第四話・降下
―前回のあらすじ―
昇格と共に、新鋭戦艦ハイゼルクを受領したオルハ姉弟。
副長のジルや、皇女ネイラータ。更に何やらゼスルータと因縁のある少女ヴォーロルルなどと共に、ヴァミラル軍による封鎖網を打破する大航海に出る。
月からの出航と同時にヴァミラルのソフィア艦隊の襲撃に遭うが、これを撃退。しかし補助機関のトラブルにより、降下地点に大きなズレが生じることとなってしまう。
─土星 タイタン基地─
『で、月面基地攻略は失敗したのだな? ソフィア提督』
「‥‥‥まことに申し訳ありません」
水晶板のモニターに繋いだ先はヴァミラル軍最高総司令部。ソフィアは作戦失敗の報告を終え、頭を下げていた。
『全く、君ともあろう者が負けるとは』
『致し方あるまいて。ロズワントもあれ程の超弩級戦艦を建造したとはな。ソフィア提督が敗北したのも頷けるわい』
一番右端に写っている、年をとった吸血鬼の参謀総長が資料を見ながらフォローした。
『しかし参謀総長、我が方は駆逐艦67、巡洋艦24、戦艦4、そしてアゼオン級空母及び航空機241機と多くの将兵を失った。あれだけの犠牲を払ったのに失敗したのですぞ!』
画面やや左に写っている女性司令官がその言葉を咎めた。
『分かっておる。ソフィア提督は現時点をもって地球侵攻軍司令官の任を解く』
ソフィアは心の内で悔しさのあまり唇を噛む。
『ただし、貴官には別の任を与える』
「何でございましょう?」
『貴官にはその超弩級戦艦追撃の任を与える。その為にベアルン改級ともいえる、ディクスミュート級空母を中心とした空母打撃群を授ける。何としてでも撃沈せよ』
「了解しました!」
モニターの通信が切られ、彼女は部屋を後にした。
─さかのぼること数時間前─
「なっ、何とかなりますよね!?」
大気圏突入の際の摩擦熱による炎に包まれながら急降下するハイゼルク。今までずっとこのような感じだった。
「航海長!」
「無理よ。このままじゃ地上に衝突するわ!」
この艦の主機関たるグラヴィタ・ストーンだけでも、大気圏内の航行は可能だ。しかし、大気圏突入時の急降下速度を抑えるには姿勢制御スラスターを使っても出力が足りなかった。
「高度300キロヲ切リマシタ」
「ルータ、何とかするんでしょう?」
ネイラータは泣きつく様に彼の肩を掴んだ。
「分かったよ。グラビィテル!」
「え‥‥‥?」
するとハイゼルクに対し、急に上向きの重力が働いた。ゼスルータがある程度下向きの重力をかけていたおかげで天井に激突せず、床に足を付けられたが、頭に血がのぼる。
その後ゆっくりと速度を落としていき、最後には地上近くで宙に浮く様に止まる。
「たっ、助かった~」
「どんだけ繰り上げ合格したんだ? スラスターも何機かいかれやがったし、主機関の出力も低くなってるな」
ゼスルータはあまりの粗雑さに苛立ちを覚える。
「ルータさん、救難信号をキャッチしました」
「さっきのテヴィレか?」
「そのようです。場所は2時の方向に約30キロ程先ですね」
「目視デモ確認出来マシタ」
天井の水晶板モニターに拡大画像が表示された。
「反転。目標、テヴィレ級輸送艦」
「了解」
ハイゼルクはテヴィレのそばへとゆっくりと降下していった。
「索敵は怠るな。但し目視のみでだ。ここは敵の制空権下、魔力波を探知されないようにしろ。まあどっちにしろ使えないだろうがな」
「4時ノ方向270キロ先ニ敵基地ヲ発見」
「えっ、何故!?」
驚きつつも、艦長と副長は双眼鏡で右後ろ下を見た。
「島にポツンとあるわね。霧で見えづらいけど」
孤島に滑走路などがあり、基地として機能しているのが伺える。
「いや待てよ‥‥‥ジルの言う通りだ。インティフィルはどうした? 何故テヴィレと通信が繋げる?」
「インティフィルって何ですか?」
ヴォーロルルはそれについてあまり詳しくない様だ。
「インティフィルはヴァミラルが使用しているワープやテレパシーを妨害する柱状の装置だ。もっとも、ドーム状の装甲で覆われているものがほとんどだが」
「では通信が繋げにくいのはその影響ですね」
「どういう事? それがあれば完全に遮断出来るはずだけど」
「ルル、ちょっと見せてくれ」
ゼスルータは右下の水晶板に写された情報を見る。
「なるほど、これ魔力波じゃないな」
「えっ、じゃあどうやってるの?」
「電波だ。昔それが主流だったから魔力波を使うレーダーも電探と呼ばれている。だが古いマギラマシンか雷属性の魔法が使える者しか利用出来ない。それで皆が使える魔力波の下位互換と言われているが、確かにこれなら妨害されずに済むな」
「なら、インティフィルを破壊しなくてもいいわけ?」
「けど電波なんて今じゃ帝国もまともに扱ってないから、再び実用化させるまでどれ程かかるか‥‥‥」
