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第七話・過去は潰えず

 ―ローズウェル王国北方アトランタ海―

 まだ日が昇っていない真っ暗な海上にて、黒い巨艦と6隻の海上艦が突き進む。ロズワント帝国陸宙軍合同部隊だ。後者の揚陸艇には、2個小隊と”屋内戦車”の異名を持つ、自律小型砲台〈パンサー〉が6台が積載されている。

 これは全高1メートル程度の、戦車と言うより小さくした自走榴弾砲みたいなもので、屋内のバリケード破壊を目的として開発された。副兵装としてノイ・マウスにも搭載された8mm機関銃〈G-21〉を装備し、指定した士官の指揮下にある。

「進路そのまま、1番砲塔砲撃用意!」

 ハイゼルク艦上部の最前に位置する砲塔が旋回し、右の砲身が仰角をとった。ブラック・マーケットには一応見張り用の高台があり、敵の目を潰しておこうという狙いだ。

『こちら"マウス"、我が方は既に準備完了。"シュヴァリエ"も配置につきました。そちらの状況をどうぞ』

 敵に自らの部隊情報を悟られないよう、コードネームで互いを呼び合う。

 マウスがノイ・マウス率いる戦車部隊。シュヴァリエは騎士団及び帝国兵合同の歩兵部隊であり、BSはBatlleship、つまり戦艦ハイゼルクだ。

「こちら"BS"、いつでもいけます」

『了解しました。マウスの鳴き声が合図です。それが聞こえたらそちらも行動を開始してください』

「こちらBS、了解」

(にしても、大丈夫なんですかねぇ? こんな大戦艦なんてすぐに見つけられると思うけど‥‥‥)

 いくら黒色に艶消し塗装がされているとはいえ、これ程大きな戦艦は簡単に発見されるのではとジルは心配していた。だが、見つかったら見つかったで敵の目をこっちに引き付けるのも一案だと考える。

「―あと5分といったところか」

 近くの森に身を隠し、来るべき時を待っている彼らの内、ゼスルータは懐中時計で時間を確認する。

「あの、何で私がメルギア小隊の一員なんですか!?」

 怯えた声でゼスルータに質問したのは、パウル中尉であった。

「メルギア航空兵の小隊は、2人の攻撃役と1人の補助役で編成される、という事自体は知っているはずだ」

「それは知っていますが、私が2人に追いつけるとはとても‥‥‥」

「残念ながら俺達2人では小隊は成り立たない。そこで技術将校である君だ。貴官は今回使用するパンサーの設計にも携わり、若くして中尉に昇進。そして様々な火器の整備の腕は一流。だから助っ人として呼んだ」

「どこでそんな事を!?」

 自分の経歴が知られていた事にただ純粋に驚かされる。

「帝国宇宙軍最高の地獄耳を持つ姉さんに聞きな」

 彼はフェルリアの方をバッと向いたが、彼女は手を振りそれについては答えない。

「残念だな、少年。エースオブエースの付き添いだな」

 ニコラスの言葉にパウルは深くため息をついた。

「メルギアを装備するのは初めてだろうけど、今回は飛ぶことはないだろうから大丈夫よ。ほら、リラックスして、ね」

「了解です‥‥‥」

 ぶっちゃけ彼女が陸軍のS-17型ミニガンを借りなければパウルも小隊員にならなくてもよかったのだが、長弓は室内戦には不向きというので借りた。ついでに、パンサーの指揮も担当させる。

『開始まで残り1分です』

 司令塔でもあるノイ・マウスからのテレパシーを受け取った突撃班の面々に緊張感が走る。

 油断のひとかけらもない顔へと先程まで不満顔のパウルでさえも変わった。

「いよいよだな」

『発射まで、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、フォイヤ!』

 遂に開戦の狼煙が上がった。カモフラージュの幻影魔法など障害になるはずもなく、扉は金属製とはいえあまり厚くなく、すぐに突破口が開かれる。

『総員、突撃!』

 テレパシーで指示を出すと共に、ゼスルータは黒獄爪と靴底から魔力を噴射し、真っ先に突撃。それを追う為に、フェルリアはパウルの腕を掴んで彼と同じ様に魔力噴射。

「飛ばないって言ったじゃないですかぁぁぁーーー!!」

「ごめんねごめんねー」

 彼が絶叫している間に、ゼスルータは既に近くにいた敵の喉を真上から太刀で突き刺していた。

「だ、誰‥‥‥!?」

 反対側に立っていたもう1人の門番らしき男が声を上げ終える前に、突き刺していた太刀を地面と平行になる様にグイッと捻り、今度は首をあまりにも綺麗に切り飛ばす。

(片刃のロングソードって噂に聞くカタナってやつか? ゼスルータ様は〈西欧の武士〉と謳われると聞いたが、想像以上だ!)

 彼らの後に続いて駆け付けたニコラスは、彼の剣術の凄さに驚く。一方のパウルは、凄惨な光景に吐き気を催していた。

「パウル中尉、大丈夫か?」

「私が結構飛ばして来たもの。無理もないわ」

「いや、そうじゃないです‥‥‥」

「この程度で音を上げるな。今の貴様は"小隊の心臓"なんだからな」

「へ? それってどういう事ですか!?」

「隊の補助役という言葉にだまされるなよ」

 メルギア小隊の補助役は、友軍との通信を担う他、索敵に隊全体の防御や能力強化魔法の行使。それに留まらず、2人の攻撃役の援護など、少なくとも小隊の中で一番技量のある者が務める役職。従って補助役=小隊長であることが多い。

「じゃあ何で僕なんかを補助役として呼び出したんですか!?」

「面白そうだったから」

「あっ、あ‥‥‥」

(スッゲー可哀そうだな、パウル中尉)

 唖然として何も言えない彼を見て、ヴィルドは酷く同情した。

「無駄話も終わりだ。団体客が駆け付けて来たぞ」

 黒いローブと仮面を着け、銃を持った戦闘員達がこぞって反撃の機をうかがっている。

「下がって!」

 その集団を見るや否や、フェルリアはミニガンを派手にぶっ放した。が、被弾した者もいたにも関わらず、全員が曲がり角に身を隠す。

「あいつらのローブ、かなりものが良さそうですね」

「防御魔法を練り込んでいるな。姉さん、発煙弾はあるか?」

「あるけれど、まさか突っ込むつもりじゃないよね?」

「そのまさかだ」

 その一方、ハイゼルクはジルの命令の下、初動成功を見て巨砲を放つ。

「フォイヤ!」

 巨大な砲口から放たれた橙色に輝く榴弾。高台の見張り員は森の方に気を取られていた為、ハイゼルクの存在に気付いたのはこの瞬間だった。そして、気付いた時には遅い。

「こちらBS、敵見張り所の破壊を確認。これより揚陸部隊の掩護を行う」

『こちらマウス、了解しました。このまま作戦を続けてください』

「了解」

 ハイゼルクは今度は多数の副砲を使い、ブラック・マーケットの沿岸部の防衛設備を手当たり次第に破壊する。当然為すすべもなく、ただただ撃破されるだけだった。

「―てっ、敵襲ー!」

「馬鹿な!? ここは見逃されるはずじゃ‥‥‥」

「どうなっていやがる!?」

 生き残った者が自分らが襲われているのを叫びながら伝え、それを聞いた他の者は慌てながら武器を装備し、続々と迎え撃つ。

(―かなり慌ててるな。今が絶好のチャンスだろう)

 武器を持っているとはいえ所詮は訓練もろくに受けていないテロリスト。連帯感もなくバラバラに動き、仮初程度の防衛陣地すらまともに構築する動きすらない。古参兵から見ればひよっこ同然だ。

「揚がれ揚がれ! 直ちに沿岸部を確保せよ!」

 ざっと200人程の歩兵と、背後には軽戦車パンサーの群れ。強襲揚陸は本領ではないのにも関わらず、あっという間に全ての戦力が地上に降り立った。

「行け行けぇー! 歩兵は走って撃つのが仕事だぁ!」

 毎日厳しい訓練を受け、死線をかいくぐって来た彼ら相手に、テロリスト如きが敵うはずもない。

「よし、このまま施設内を攻略するぞ」

(―今だ!)

 つい先程、高台を破壊した砲弾が炸裂した衝撃が加わった時、その衝撃は凄まじくパウルやローブの敵達は足を崩してしまい、それを警衛の義眼で注視していたゼスルータは好機とばかりに駆け征く。

 フェルリアが投げた発煙弾の煙の中では、彼だけが空間や敵味方の居場所を把握していた。

(シュヴァルツ・ゲネリエン!)

