第三話・宇宙戦艦ハイゼルク
前回のあらすじ
魔導が発達し、宇宙を渡る術を持った地球において、欧州に覇を唱えるロズワント帝国。
その中の小さな村シルキアに住む主人公オルハ・ルナ・ゼスルータは、若いながらも軍務に就き職務を全うしていた。
しかし、その日常は一瞬にして崩壊し、それがきっかけとなりヴァミラルなる未知の星間国家と地球は戦争状態に突入した。遂に帝国は本土決戦へ突入するが、ヴィーン要塞にてヴァミラルの攻勢を辛くも撃退。
その直後、親衛隊長官のシュミル・ゼハルドと姉のフェルリアと共に、ロズワント城へ召喚されたのであった。
―帝都エルランゲン ロズワント城中庭―
「久し振りだな、ゼハルド」
金髪の青年の様な若い見た目の割に、半ばおっさんのような声をかけてきたのは、大帝ロベルト・ヴィルヘルム。
この国の大皇帝であるが、ロズワント帝国自体が立憲君主制国家であるので権限はそう多くない。
しかし、儀礼的ながら五帝将を始めとした上級将校の任命権と、万が一閣僚の半数以上が死亡した場合の臨時での指名権は保持している。
「お久しぶりです。大帝陛下」
当然、五帝将の1人、シュミル・ゼハルドは頭を下げた。
「それと、2人は初めまして、だな」
目線を向けられた2人は敬礼し、大声ですぐに官姓名を答えた。
「自分は帝国軍宙軍所属、メルギア兵少将のオルハ・ルナ・ゼスルータであります!」
「同じく、少佐のオルハ・ルナ・フェルリアであります!」
2人は戦場でもしたことがないくらいとても緊張していた。2人は、彼はただ者ではないと直感した。それに気付いたロベルトは優しく声をかけた。
「そんなに緊張しなくても良い。気軽にしてくれ」
2人は少しばかり深呼吸をし、心を落ち着かせる。
「で、今回は4人で何について話すのでありますか?」
ゼスルータは直球で質問を投げかける。
「いや、今回は娘も来ている。君達に会いたいそうだ」
二人は内心(えっ!?)と驚いた。ただでさえ大帝陛下が目の前にいるのに、その娘とも会うと聞いて、2人はまた緊張した。
そこへ、1人の黒いドレスを着た、紫が基調でありながら、金髪混じりの艶やかな紫のツインテールに、赤いバラの様な瞳の少女がさっそうと現れた。
「初めまして。私はネイラータ・ヴィルヘルムと申します。以後お見知りおきを」
そしてお辞儀をし、顔を上げ、ゼスルータの顔を見た瞬間、ネイラータは一瞬固まった。それに気付かずにゼスルータはその言葉に自分を落ち着かせてから挨拶を述べた。
「小官はオルハ・ルナ・ゼスルータと申します。皇女殿下にお会いできて光栄であります」
「私はオルハ・ルナ・フェルリアと申します。お会いできて光栄です」
しかし、その2人の言葉はネイラータの耳には入らなかった。顔を赤くし、ずっと自分を見つめたままの皇女をゼスルータは心配し、声をかけた。
「どうかされましたか? 私の顔に何か付いていますか?」
「い、いえ。何でもありませんわ」
「そうですか。なら良かったです」
((いや良かねーだろ!))
その返事に対し、察したゼハルドとロベルトはグッとこらえた。
「ルータ君、君は気付いていないのかね?」
上官は慌てて聞き、ゼスルータはその言葉にハッとなる。
「あっ!」
何かを思い出したように言葉を発した。
(やっと気が付いたか)
が、大帝の期待は裏切られた。
「やっぱりメルギアを着たままでは失礼ですよね。すぐに軍服に着替えて来てもよろしいでしょうか?」
ゼハルドは的外れな発言に呆れ返った。
「そうではなくてだな~」
「黙りなさい!」
次の瞬間、彼に上からは落雷、下からは炎が同時に襲いかかった。ゼハルドは叫ぶ暇もなく、黒焦げにされる。
「これからはこの件に関しては首を突っ込まないこと。いいわね」
「‥‥‥はい」
呆然としたまま、そう答える他ない。
一方で、少将と同じくこれに気付いていないフェルリアはこう感心した。
「皇女殿下は雷と火属性の魔法を同時に使えるのですか?」
「光と闇以外の魔法なら使いこなせるわ」
「本当ですか!? 流石は皇女殿下です」
「まあね」
彼女はまんざらでもない風に答えた。
「とりあえず席に座ろう。話はそれからだ」
ロベルトは、ゼスルータのことを腹立たしく思いながら、全員を席に向かわせた。
「じゃあ私はゼスルータさんの隣ね!」
ネイラータは嬉しそうに先手を打つ。
「いや、ネイはゼハルドの隣だ」
「お父様!」
「あの~、ところで‥‥‥」
そこへ2人の間で言い争いが起きると思ったゼスルータが話に割り込んだ。
「閣下を放っておくのはどうかと愚考するのですが‥‥‥」
3人は黒焦げになったままのゼハルドの方を向く。
「あー、どうしまょう?」
「私は回復魔法を使えますが」
「では頼む」
「承知しました。―キュア」
フェルリアが呪文を唱え、緑色の光がゼハルドを包み込んだ。すると、ゼハルドは元通りの姿になる。
「フェルリア君ありがとう」
「どういたしまして」
5人は席についた。
「さて、本題に入る」
ゼハルドの言葉に2人とも姿勢を正した。
「まずは昇進おめでとう」
「「はい!?」」
初耳だったので思わず口を滑らした。
「そのままの意味だ。ゼスルータ君は中将に、フェルリア君は中佐に昇進だ」
「いきなりですね」
「人生そういうものだ、フェルリア君。それともうひとつ」
ゼハルドは少し間をおき、状況をまとめた。
「君達は知っての通り、今世界、いや太陽系各国は分断され、滅びの危機に瀕している。そこでだ」
言葉を繋ぐ様に、ロベルトは満を持して命令を下した。
「ゼスルータとフェルリア2人には、再び各国を繋ぐ架け橋となって欲しい!」
「単独講話はしないのでありますか?」
彼の言う通り、こちらの軍事力をちらつかせてヴァミラルと和平条約を結ぶのも一つの手であった。
(こいつはヴァミラルのことを恨んでいないのか?)