「仮にレッドテイルからその技術のライセンス権を買おうとしたら、高値で売られるだろうな」
ゼスルータは頭を抱えた。あの“商売上手な先輩”を相手にするのは分が悪い。
「ルータ、電波とか扱ったことないの?」
「俺だって使ったことない。けど‥‥‥」
「けど?」
「電波を使えたらヴァミラル相手でも近接信管が通用するはず。時限式より敵機をバッタバッタと撃ち落とせる様になるな」
「本当に!?」
「皆、そろそろ着陸するわよ」
林の中にある痛々しく損傷を負ったテヴィレに並ぶ格好でハイゼルクは着陸した。
「ルータ、あとは頼んだわ。私は生存者を探してくる。ルルも付いて来て」
「わっ、分かりました!」
「俺は補助機関を直してくる。修理用ホムンクルスは副砲とスラスターを直してくれ」
「了解シマシタ」
「あっ!」
「ジルさん、どうかしましたか?」
これから救助に向かう上で、彼女は非常に不味い事を思い出す。
「そういえばこの艦、軍医がいない‥‥‥」
「そういやそうだったな」
「「「は?」」」
ジルの衝撃的な発言にその場は一瞬固まった。
「負傷者がいたらどうするんですか!?」
「私たちに何かあったらどうするのよ!」
「ていうか何でいないんですか!」
「ほとんどの軍医は前線送り。これから反抗作戦も展開していくから他でも足りないんだとよ」
(ここが一番の最前線だと思うのだけれど‥‥‥)
外交官も乗艦しているのに軍衣が配属されていないとは、かなり危機的状況らしい。
「居ないのはどうしようもねえから、姉さんに回復魔法を頼むしかない」
「かといってここを離れる訳には‥‥‥」
「あの、回復魔法なら私も使えます」
ヴォーロルルが手を上げた。
「本当か?」
「厳密にはちょっと違いますけど、出来ます」
「なら頼んだ。捜索にはラゼルも呼べ。 そろそろ俺も修理に行ってくる」
「それじゃあ私たちも」
「はい!」
こうして、3人は艦橋を後にした。
─戦艦ハイゼルク 機関室─
「あ~あ、派手にイカれてんな」
機関室の様子を見たゼスルータはこう呟いた。
「資材も十分あるから直せるけど」
腰にぶら下げていたレーザー水晶型のマジアムからカメラの役割を果たす10個の赤い目の様な水晶玉を“取り出した”。彼が自作したマジアムだ。
「具現化、イーター・ハンド」
すると宙に20個程のガントレットを着けた黒い手の様な物が現れた。一部はそれの手のひらに赤い水晶玉がはめ込まれる。
「さて、始めるか」
黒い手、もといイーター・ハンドは、主に3つのグループに分かれた。
1つ目は壊れた部品を取り出し、2つ目は資材を運び、最後は修理に取り掛かった。そしてこれらは全てゼスルータが直接テレパシーによって制御されている。
(にしてもひでえな)
補助機関の様子を見たゼスルータはそう思った。円柱型の補助機関は2つは爆発によりめちゃくちゃになっており、もう1つはプスプスと煙をあげていた。
この補助機関はロイ・ゼント級のものを流用したもの。にも関わらず、こんな痛々しくなるくらい手抜きされた訳が建造を急いだから、というのがいまいちピンとこなかった。
「あーあ、こいつもイカれていやがる。これ大量生産している部品だろ‥‥‥」
『艦長ー、何とか出来ますか?』
ジルが艦内通信用の受話器を使い、状況を確認してくる。
「想像以上だ。だが時間があれば問題ない」
(けどその時間がねぇんだよな~)
『近くに敵基地があるので、そんなに余裕は‥‥‥』
「突貫作業で何とかしてやるよ」
一方でテヴィレ級輸送艦生存者捜索組は既に艦内に入っていた。
「―おーい、だーれかいるなら返事っしてー!」
「いるなら返事してください」
『ラゼルったら、なんかノリ軽いわね』
『普段からこんな感じですよ~』
3体の歩兵型マギラマシン<G-14>の目から光が放たれ、通路を隅々まで照らしていた。彼女らはG-14とペアで3手に分かれて捜索をしている。
『それにしても酷い有り様ね。結構中まで来たはずなのに被弾の跡があるわ』
『テヴィレ級って紙耐久ですからね』
『何でですか?』
『テヴィレ級はレッドテイル傘下の重工業企業<リックスカンパニー>が作った民間用の輸送船だからよ。輸送船に装甲なんて普通しないわよ』
『リックスカンパニーって前に一度倒産したような‥‥‥』
『ええ、元々地球にあったけど倒産してレッドテイルに買収。そして今は火星に本社を構えているわ』
テレパシーで会話をしながら捜索を続けた。しかし、誰か倒れていると思えばどれも死体ばかり。爆発にのまれ、臓腑がこぼれかけているものもいれば、酷いものだと上半身が消し炭になった遺体もあった。
どれもこれもグチャグチャになっているものばかり。数が少なかったのがせめてもの幸いだった。
(うわっ、臭いキッツ! 腐りかけてるじゃん!)