 まずは2本の細く短い杭を生成し、魔力を込め噴進弾として撃つ。そしてそのまま真っ直ぐ左右の2人に突き刺さり、それを見向きもせずに走って距離をとった後、その杭を爆発させる。

 惨たらしいという言葉が可愛く思えるくらい、彼ら、特に爆発杭を突き刺された2人も姿は見るも無残だった。

「あ、ああ‥‥‥」

 残虐なまでに恐ろしい殺し方を見て、すぐに喋れる者などいなかった。

 唯一怯えなかったのは、今まで彼と共に戦場を駆けて来たフェルリアだけ。

「何してる? さっさと進むぞ」

「なぁルータ、今のは幾ら何でもやりすぎじゃないか?」

「金目当てに他者の足を切り落として売り飛ばす様な奴らに同情などするな。下手すると今度はお前自身が金にされるぞ」

 感情を押し殺してヴィルドに忠告する。

 だが、その声に僅かに恨みや怒りが混ざっていたのを気付いたのは、果たして何人いただろうか。

「ボーッとするな。ここは敵地のど真ん中だぞ」

「ゼスルータさん、後ろ!」

 パウルが指を指した方向の曲がり角から、パンサーが現れ、急ブレーキで止まる。

「忠告ありがとう」

 ゼスルータらの姿を確認したパンサーの指揮担当は、速度を出し過ぎたと謝罪する。

「この様子を見るに、少なくとも1階は制圧した様だな」

「流石は中将、その通りです」

「ロズワント陸軍もスピードが速い。俺達騎士団も負けてられないな」

 しかしながら、敵はすぐ地下に行き、防衛を固めているという。

「具体的には?」

「土嚢のバリケードに地雷です。地雷は剝き出しで場所は分かるんですが、解除しようとする隙を狙ってマシンガンとか撃ってくるので、今は睨み合いをしているところです。そこでパンサーの登場って訳です」

「‥‥‥無駄話している間に先を越されたか。まぁいい、ガパラの首だけは残してくれ。奴には借りがあるからな!」

「了解しました。じゃあ付いてきてください」

 地下へと続く階段の上では、歩兵達が手榴弾による土嚢の破壊を試みていた。が、投げた手榴弾は何故か土嚢へ届く前に全て暴発してしまう。

「クソッ、熱で炸薬に火を付けているのか!」

 階段の途中で一部空間を火属性魔法で高温に熱して"熱の壁"にしており、手榴弾を誤爆させている。

 おまけに結界である程度の魔法攻撃の無効化や、熱を逃がさないよう工夫されていた。

「お前らそこどけ! こいつで突破口を開く」

 フェルリアはすかさず煙幕弾で敵の視界を遮り、その隙にパンサーが口径5センチ程度の榴弾砲を放つ。

 だが、結局手榴弾と同じ結果になるだけだ。

「下がれ、このままじゃ的になるぞ」

「シュヴァルツ・ゲネリエン!」

「ルータ!」

 パンサーが下がったと同時に、今度は黒く長い杭を生成し、階段の上からそれを土嚢目掛けて投げる。

 そして、突き刺ささったと同時に起爆させ、背後にいる敵諸共吹き飛ばす。その時術者も倒したのか、結界と熱の壁は瞬時に消え失せた。

「行くぞ!」

「でも地雷はどうするんですか!?」

「そんなものは元から無かったぞ」

「へ?」

 よく見ると、階段に置いてあったはずの地雷はひとつも残っていなかった。

「幻影魔法、つまりただのこけおどしだ」

「よし、行け行け行けぇー!」

 小隊長の掛け声と共に、歩兵達は一斉に階下へと駆けて行き、ゼスルータらもこれに続く。

(―一体どうなっている!?)

 地下2階では奴隷しょうひんを物色していたガパラが、ロズワント及びローズウェル連合軍の奇襲を受けたという報告を受け、冷や汗を流していた。

「あのガキも来ているだと!? そいつは首を切られて殺されたはずだろうが!!」

「そう言われても、現にここへ向かっているんですよ!」

「まあまあ落ち着きなされ」

 怯える彼に声をかけたのは、他の教徒と同じ黒いローブを纏い、彼らの聖書(といっても他の者が読めば野蛮で最低な事しか書かれていない忌むべき書だが)を携えたブレイブ教の女司教、ベルガーナだ。

「上の階には既に"彼女"が駆け付けております。それにここにはまだ強き信徒や警備の者が残っております。だからそう心配する必要はありません」

「あのエルフは任せろ。今度は確実にとどめを刺そう」

「そっ、そうであるな。貴様も頼もしい存在であるし、彼女なら奴らをまとめて始末してくれるだろうしな」

 一方で、階下へ到達した連合軍はあっさりと地下2階の大半を制圧していた。

「‥‥‥敵がいない?」

「下で防備を固めているんじゃないか?」

「だとしたらショーケースとかがどけられているのはおかしいだろ」

 ここはきれいさっぱり物が片付けられていた。

 むしろそのままほったらかした方が時間稼ぎになるはずなのに。

「その通り。ここは私が戦う為にセッティングしてもらったの」

 どこからともなく姿を現したのは、白髪で黒いメルギアをを装備した、顔付きが姉弟、特にゼスルータに似た女だった。

「貴様、あの時はよくも‥‥‥!」

「つまりこいつが例の女か」

「そんな風に言わないでよ、"My father"」

「えっ、嘘‥‥‥ルータったらいつの間に父親に!?」

 あからさまなジョークにも、フェルリアは真に受ける。

「んな訳ねえだろ!」

「ちょ~っとそこのお姉さん、悪いがそこどいてくれない?」

 ヴィルドは聞いてくれる訳がないと理解しつつ、ジョークをかます。

「駄~目。悪いけどそっちこそ引き返してくれない?」

「まぁ当然ですよね」

「御免被る」

 ゼスルータは間髪入れずに間合いを詰め、太刀を振りかざす。

 そこにネフィリムは携帯する火器としては異例の、50ミリの単発式機関砲をゼロ距離で撃つ。それを彼は瞬時に左足の義足を上げ、膝から下の装甲で弾いた。装甲厚だけでは防げなかっただろうが、膝から下を回転させ傾斜装甲化し何とか逸らす。

「ちっ!」

「やっぱり強いわね。苦戦しそう」

「つか何だよあの重火器!? そう簡単に持てるものじゃないだろ」

「お前らは下がっていろ。流れ弾が当たっても知らんぞ!!」

 それを聞いて、自身の力量を理解している者達は、階段を引き返したり、近くのショーケースの台などで即席のバリケード作りに取り掛かった。

「冥焔!」

 その間にも、ゼスルータは攻撃を仕掛け、対するネフィリムは携帯型機関砲とは別に持っていた拳銃で手数の少なさをカバーしつつ、彼の攻撃を全て防ぐ。

「そこ!」

「クッ‥‥‥!」

 狙いを定めて撃った機関砲を彼は間一髪、黒獄爪の甲部分で弾き返した。

(クソッ、埒が明かん! かといってここで切り札を使う訳には‥‥‥)

『ゼスルータ中将、このまま彼女の気を引いてください!』

 パウル中尉がテレパシーで呼びかける。

『何かあるんだな?』

『少し時間がかかるのと、一発限りですが』

『何でもいい。すぐに準備にかかれ』

『了解しました!』

「何なしら? テレパシーでコソコソ会話をして。私のことは無視?」

 表情ひとつ変えずに会話を済ますが、勘づかれたらしい。

「俺が貴様の相手をしているうちに先に行けと言っただけだ」

 誤魔化せはしないだろうが、嘘で返す。

「残念、ここから先へ通ずる唯一の階段には結界を施しているのよ。それは私が倒されない限り消えないのよ」

「だったら、貴様を切り殺すまで!」

 再び間合いを詰め、太刀を薙ぎ払う。彼女は瞬時に後ろへ引いたが、右頬にかすり傷を負う。

「レディの顔を傷つけるなんて、あなた女子から嫌われちゃうわよ」

「俺は男女平等主義者なんでな。たとえ女相手でも、敵なら切ったりドロップキック喰らわせたりは普通にするな。あと、これでも結構モテモテなんで、そんな心配はいらねぇんだよ!!」

「あなたってそんな男なの?」

 小馬鹿にするような笑いで挑発するネフィリムだが、彼は意にも介しない。

「父親呼ばわりしておきながら、俺の事はあまり知らない? とんだ親不孝者だな」

「私を知らないの?」

「初対面の女など知らん」

「あらそう」

(本気で言ってるの? まさか私の事は最初から知らない?)

 ネフィリムが彼をMy fatherと呼んだのは、半分は事実だったから。

(ええっと、どれだっけ!?)

 パウルは2人が戦っている間にある武器を収納型マジアムから取り出そうとしていた。が、それと一緒に色々と別の武器や応急処置セットなどの物資を収容していたせいで、ダイアルを合わせるのに手間取っていた。

「何してるのよ、早くして!」

「ちょっとだけ待って‥‥‥ってコレだ!」

 マジアムから取り出したのは、大きめの魔力貯留石、つまり魔力を溜めて使う魔石が外付けされた大型ライフルだった。

『ヴィルドさん、こっちに来てください』

『分かった』

 低姿勢を維持しつつ、即席のバリケードを伝いながら2人の所へ向かい寄る。

「それで、何の用だ?」

「ここに雷属性魔力を限界まで込めてください」

「それって一体何なの?」

「試作の電磁砲レールガンです。魔力回路に金の合金やミスリルを使った最新鋭兵器。マッハ20を誇る弾丸を放ちます。ですが1発限りですので外したら終わりです」

「なら撃つのは私に任せて」

「にしても、何で電磁砲なんかを開発したんだ?」

 ヴィルドは魔力貯留石に自身の魔力を送り込みつつ、ふと疑問に思ったことを聞く。

「軍が魔法以外、つまり物理攻撃による殺傷能力の高い武器を求めたからって理由らしいです。僕もあまり詳しくは知りませんが」

『いい加減早くしろ! このままダラダラと時間を消費してられるかッ!!』

 ゼスルータはネフィリムと互角に戦い続けてはいるが、未だに決定打を与えられず、僅かながらも苛立ってきた様子。

『もうちょっとだ。あと少し耐えてくれ』

「これで十分です。フェルリアさん、お願いします!」

「了ー解」

 電磁砲を構え、スコープを覗き、狙いを澄ます。あとはタイミング良く引き金を引くだけ。そして、その好機はすぐに来た。

「喰らえ!」

 義足太股の外側に内蔵していたロケット型ナパーム弾を一直線にブッ放す。彼女はその弾の爆発と火炎を避けれはしたが、足を崩し姿勢を乱してしまう。

(そこ!)