2人の故郷がどうなったかはもはや誰もが知っている。しかし、それを聞くのは無粋だと思いとどまる。
「今単独講話をすれば、ヴァミラルに協力させられ、他の国を敵に回すだろう。多数の国をな」
「理由は分かりました。それでどの様にするのですか?」
フェルリアはすぐに質問した。
「君達2人には最新鋭艦を授けよう。その戦艦はまず作戦に関する極秘文書と使節団を乗せる。目的地は同盟国である大扶桑帝国だ。扶桑は確かに強国であるが、如何せん数が、特に軍艦の数が少なく、計画発動時には列島をカバーし切れなくなるだろう。だから先に念入りな打ち合わせを行う。その後出来うる限りの増援を派遣し、今やヴァミラルの地球侵攻の一大拠点となったガンダーラ帝国を挟撃する。同時にそれを妨害している装置<インティフィル>の破壊も行う。そうすれば、世界各国との国交を回復できる。名付けて、<A号計画>だ。管轄は月面司令部直轄だ。その方が何かと都合がいいからな」
インティフィルとは、ヴァミラル軍が使う魔力波と魔力線を完全に遮断し、ワープやテレパシーを封じる目に見えない結界を広げる大型魔導機械。そしてインティフィルが展開した結界を越えてのワープは出来ず、またその近くでも、魔力線や魔力波は妨害される。
従って、広い洋上か直上でもなければ、月からでも通信が不可能な事が多いのが現状だ。
「それと、艦隊と部隊は後で送る。それまでの間、旗艦の艦長は君だ。準備が整い次第、艦隊司令官になってもらう」
「ひとつ質問してよろしいでしょうか?」
「何だ? 言ってみろ」
「何故私の階級は昇進するのですか?」
「嫌なのか?」
「嫌です!」
この国の内政と軍事は大帝が議会に一任し、そして関与しない。外交に関しても、条約を締結するには議会の承認が必要である。
ただ軍の人事については、大帝は叙勲を執り行う権限を持つので、今回はそれを根拠に彼を昇進させようという目論見である。
その場の空気が一瞬にして凍てついた。大帝陛下からの申し出を断ったのであるから、当たり前である。
「そんなに嫌か?」
「嫌です。上の奴らとはあまり関わりたくありません。特に軍令部などもっての外! 命がいくつあっても足りません」
「だが君には艦隊を率いてもらう。君は絶望的な状況でも赫赫した戦果を挙げてきたからな。戦艦だけでも27隻沈めた。なんなら大将になっても不思議ではないのだぞ」
「‥‥‥承知しました」
「異論は認めないぞ」という気迫を前に結局押し切られ、渋々昇進と任務を受け入れた。
「でも何で私達2人が選ばれたのですか?」
彼女は疑問に思った事を何の躊躇いもなく質問した。
「ゼスルータ君は魔導機械の天才児だ。もし船が大破してもドックなしで君と資材だけで直せるだろう。それに数多の暗殺者を返り討ちにしたりと、色々な才能を持ち合わせているからな」
「後者の才能は、この任務にいるのでありますか?」
前線なら抹殺される心配もないはずだ。と信じたい。
「もしもの為だ。なんなら、道中悪事を働くヴァミラル以外の悪党どもを叩き潰してもいい。それと、フェルリアの役目は艦の航海長と彼の心を支えることだ」
「もうひとつ質問してもよろしいでしょうか?」
「乗組員の数は何人くらいですか?」
「使節団を除けば、君達2人と船番担当の副長に数名のマギラマシンの歩兵型護衛だけだ」
「それはどういうことでありますか? あまりにも人数が少ないのでは?」
「艦を見れば分かる」
その質問には、たった一言そう言うだけだった。
「でも、何でゼハルド閣下も呼んだのですか? この話にはそれ程関係ないのでは?」
それに答えたのはネイラータであった。
「最新鋭艦は2隻建造したのよ。1隻は君達2人に、もう1隻は親衛隊艦隊旗艦となるから、ゼハルドも呼んだのよ」
「で、いつ就役するのでありますか?」
「今日よ」
「はい!?」
「だから今日よ、今から全員で、その最新鋭艦を見に行くのよ」
「本当ですか!?」
ゼスルータが張り切って聞いたその時‥‥‥
「大変です! すぐにお逃げください!」
1人の衛兵が彼らの元へ駆けつけた。
「何事だ?」
ロベルトは衛兵に対し慌てずに事情を聞いた。
「侵入者です! 侵入者が城内に入ってきました!」
この報告に陛下は激昂した。
「何をやっているんだ! 城を守るのが貴様らの役目だろ!」
衛兵は恐る恐る弁明した。
「しかし、侵入者は人質をとっておりまして‥‥‥」
「人質だと?」
「はい、それで手も足も出せず‥‥‥」
そこへ侵入者一行が来た。大半は銃を持った男達。その中に捕まるときに抵抗したのか破れたり汚れたりした服を着た、首輪と手錠を付けられた、黒い髪の人質らしき少女がいた。
(あの少女どこかで‥‥‥?)
