後はマスタードガスの材料』

「マジで最後のそれする気なの‥‥‥?」

 話はこれでまとまり、ハイゼルクでは全員を食堂に集めて、方針転換した事を説明した。

「えー、レオポルグとかいうクソ貴族が俺に嫉妬したせいで、アフリ大陸最南端の喜望峰に行く羽目になりました。以後よろしく~」

「「「はあ!?!?!?!」」」

 彼らは耳を疑った。夢なら覚めてくれ、と誰もが人生で今までにないくらい本気で願った。

「大丈夫、食料とかの物資は途中の洋上で受け取るから、餓死したりはしないって」

「そういう問題じゃないです! 今のアフリ大陸ってヴァミラルに占領されてるんですよ。下手すると死ぬかもしれないんですよ!!」

「いや、月から見た感じ喜望峰を領有する〈南アフリ連邦国〉は頑張ってる様子だから何とかなるだろ」

「たかが戦艦1隻相手に何百機もの航空機をつぎ込む化け物国家相手に、まともに戦えているとは思えないのですけどね」

 それは一見他人事の様な発言だが、現状は自分事でもある。

 大国たるロズワント帝国やローズウェル王国ですら地球圏の解放が出来るか疑わしい。

 各スペースコロニー国家や火星共和国との航路奪還の為にあらゆる資源リソースを軍備増強につぎ込んでいるが、それは無謀と考える軍人も国を問わず少なくない。

 それなのに「この戦争には絶対に勝てる」とほざく者がいれば、その者は天性のうつけであると断じざるを得ない。

「ジルもネガティブなこと言うなって。そんな事言ったら俺達ロズワントは今頃降伏しててもおかしくないぞ。それに決まった事は覆らない。ここは開き直って突き進もう!」

(((ああ、神よ‥‥‥)))

 もはや運が尽きた。そう思えてため息をグッと堪えるしかなかった。


 ―翌日―

「パラシュートの展開を確認」

 雲一つない青空の中で、風に揺られながら落下する白い円。その下にある縦長の円錐形の先端部分が着水したのを確認し、それに寄って引き上げた。

「さて、中身は、っと」

「あら? これは何かしら‥‥‥?」

 何かの小包と、大量の長い直方体の高硬度ミスリル合金をはじめとした金属資材や回路用の魔石、それに3カ月分の食料ほぼじゃがいもが更にその中にある収容型マジアムに入っていた。

「チッ、これじゃあマスタードガスが作れねえじゃねーか」

「あれ冗談じゃなかったのかよ。つか何でじゃがいもばっかりなん?」

「レオポルグのせいか、資材の為にケチったか。いずれにしろどうにかするしかない」

「資材の為って‥‥‥でもここじゃあ修理なんて出来ないわよね? 南アフリ連邦国にハイゼルクを収容できる程のドックがあると思えないし」

 ハイゼルクには艦内工場があるが、洋上で修理など隙だらけにも程がある。

「問題はそれなんだよな~。バレない様にしないと絶対空襲されるし」

「地下に穴でも掘ればいいのでは?」

「それ許可してもらえんのか?」

 結局この場でその問題が解決したりせず、後回しにする。

 それからの航海では、月面司令部との定時連絡以外は徹底した無線封鎖(と言っても、それ以外通信する機会など無いが)を行ったり、航路は前に記録した地点から計算上の現在位置を信じて航海した為、会敵する事なく喜望峰に到達した。


                                         第八話・終

 どうも、「某ぶつの盛で」炎上した(クッソ笑えたけど任○○様から叱られてまた延期になったらどうしようかと冷や汗をかいた)神ゲーをアーリーアクセス可能日から楽しんでいるリキュ・プラムです。

 新たにヒルデガルドを迎え、ますます賑やかになってきました。それでもまだ主人公メンバーやその他が増える(だったまだ道半ばだし)ので、まとめるのが大変になってきた‥‥‥。

 とはいえ、まだどうにかなる範囲なので、今のところは大丈夫です!

 さて、今回はエヴァンの横槍で敗走したソフィア・アレクシスですが、その横槍が数分遅れていれば、ハイゼルクは撃沈とまでいかずとも、ワープも間に合わずに降伏していたのでかなり惜しかった。しかし、まだ活躍の機会があるとだけは言っておきましょう。

 彼女は某大帝国(星間国家)の銀の狼的な位置付けと考えていますが、にしては率いている艦の数が24隻と少なくね? と思うかも知れません。

 理由は単純で、ヴァミラル軍は航空主兵論を採用しており、軍艦より航空機を重視。極端な話、空母以外は空母の護衛用とも考えています。実際に航空機600機もあれば戦艦1隻ぐらい瞬殺のはずなんですけどね~。メートル単位の装甲なんて馬鹿げてる!!!(某ヴァミラル軍航空兵)

 まだ次回もその次もあるので、もうちょっと彼女を活躍させてみようと思います。それでは、またお会いしましょう!

 

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