 その瞬間をフェルリアが逃すはずがなかった。

 放たれた弾丸は音速を軽く超え、彼女の左肩をあっさりと貫通。左腕は宙を舞い、反射的に機関砲から手を放し、右手でグチャグチャな切断面をきつく抑える。

「フフッ、これはかなり痛いわ~。今にも泣きそう」

「なら、大人しく投降しろ」

「それは駄目ね」『少し頼みがあるの』

 口では要求を拒否しつつ、ゼスルータに対してはテレパシーで交渉を持ち掛ける。同時のことだったが、彼は瞬時に後者の方が本音だと理解する。

「なら交戦続行だ」『何だ?』

「え~」『見逃してくれない? 勿論ガパラ達にはこの事は内緒で。ちゃんと見返りもあるわよ』

「気が抜けているぞ」『その見返りとは?』

「そう見える?」『捕まった奴隷達の首輪を外す鍵。ちょ~っとくすねといたのよ。あとその首輪、無理矢理外そうとすとボンッだから、これが無いと彼らを救えないわよ』

「だろうな」『分かった、どこへでも行くがいい』

「負けはしないわ」『Thanks you very much!』

 ここは逃してやると伝えた直後、彼女は普通なら有り得ない現象を見せつけた。

 なんと切断された左腕を骨、筋組織、そして皮膚の順に完璧に再生させてみせたのである。

「なっ、どうなってる!?」

「See you again!」

 閃光弾で彼らの目をくらまし、その一瞬に姿を消す。彼女がいた場所には、金属の輪で繋がれた複数の鍵が置いてあるだけ。

「腕を治すって、エリクシルでも不可能なはずじゃ‥‥‥?」

「となると、〈フィニックスの涙〉でも使ったのでしょう。あれならどんな傷や病も治せますからね」

「いや、恐らく元から持っている身体能力だろう。フィニックスの涙は一度使ったことがあるが、あんな治り方じゃない」

 フェニックスの涙であれば、暖かい炎に包まれながら再生する。しかし、彼女の場合はまるで培養したかの様な再生であった。

「まっ、ともあれこれで先へ進めますな」

 ニコラスが指を指した先には、既に結界は消え失せていた。

「姉さん、あの鍵を持って行ってくれ。重要な鍵だ。俺は先に行く」

「ってちょっと!?」

 返事も聞かぬ間に、ゼスルータは階段を駆け降りる。

「やれやれ、世話の焼ける弟ですね。フェルリアさん」

「‥‥‥追いましょう」

「―上はどうなっている? 音は止んだが‥‥‥」

「ガァパラーーー!! !」

 ゼスルータは彼目掛けて真っ直ぐに突き進み、進路上にいた哀れなテロリスト3人を真っ二つに切り捨てる。

「俺に任せろ、一度殺した相手だ」

 あの時の鉄仮面の護衛が前に出る。

「あの程度で俺より強いと思いあがるなよ」

「お前の方こそ調子に乗、って‥‥‥?」

 ゼスルータが太刀を振り払った瞬間、彼は台詞を言い切れず、気付けば全身がバラバラに切り刻まれていた。

「シュヴァルツ・ゲネリエン」

「貴様何を‥‥‥フグッ!?」

 目障りなベルガーナを黒いベルトでグルグル巻きにし拘束。

 先程の技で鉄仮面諸共他の敵は皆殺しにしたので、一対一の状況だ。

「ルータ、今何をしたんだ?」

「こりゃあ、ある意味凄いな‥‥‥」

 あとから追いついた連合軍とヴィルド達は、周りに敵が2人しか生き残っていないのを見て彼に説明を求める。

「ああ、この技を見るのは初めてか。「一刀流秋水」、扶桑で得た剣技のひとつで、五感で認識した範囲内の相手をこの様に切る技だ」

 キッっとガパラを睨む。彼はまともに立つことさえ出来ていない。

「ヒッ、ヒィ!」

「‥‥‥そんなに怯えるなら、最初からあんな事をしなければ良かっただろうが」

「ま、待て! 何でも欲しい物をあげよう。だから命だけはどうか‥‥‥!」

「へぇ、"何でも"くれるんだな?」

「ああ、そうだ。何でもだ!」

「おいルータ、何でそんな奴と交渉なんかして‥‥‥?」

「じゃあ、妹を返せよ」

 彼がヴィルドを無視してガパラに要求したものは、絶対に得られないもの。

「‥‥‥は?」

「「何でも」くれるって言ったよなぁ? まさか出来ないのか?」

「それ以外なら何でもやろう。金か? 宝石か? 何なら奴隷でも‥‥‥」

 最後の言葉に怒りを覚えた彼は、容赦なくガパラの両足を切り捨てる。

 そして、止血代わりに冥焔で切り口を焼く。

「ア゛ア゛ア゛ァァァーーー!! !」

「そう泣き叫ぶな。君が雇った奴にやらせたことだろう」

 それ以上はもう、というヴィルドの声を遮る。

「聞くけど、こいつは俺達の大切な妹を殺させたんだよ。虫一匹殺すことさえしなかった優しい妹を。なのに何でこいつはヘラヘラしながら生きて来たんだよ!?」

「けど、お前はそいつを裁判にかけると言っただろう」

「あのまま大人しくしてたらな。でも反省しないどころかそれが罪だと思ってすらいない。そんな奴を裁判にかけても無駄だ」

「お父様!」

 背後から白いワンピースを着た若い女が走って来る。

「民間人? 何故ここにいる!?」

「ゼスルータ閣下が連れて来いと」

 ヴィルドの漏れた疑問に、ある兵士は律儀に報告する。

「あなたが!?」

 かがんでガパラの傷を見た後、振り向いてゼスルータに怒りを向ける。

 その顔を見て驚く。彼女はガパラの娘だ。

 だが見れたのも一瞬だけ。次の瞬間には彼女の眉間を弾丸が貫いたのだから。

「‥‥‥は?」

 ガパラの目が白くなる。そして、あらん限りの怒声を上げる。

「おのれ貴様あああーーーーーーー!!!!」

「何を今更。貴様もやったことだろう」

「ころッ、殺して、殺してやるぅ!」

 憎しみを込めた言葉を向けられても、彼は平然としている。それどころか、背を向けて歩みだす。

「逃げるのか!?」

「復讐は終わったからな。やられたことをそのまま返して。だからもう、俺は貴様には興味はない。‥‥‥俺はな」

 最後の「俺はな」という付け足しに、皆が心の中で引っ掛かる。しかし、その理由もすぐに判明した。

 ガパラの犠牲を以て。

「死ね!!!」

 銃や杖を持ったエルフに獣人に吸血鬼等々。

 彼らの共通点は、若く、つい先程まで商品として扱われていたことだ。

「おい、止め―」

 ヴィルドが慌てて制止するが無駄。

 弾丸で火で爆炎で雷で氷で風で呪いで‥‥‥この屑野郎を粉砕する。

 死んでもなお、消し飛んでもなお攻撃は続く。

「今日はいい気分だ」

「あなたは、悪魔ですか?」

 銃声や魔法攻撃の轟音が響く中、それでもパウルの声ははっきりと聴こえる。

 満足げに鼻歌を歌う彼の姿を見て、彼が怯えながら発した言葉がそれだった。

「悪魔? 違うな。復讐鬼だよ、よくいる奴さ」

 その笑みは、皆が浮かべることもある、ごく普通の笑顔だった。

 しかし、その笑みはどれ程狂気的に見えただろう。どれ程恐ろしく見えただろうか。

「あとは被害者達を保護するだけね」

 フェルリアは慣れっこなのか、彼と淡々と作戦の最後の目的を果たす。

「そうだな。あとは姉さん達に任せる。鍵も姉さんが持ってるしな」

 その後、残りも含め、ここに囚われていた奴隷達は無事に全員救出。

 彼らはロチェラ大聖堂でイザベラと、同じ〈ルナリア教〉を信仰する信者達によって保護された。

 一方で、ゼスルータはベルガーナをローズウェルの警察に突き出したり、月面司令部へ報告書を提出したりなどの事あと処理で忙しく、イザベラに「この子達はあなたに会いたがっていますよ」と呼ばれても、すぐには行けなかった。

 あるいは、行きたくなかったのか。


 ―ロチェラ大聖堂―

「お久しぶりです。イザベラさん」

 自覚はしている。だがこの数日間毎日来て欲しいとの手紙を受け取っては、赴かない訳にもいかなかった。

「こちらこそ。でも良かったのですか? 彼らはあなたが救ったのですよ」

 実はイザベラと会う前、彼は「そちらへは行くが被害者達とは会いたくない」と連絡を入れていたのである。

「私は彼らが思う様な軍人ではないので」

「確かにそうかもな」

 背後にはヴィルドがいた。ずっとここで待っていたのだろう。

「なんだ、ここにいたのか」

「話が聞きたくてな。あの時何であんなことをしたのか」

「イザベラさんも聞いているのか?」

「はい。それと、苦しいのであれば、頼ってもよいのですよ」

「‥‥‥責めないのか?」

 イザベラの優しさは、彼にとって全くの予想外で、声は落ち着いていても、顔は驚愕している。

「確かに許されざるべき行為ではありません。でも、それをしたというのは、それ程心に深い傷を負ったのでしょう?」

「‥‥‥あまり聞きたくない話でも?」

「話し合いをしなければ、私はあなたを理解することが出来ません。話し合いをしなければ、相手のことは理解できない」

「分かった、ここで話そう。丁度ネイとルルも来たところだからな」

 イザベラが彼の後ろを見てみれば、ネイが扉を開け、2人が入って来たところだった。

「話って何の話かしら?」

「俺の過去の話だ。少なくとも2人には話しておくべきだと思っていた。君達は「付き合ってくれ」と言ってきた。それが愛の告白だと姉さんから教えられた時からずっと」

「どうして私達なのですか?」

「分かっているさ、俺はろくでもない復讐鬼だったということぐらい。2人が思う様な男じゃないことも」

 近くにあった椅子を寄せてきて、おもむろに座り込む。

「まず始めに、実は俺は生まれはロズワントじゃなく、〈ルーシャ王国〉だ」

「へ?」

 ルーシャ王国とは、別名魔王国ルーシャと呼ばれ、文字通り魔王が治める大国である。しかし、約半世紀もの間鎖国政策を執っており、国内の事情はほとんど分かっていない。

「母さんから一度聞いたんだ」

 ルーシャ内で革命による内乱があり、それから逃れる為にロズワントへ亡命したことを。十数年前にルーシャからロズワントに多数の亡命者が来たのはその為。彼もそのうちのひとり。