ゼスルータは人質にされている少女に見覚えがあった。しかし、思い出そうとすると変に頭が痛くなった。
「皇女はどこだ! 出てこい!」
「何でアイツが出てくるんだよ」
侵入者達のリーダー的人物を見て、ゼスルータは困り果てた。
「よう! 久しぶりだな、"クズ"ルータ!」
そう呼ばれた彼は「誰のこと?」とばかり後ろを見回した。
「てめぇのことだよ! ゼスルータ!」
「ああ、そうでしたか。自分をそういう風に名乗ったことがないので、てっきり他の誰かさんのことかと」
ゼスルータは侵入者のリーダーを小バカにするように薄ら笑いを浮かべる。リーダーは何も言い返せず、ぶちギレた。
「ルータ君。彼らとは知り合いなのか?」
「侵入者のリーダーとは中学校のクラスメイトでした。タレックという奴です」
それから、ボソッと付け加えるように呟いた。
「馬鹿ですけど‥‥‥」
「何か言ったか?」
馬鹿は聞き逃さなかった。
「貴様を馬鹿と言いましたが、何か?」
「この野郎!」
そこへ話を終わらせようと、ネイラータが彼らの前に立ち塞がった。
「で、何のご用かしら」
ネイラータが自分を探していた侵入者達に聞いた。
「そうだったな」
タレックは間を置いて、ふざけたことを言った。
「俺様と付き合え!」
「はあ? 冗談じゃないわ! 死んでもゴメンよ」
「じゃあコイツがどうなってもいいんだな?」
タレックは、人質を捕らえている複数の男達に目配せをした。すると何人かの男は少女に銃を突き付けた。
「はぁ~」
ゼスルータは呆れた顔でため息をついた。
「何か文句でもあるのか?」
「お前さ、付き合うの意味は分かんねえけど、皇女殿下と付き合えって、自分で見栄張って豪語したことを、ギャンブルか何かで負けてやらされているんだろ?」
「なっ、何を!」
(((図星だな)))
そう誰もが思った。しかし、馬鹿達はこのまま引き下がるつもりはない様子だ。
「だがな、付き合わないなら人質は死ぬぞ」
「どうせ殺る気はねえだろ」
「ルータ君、何故そう言える?」
人質の死を恐れたゼハルドの問いに、彼は淡々と答えた。
「仮に、タレック達が今人質を殺したとしましょう。さすれば、周りに待機している衛兵達に1人残らず銃殺されることは、火を見るより明らかですから。度胸のない彼らが、そんな愚行が出来ないのは百も承知です」
実際、多くの衛兵らは彼らに銃口を向け、また周りに被害が出ないよう結界が張られていた。
「あっ、なるほど。ルータは賢いね!」
「姉さん、そのくらい気付いてくれ」
ゼスルータは姉に対しても呆れ果てた。人質が殺される心配はなくても、こちら側がすぐには手を出せないことに変わりはない。
「おい! さったと皇女を差し出せ!」
しかし、誰も動けなかった。そしてタレックは‥‥‥
「そのつもりなら」
自分が持つ銃をゼハルドに向け、引き金を引いた。放たれた弾丸は腹部を貫いた。
「うぐっ」
ゼハルドは被弾した右腹を抑え、膝をついた。
「「ゼハルド!」」
「「「ゼハルド閣下!」」」
これには全員が狼狽えた。帝国軍最強の戦士、五帝将が傷を負わされたという衝撃度は計り知れない程大きいものであった。
「ゼハルド閣下」
だが彼だけは、狼狽えなかった。
「あなたは人質を捕られると極端に弱くなりますね。皇族と国民を守る親衛隊の長官なら、逆にこういった状況に対処するようにできなければいけないのでは?」
「ちょっとゼスルータ! じゃああなたはこの状況を解決できるの?」
ネイラータは半分怒りのこもった声で問う。
「ご安心ください。皇女殿下」
ゼスルータはにこやかな笑顔で答えた。
「私は過去に人質を捕られたことがあるので、対策は万全にしてあります」
「対策だあ? 本当はできないんだろ」
「それはどうかな?」
すると突然、敵の背後から数本の黒い槍が飛来し心臓を穿った。当然即死し、そして生き残りが狼狽える瞬間を逃がさなかった。
「冥焔!」
「えっ!?」
人質の少女は紫の炎に包まれ、塵ひとつなく消えてしまった。
「おいゼスルータ! 何故人質まで殺した!?」
ロベルトは激怒したが、彼は平然としていた。
「大帝陛下、一体誰が人質まで殺したと言いましたか?」
「はあ?」
「まあ見ていてください」
ゼスルータは振り返り、指先で円を描き、魔力で空間に円を描いた。それは魔法陣になり、人質にされていた少女が飛び出してきた。しかし、その姿にはもう首輪や手錠はなかった。
「わあっ!」
「ちょっ、いきなり!?」
少女はネイラータに向かって飛び、目の前で立ち止まって抱き付いてしまった。少女は一瞬驚き、慌てて謝る。
「ゴゴゴごめんなさい!」
「大丈夫? 無事ならそれでいいわ」
しかし、ネイラータは優しく抱きしめ、少女の頭を撫でた。
「ありがとうございます」
少女は涙ながら礼を言った。
「さて、そこの残党ども!」
手をゴキッ、ゴキッ、と鳴らしながら、タレック達に近付いて来た。帝国側に枷はなくなった。
「今からお前らを血祭りにあげてやるよ」
飛行時のバランスを考え、背骨と平行になるように着けた、縦半分だけなくなった鞘に収まっている太刀を掴もうとした。がその時、ひとつ忠告をされた。
「ゼスルータ中将、この子にあまり残酷な光景は見せないように」
そう皇女に注意された。素直に聞き入れ、太刀から手を離す。
「なら‥‥‥衛兵達は手を出すなよ。銃は使えないからな」
「ナメやがって!」
タレックの怒りは頂点に達していた。
「油断してるとでも? むしろ君達を殺せる千載一遇の機会を得られて喜んでいるよ」
その笑みにゾッ、と背筋が凍るが、それを押さえつける様に怒りで染めた。
「殺っちまえ!」
銃声と共に、おびただしい数の弾丸がゼスルータに襲いかかった。
「キャーーー!」
しかし、弾丸は全てゼスルータに当たらず、彼の周りを回った。
「夢でも見てんのか!?」
撃つのを止めたタレック達は、この光景を凝視した。
「グラビティル。重力で弾丸を操るなど造作もない」
余裕の笑みを浮かべたゼスルータ。しかし、タレック達には切り札があった。
「調子に乗るなー!」
タレックはある魔水晶を握る。するとタレックは、肌は灰色になり、達まちの内に一気に3mまで巨大化した。
「死ね!」
タレックは両手を組み、ゼスルータを叩き潰そうとしたのだが、あっさりと返り討ちにされた。
「くだらん」