ラゼルはあまりの臭いに鼻をつまんだ。
「誰か居ない? 居るなら返事して」
(あっ、男の人。でも血だらけ。死体か‥‥‥)
G-14のライトは倒れている男を照らし続けた。
「ん? ねぇ、どうし‥‥‥」
「グホッ、ゲホッ、ツッ」
突然倒れていた男が咳き込み、それを死体だと思っていたラゼルは真っ青になった。
「ギィィィアアアーーー!」
彼女の絶叫が艦内に響き渡った。
「ラゼルさん!?」
「ラゼル!?」
それに驚き、2人は慌てて彼女の元へ走り出した。
「あー、待て待て! 俺は生きてるよ。アンデッドにもなってないって!」
「アアアーーー‥‥‥。あっ、え?」
「だから生きてるって! 生存者だよ!」
「えっと‥‥‥すみません」
そこへ2人が駆け付けた。
「ラゼル!」
「無事ですか!?」
「あ~、平気です。大丈夫です」
「彼女が俺を死人だと思ったんだってよ」
「あんた誰?」
「おっと、こりゃ失礼」
顔にしわがあるが、灰色の髪はまだ艶があり、その分若く見える。丸みのある犬の耳と尻尾から獣人族だと分かる。
服装を防弾服からスーツに変えれば、ダンディな男になるだろう。
「俺はニコラス・フィスプ レッドテイル社の傭兵だ。えー」
「ラゼル・エレッタで~す! よろしく!」
「ああ、よろしくな」
「私はヴォーロルルと申します」
「私はネイラータ・ヴィルヘルムよ」
「ロズワントの皇女殿下!? 何でこんなところに‥‥‥」
「生存者を助けに来たのよ。文句あるの?」
「全くない。でも‥‥‥」
ニコラスは腕時計を見て不思議に思った。
「にしても来るのが速くないか? まさか君達はすれ違ったバカでかい戦艦に乗っていて、あの後すぐに追っ掛けてきたのか?」
「ええ、そうよ」
「ありがとう。ところで”ち受けているかの如く、真っ青になる。
「どうかしました? 大丈夫ですか?」
「彼女はシャルカ・レッドテイルの一人娘なんだよ! 彼女に何かあったらマジで消し炭にされる!!」
「それはまずいわね。急いで探さないと‥‥‥」
「あぁ、どうしよう‥‥‥」
ニコラスの顔からだんだん血の気が引き、声は物凄く震えていた。
「生存者ヲ発見シマシタ」
ヴォーロルルと一緒にいたG-14が1人の竜人族の少女を抱えて来た。赤い髪と尻尾と翼。そして深紅の2本の角が特徴的だった。
「気絶シテイルダケデス」
「ふぅ、良かった。でかした!」
ニコラスは大いに喜び、拍手を送った。
「他の生存者は?」
「残リノ部屋ハ捜索完了。生存者ハ2人ダケノ模様」
「そんなにでかい艦じゃないから元々26人しかいなかったとはいえ、助かったのは俺達2人だけか」
「さっ、艦に戻りましょう」
「ところで君達の艦長は?」
「オルハ・ルナ・ゼスルータよ」
「ちなみに副長はジル・カーチェで航海長はオルハ・ルナ・フェルリアだよ」
「何と! オルハ様御姉弟がいらっしゃるとは」
(((様?)))