「まっ、その頃は赤ん坊だったから何も覚えていないがな」

「今まで苦労してきたのね」

「それは母さんの方だ。でも、シルキアでの生活は楽しかった」

 いつも3人で森を駆け回り、魔法の勉強をしたり。

 その頃はただ純粋に学びとして魔法の勉強をしていた。母は色んな国の言葉を話し、外交官故に会えない日も多かった。

 しかし、俺達3人それぞれの誕生日には必ず滞在している国の特産品を贈ってくれたり、たまに会えた時はいっぱい甘えてり、本当に楽しい日々。

「‥‥‥あの時が来るまで」

 表情が一瞬にして険しくなった。彼自身、ずっと覚えているが、同時にずっと忌々しく思っている記憶。

「ある日突然、ミアと、いつも遊んでいた森でひとりの人間に襲われた。でも俺は学ばされていたし、持たされていた。拳銃とその使い方を」

 それでも誰かを傷つけるなんて、子供はしたくない。彼もそうだった。

 でも、連れ去られれば奴隷にされる。気が付けば、敵の右足を撃っていた。

 その後はミアと必死になって逃げた。交番に駆け込み、しばらくすると犯人は捕まったと聞いた。

 彼らを襲った目的も、やはりその通りだった。

「奴隷売買とそれが目的で誰かを攫ったりすれば、ロズワントでは死刑だ。でも、そうはならなかった。何故だと思う?」

 彼はヴィルド、そしてイザベラの2人だけを見た。そして沈黙の後、再び口を開く。

「ミアが「死刑だけはやめて」と言ったんだ。他人を傷つけるのを妹は嫌った。たとえ裁判でもだ。だが、そいつはミアの思いを裏切った! 牢から脱獄して、何をしたと思う? 仲間と共に、ミアを連れ去った」

 「エルフは足も金になる」と言って俺の足を切って持って行った。命を救われたのは、ミアが懇願したから。ミアは、命の恩人だ。

「それから、母さんと姉さんと一緒にここへ来た。ミアを見つける為だ。だが、ガパラかあるいはそいつの仲間のせいで突き返された。「パスポートに不備があった」とかいう根拠のない理由でだ」

 そのせいで自作の義足のリハビリをしながら半年ぐらい待つしかなかった。

「そしてミアと、妹と再会した。酷くやせ細って、死んだ亡骸としてだ!」

「それは、あまりにも‥‥‥」

「酷い、か。でも事実だ。姉さんはミアに抱き着きながら大泣きしていた。だが俺は泣けなかった」

 拳を握り締めて怒りに燃えていた。絶対に復讐してやると。その機会は思いの外早く訪れた。

 1人、また1人と殺して、最後に最初に来た奴を殺した。手始めに光魔法で炙ったら、そいつは命乞いをした。

「「金でも何でもやるから許してくれ」と。俺は「じゃあ妹を返せよ」と言った。当然出来ないと言われた。ガパラの時と同じやり取りだった」

 思い出しただけでも腹立たしい! クズには違いというものがないのか。

「だったら、何で最初からあんなことをしたんだ」という怒りで染まった。そして拳銃の弾を何十発も撃ち込んだ。だが、こいつらには雇い主がいるのは知っていた。だからこう思った」

 これは彼どころか、ロズワント帝国人ならほとんどが理解させられた共通認識。

「「人間は命よりも金を尊ぶ種族だ」と。それから軍大学に入学した。人間を効率よく殺す為に。「俺にとって、初めての戦争だったユーラクラとの戦争は全部忘れた訳じゃない。本土上陸前の事は覚えている。ユーラクラは戦艦はおろか駆逐艦すら持っていない弱小国だった」

 だから大本営や参謀本部はこの戦争はちょっとした実戦演習とでも思っていたのだろう。

 この戦争に参加したほとんどの将兵は訓練を終えたばかりの新米達ばかり。もちろん、その中に軍大学を卒業したばかりの彼も含まれていた。

 だがフェルリアは、事前に上官から作戦内容や日時を盗み聞きしたことが発覚し、謹慎処分を受けていた。だから彼女はこの件に関して何も知らない。

「俺は初戦で敵メルギア兵を17人撃墜した。一瞬でエース以上となった。そして教官役として送られていた古参の先輩方からたくさん褒められた。だが、俺達はあくまで戦争をしていたし、当然陸空問わず帝国側にも戦死者は出た。その死体を見た時、何て思ったと思う?」

「どう思ったの?」

 ネイラータの問いに「名誉ある戦死とはよく言ったものだ」と本気で思った、と言う。実際にそうだ、戦場で死ねば兵は奴隷どうぐとして死ぬのではない。帝国将兵として死ぬのだから。

 無論親より先にヴァルハラへ行くのは親不孝だと分かったいた。でも、そこで死んだら二階級特進する。これ程名誉なことはない、と信じて疑わなかった。

 それから、どこからかレンドリースされたのか、宇宙戦艦や巡洋艦と交戦した。魔力波でジャミングすれば、誘導系の攻撃は全てかわせる。そして主機関目掛けて光線を叩き込めば、それらはあっという間に轟沈していった。

 その後の事は覚えておらず、理由も具体的には教えてくれなかったという。

 ユーラクラは最終的に核で文字通り消された。

「ルルには悪いが、それを聞いた時、飛び上がって喜びたい気分になった。「あの差別国家ユーラクラが滅んだぞ! ざまあみろ!!」と」

 それからというもの、戦場で人間を見たら必ず殺していた。もちろん命令なら魔族相手でも戦ったが。

「だが、人間を相手にするのとは訳が違った。人間相手なら"復讐鬼"として戦ったが、魔族相手では"軍人"として戦ってきた。でも、最近おかしくなった。俺、というか魔族をも自分らと同じ"命"として接してくる人間達と初めて出会ったからかな?」

 話を終えると、誰も口を開かなかった。当然の事だ。こんな重い話のあとに軽々しく言葉を吐ける者などそういない。

「ろくな人生じゃないし、ろくな男でもないだろう? 俺なんて、2人から好かれる様な男じゃない」

「確かに波乱に満ちた人生ね。でもルータは尊敬に値する男よ」

 思ってもみなかった返しに、一瞬返事に詰まる。

「これの、どこが?」

「あんたは家族の為に立ち続けた。今でもそう。足を切られても、自力で立ち上がって強者となった。復讐の為というのは決して褒められたものじゃない。それでも、あんたは尊敬に値する。何故って? あんたはどんなに辛い目に遭っても、優しくあり続けているからよ。恋愛に関しては本っ当に不器用! 私達の気持ちなんてまるで理解してなかった!」

「それは、悪かったと思ってる。すまない」

「ほら、優しいじゃん。優しくなかったら「すまない」なんて言わないから。それに後からルータの経歴書に目を通していたの‥‥‥今から土星沖海戦の事、話していいかしら?」

「いいよ、隠すべきことじゃないから」

 土星沖海戦で、彼は当時少将で、メルギア第二航空戦隊司令官として海戦に臨んだ。

 しかし最初から圧倒的に劣勢、味方が撃墜されるのを見て、自身も出撃。

 彼はは他の敵艦には目もくれず、大空母の飛行甲板目掛けて特攻。

「しかも驚いた事に、その空母は月で遭遇したあの空母よ」

「そうなんですか!?」

「ああ。そっから友軍に助けられて、その時初めて俺は不死身になっていたと分かった」

 だがそんな事はどうでもいい。特攻して空母の二次攻撃を挫折させたのだから。

「だが結局部下は誰一人帰って来なかったがな」

「その後二航戦司令官の座を退いた。自分に司令官である資格は無いからって。ずっと後悔しているんでしょう? それだけでも、部下想いの上官だと分かるわ」

 ネイラータの言う通り、部下想いだ。‥‥‥自身の姉の次に大切な存在だった。

「私からもいいですか?」

「ルルも言いたい事があるのか?」

 彼女は黙って頷く。

「ユーラクラ戦争の時、ルータさんは見ず知らずの私を助けてくれました。背中に大火傷を負っても、どんなに絶望的な状況でも見捨てず助けてくれました。大勢の敵に囲まれても、逃げることをしなかったルータさんの背中は、世界で最もカッコ良かった。だから、あなたが好きです。ずっと一緒に居たいくらいに」

「‥‥‥そうか、ありがとう。とってもスッキリした。ありがとな」

 その顔は、悩みが吹っ切れたかの様に晴れ晴れとして、どこか小さな子供の様な人懐っこさを思わせる笑顔だった。

「そういやさ、ミアからの手紙はもう届いたか?」

「手紙? 何の話だ!?」

 ヴィルドの一言に彼はギョッとした。そんなものは届いていない。そんなものの存在自体知らない。

「嘘だろ!? ミアにとって遺書の様なものだぞ!!」

「俺達に届く時期や時間を指定していたりはするのか?」

「それくらいできるが‥‥‥いや、でももう8年も前の話だぞ。今までに届いていないなんておかしいだろ」

「まさか、いやそんな事あるはず‥‥‥」

 彼は何か心当たりがあるのか、小声でブツブツと独り言を繰り返し出す。

「とりあえず郵便局へ行って確認してみましょう。そしたら何か分か‥‥‥」

「郵便でーす。ゼスルータさんはいますか?」

 噂をすれば何とやら。扉をノックした後、彼を呼ぶ声がする。

 イザベラが提案するまでもなく、彼宛てに何か届いた。咄嗟に扉を開け、間髪入れずに郵便配達員を問い詰める。

「何故俺がいると知っていた?」

「ミアさんがこの日この時間にあなたがいるだろうから、この手紙を渡してと」

「マジか‥‥‥ああもういい。今の事は忘れてくれ」

 要は他言無用だと暗に伝えたのだが、配達員は首を横に振る。

「無茶言わないでくださいよ。私だって賭けをしていたぐらいなんですから」

「じゃあ口止め料をやる。今日の出来事は他者には喋るなッ!」

 そう言って、1万バーゼ札10枚を彼の手に握らす。

「俺は先に帰って手紙を読む」

「分かったわ。それじゃあまたあとで」

 一足早くハイゼルクに戻り、艦長室で手紙の封を開ける。

 中を見ると宛先は彼個人宛てで、フェルリアの名前は書かれていない。

(これはどういう‥‥‥?)