彼は踏ん張らずにアッパーカートを繰り出した。タレックの両手は弾き返された。
「さて、次は」
ゼスルータはタレックが怯んでいる内に、残りの侵入者達を次々と殴り回る。
「がはっ!」
「は、速い!」
「クソッ、どこだ!?」
ゼスルータは敵が目を付けられない隙に、1人の頭を掴む。
「さようなら」
そして地面に叩き付けた。それは頭が地面にめり込む程であった。
「てめぇ!」
ある男はその隙を捉え、ゼスルータに銃口を向ける。
「あれ? いない」
そこに彼の姿はなかった。
「遅い!」
ゼスルータはその男に、斜め下に踵落としをくらわせた。
「あとは4人、余裕だな」
そこにゼハルドが4人の内3人を文字通り氷付けにした。当然3人は身動きがとれなくなった。
「後は任せた。人質を助けられず申し訳ない」
「これだけでも十分ですよ。閣下」
「よそ見をするな!」
巨大化タレックが右ストレートをくらわせようとした。だがゼスルータは冷酷な声で一蹴した。
「だから、遅えよ」
彼は一瞬にしてタレックの懐まで飛び、左ストレートを腹に叩き込む。
「ゔッ‥‥‥」
タレックは気絶し、仰向けに倒れた。
「さてと」
かっこよく着地し、すかさず命令を下した。
「今の内にコイツらを拘束しとけ!」
「はっ、はい!」
手が出せなかった衛兵達が侵入者達を拘束した。
「君、怪我はないか? 怖い思いをさせてごめんな」
ゼスルータは少女に駆け寄り、優しく声をかけた。
「あっ、あの!」
その場にいた全員は礼を言うと思った。だが少女の口から出た言葉は思いがけない言葉だった。
「私にと付き合ってください!」
「「「‥‥‥ええーーー!?」」」
少女とゼスルータとフェルリア以外は驚愕した。しかし、意味を理解していないゼスルータはキョトンとした。
「付き合って、ってどういう‥‥‥?」
「お前な‥‥‥」
ロベルトは拳を握りしめ、怒りを露わにした。
「恋心ぐらい(いろんな意味で)理解しろーーー!」
そしてゼスルータの顔面を思い切り殴りつけた。ぶっ飛ばされたゼスルータは中庭の壁にめり込んでしまう。
「おっ、お父様! いくら何でもやり過ぎよ!」
「大帝陛下! ご無事ですか!?」
そこへいきなり軍服を着たいかつい男が現れた。
「ウルバルト、来ていたのか?」
「はい! こっそり影で見ていました!」
「あなた五帝将でしょう。すぐに出てきなさいよ!」
「スミマセン、ゼハルドがやられて驚いたもので」
リルド・ウルバルト。彼は狼男で、五帝将の一人。片手斧と土属性の魔法を使うが帝国軍内では悪い意味で有名である。ヴァミラルとのファーストコンタクトをする計画を酒に酔ってメディアに話してしてしまったのも彼である。
「なら、いっそのこと出てくるな!」
ゼハルドは担架に運ばれながら怒鳴った。
「だったらやられないでくださいよ~、俺より強いのに‥‥‥」
「ッ、痛え‥‥‥」
顔面にストレートを喰らったゼスルータは、やっとこさ壁から這い出る。
「ゼスルータ! 大丈夫なの!?」
「平気です。皇女殿下」
心配された彼は笑顔を作り、皆のところへ駆け寄った。
「閣下、後のことは任せてください。ですから、今は傷を治すことだけを考えてください」
1人の衛兵がゼハルドを安心させるために言った。
「ああ分かった。頼んだぞ」
「お任せください!」
こうして、ゼハルドは担架で運ばれた。
「私はオルハ・ルナ・ゼスルータです。で、あなたは誰ですか?」
「俺の名前はリルド・ウルバルト、帝国軍五帝将の一人だ!」
どこか偉そうにドヤ顔を決めた。
「ああ、ロウェル姉が変態クソ野郎と言っていたあの」
「そうそう、って誰が変態だ!」
「貴様のことだろうが」
ロベルトは叱責した。彼は無類のセクハラ好きとして知られている。
「それはさておき、いま思い出したのですが‥‥‥」
「何かしら?」
ゼスルータは期待を込めた眼差しでネイラータに問う。
「艦の船員になる人は、当然男もいますよね」
「いいえ、女ばかりよ」
その顔はこの世の終わりが来たとでも言わんばかりで、同時にウルバルトを「お前のせいだ」とばかり睨み付けた。
「ところで、何で宙軍は女の方ばかりなの?」
「姉さんは知らなくていい」
帝国軍の男女比はほぼ1対1なのが有名だが、陸軍は大半が男で、逆に宙軍は女ばかりである。
理由は、ウルバルトを中心とする陸軍の上官達のセクハラ癖で、ウルバルト達がセクハラをするごとに、ロウェルが止めさせていた。しかし、その都度逆ギレし、遂には陸軍と宙軍の対立までに、更に彼のある失言がきっかけで一時内乱状態にまで発展した。
結果、陸軍は男ばかりで宙軍は女ばかりになってしまい、他のところはこれを見て呆れ果てている。
「まあまあ、気にするなよ。イケメンなら陸軍にいっぱいいるぜ!」
ウルバルトはゼスルータにこうフォローした。‥‥‥つもりだった。
「はあ?」
彼はこの言葉に突っかかった。
「失礼ですが、閣下は私のことを女と見ているのですか?」
「そうだろう?」
これは中将の逆鱗に触れた。姉のフェルリアとの違いは、胸は平たく(当然だが)身長が167センチと18歳にしては低く、顔の輪郭と、姉と同じ長さの色の髪をゴムで束ねているかの違いだけで、他はほとんど一緒である。初めて2人を見る人なら、彼らを"姉弟"ではなく"姉妹"と勘違いするかも知れない。
だが今まで本当は女じゃねーの? と陸軍将校などから馬鹿にされてきたので(その都度拳でお返しをした)、今の発言は、彼にとってはただ侮辱されたとしか受け取れなかった。
「ねえルータ、落ち着こう! ね!!」
しかし、彼は姉の言葉に耳を貸さなかった。
「具現化!」
ゼスルータは具現化の魔法でゴツく、真っ黒なハンマーを編み出した。
「チョチョ、ちょっとまて! って、ギィアアアーーー!」
変態はハンマーで殴り飛ばされ、壁を打ち破った。
「ゼスルータ! 仮にも上官を叩き飛ばすでない!」
ロベルトは咜りつけたが、彼は冷静に反論した。
「大帝陛下、我が帝国軍の軍法の中には、「セクハラをした上官は殴ってよい」とありますが?」
実はこの軍法を提案したのはゼハルドで、理由は至極単純ウルバルトのセクハラ癖が酷すぎるからだ。結果は、陸軍と宙軍が更に対立する様になってしまったが。
「ルータ、だからってハンマーはやり過ぎよ‥‥‥」