3人はニコラスがゼスルータらをまるで偉い方のように見ているのを疑問に思った。
─ハイゼルク艦橋─
「戻ったわよ」
「お帰りなさいませ」
「よう、生きてる奴はいたか?」
「あれれ~? 修理はどうしたんですかぁ~?」
「もう直した」
「速すぎでしょ!?」
ラゼルは口に手をあて、大げさに驚いた。
「いや~、これはこれはゼスルータ様。お目にかかれて光栄です」
「貴様、一体誰だ?」
彼はやけに礼儀正しいなと、ニコラスを怪しむ。
「申し遅れました。わたくし、ニコラス・フィスプと申します。我が社長、シャルカ・レッドテイルが大変お世話になったとお伺いしております」
「別にあれはそのつもりじゃなかったんだが‥‥‥」
「お久しぶりです。オルハ・ルナ・フェルリアと申します」
フェルリアは丁寧にお辞儀した。
「いや、こちらこそ」
ニコラスも慌てて頭を下げた。
「あら、その子もしかしてローゼンちゃん?」
「ん? 言われて見れば確かに」
2人はヴォーロルルが抱えている少女と面識があるようだ。
「‥‥‥う~ん。あれ、ここどこ?」
「起きたか? ローゼン」
「る、ルータ兄ちゃん!?」
ローゼンはビックリし、そしていきなり泣き始めた。
「えっ、ちょっ」
ローゼンはヴォーロルルからゼスルータに飛び移り、力強く抱き締めた。その弾みでゼスルータは後ろに倒れてしまう。
「ルータ兄ちゃん怖かったよーーー!」
「待って、首が‥‥‥」
ローゼンのあまりの力強さに、窒息しそうだった。
「フェルリアお姉ちゃんもいますよ」
「怖かったよ‥‥‥ゔわわわぁぁん!」
「ほら泣かない、泣かない。もう大丈夫だから、な」
「ヒグッ、ゔん」
「ねえルータ、何でレッドテイルの娘と仲がいいわけ? それにレッドテイル自身があんたに世話になったってのは?」
一体どういう関係なのかと、ネイラータは彼を問質す。
「今日あのクソタレックに会ったろ」
「いやクソって‥‥‥それで?」
「アイツのいじめにムカついて先生や警察に言ったのに、それぞれのお偉いさんどもにタレックの親父が賄賂渡たして全部揉み消しやがったんだよ」
(てことはまさか‥‥‥)
ここまで来ればなんとなく予想がつく。
「だから腹いせに証拠つかんで、新聞社とタレックの親父が社長やってたリックスカンパニーの株主達にに全部バラしたら呆気なく倒産した」
「うわぁ‥‥‥」
ゼスルータのやり方は彼らの予想以上だった。この一件で親父は逮捕、タレックは中学を中退、母校は最終的に閉鎖したという。
「クズタレックザマァw」
ゼスルータはその時の爽快っぷりを思い出し、悪人のように喜んだ顔を浮かべる。
「そのお陰で我が社はリックスカンパニーを買収することが出来たのですよ」
「それでレッドテイルと仲良くなった」
「そりゃタレックに恨まれるわね‥‥‥」
(それで私は巻き込まれたの!?)
ヴォーロルルはあまりにも信じられない話に、開いた口が塞がらなかった。
「中学か。2ヶ月しか行かなかったな」
「どういうことですか?」
「俺も中退してその後14歳のときに姉と一緒に帝国宇宙軍大学を飛び級で卒業した」
「あれ? 軍は少年兵は禁止しているはずだけど‥‥‥?」
「その法律はとっくに形骸化してるわよ」
「施行したらしたらで、銃や魔法武器が出回るからな。だから政治家も口を出さない。いや、出したら恨みを買って死ぬ」
「どういうわけ?」
疑問を解消したつもりが、更なる疑問を生んだ。
「ネイなら知って‥‥‥。そうか、そうだよな」
「ルータ?」
「いいか。自分の身は自分で守れ。政治家も法律も裁判官も敵だと思え。そいつらは国民よりも金と権力が大好きだからな」
「それはどういう‥‥‥」
彼はかなりの政治嫌いな様子だが、その理由は見えない。
「いずれ分かるだろう」
「実は艦長が軍大学に在籍していた時、私は教官の1人でしたよ」
ジルはその手の話には触れたくないという感情を隠しつつ、話題をそらした。
「そうなんですか!?」
「ええ、そうだったけど」
(なんかすごい食いついてくるね)
ジルにとって、グイグイ迫ってくる反応が少し予想外だった。
「優秀で‥‥‥とんでもない問題児だった‥‥‥」
「その話はやめろ」
「後でじっくり聞かせてください」
「私にも聞かせてちょうだい」
「いや、あまり話せは‥‥‥」