 三つ折りに折られていた手紙を開く。文の長さは思ったより少なく、でも痩せ細った手で精一杯書かれたことが伝わってくる文字だ。

「お兄ちゃんへ

 妹からのお願いを伝えます。どうかホーネットとヴィルドと、そしてイザベラと仲良くしてね。だって、ホーネットは初めてあった時からずっと寄り添ってくれたから。その頃から痩せ始めてたけど、配られた食べ物を全部くれたり、傷を負った時は魔法で癒してくれた。それが悪い大人達にバレてから別々の部屋に入れられたけど、最あとまで赤の他人だった私と一緒に居てくれた。ヴィルドはホーネットを逃がして私を助けた時、自分を盾にしてまでも守ってくれた。何度切られても、何度銃弾を受けても助けてくれた。イザベラは、私が死ぬまでずっと看病してくれたの。寝る時も、この手紙を書く時も一緒だった。短い間だったけど、3人とも優しくしてくれたよ。だから仲良くしてね。

 ―最後に、この広い世界には、とっても優しい人間だっているんだよ」

(何してんだ、俺‥‥‥?)

 読み終えてから、彼は感謝と、悔しさで胸がいっぱいになる。

(恩を仇で返してどうする、ゼスルータ!)

 決壊しそうな涙を堪えた。流すときは今じゃない。

「入るわよ、ルータ」

「ネイ、ヴィルドの居場所は分かるか?」

「今司令部にいると思うけど、どうしたわけ?」

「会って謝らなければならないことがある」

 すれ違い、部屋を出てすぐに、走り出す。

「ちょっと、雨が降り出したから傘がいるわよ!」

「取ってる暇はない!」

 助言も聞かず、ただ走る。

 外に出てみれば、彼女の言った通り、昼間の晴天が嘘の様にザーザーと雨が降っていた。

(ミアの亡骸を抱きしめた時も、こんな大雨だったな‥‥‥)

 長い髪が濡れようとも、軍服が濡れてもお構いなし。道行く人々を避け、ひたすらに走り続ける。

「―ヴィルド中将、司令部の門の前であなたにお会いしたいと仰っていた方をお連れしました。すぐにタオルもお持ちします」

「何故先に渡していない? ‥‥‥って、ルータ! どうした!? ずぶ濡れじゃないか」

「無理言って先にヴィルドに会わせてくれと言った。それと‥‥‥」

 士官がタオルを取りに行ったのを確認してから、いっきに口に出す。

「初めて会った時、拳銃を向けてごめんなさい。あんな酷いことを言って、申し訳ない!」

「ああ、何だそんな事か」

「そんな事って‥‥‥」

 頭を上げて見れば、彼は怒っておらず、むしろ笑顔だった。それが「もうあの事は気にしてない」と伝えてきているのに気付かない訳がない。

「あれはルータの気持ちをそのまま俺にぶつけただけだろう。だから、別に怒ってもいないが、分かってると思うが言っておく。‥‥‥もういいよ、全部許す」

「どんだけ優しいんだよ、お前は‥‥‥!」

 その途端、何かが崩れたかの様に、何かが壊れたかの様に彼は泣き出す。

「泣くなよ。折角のクールな顔が台無しだぞ」

 士官が持って来たタオルをそのまま受け渡す。

「余計なお世話だ」

「そうだな。で、このあとどうする? 夕食はもう食べたのか?」

「いや、まだだが」

「じゃあ一緒に外食でも行くか? めっちゃ美味いステーキ店を知ってるんだが、どうだ?」

「喜んで」

 その後、フェルリアに連絡を入れてから、2人でその店に向かい、ヴィルドおすすめのステーキを食べ始めた。

 ゼスルータはミアとの楽しかった思い出や、ヴィルドは自身の面白い体験談などを語り合いながら。

(まさか人間とこんなに仲良くしながら飯を食う時が来るなんて、俺も変わったかな)

「どうした、俺の顔に何か付いてるのか?」

「いや別に。ヴィルドとこうして飯を食ってるのが夢の様だなって」

「夢じゃなく、現実になった感想は?」

「何というか、暖かい」

「なんか照れるな、それ」

「照れるなよ」

「「プッ」」

「「ハハハハハ!」」

(いや、"変えられた"かな‥‥‥?)

「―今日は色々とありがとうな。あと、奢ってくれた借りは必ず返す」

「別にいいって」

 ちょっと遅れた歓迎会だと、言って笑う。

「そうか。改めて、奢ってくれてありがとう」

「いいって事よ。んで、出港はいつになる? 別れの挨拶ぐらいしたいしな」

「一応3日後、でも出港してすぐにアクタン諸島の出現したダンジョンの調査をしてくれって」

 その前に、明日はイザベラさんに会いに行くという。

 まだまともに礼を言えていないから。

「そっか。んじゃこの辺で」

「ああ、楽しかったぞ」

 翌日、フェルリアと共にソフィア大聖堂を訪れた。イザベラの姿を確認すると、すぐに感謝の言葉を伝える。

 「最後までミアの看病をしてくれてありがとう」と。それから、一緒に教会で保護している子供達とふれあってくれと頼まれた。もちろん断るはずもなく、遊びにとことん付き合った。

「義手の調子はどうだ? リアム」

「はい、お陰様で絶好調です」

「なら良かった」

「ねえお兄さん、鬼ごっこしようよ~」

「お兄さんも負けねぇからなぁ!」

 10を数え終える。

「鬼さんこっちだー」

「逃がさないぞ~」

 それから、庭を駆け回ったり、絵本を読んであげたりと、彼は一日中子供達の面倒を見た。

「ルータのあんな姿を見るのは懐かしいわ」

「ネイラータさんの言う通り、優しくて、世話焼きな方ですね。だってあんなにも子供達からなつかれていますから」

「疲れたよ~、お兄さん」

「分かった。イザベラさん、そろそろお昼寝させてもいいですか?」

「そうね。みんな、お昼寝の時間ですよ」

 ゼスルータは子守歌を聞かせたりして、彼らを寝かしつける。

「久々だな、こうやって遊ぶのは」

「随分と楽しそうでしたね」

「あの日から、外ではろくに遊んでなかったからな」

「それは‥‥‥」

「いや、あの日というのはミアの件ではなく、母が外交官だったので。仕事の都合で初めて宇宙に行った日の事です。確か6歳くらいだったかな」

「どこへ行かれたのですか?」

「大扶桑帝国領第14スペースコロニー」

「その時のルータったら、来てからずっと目をキラキラ輝かせていたわ」

「あんなでかいものが実在するってだけでも衝撃的だったな」

 それの宇宙港に寄港するタンカーや軍艦も本当は大きいはずなのに、コロニーと比べれば豆粒に見えるのは、子供心に不思議に思った。

 その日から勉強にどっぷり。「いつか絶対もっと凄いスペースコロニーを作ってやる」と意気込んでいた。今でも、叶うならやってみたい。

「あなたならきっとその夢を叶えられます。その義足もご自分で作られたのでしょう。だったら出来ますよ」

「ありがとう。戦争が終わったら、転職するのもありかな」

「戦争、1日でも早く終わるといいですね」

「終わり方も考えた方がいい。もしもふざけた和平条約を結んだりでもしたら、目も当てられないし、馬鹿な政治家がヴァミラルに過度な要求でもしたら、本末転倒だ」

 戦争は始めるのは簡単でも、終わらせるのは容易ではない。戦争に限らず止め時を見失えば、待っているのは破滅のみ。

「難しい世界なのですね」

「でも、始めりには終わりも‥‥‥」

「はい! そんな難しくていつ来るかも分からない話は置いといて、明日の話でもしましょう」

「大事な事なんだけれどね‥‥‥まぁそれもそうか」

「もうこの国を発つのですよね?」

「ええ、私達は明日出航します。でもその前にもう一度顔を出すので、その時にクッキーを届けに来ます。私の焼いたクッキーはとっても美味しいですよ」

 フェルリアの提案に、彼女は子供達もきっと大喜びすると歓迎する。

「ではそろそろ艦に戻ります。艦長としての役割があるので」

「そんな、せめて子供達に別れの挨拶くらい‥‥‥」

「そう思っていましたが、その為にわざわざ起こすのはやめておこうかと」

 それに最後の別れは明日、その時に挨拶をすればいい。

「それもそうですね。では私から言っておきます」

「何から何まで本当にありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございました」

「では、さようなら」

「また明日来ますね」

「ええ、また明日」

 ハイゼルクに戻った2人は、ゼスルータは食糧、弾薬その他諸々の物資の確認などから始める。

 フェルリアは、航空図の確認や操舵輪や計器等の点検を終わらせ、クッキーの生地作りに取り掛かった。

 生地は一晩寝かせて、朝に焼く。彼女は生地を作り始めてから明日が楽しみでしょうがない。だから、これから悲劇が起こるなど、知る由もなかった。

「―ルータ、クッキーが焼けたわ。そっちの準備はできた?」

「準備って程でもないけど、できてるよ」

「どこへ行くわけ?」

「ロチェラ大聖堂、イザベラ達に別れの挨拶を」

「そう、付いて行っていいかしら?」

「わっ、私も行きます!」

「来てもいいが、留守はどうしようか‥‥‥?」

 万が一各々にも予定があり、艦を空けたりすれば大問題に繋がりかねない。艦に誰もいませんでした、となっただけでも謝罪会見ものだ。

「ジルは今も寝てるし、起こしに行ったら「だるいから適当に留守番してます」って言ってたわよ」

「滅多な事が無い限り、使節団の皆さんやローゼンちゃんもしっかりしていますから大丈夫でしょう」

「いざとなったらニコラスもいるしG-14があるから大丈夫として、ラゼルはどうした?」

「二日酔いよ」

(駄目だこりゃ‥‥‥)