「姉さん、別にいいだろ。あの野郎ゼハルド閣下に1ヶ月半氷付けにされても自分のセクハラ癖を反省しなかったって聞くぐらいだし」
「嘘でしょ‥‥‥」
「本当ですが?」
吹っ飛ばされたウルバルトはピクリとも動かなかった。しかし、周りはそんな彼を捨て置く。
「まだ君の名前を聞いてなかったわね。私の名前はネイラータ・ヴィルヘルム。あなたの名前は?」
少女の方に向いて尋ねた。
「そういえば聞いていなかったわ」
「名前は何ていうの? 種族は?」
「私は水の精霊族です。ヴォーロルルといいます」
「ヴォーロルルね。じゃあ気軽にルルって呼ぶけどいい? あと私はオルハ・ルナ・フェルリア。フェルリアでいいから」
「はい! 分かりました、フェルリアさん」
「俺はオルハ・ルナ・ゼスルータ。よろしくな、ルル」
「はい! ルータさん」
ヴォーロルルは笑顔を浮かべた。そしていきなり彼に抱き付いた。
「!? いきなりどうした?」
「私ルータさんのこと好きですから」
「そんなにか?」
疑問を抱きつつも、優しく彼女の頭を撫でた。
「そんなにです!」
(ホント仲が良くて羨ましいわ‥‥‥)
ネイラータは少し不機嫌な様子だった。
「皇女殿下、機嫌が悪いようですが」
「気にしないで!」
それを不思議に思ったゼスルータ。当然のごとく陛下は注意した。
「だから、女の恋心ぐらい理解しろ」
「だから何ですか、女の恋心というのは?」
そうこう言い合っている内に、彼らの背後から女性がロベルトを呼ぶ声がした。
「あなた、これはどういうことですか!」
「ネレス! いつの間に」
「そんなことより、これはどういうことか聞いているのよ!」
女性の名は、ネレス・ヴィルヘルム。ロベルトの妻、つまり皇后であり、娘と同じ紫色のロングヘアーと金色の瞳が特徴で、しっかり者のよき妻である。
「侵入者が入ったと聞きましたが、あなた、ちゃんとそいつらを捕らえたんでしょうね!?」
「ああ、ちゃんと部下が全員倒して‥‥‥」
「誰が倒したのですか?」
「小官であります」
「誰だ? 名を名乗れ」
「本日帝国軍宙軍中将になりました、オルハ・ルナ・ゼスルータであります」
「ほう、お前がか‥‥‥」
彼は値踏みする様に見つめられ、緊張で固まってしまった。
「ふふ、いい男だな。ロウェルがお前のことをよく話すのも分かるな」
「ロウェ、いやロウェル閣下をご存じで!」
「当然、彼女とは旧知の仲でな」
「話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「それよりもお前には、すべきことがあるだろう?」
ネレスはヴォーロルルの方をむいた。
「あっ、服は‥‥‥どうしよ?」
タレック達に捕まった時に抵抗したのか、彼女の服はボロボロだった。
「ネイ、着れなくなった服の中から、彼女に合うものをあげなさい。それと全員風呂へ入ってから集合ね。ついでに彼女にも例の最新鋭艦を見せておやり」
「分かりました、お母様」
「私達も‥‥‥ですか?」
ゼスルータは唐突に聞いた。
「もちろんよ。あなた達の準備はこちら側で先に済まして置くから、安心しなさい」
「了解しました。皇女殿下、風呂場はどこですか?」
「私が案内するわ。ついてきて」
一同は中庭を後にし、城内の風呂場へと向かった。
「なかなかいい男ね」
「はあ~あ」
その言葉に対し、ロベルトは重いため息をついた。
「あら、あなたどうしたの?」
「‥‥‥娘が惚れたんだよ」
「彼に?」
「そうだよ」
「別にいいんじゃない?」
「そうか? あいつ本性はかなり危険だと聞いたが‥‥‥」
「口調は悪くても、根はいい男よ」
「だといいんだが」
2人はネイラータを微笑ましく見守った。
一方、風呂場では‥‥‥。
「はあ~、こんなに広いお風呂は始めてです~」
「私も、こんな贅沢なお風呂は初めて~」
「満足してくれて何よりだわ」
女子3人は広々としたロズワント城の女湯で、湯に浸かっていた。
「ところで、ゼスルータさんは? 1人なんですか?」
ヴォ―ロルルの不意打ちに2人は顔を赤らめた。
「当たり前よ! まさか混浴でもしたいの?」
「そっ、そうじゃありません!」
「本当に~?」
「本当です!」
「にしても、何でなのかな~?」
フェルリアが思い出したように呟いた。
「ん? 何のことかしら?」
「ルータが皇女殿下から雷属性の魔力を魔分けてくれって話」
「あれね。一体何なのかしら?」
「ゼスルータさんは雷でも落とす気でしょうか?」
「弟はそんなことしないわよ」
「まっ、やってもお父様に叱られるだけだし」
「じゃあ何なのでしょうか?」
今噂されているゼスルータは当然男湯にいた。
「くしゅっ!」
(おかしいな、風邪気味か?)
風呂に入っているのに、と疑問に思ったが、彼の頭には別の疑問があった。
(今日就役する最新鋭戦艦は一体どこにある? それにその戦艦ってまさか‥‥‥)
新鋭艦がどんなものか想像したが、これはこのあとすぐに分かることだと割り切った。
「考えても仕方ない、か」
(にしても、あれに引っ掛かる奴はいるのか?)
むしろそちらの方が気がかりだった。
「もういい、上がるか」
タオルで体を拭き、下着と用意された軍服を着ようとした。が、その軍服は普通のとは違うものだった。
「これ半袖、しかも腹の部分がない」
気を使わなくても、と思ったがいざ着てみると非常に相性が良かった。
(最高だな。動きやすいし、これなら<黒獄爪>を出しても破れたりしない)
まるでスリムな女性のような腹部が露出している黒い軍服は思いの外似合っていた。
彼が新しい軍服姿を見ていたその時、男の叫び声が上がった。
「ギァアアアアーーー!」
「何!? 何なの!」
「誰かの叫び声が」
「こっ、怖いです」
しかし、これを聞いたゼスルータは笑いを必死にこらえる。
「おっ、獲物が罠にかかったか」
─さかのぼること少し前─
(ぐへへへ、戻ったら綺麗なお嬢ちゃん3人が入浴中とは。俺ついてるぜ)
ゼスルータに吹っ飛ばされたウルバルトは、何とか城の中庭に戻ったところ、ゼスルータを含めた4人が風呂に入ると聞いて、こっそり女風呂を覗こうと、まず脱衣場へ入ろうとした。
が、文字通り一歩も入れなかった。ネイラータに魔力を提供してもらい、紙に描いた魔法陣、<サンダー・マイン>(ゼスルータが適当に命名)という、踏むと全身に五万アンペアの電流が流れる地雷式魔法陣をゼスルータが床にあらかじめ仕掛けておいた。そして今に至る。