「いいわよね?」
「‥‥‥はい」
ジルは断りたかったが、彼女の圧の前に屈した。
「にしても、道理でこの大戦艦の艦長や航海長になれる訳ね」
「まあな。にしても、もう夕暮れか」
窓を見ると、空は霧越しにオレンジ色に染まっていた。
「私は夕食の準備をしてくるわ」
「私は先にお風呂に入ってきます」
「俺は夜戦の準備をやっておく」
「艦長、まさか、あの基地を1人で潰すつもりで?」
(戦艦6隻相手に突っ込んだ艦長なら)
(ルータならやりかねないわね‥‥‥)
ジルとフェルリアは心配した。ゼスルータが何度も無謀な突撃を敢行し、しかも生還してきたことをよく知っているから尚更だ。
「そんな訳あるかよ! ハイゼルクを使うに決まってんだろ。主砲を撃ちまくれば方はつく。俺たちが来たことを電探で感知していても、この霧じゃあ航行不能だろう」
「それにあの基地を叩けば本国とローズウェルを結ぶことができるわ」
ネイラータはかの基地が戦略的にも重要な攻略目標であると看破する。
「アスナ、姉さんは料理してくるから、航行の方は頼んだぞ」
「了解シマシタ」
「では解散でいいですね、艦長」
「ああ、霧が晴れたら作戦決行だ」
「じゃあ言ってくるわ」
「俺も風呂に。他人の血がベットリ付いちまっし、まだ拭ききれてないからな」
こうしてフェルリアは艦内食堂に、ネイラータ、ヴォーロルル、そしてニコラスは風呂へ向かった。
が‥‥‥
「こりゃあどうなってんだ?」
「さっ、さあ?」
「戦艦の風呂ってのはこうなってるんだな」
「絶対違うだろ」
「居住区画は適当って聞いていたが、これ程とは‥‥‥」
ニコラスとそこに居合わせた使節団の面々は風呂を見て唖然とした。
「ドラム缶風呂ってそりゃないだろ!」
そこにあったのは10個並べられたドラム缶とその上に付けられた蛇口。これがこの艦の“風呂”だった。
風呂がなくとも魔法で清潔にすればいいのでは? と思うかもしれない。しかし過去にそれを試してみたところ、全乗員の、特に潜水艦の水兵は軒並み血流が悪くなってしまった。それを反省し、一部を除いた帝国軍の軍艦には風呂の設置を義務付けられている。
「ちょっと、これどうなってんのよ!」
女風呂でもそれは同じ。とはいえ、ドラム缶風呂はちゃんと風呂はありますよと言い逃れに近いものだった。
「ひ、酷いですね‥‥‥」
ヴォーロルルもこれは雑過ぎないかと引き気味だ。
「風呂があるだけマシですね、うん」
使節団の中で唯一女性であるルイゼはポジティブに捉えようとした。
「もういいわ。とっとと入りましょう」
「わーい、お風呂だー!」
「可愛いね、ローゼンちゃん」
「えへへ」
一方、男湯では、ドラム缶風呂に入りながらは自己紹介をし合っていた。
「俺はニコラス・フィスプ。ついさっき輸送艦から助けられた傭兵だ。よろしくな」
「ええ、こちらこそ。私はレゼルバ・マルクです」
「フォルス・シュトレイだ」
「アイヒル・ジェニーです」
「ルドルフ・ティーゼです。よろしく致します」
「にしても、レッドテイルの方に会うとは‥‥‥」
レゼルバはレッドテイルと聞き、若干恐怖を覚える。
「俺が怖いか?」
「いいえ」
「シャルカ・レッドテイルの娘に何かあったらただじゃ済まないな」
ニコラスはフンッ、と鼻で笑った。
「元五帝将ってのはおっかないもんだ」
「何で海賊王になったんだか‥‥‥」
「俺も元軍人だぞ」
「ロズワントの、ですか?」
アイヒルはまさかと思いつつ、聞いてみる。
「ああ。陸軍の大佐だったが、悪夢を見て嫌になった」
「悪夢とは?」
「嫌なもんだよな。他人から忘れ去られるのは‥‥‥」
「はぁ」
ニコラスの言葉は彼らにはさっぱり理解できない。
「それに必ずしも政府イコール正義じゃないからな」
「というのは?」
「これ以上は勘弁してくれ」
その時、湯の水面が一瞬だけ波紋が走った。
「早いな」
「何がです?」
「もう始まったんだよ。今頃ヴァミラルの基地は火の海かもな」
にっこりと笑顔を浮かべ、ニコラスは風呂から上がった。
「俺はもう食堂に行く。じゃあな」
─ヴァミラル軍ローズウェル方面基地─
静寂だった基地に突然いくつもの爆発音が轟いき、多数の艦艇が木っ端微塵になった。
「―てっ、敵襲ーーー!」
「レーダーに映ってた奴か? どっちだ!?」