 きつく言った程度では酒癖の悪さは治らない様だ。かといって、このまま放っておけばまず彼女の肝臓が真っ先に逝くだろう。

「さ、早く行きましょう」

 道中は何も起こらず、すぐにロチェラ大聖堂へたどり着く。だが、着いた途端ゼスルータは異変を察知する。

「おい、気を付けろ」

「どうしたの?」

「酒場の時と同じ気配がする」

「まさか狂魔石!?」

「俺達で行く。2人はここで待っていろ」

 ゼスルータとフェルリアは目を合わせ頷いたあと、すぐに聖堂の扉を勢いよく開ける。

「ルータさん!? ちょうどよかった」

 彼の姿を見るや否や、リアムはすぐに駆け寄った。

「何があった?」

「さっきイザベラさんが急に咳き込んで、体調も悪くなったから長椅子に寝かせたところです」

「助祭の方はどこだ?」

「ええ、私ですが」

 名乗り出た茶髪の青年にすぐさま指示を出す。

「念の為、他の大人達がいるなら彼らと一緒に子供達を連れてここから離れておけ」

「リアムくん以外は知られる前に裏の庭で遊ばせていますが、一体何が起きたのですか?」

「リアムと同じく狂魔石でも植え付けられたのだろうが‥‥‥」

 狂魔石を付けられたのなら、必ず体のどこかにその石があり、その魔力も濃く感じられるはずなのだが、それらしいところが見当たらなかった。

(むしろフランクのに近い感じだな)

「大丈夫、効いているみたい。それにあまり強くないわ」

 その間に、フェルリアは自身の魔力を彼女に注いでいた。光属性の魔力はそのままでも呪いなどを浄化する働きがあるからだ。

「ならいいが、とりあえず救急車を呼んでくれ。俺は警察に連絡を入れておく」

「分かりました」

「これでよし。狂魔石? の方はもう片付いたわ」

「おい、何かおかしくないか?」

「へ?」

 振り返ると、沸かしたお湯の様に彼女の身体から湯気が立っていた。

 かと思えば、瞬く間に手足が異形のものに変化する。

 腕は左右で形こそ違うが、大きな灰色の鎌の様になり、両足は節足動物に似たものへ変わる。背丈も一回り二回り巨大化し、ところどころ皮膚が崩れ落ちていた。

「ぐっ、あ゛あ゛あ゛!?」

 先に呻き声を上げたのは、ゼスルータの方だった。

「どうしたの!?」

「頭がッ‥‥‥!」

 訳の分からない酷い頭痛に襲われている中で、走馬灯の様に過去の記憶が目に浮かぶ。

(何だ、この街は‥‥‥?)

 知らないはずの煉瓦造りの街で、メルギアと短機関銃を装備した自分と2人が誰か女と話している場面。

 前に立っていたメルギア兵が彼女に手を差し伸べたが、すぐ拒否される。不思議に思っていれば、細かいところは違うが、イザベラとほぼ同じ様な姿となり、巨大な剛爪の5本指でそのメルギア兵の腹を貫き、自分が「小隊長ーーー!」と叫んでいる光景。そして、その小隊長は男だった。それもどこかで見覚えのある男。

「小隊長‥‥‥?」

「ルータ、危ない!」

 気付けば、イザベラが、化け物となってしまった彼女が、鎌状の腕を振り回そうとしているところだった。

 ハッとなり、すぐに魔導防壁を展開し防御は間に合ったが、頭に衝撃が走り、そのまま倒れてしまう。

「ルータ、しっかりして! ルータ!」

「‥‥‥」

 姉の声も、弟には聞こえなかった。

「避けて!」

 既に刃を振りかざした後で、呪力で練り込まれた斬撃波が迫っていた。

「リフレクト!」

 手の甲に集中させた反射結界で斬撃波を弾いたはいいものの、それが大聖堂の右の柱を崩してしまい、それが決定打となってしまった。

「しまっ‥‥‥!」

「―アトリビュート・アース、ジュエルブランチ!」

 地面から、ダイヤモンドやルビー、サファイアなど、宝石が突き出て右から崩れ落ちようとしている大聖堂を支える。

 色とりどりの宝石の柱は幻想的で見とれてしまいそうだが、そんな場合ではない。

「一体何があったわけ? まっ、間一髪間に合って良かったわね」

 茶色い髪と瞳を輝かせるネイラータは、再びいつもの毒属性の紫の姿に戻り、即座にレイピアを構える。

「さっ、ルル。敵に備えるわよ」

「はっ、はい!」

「魔導防壁!」

 再び繰り出された攻撃を引き付ける為、防御に徹しつつ、わざと斬撃を受けて壁ごと外へ吹き飛ばされる。

「クッ、結構強いわね‥‥‥」

「嘘、そんな‥‥‥」

 ネイラータと同じく、ロッドを構えていたヴォーロルルだったが、変わり果てた彼女の姿を見た途端、それを手のひらからこぼれる様に落としてしまい、膝を着き耳を塞ぐ。

「ちょっとどうしたの? 大丈夫!?」

「嫌、怖い。嘘よこんなこと‥‥‥」

 酷く全身を震わせ、恐怖で身も心も支配されてしまう。

「しっかりしなさい!」

 そんなことはお構いなしに、彼女はヴォーロルルの両頬を同時にバチンッとかなり強く引っ叩く。

「いい? 何かトラウマだってのは分かるけど、今は怯えている場合じゃないのよ! あなたにできることに最善を尽くしなさい。分かった?」

「むぐぐっ‥‥‥分かりましたから手をどけてくれませんか?」

 正気に戻った彼女は、手をどかしてもらうと、ヴィルドとテレパシーを繋げる。

『ヴィルドさん、助けてください!』

『ルルか、何かあったのか?』

『イザベラさんが魔物化してしまいました!!』

『何だって!?』

 ヴィルドは思わず声に出し、目を見開く。

『だから、すぐに来てください』

『分かった。他の所にも連絡をしておく。できるだけ早く向かうが、少し時間を稼いでくれ』

『分かりました』

「そのまま、こっちおいで~」

 一歩二歩と近づいて来るイザベラと目を合わせながら、おびき寄せる。

「シャインキャプチャー!」

 突如多方向から六芒星が出現し、そこから白銀色に光る鎖が伸び、彼女を拘束することに成功する。

「これでしばらく‥‥‥」

 時間を稼げるかと思いきや、彼女のトラップ魔法とは別に、白く鋭い矢が白銀の鎖を砕く。

「そんな!?」

「これはこれは、天罰にでも当たったのか」

 彼女らの後ろから、14人の集団が現れた。例のローブを纏っており、ブレイブ教徒達だと分かる。

「また会ったわね、ヘーゼリ」

「魔族風情に名前を覚えられたくはないですな」

「で、一体何の用かしら?」

 ネイラータは彼の罵声を眉ひとつ動かずに無視する。

「なに、イザベラとかいう異端者はあれ程! 汚物まぞくと関わっていたのだ。今頃天罰でも下っているかと思って無様な姿を見に来たのだ」

「あんたらねぇ!」

 その時、ヘーゼリの上半身は爆散した。一見すると何の前触れも無く死ぬ。

 ハッとなって後ろを振り向くと、今まで見たこともない怒りと憎悪を隠さないゼスルータがそこに立っていた。

「ルータ‥‥‥?」

「地獄に落ちろ」

 義足の足底のブースターでブレイブ教徒らへ一気に駆け寄り、そのまま太刀で片っ端から胴体を狙って両断。

 まさに地獄絵図、彼が返り血を浴びゆく姿はどんな処刑方法より惨たらしく、恐怖そのものとしか言いようがない。

「落ち着いて、ね?」

「もうとっくに気が済んでるよ」

 だが、恐怖を忘れた彼女は、彼が強いと見るや真っ先に狙いを定め、鎌を振り上げる。

「危ない!」

 彼は相手を見ずに、その鎌の腕を片手で受け止める。

 指先には、透き通る紫の竜を彷彿とさせる鉤爪。その硬さと握力でその武器を握り割った。

「ちょっと、その人はイザベラさんなのよ!」

「知っている」

 目を閉じた彼の周りには、先程浴びた返り血と、切られた死体の血溜まりから浮かんだ血が不規則に漂う。

 その中の一部は、太刀に纏わり刀身を赤く染め上げた。

「ブラッディ・フィースト」

 虹彩も太刀も真っ赤に染まり、漂っていた血はいつしか赤と黒の、負の感情を煮詰めて表したのかと錯覚させる濃霧となる。

「さようなら、イザベラ」

 一言呟くと、刀身を真っ直ぐに1ミリもぶれない突きを放つ。しかしそれは、もう片方の腕で弾かれ、しかも傷ひとつ付いていない。

「硬いなあ!」

 左手を柄から放し、黒紫の魔弾を編み出し、それを剛速で投げる。紫焔と火花が散り、視界が遮られた隙を逃さず、再び突きを繰り出す。

「獄炎纏い!」

 濃霧が太刀からも噴き出され、今度は左腕を切り落とした。

「ウ゛ォォ‥‥‥!」

「チッ!」

 右からの大振りをしゃがんでかわし、すぐさま距離を取る。彼女のへし折られた右腕は再生しており、しかも最初のものより大きく、硬化している。

「回復したの! 魔法も使わずに!?」

「ルータ、掩護するわ」

「助太刀不要!」

「スケダチ‥‥‥? 何なのよ、それ!」

「助けはいらねぇって事だ!」

 ネイラータからの助けを一蹴し、再び突進。

「ッ!」

 再生しかけている左肩に爪先から蹴り突く。

 義足の爪先はそれなりに尖っているので、思いっ切り蹴れば、深く抉れる。

 しかし、刺さった箇所から抜くのにほんの一瞬間だけ隙が生じ、膝から下をスパッと切られてしまう。

「ルータさん!」

「だったらこれもくれてやるよ!」

 膝から上の部分までも切り離し、彼女から全力で離れる。

 使えなくなった左足の義足の代用として、シュヴァルツ・ゲネリエンで簡易的なものを生成。

「リフレクト」

 六角形のリフレクターを球の形になるように展開しつつ、膝から上の部分の義足に膨大な魔力を注ぎ続けた。

 エーヴィヒ・リアクターは光の魔力と闇の魔力が衝突する際に生じる莫大な無属性魔力を編み出して、取り出す永久機関。

 しかし、余剰魔力排出機構でも対応できない余剰魔力を作り続けたらどうなるか?