「貴様、まさか女風呂を覗くつもりだったのか!」
駆けつけたネレスはウルバルトに鬼気迫る勢いで迫った。
「いや、そうじゃなくて。その~‥‥‥」
ここまできても見苦しい言い訳を言おうとするウルバルト。そこへ追い討ちをかけるようにゼスルータが出てきてウルバルトを挑発した。
「変態野郎が罠に引っ掛かってやんの」
「てめぇ!」
「ゼスルータ中将!」
ネレスが呼んだのはゼスルータの方であった。
「この阿呆をさっきのようにふっ飛ばしなさい!」
そこにいた城の侍女が、“タイミングよく”大きな窓を開けた。
「いや、ちょっ、ま、待って‥‥‥」
「さようなら」
「アボギャアアアーーー!!」
今度は正拳突きで容赦なく変態をぶっ飛ばした。
「お母様! 何が起きたのですか!?」
「ある阿呆をゼスルータが罠にかけてぶっ飛ばしてくれたのよ」
「あの変態野郎が」
「ウルバルトさんのことですか?」
「あの方、本当に変態なんですね‥‥‥」
「それはさておき、ゼスルータ」
ネレスは振り返り、3人が風呂でウルバルトを変態だと言っているのをよそに、ゼスルータにある頼み事をした。
「何でしょうか?」
「私達の自慢の娘をよろしくお願いね」
「えっと、それはどういうことですか?」
「色んな意味でよ」
「はあ‥‥‥」
彼にはその意味が理解できなかった。
「いずれ分かる、ゼスルータ」
「?」
「まあいい。しかしゼスルータよ。その軍服、似合ってるぞ」
「お褒めいただき、光栄です!」
そして彼女は颯爽とその場を去って行った。
「にしても、どれが似合うかな?」
3人は皇女の部屋でヴォーロルルの服選びをしていた。そこにはゼスルータもいたが、彼は机である作業をしようとしていた。
「ほら、ゼスルータも手伝いなさいよ!」
「私は服選びとかはあまりしたことないので。それにメンテナンスもしなければいけないものがありまして」
「メンテナンスって、何の?」
すると彼は自分の右足を取り外した。
「ちょっと! 一体どういうわけ!?」
「皇女殿下、あまり驚かないでください」
「ちょっと‥‥‥訳ありで。自分で作った義足で、両足ともこうなったます」
右の義足を机の上に置き、義足の装甲を手際よく全て取り外した。
そして現れたのは、いかにも古そうな金色のいくつもの細い配管に、銀白色の所々溶接された跡のあるフレーム。そして大腿の中の部分には、水色の水晶玉が淡く輝いていた。
「魔導機械ですか? 古そうですね」
ヴォーロルルは義足の中をゼスルータの背後から覗いた。
「小さい頃から使ってるからな」
「小さい頃からって、何歳からよ」
「10歳からです」
「「はい?」」
2人は思わず聞き返した。
「だから10歳からです。それを無理矢理改修し続けて今の形にしました」
「あんた今何歳なの!?」
「18歳ですが?」
「まだ使ってたんですね‥‥‥」
「何だ? まるで知っているかの様な言い方だな」
「知っているもなにも‥‥‥。いえ、何でもありません」
「? まあ、これでも充分な出力はあるし、新型も作ってるから大丈夫だ」
「そ、そうなんですか‥‥‥」
そこへフェルリアが青く、余計な装飾が無いシンプルなドレスを持ってきた。
「3人とも、これとかどう? ルルは水の精霊だから、ベタだけど青色がいいかなって」
「良いわね! ルル、隣の部屋で着替えて着て」
「分かりました」
ドレスを持って別の部屋へ入っていった。そしてネイラータは振り返り、ある疑問をぶつける。
「ねえゼスルータ、何でルルの服選びに協力しなかったのよ?」
「いや私はこの国では服選びのセンス常識から見て壊滅的ですよ?」
ゼスルータは半分青ざめた顔で返答する。
「ルータったら私服を半袖半ズボンにしようとしたのですよ。しかも冬に」
「嘘でしょ‥‥‥」
ネイラータが疑うのも当然だ。ロズワント帝国は世界最大の領土を持つ大帝国である。しかし、ほとんどの領土は北方に位置し、寒帯に属している。夏ならともかく、冬はそれなりに寒い。
「嘘ではありません」
「ゼスルータ、あんた寒さを感じないの?」
若干引いた表情になりながら聞くと、おかしな答えが返ってきた。
「寒いのよりも暑い方が嫌いなので。それに足は義足ですし、半袖の方が動きやすいので」
(えぇーーー! 何なの!? 寒さを感じないわけ?)
耳を疑った。しかし、その耳は正常であった。
「まぁ、普通引きますよね」
「普通補給物資も届かなかったマイナス40度の前線に送られたら、嫌でも慣れますよ」
「何でそれで生きてられるの?」
「凍った湖をかち割って魚を生で食べていました。その後は気付いたら近くの基地にいました」
「あんた不死身か何かなの?」
「“不死身の特攻兵”と言われてはいますが」
その言葉に彼女の口がポカン、と開いた。
ちょうどその時、隣の部屋から扉を叩く音が聞こえた。
「あの、着替え終わりました」
「いいわ、入ってきなさい」
扉が開き、そこから現れたのは青いドレスをまとい、先程とは見違える程美しくなったヴォーロルルの姿だった。
「その、似合っていますか?」
その姿にゼスルータは一瞬言葉に詰まった様だった。
「えっと、その‥‥‥美しいです」
緊張しながらも、それが振り絞って出した言葉だった。
「あっ、ありがとう‥‥‥ございます」
ヴォーロルルも恥ずかしい様子だった。それとは打って変わり、ネイラータの顔は不機嫌に歪める。
「皇女殿下、どうかしましたか?」
フェルリアはこれに気付いた。
「別に、何でもないわよ」
ネイラータは顔を背けた。
「ならいいのですが‥‥‥」
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「皆様方、そろそろお時間です」
「ほら、行くわよ!」
ネイラータは3人をせかした。
「皇女殿下って、普段からそんな感じなのですか?」
義足をつけながら聞いた。
それに対する口調は、当然厳しいものだった。
「違うわよ!」
半分怒りながら答え、不満を表した。
─ロズワント城 大帝の間─
その名の通り、ここは普段大帝であるロベルト・ヴィルヘルムが執務を執り行う場所である。広々とした円形の広間の奥に赤と金色の豪華な玉座が据えられていた。
「さてお前達、予定通り今から月へ跳ぶぞ」
「どうやって、ですか?」