濃い霧のせいで偵察機は出せず、彼らは2隻の艦艇が何なのかは詳しく把握出来ていない。
「着弾、命中しました!」
予想より霧が早く晴れたので、ハイゼルクは急遽砲撃を開始する。
「やはり最高だな、50サンチ砲は」
戦前ですら世界各国の艦艇の最大口径は41サンチ程。ハイゼルクの主砲はそれを大きく上回っており、計51門も搭載している。
真横に向けられるものだけでも21門あり、その一斉射をくらえばひとたまりもない。
「火災だ! 火を消せ!」
「航空隊、出撃せよ!」
「駄目です。滑走路がやられました!」
「艦隊の方はどうだ!?」
「そちらも被害甚大、出撃可能な艦艇は僅かです!」
ハイゼルクの奇襲に司令塔内は大慌てだった。
「―第二射、フォイヤー!」
再び放たれる紅蓮の凶弾。その内の主砲一基が放った砲撃が司令塔にもろに命中した。
「―クソッ、俺たちはどうすりゃいいんだ!?」
「アアアーーー!」
被弾箇所が大爆発し、倒れた司令塔が立ち往生していた12人の兵士を下敷きにした。
「こちら巡洋艦ジロンド、指示を乞う」
「‥‥‥」
だが、返答は帰って来ない。
「―敵巡洋艦、4隻発見!」
「主砲二番は敵艦隊へ。それ以外は引き続き敵基地中央を攻撃せよ」
「主砲、フォイヤー!」
3度目の斉射。そのうち三連の紅蓮弾は先頭の艦を一撃で航行不能にまで追い込んだ。
「‥‥‥嘘だろ」
残った3隻も、次々と砲撃を浴びせられ、瞬く間に全滅した。
その間、反撃は行ったものの、傷ひとつ付けられなかった。
「マズい! 穴が空けられた!」
残りの魔弾により、基地のど真ん中にぽっかりと穴が空いた。そこには巨大な黒と紫の4つの水晶体からなる巨大な柱。
これこそがインティフィルであった。
「思った通りだ。主砲旋回!」
「照準よし。魔力注入完了」
「フォイヤ!」
7つの砲塔から放たれた赤い魔弾は、全て一点に向かって直進し、インティフィルに直撃する。
「ああ、まずい‥‥‥」
被弾部がドロドロに融解し、今にも爆発しそうだった。それにインティフィルは常時莫大な魔力を消費している。これが破壊されればどうなるか、予想するのは容易いことだった。
「アア‥‥‥」
叫ぶ暇もなく、基地は島をも覆う大爆発に呑まれる。
「強イ爆風ガ接近中」
「総員、衝撃に備え!」
直後、衝撃波を受け、船体は大きく揺れた。
「核兵器か何かかよ‥‥‥」
「あっけないものでしたね」
「ああ」
2人は広がり続ける火球を見ながら、ただそう感慨にふける。
「直接本国との通信は可能か?」
「魔力波ニヨル妨害消滅。可能トナリマシタ」
「本国へ打電しろ。「我、航路ヲ確保セリ」」
「了解しました」
その時、扉が開き、フェルリアが料理を持って艦橋へ入る。
「ルータにジル副長、夕食ですよ」
「ありがとう、姉さん」
「ありがとうございます」
「翼竜肉入りシチュー。召し上がれ」
白いルーに人参、ブロッコリーなどの野菜に角切りにされた竜の肉がたっぷりと入っていた。2人は早速食べ始める。
「うん、噛みごたえ抜群だな」
「ルーとの相性がいいですね」
「美味しく食べてもらって嬉しいわ」
フェルリアは2人の顔を見て喜んだ。2人はしばらく黙々とシチューを食べ続けた。
「そういえばルータ、ニコラスさんのこと忘れたの?」
「あれ、会ったことあったか?」
ゼスルータは思い当たる節が無く、首を傾げた。
「ほら、シャルカ姉と一緒にいたじゃない」
その言葉にハッ、と思い出す。
「シャルカ姉の護衛として一緒だったな。仕事中で無口だったが」
「歩く核兵器に護衛なんて要ります?」
「言いたいことはよく分かる」
真紅の翼を持つリザードマン、シャルカ・レッドテイルがそう呼ばれている訳は、“初級の火属性魔法ですら、村1つ消し炭にする程の威力を誇る”からである。
普通なら薪を燃やす程度の普通に使えば便利な火魔法でも、彼女の場合、爆裂魔法となり家1つ粉微塵にしてしまう。大魔法クラスだとその異名通り、ちょっとした核兵器並みの破壊力を持つ。オマケに莫大な魔力を持っている為、それをポンポン繰り出せる。
とある司令官が「レッドテイルを敵に回すくらいなら、1000万の大軍を敵にする方がマシだーーー!」と叫んだくらいである。
「けど、味方にすれば姉貴っていう感じで頼りになるわよ」