「喰らいやがれ!」

 辺り一面に炸裂する白銀とも漆黒とも言えぬ閃光。その爆発を何度もリフレクターで更に倍増し、与えたダメージは計り知れないものとなる。

「まだ耐えてるのか」

「そんな、嘘でしょ」

「ヴォオオ‥‥‥!」

 リフレクター球の中には、彼女が呆然と立ち竦っていた。

「リアムさん達を避難させませんと!」

「その必要はなさそうね」

 戦場の後ろを見ているネイラータの先に、戦車が3台並んでこちらに向かっていた。

 その三連星の名は〈M-17シャーマン戦車〉。ローズウェル王国軍の主力戦車。少なからず歩兵も随伴している。

「そうでもないわ! 見て!!」

 エーヴィヒ・リアクターの爆発にも耐えたリフレクターが、禍々しい呪力を宿した一振りであっけなく破られる。

「天狼漸」

 空高く舞い上がり、一気に急降下したその落下エネルギーが加わった一太刀で屠る。‥‥‥はずだった。

「幻影!?」

 切ったのは幻で、彼女はゼスルータの一歩前で右腕の大鎌を振り下ろす瞬間だった。

(しまッ‥‥‥!)

 咄嗟に右手で太刀を掲げ、防ごうと構える。が、あっさりと真っ二つに折られ、それどころか左腕を肩から切断される。

(なーんてな)

「ネイディア・コンペンセーション! ブラッディ・キャプチャー」

 彼の左腕が灰が散るかの如く散り散りになって消えたかと思えば、赤黒い鎖が魔法陣も何も無い空中から出できて、行動を奪う。

『今のうちだ』

『任せろ!』

 何の事情も知らない戦車兵らは、砲口を彼女へ差し向け、容赦なくその7サンチ砲を撃った。

「イザベラさん!?」

 フェルリアの叫びも砲声にかき消され、砲弾は彼女を貫き信管が作動。

 下半身はグチャグチャになって吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた上半身だけが残る。

「うぅっ、カハッ」

「冗談だろ。まだ生きてるのか?」

 元の人間のままだったら奇跡としか言いようがない。浅く、絶え絶えながらも息は続いていた。

「ちょっとルータ、どういうつもりかしら?」

 あの時の、ヴィルドに向けた拳銃に弾を込めながら何の迷いもなく彼女に向かうゼスルータをネイラータは引き留める。

「決まってるだろ。あいつを殺す」

 肩に置かれた手を払い、そのまま拳銃を突き付けた。

「ルータ、さ、ん」

「‥‥‥!?」

 最後になって"イザベラ"は正気を取り戻す。それを見て、彼は今までの覚悟が揺ぐ。

「イザベラさん」

「ごめんな‥‥‥さい、ね。あなたの、腕、を切って‥‥‥しまって」

「‥‥‥もういいから」

「ごめ、ん‥‥‥ね」

(クソッたれが‥‥‥!)

 悔しさのあまり、歯を軋む程に噛んだ。

 だが、結局しなければならない。深呼吸をして、別れの言葉を紡ぐ。

「良き夢を、イザベラ」

 乾く響く銃声。その意味を知る者にとって、最も辛い音。

「状況は? どうなってる!?」

「ヴィルドのバカ、遅いわよ」

「それはすまない。で、イザベラさんは?」

「これを見たら分かるだろ」

「おまっ、何して‥‥‥!」

 親指で示されたイザベラの遺体を見て、彼は瞬時に経緯を悟った。

「先にハイゼルクに戻る。返り血も流したいしな」

 瞳の色や肩から左腕さえ元通りになった彼は、さっさとその場から離れ始める。

「おいルータ、自分が何したか分かっているのか!?」

「イザベラを殺した。ただ、それだけだ」

 振り返って見せたその表情は、それはもう恐怖心の具現化。「俺のあとをついて来るな」と言っているのも直感で分からせてくる。

「用はそれだけか? なら帰る」

 転移の術式を構築し、その場からすぐに消え去る。

「‥‥‥私も帰るわ」

「2人してどうした? イザベラが死んだんだぞ」

「だからこそよ。あと、裏庭に子供達がいるはずよ」

 その事を伝えたフェルリアは後を追い、転移陣でハイゼルクに戻る。

「私達はリアム達を保護しましょう」

「分かりました。怪我人がいればポーションも作りますね」

「誰か手空きの者はいるか? 大聖堂の裏庭に子供達がいるんだ。助けるのを手伝ってくれ!」

「了解であります!」

 歩兵らを中心に救助活動が始る。ネイラータのジュエルブランチのお陰で建物はあまり崩れておらず、怪我人は一人もいなかった。


 ―戦艦ハイゼルク艦長室前―

「ここにいるのね。ルータったら、ご丁寧に結界まで張って‥‥‥」

 扉に張られた赤黒い結界。

 一見するとたったひとつの魔法陣で作られた様だが、その実12もの魔法陣を重ね掛けされた強力な結界。戦艦の主砲でもこじ開けられそうにない。

「錠よ、我が御前において道を開け」

 触れてすらいないのにも関わらず、結界どころか扉すらも左右にパッと開き、道を譲る。

「‥‥‥何で開けられるんだよ」

 そこには、椅子に座って両手を組み、床を向いているゼスルータの姿があった。

「私はルータの姉よ。この程度の結界、簡単に開けられるわ」

「ハハッ、そう言われると落ち込むな。即席とはいえかなり頑張った方なのに」

「最初っから落ち込んでいる癖に」

「‥‥‥まぁな」

 図星を突かれ、そのままずっと黙りこくった。

「‥‥‥ルータのバカ」

 彼の隣に椅子を持ってきて座ったフェルリアは、面と向かって言い放つ。

「誰がバカだ」

「バカなルータに「バカ」と言って何が悪いの? 何でもかんでも誰にも頼らず一人で抱え込んで、本当の感情は表に出さず隅にしまって他の誰にも涙を見せない。それは本当のバカよ」

「何を言うかと思えば、俺が泣きたがってるって? そんな事ねぇよ」

「あら、じゃあその眼から流れているそれは何なのかしら?」

「えっ‥‥‥?」

 慌てて右の頬を手で擦る。そこには僅かに濡れた右手の甲。

(涙‥‥‥?)

「そんな、どうして」

「本当は泣きたくってしょうがないから、でしょう。魔族である、いいえ軍人である自分を、何度もその手をどす黒く染め上げて来た自分を理解してくれたイザベラさんを殺して、後悔しないはずはないわ」

「‥‥‥全て、見通していたって訳か」

 姉は黙って弟の肩に手をそえた。

「全部じゃないわ。家族にだって言いたくない秘密は誰にだってある。でも無理に話さなくてもいいわ」

 いや、話せる事は話そう。

「そう、なら言いたいこと全部吐き出して、スッキリしなさい」

「‥‥‥実は、少しだけ思い出せた記憶がある。場所も知らない煉瓦造りの街中で、メルギアの小隊がいた。その中には自分もいて、3人揃ってある女の前にいて、小隊長が彼女に話しかけていた。小隊長はどこか見覚えのある男で、そうしていたら、そいつが化け物になって、小隊長を巨大な5本の爪で腹をぶっ刺した。それを見た自分は「小隊長ーーー!」って叫んでた光景」

「もしかして‥‥‥」

「そのもしかして、だ。その化け物はイザベラとほとんど同じ姿だった。その後どうなったかまでは思い出せなかった。たぶんどっちも助かってないだろう」

 元に戻せないと分かっていたから、あの時引き金を引いたの?

「どうなんだろ。だけど、戦車砲を喰らっても生きてくれていたのは良かったと思った」

 そうね、私だってそう。

「大切な者ほど、他人に殺されたくない。他人に殺されるくらいなら自分で殺す。前まではその方がいいと思っていた。でもいざその瞬間が来ると‥‥‥嫌でしょうがないな」

 しかし、誰かが殺さないといけない現実は変わらない。ああなってしまっても、戻し方なんて誰も知らないから。

「確かにそうだったわね‥‥‥」

 彼女も悔しくて歯噛みする。

「最後に別れの言葉を言えた事だけは不幸中の幸いだった。だって、母さんと妹にはそれが言えなかったしな」

「‥‥‥そうね、辛かったわね」

「姉さんだってそうだろ」

「ええ、だから‥‥‥いい加減思いっ切り泣いたらいいじゃない」

 一瞬目をそらす。

「辛いって時は辛いって言えばいい。泣きたい時は泣けばいい。人前だからって我慢する必要はないわ」

 気付いた時には左眼からも涙が流れていた。それだけでなく、今までにこれ程泣いたことは無いんじゃないかというくらい泣いて、まだ言い切れていなかった思いも全て吐き出す。

「このローズウェルで会った皆はどいつもこいつも呆れるくらい優しくて‥‥‥ヴィルドなんかは銃を向けたっていうのに許してくれてぇ! ホーネットはミアの言葉をずっと覚えてくれてて、初めて会えた時も憎めなくて! 気付けば敬語を使ってた。昔助けたリアムも彼らに受け入れられている様で、ホッとした。なのに、俺達を理解してくれたイザベラを殺した!!」