ヴォーロルルの言う通り、大帝の間には玉座以外何もなかった。
「すぐに分かるさ。ネイ、頼んだぞ」
「はい、お父様」
そしてネイラータはすぐに合言葉を唱え始めた。
「天への回廊よ。姿を現せ、そして我を導かん」
すると広間の真ん中に青くまるで星の様に輝く数多の光と共に六芒星が描かれた円形の魔方陣が現れた。
「これは、転移魔方陣! 何故こんなところに?」
「なるほど、これで月まで直接行けるんですね」
フェルリアが感心した。
「月が出ている間だけ、だけどな」
「じゃあまずは私からっ、と」
ネイラータはすかさず魔方陣へ飛び込んだ。
「あっ、そういう感じか‥‥‥」
てっきり魔方陣の上に立ってから転移すると思っていたので、肩透かしをくらった。
「ほら、3人共、早くしな」
「では次は私で‥‥‥、えい!」
続いて、ヴォーロルルが飛び込んだ。
「ルータ、一緒に、ね?」
「分かったよ、姉さん」
2人は手を繋ぎ、同時に魔方陣へ飛び込んだ。
─帝国宇宙軍月面基地艦艇ドック─
「わっ! とっとっと」
危うくバランスを崩しかけたフェルリアをよそに、ゼスルータは息を飲んでいた。
「艦艇がこんなに」
「凄いですね」
「どうだ、凄いだろう?」
「大帝陛下そして皆様方、お待ちしておりました」
そこへ宇宙軍では珍しい、1人の若い男性の将官が現れた。
「待たせてすまんな、エヴァン大将。ところで例の新鋭艦は?」
「はっ! 調整も終わり既に出撃可能であります」
「なら、そちらへ向かうぞ」
「エヴァン‥‥‥」
ヴォーロルルはその名前に聞き覚えがあるような気がした。
「ルルちゃん、どうかした?」
「エヴァン大将、ルルと会ったことあるんですか?」
フェルリアはエヴァンがヴォーロルルをあだ名で呼んでいるのにすぐに気付いた。
「知ってるよ」
「まさか、4年前のあの時の!」
「改めて、久しぶり。ルルちゃん」
「あの時は本当に‥‥‥」
ヴォーロルルの唇に人差し指を当てて、言葉を遮った。
「その話は少なくてもここではなし。いいね?」
「‥‥‥はい、分かりました」
「では改めまして、帝国宇宙海軍月面艦隊司令部長官のエヴァン・ファルツだ。本当ならもうちょっとゆっくりしたいところだが、時間が無い。早速案内しよう」
そして一行は第三ドックへ向かった。
「ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
ドックへ歩いている途中、フェルリアが陛下に質問した。
「私達が乗る戦艦って、噂で聞いた建造中のビスマルク級宇宙戦艦でしょうか?」
「全然違うわ」
これに答えたのはネイラータの方だった。
「え~、じゃあ一体何なんですか?」
フェルリアは悔しさ満載の口調で聞き返した。
「俺が3ヶ月前に設計した航空戦艦ハイゼルクとか? まあ、そんな訳ないか」
ゼスルータは冗談半分に言ってみた。
「いやナイナイ」
姉も同感した。が、ネイラータとロベルトとエヴァンは一斉に振り返った。その顔も半分くらい睨み付ける様な表情だった。
「どうか‥‥‥しました?」
ヴォーロルルは怯えてしまい‥‥‥。
「えっと、ルータの予想当たってました?」
フェルリアは目が真っ白になるくらい驚いた。
「‥‥‥は?」
そして設計者に至ってはすっかり興ざめしてしまった。
「まあ、それで大体当っているぞ」
ロベルトは少し落ち込みながら答えた。どうやら驚かせるつもりだったらしい。
「大体ってどういうことですか?」
「皆様方、色々言っている内に着きましたよ」
エヴァンが目をやった先には、大戦艦と呼ぶにふさわしい、超弩級戦艦の姿があった。
「って、デカ過ぎじゃないのあの艦!」
フェルリアは開いた口が塞がらない様だった。
「凄く大きいですね~」
「なっ、そうだろう」
「いや大帝陛下、設計したのは私です。でも何でバラの紋様があるんですか?」
「この戦艦が特務艦だからよ。特務艦には花の紋様が刻まれるのがルールでしょう」
「ロイ・ゼント級をベースにした戦時急造艦をですか? 確かに今回の特殊任務を遂行できるだけの性能はありますが」
「けど少し設計が変わっているわよ」
「‥‥‥えっ」
ネイラータの発言に思わず彼女の方へ目を向けた。紋様の方は気に入っていたが、後半の言葉に驚いた。
「聞いてなかったかしら? 後ろの飛行甲板が付けられずに主砲を追加したって話」
「何故でありますか!?」
「そういや航空機の配備まだだもんな~」
エヴァンがしれっと現状を言った。
「だったらビスマルクでいいのでは?」
「今空母に改装中よ、現在進行形で。ほら、すぐ隣にあるわよ。完成した頃には航空機も配備されるでしょう」
ネイラータが指を指した方向には、スリムな葉巻型の船体をし、上に飛行甲板を取り付けている最中の空母の姿があった。
全長は大体360mといったところか。船体下部に50サンチ三連装砲が前後に一基ずつあり、戦艦だった名残りをうかがわせる。その奥にはもう1隻のビスマルク級が、さらにその奥にはもう1隻のハイゼルク級の姿もあった。
「何で飛行甲板が二段あるのですか?」
ヴォーロルルの言う通り、ビスマルクには飛行甲板が二段取り付けられていた。
「あともう一段取り付けるってよ。その方が航空機の発着艦が効率よくなるって聞いたぜ」
「‥‥‥」
エヴァンは意気揚々と答えたが、ゼスルータは何か不満な様子だった。
「ん? どうした?」
エヴァンはこれに気が付き、彼の表情を読み取ろうとした。
「いや、これ考えた奴アホだな、と」
「どゆ事?」
その返答に不思議に思った。
「レシプロ機が主流だった時代にもあったんですよ。三段空母」
「ふ~ん、それで?」
「格納庫は狭くなるわ下二段は短くて発着艦できなくなるわで全通式に改装されました」
「え~、うそ~ん」
「本当です」
エヴァンは少しばかりふざけていたが、ゼスルータは大真面目に答えた。
「けど多段式なら同時に複数機発艦出来たりしないの?」
ネイラータは疑問に思ったことを聞いてみた。
「今現在ですとカタパルトと、垂直離着陸機も技術的には出来ますので広いスペースと幅があれば同時に発着艦可能かと。そうでなければ航空戦艦など設計しませんし、と言うか航空機の方も私が設計図を出したはずですが」
「要求された性能が過大すぎて無理だとよ。君のマギラマシンの才能は天才すぎるからってさ」
エヴァンはそう答えた。
「あれくらい量産しろよ‥‥‥」