「味方にできるんですかね」
「帝国軍としては喧嘩売ったから無理だろ」
「確かにそうですね」
ジルは会話に入らず、また震えている。
「もうこんな時間か‥‥‥」
時計を見ると午後9時を過ぎていた。
「ジル、風呂がまだだったよな。先に入ってきていいぞ。その後仮眠でもとってこい」
「ありがとうございます」
「私は食器を洗って来るわね」
「ありがとう、姉さん」
「いいよ、このくらい。じゃあ行くわね」
そして2人は艦橋から出て行った。
「付近ニ敵影ナシ」
「何とかなったか。にしても、今日は色々あったなぁ」
階級昇格に初訓練なのに実戦、でそのまた実戦。ヴォーロルルや皇女ネイラータがついてくるわ久々にニコラスやローゼンに会うわで色んな意味で大変だった。でも、全て始まったばかり。
─翌朝─
「辺り一面海ばかりですね」
ヴォーロルルは艦橋の窓を食い入るように見ている。
「深夜からずっとだ。航路合ってんのかこれ」
「会ってるはずなんだけれど」
「何なら航路外れて別の国にでも行きてーわ」
ゼスルータは愚痴を言いつつ手すりに持たれた。
「何でローズウェルに行きたくないわけ?」
「ああいう国は行きたくない」
(まさか、ね)
思い当たる理由が一つあり、それはあり得なくもない、とネイラータは思った。
「電探ニ感アリ。航空機デス」
「ヴァミラル軍か!?」
「3時の方向です!」
ジルは右を指差した。その先には白い航空機が1個小隊(3機)飛んでいた。
「白いな。少なくともヴァミラルじゃない」
「ローズウェルでしょうか」
「仮にそうだとしたら、様子を見に来たといったところね」
「これは‥‥‥艦艇より通信です」
「繋いでくれ」
ヴォーロルルは言われた通りに通信を繋ぐ。
『こちらローズウェル海軍第一航空戦隊旗艦エンタープライズ。これより先は我らの領海なり。攻撃の意思なくば速やかに反転されたし』
「我が名はネイラータ・ヴィルヘルム。本艦がヴァミラル軍基地を破壊した。貴殿らは我が帝国と通信が出来ているはずだ。我が帝国は貴殿らと国交を結び直したい。入港を許可していただきたい」
これに対しネイラータが名乗り出す。皇女の名を出すことで、話がスムーズに進むと考えたのだ。
『ロズワントの皇女殿下!? 大変失礼致しました』
「で、返事は?」
『司令部に伝えますので‥‥‥』
「待てばいいのね。なら待つわ」
『ご理解いただき感謝します』
テレパシーは一旦切られ、しばらく待つことになる。
「話が早くなりましたね」
「結局行くのかよ‥‥‥」
ゼスルータはあからさまに不機嫌な表情を出す。
「艦長、何でそんなに嫌なんですか?」
「嫌いなものは嫌いだ」
「何故ですか?」
ゼスルータは答える変わりに、ジルにただこう忠告した。
「こういう国で下手に動くな。その身を持って思い知る羽目になるぞ」
「私船番担当なんですけど」
「あー、そうだったな」
『こちらエンタープライズ。貴殿らの入港を許可するとのこと。本艦に同行してもらいたい』
「‥‥‥」
しかし、彼は黙ったままだった。
「艦長!」
「ああもう分かったよ! こちら戦艦ハイゼルク。了解した、貴艦に同行する」
こうして、ハイゼルクとエンタープライズは合流した。
「あの空母、一体何であんな形をしているのかしら」
「知らん」
エンタープライズの姿は、白い葉巻型船体の艦に三段の飛行甲板をのっけた、正面から見るとあまりにも縦長で、横から見ると台形の形をしたおかしな空母だった。
「まもなく入港します」
「進路そのまま」
「了解」
そして2隻の艦は、それぞれドックに入港する。
「さあ、降りるわよ。ルータも来なさい」
「何でまた‥‥‥」
ゼスルータはこのままハイゼルクに留まるつもりだった様だ。
「私は勝手について来たから自己責任だけど、使節団のみんなはそうはいかないわ」
「ネイに何かあっても大変なのだが‥‥‥」
「とにかく、ラゼルだけでも心配ないかも知れないけど、念のために一緒に来なさい。いいわね」
「分かりました」
ゼスルータは嫌々そうに返事した。
第四話・終
―閑話 「ゼスルータの航海日誌 其の一」―
初めまして、読者の皆様。俺は元ロズワント帝国宇宙軍中将、オルハ・ルナ・ゼスルータ。知っている者の方が多いだろう。