 ドッと涙が更に溢れた。姉は何も言わず、優しく肩を撫でる。

「ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」

「‥‥‥」

 フェルリアは、泣き止むまでずっと傍に居続けた。ずっと、本当に寄り添い続けた。

「もう落ち着いたかしら?」

「ん‥‥‥」

 ゼスルータは彼女とは反対の方向を向く。顔と耳が赤く染まっていた。

「なに照れているの?」

「恥ずかしいんだよ。あんな大きな泣き声を聞かれて‥‥‥!」

「フフフッ、ルータったらそういうとこ可愛いわね」

「うるさい!」

「ほら、恥ずかしがってないで、行くわよ」

「どこに?」

「皆の所によ。ルータのこと、ずっと待っているわよ」

 2人は外へ出て、彼女が手を引っ張る形で真っ直ぐロチェラ大聖堂へと向かう。

「こっちよ、速くしなさい」

「待ってくれ。こっちは片足なんだぞ」

 広場に着くと、そこにはヴィルドやリアム、フェルリアにヴォーロルルなど、大勢の人々が集まっていた。

「よお、ルータ。待っていたぞ」

「ヴィルド‥‥‥」

「話は全て聞いた。間に合えなくて、申し訳ない。この通りだ」

 彼は深々と頭を下げた。これにゼスルータは、びっくりして目を見張った。

「何言ってる! 謝らなければならないのはこっちの方だ。さっきも言っただろ、俺はイザベラさんを殺したって‥‥‥!」

「俺は結果的にお前にその辛い選択をさせたんだ」

「僕だって同じです。自分がもっと強ければ‥‥‥!」

「ああなれば良かった、こうであったら良かった。そんなIfなんて考えても無駄だよ」

 現実は受け止めるものなのだから。過去は変えようのない事象。

「それは、そうだけれど‥‥‥!」

「リアム、こっちに来て」

 彼を呼び寄せ、そしてギュッと抱きしめる。

「ルータさん!?」

「リアム、君達だけでも無事で良かった。生きててくれて本当に良かった」

 だが抱きしめた瞬間、崩れる様にもたれかかる。

 もう片方の義足も壊れてしまったからだ。

「大丈夫ですか!?」

「8年間もこき使い続けていたからな。流石に寿命が来たようだ」

「そんな‥‥‥」

「心配するな」

 この義足のデータを基に、新型を作ってあるという。

「待ってろ、すぐに車椅子を持って来るから」

「大丈夫。私が抱えるから」

「ちょっと、姉さん待って!?」

 フェルリアは耳を貸さずに、颯爽と彼を抱きかかえる。

「降ろしてくれ!」

「何で? もう魔力もすっからかんでしょう」

「‥‥‥姉さんのバカァ」

 本心を打ち明けた時よりも顔を真っ赤にし、消え入る様に呟く。

「そんなに嫌?」

「嫌に決まってるだろ」

「じゃあその新型義足を取りに戻りましょう」

「分かった。リアム、何か変な感じだが‥‥‥さようなら、またいつか会おう」

「さようなら、またお会いしましょう」

 別れ際に握手をし、彼らはハイゼルクに戻る。

 そして、早速艦内工場に置いてあった新型義足を装着して見せる。

「神経接続、それとエーヴィヒ・リアクターに問題は無し。出力も想定範囲内だな」

「あの、色々と剥き出しになっている様に見えるんですが‥‥‥」

 ヴォーロルルが指摘するように、太ももやふくらはぎのピストン等は剥き出しで、全体的に細く、貧弱そうである。

「まだフレームだけの状態だからな。今から装甲を取り付けるから見てろって」

 どこからともなく現われた大小のパーツが両足の周りの空中に静止する。その直後に踵から上へ次々と磁石に吸い付けられた様に装着されていった。

「「おぉー!」」

「なかなか凄いわね。もしかして状況に応じて装甲の部分変えられるのかしら?」

「その通りだ。といっても、他のバージョンはまだ設計すらしてないけどな」

 今装着したものは、騎士の鎧の様な、滑らかで曲線のコンストラクションが見事な、素人でも美しいと思える装甲。

「スゲーなそれ。よくそんなかっこいいもの作れるな」

「そりゃあこの戦艦の設計を担当するぐらいだからな。この程度、できて当然だ」

「へっ‥‥‥!?」

「ああ、言ってなかったな。戦艦ハイゼルクは俺が設計した。まあ後部上層の部分は思いっ切り手が加えられたけどな」

 後半はいかにも不服だと言わんばかりに、愚痴を混ぜる。

「あと、こいつはちゃんと正座もできる」

 そう言って、地べたに座る。

「それって大事なの?」

「扶桑の剣道の基本は正座だ。礼に始まり礼に終わる。よって正座ができなければ話にならん」

「そういうものなのね」

「ケンドウっていや、折れた剣‥‥‥じゃなかった。あの"カタナ"はどうするんだ?」

「店売りのロングソードを買う‥‥‥しかないが」

 と言いたいところだが、そんな暇もない。何よりもやっぱり扶桑刀の方が手になじむのだが、文句はいってられない。

「じゃあどうするんですか?」

「ロングソードは家にあった気がするわ。貰い物だけどね」

「使っていいのか?」

「元々使わない物だから、お母様に頼んでおくわ」

「ありがとう!」

 お礼と同時に頭を深く下げた。それに対して、彼女は「これくらい、別にいいわよ」とだけ。

『もうすぐ夕食の時間よ~』

「それじゃこれで」

「さようなら、ヴィルド」

 夕食を済まし、それから風呂なり歯磨きなりを終えて、全員ベッドに入る。

 翌日の出港の時間までしばしの猶予がある。街を周るには少ないが、二度寝するには充分。ゼスルータはそう思っていたが、思わぬ客が訪れた。

「‥‥‥すぐにローズウェル城に来いってどういう事だ? ウィリアム"新"騎士団長殿」

 眠りを妨げられ、いかにも不機嫌だという口調での応対。

「女王陛下のご命令です。ヴィルド元騎士団長にも、あなた方のも関わる事ですのでお呼びせよと」

「騎士団長はクビになっても機動部隊司令官の座があるだろう」

 彼が言うには、そちらも免職させられたらしい。というより肝心の航空母艦エンタープライズが改装せざるを得ない間、彼を遊ばせておく余裕はないとの事。

「マジか‥‥‥なら行く。俺一人でいいか?」

「構いません。では早速向かいましょう」


 ―ローズウェル城謁見の間―

 ここに案内されたゼスルータは、アンリ女王とホーネットの前で膝を着く。隣にはヴィルドもおり、彼を一瞥したあと、口を開いた。

「改めましてアンリ女王陛下」

「うむ、待っておったぞ」

「して、此度のご用件とは何でありましょうか?」

「まずはもう一度猫に変身して欲しくての。娘から「猫になったルータさんはとっても可愛いかった」と何度も聞かされたからな」

 それを聞いた途端顔は真っ青になる。ヴィルドの方を向いて助け船を求めたが、困り果てた顔しか見られない。

「それともうひとつ。聞いての通り今のヴィルドには何の役職も与えられておらぬ。そこで、彼をサポーターとしておぬしらと同伴させようと思うのだが、どうだ?」

「はい、喜んで!」

 当然即答だった。初めての人間の親友と共に航海するのに何の躊躇いもない。

「では、これにて失礼致し‥‥‥」

「何を言っておる。まだ猫になってもらっていないぞ」

「猫になるまで帰らせません」

「‥‥‥イミテイト・キャット」

 誤魔化せないと悟り、致し方無く黒猫に変身してみせる。

「これでいいですかぁ?」

「こっちに来て撫でさせて」

「シャー!」

「隙あり!」

 威嚇で拒否の意を示したが、いつの間にか背後を取ったホーネットに捕らえられ、全くの無駄となる。

「‥‥‥ッ!」

「はぁ~、可愛い~」

 そして、散々撫でまわされたことになったのは、言うまでもなかった。


「―何で助けてくれなかったんだ!」

「別にあれくらいいいかな~と。それに可愛かったし」

「あっそ」

 不機嫌にそっぽを向く間、にジルに連絡を入れる。

『ジル、聞こえているか』

『勿論。で、何がありましたか?』

『ヴィルドがサポーターとして一緒に航海する事になったから皆に伝えておけ。それと歓迎会としてアレをやってくれ。絶対にな!』

『りょ、了解しました』

 ハイゼルクに乗艦したヴィルドは、突然のクラッカーの音に驚く。

「わっ!?」

「「「戦艦ハイゼルクへようこそ!」」」

「何で知って‥‥‥さては伝えていたのか」

「帰り道の途中にな。それはそうと、ヴィルドに来てほしい部屋があるんだ」

 ニイッ、と悪巧みしているとしか思えない笑みに、背筋に悪寒が走る。

「何か嫌な顔だな」

「当然だ。さっきのお返しだから、なぁ」

「俺行か‥‥‥」

「はいテレポート」

 艦内の空き部屋の前に転移され、扉を開けるようせがんだ。

「ほら、開けて見ろよ」

(嫌な予感しかしねえ‥‥‥!)

 ヴィルドはただ立ち竦むしかなかった。


                                         第七話・終

 どうも、旧ルティカ、新リキュ・プラムです。

 前話の後書きで予告した通り、ペンネームを変更致しましたッ!

 ゼスルータの過去が明らかとなった今回。とはいえこれでも一部だけで、ネフィリムの件といいまだ隠されている(というか本人も覚えていない)のよね‥‥‥。ネフィリムはゼスルータに髪色と性別以外そっくりですが、これにも理由はちゃんとあります。

 彼も姉と共に散々な目に逢っていますが、それはこの物語のコンセプトのひとつが「薄い本の内容をやられたら被害者はどう復讐するか?」という、悲惨な結果確定なものだからです。

 これで一番迷惑極まりないと思わざるを得ないのがヴァミラル。何でかって? 簡単に言えば「何か太陽系見つけたから来てみたけど、いきなり攻撃されるしふっざけんなよマジで!!」という、侵略者なようで被害者なのがかの国だから(喧嘩売られたから戦争始めたけど、どーすんのこれ? とも思っている)。

 おまけにヴァミラルには人間族が全くいない為、よく理解できずに下手に人間族と関係を持とうとすると、ゼスルータ含め、当然地球の魔族側から反発必至だということ。講和会議がどうなることやら‥‥‥。

 それらも含めて、フラグ回収の目途も頭の中でだいたいまとまっているので、これからも完結に向けて邁進していきたいと思います。それでは、またお会いしましょう!

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