まず最初に、この日誌は魔導歴1925年から仕事の合間を縫って書いた、後世に事実を残す為に書いた殴り書きだ。故に検閲なぞさせるつもりはない。断固拒否だ。
「其の一」では、1921年から1924年8月19日までについてまとめておく。今思えば、20日からは俺にとって転換点だった。彼と戦友になれたことがそれだ。
最初に俺のことを知っている者が多いだろうと書いたが、その大半には一点だけ騙してきたことがある。自身を「精霊族」と偽ってきたが、実は「エルフ族」だ。
第二メルギア航空戦隊の部下全員にもそう騙してきた。だから土星沖海戦後は髪と目の色を元に戻した。髪の長さに関しては、毎日切るのをやめただけだ。レニムの変な薬のせいで伸びる速さが異常になっていたが、ある一定以上には長くならないと気付いたからやめた。
話がそれたな。何故種族を偽った? 皆が疑問に、しかし理由もすぐに察し、そして復讐に燃える理由。そう、エルフは、いやそれどころか魔族は金になる。エルフなら特に金色の髪とサファイアの目は特に価値が高い。
同じエルフ族の帝国宇宙軍軍令部総長、レオナ・フォン・ハイドリヒ閣下も、瞳の色こそ翡翠色だが、過去に凄惨な被害に遭われたようで、人間族の殲滅を本気で考えるのも無理はない。
だが俺はあの女が大っ嫌いだ! その為なら魔族すら平気で犠牲にする。おまけに秘密主義ときた。シルキアの軍事基地も、目的を知った時激怒したな。「この破滅主義者め!」と。
とはいえ、人間嫌いなのには変わりなく、ハイゼルクの機関損傷でローズウェル王国に行く羽目になった時、本国に帰ったらローズウェルとの開戦を進言しようかとも考えた。
それぐらい嫌いな国だ。末妹を殺した国だからなおさらだ。いずれ燃やしてやる、覚えていろと思っていたからな。
でも考えが変わった。濡れ衣で軍を辞めさせられた今なら言える。魔族でもクズは殺すべきだと!! 種族は関係ない。良い奴は人間族の中にもいたよ。彼がそうだ。
しかし人間族を国ごと滅ぼすのはやらざるを得ない。でなければ宙軍によるクーデターだ。姉もルルもネイラータも殺される。だから政治も民主主義も大っ嫌いだ! ああなるまで政治家というカス共は腐敗し続けたのだからな。
「命には価値がある。金になるからな」 あの時政治家共に言った自身の言葉が、我々魔族にとっての現実だった。では今は? 分からないな。もう誰も彼もみんな狂うしかない。
だが、醜く抗おう。俺は不死身だからいい。姉も天然だが簡単に殺される様な弱者ではない。ネイラータもそうだ。
でもヴォーロルルだけは守り切る。レニムにはニコラスという護衛がいるし、ローゼンも手を出せば姐貴が黙っていない。しかし、ルルに頼れる奴がいるとは聞いていない。約束したんだ。それを果たすまで、いや果たした後でも、見捨てたりはしない。
最後まで悪足搔きしてやるさ。帝国の闇落ちはどうしようもないだろうがな!!
お久しぶりです。思ったよりも早く第四話が完成して安堵しているルティカです。
といっても、いつもより字数は少なめですからね。なので「ゼスルータの航海日誌」を新たに書いてみました。伏線として重要な情報もありますが、これだけでもロズワント帝国がある爆弾を抱えていることが垣間見れるかと思います。
アクトン卿の「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する」という言葉があります。ロズワント帝国の大帝ロベルト・ヴィルヘルムは立憲君主制故にお飾りではあるのですが、問題は帝国の政治家の大半が腐りに腐ってしまったことのようです。
腐敗しない政治・組織は絶対に存在しえないということでしょうか。
それでもなお、投票なりデモなりとそれを正す術はありますし、権力に酔いしれる者はだいたい破滅したり、酷い目にあうということは歴史を学べばいくらでも出てくるでしょう。
話がそれましたが、彼の航海日誌の書きぶりからして、ゼスルータはよくものを言う性格をしていると感じられるでしょう。ド直球で言うどころか、噛みついているのでもはや狂犬ですが。
そんな狂犬とソフィアですが、どう考えても互いにとって天敵となるのは間違いありません。それを本作の見所のひとつにしていきたいと考えています。
それではまた、次話でお会いしましょう。