ゼスルータは愚痴混じりに呟いた。
「いやアレは無茶だって」
「そういえば‥‥‥」
ネイラータは不意に気付いた事を口に出す。
「エヴァンはルータさんと知り合いなの? エヴァンはさっきから親しげに話しかけているけど」
言われてみれば確かに、と誰もが共感した。
「私と大将殿とは初対面のはずでありますが?」
「あんたが忘れただけだよ」
どこか寂しそうな感じだった。そしてヴォ―ロルルも暗い表情になった。
「忘れた? もしかして‥‥‥むぐっ!?」
何か話そうとしたゼスルータの口は慌てて手で塞がれた。
「その事は軍事機密だ」
他言無用であると、その顔が語っていた。
「ぷはっ‥‥‥と言っても何も覚えてませんが」
「何で忘れたわけ?」
「大将閣下から聞いた話ですと、ヤバイ奴に頭蓋骨が陥没するくらい殴られたからだそうです」
「何で生きてられるのよ?」
「自分だって知りませんよ」
「本当に覚えてないんですね‥‥‥」
振り返るとヴォーロルルは下を向いていた。
「なあ、どうした?」
「4年前私はルータさんとエヴァンさんに助けて貰った事があるんです。特にルータさんは本当に命を賭けて助けてくれたんです! 怪我の事はエヴァンさんから手紙で知りました。それでもルータさんのことが好きです。好きになりました!」
彼女は自分の想いを一気に喋った。
「そうだったのか!?」
「道理で仲がいいわけね」
「俺は何も覚えてない」
不意に突き放す様に言い放った。その言葉にヴォーロルルは唇を噛んだ。
「ちょっとルータ!」
「だが忘れたままで良いとは思ってない」
「‥‥‥!」
「いつか思い出してみせる。忘れたままなんてまっぴらゴメンだ!」
ゼスルータは覚悟を決めた眼差しでヴォーロルルの目を見つめながら約束する。
「あの光景は地獄の様だと聞いた。だから無理にとは言わない。言わないなら言わなくてもいい。でもあの時の事を言う覚悟ができたなら、知っている事を全部話して欲しい」
「はい! 約束ですよ」
「ああ、約束だ」
握手を交わしたその時、使節団の面々が着いた。
「ありゃ、うちら遅れてたか~」
ちょうどその時、青髪の“自分の頭を抱えた”軍服姿の女性が現れた。そして彼女の背後にはまるで頭部が中世の兜を連想させるような魔導機械の歩兵が8体、スーツを着た外務省の職員らしき者が5人いた。
「大帝陛下、この方達は?」
ロベルトは答えようとしたが、相手方が慌てて答えた。
「いえ、自分で名乗ります。私は使節団代表のレゼルバです。後ろにいるのは右からフォルス、アイヒル、ルイゼ、ルドルフです」
5人の内真ん中に立っていた男はそう言い、5人はお辞儀をした。
「イケメンに年寄りに美人に太っちょ。そしてハイテンションガールと覚えてね~」
「あの、君失礼だよ、それ」
金髪の好青年に白髪のおじいさん。そして赤髪の眼鏡を掛けた秘書と小太りな中年男性。確かに彼女の言っている事は正しい。
「合ってるかといえば合ってるが‥‥‥」
「そんなことより、私は見ての通りデゥラハンのラゼル・エレッタで~す。使節団の護衛担当で、後ろの歩兵型マギラマシン<G-14>も味方で~す。よろしく!」
彼女は明るく右手を振る。
「本日付けで宇宙戦艦ハイゼルク艦長に配属されたオルハ・ルナ・ゼスルータです。どうぞよろしくお願いいたします」
若干引きつつも、丁寧に挨拶をした。
「同じく、航海長のオルハ・ルナ・フェルリアです」
「よろしくお願いします。ところで、そちらの方は?」
レゼルバはヴォーロルルの方を見て質問してきた。
「えっと、私は‥‥‥」
ヴォーロルルは答えられず、たじろいでしまう。
「つい先程私が保護した方です。皇后様が艦を見せてあげろとおっしゃったので。後で帰します」
(分かっていたけど‥‥‥)
その返答は、彼女を落ち込ませてしまった。
「分かりました」
「じゃあこの戦艦見てまわる? 私達がのる艦だから。それに私は航海長だもの」
「いや姉さん、副長のこと忘れてるぞ」
「あれ? そういやどこだ?」
エヴァンは辺りを見回した。
「副長さ~ん、出ておいで~」
「姉さん、迷子を探してる訳じゃねぇんだけど‥‥‥」
「う~ん、見当たらないですね」
とその時、ヴォーロルルの足元に数滴の赤い液体が落ちてきた。
「ん? 何ですか、これ?」
「あー、今度は上か」
ゼスルータは眉間にシワを寄せた。
「ルル、上を見ない方がいいわよ」
ネイラータは慌てて注意したのだが、それは余計な一言であった。
「上ですか?」
上を向くとそこには鎖で逆さに吊し上げられた、黒髪ロングの水色の瞳をしたナイスボディな女性の姿があった。しかし体のあちこちに深そうな切り傷があり、それらから血が滴り落ちていた。女性は下を向き、不気味に笑っていた。
「「「ギィアアアーーー!!」」」
絶叫したのはヴォーロルルではなく、フェルリアとレゼルバを筆頭とする外交官達の方だった。特にフェルリアに至ってはその後すぐに気絶した。
「神様お助けをーーー!」
「あ、悪霊ーーー!」
「お前ら‥‥‥落ち着け」
ゼスルータは冷静に言った。
「何であんたは落ち着いていられるのよ!?」
「これで36回目ですので」
「慣れてるのかよ‥‥‥」
エヴァンは呆れつつも、道理で平然としていられる訳だと納得する。
「はじめまして」
「「喋ったーーー!!」」
「だから落ち着け」
鎖がほどけたかと思ったら、女性は綺麗に着地し、鎖をまとめ上げた。よく見ると鎖の先には鋭利な刃物が付いていた。
「宇宙戦艦ハイゼルク副長のジル・カーチェです。どうぞよろしくお願いいたします」
彼女が喋っている間、傷がみるみる治っていった。
「「「えっ、あ、あれ? あ‥‥‥よろしくお願いします」」」
6人はすぐに冷静さを取り戻した。
「久々だな。あともういい加減それ止めろ。いくら吸血鬼で不死身だからって、見ているこっちが痛々しいんだよ」
「だってルータちゃん全然驚かないんだもの」
「ちゃん付けも止めろ」
「ルータ、この方とどういう関係なの?」
ネイラータが詰め寄ってきた。
「第三艦隊旗艦ポンメルンの元砲雷長で軍大学時代の教官‥‥‥だったはずだけど?」
その答えにネイラータはホッと安堵する。
「辞令がきたからね~。でも中佐のままなのが解せない」
「俺に言われてもな‥‥‥。そういやルルは驚かねえの?」
言われてみれば、彼女は先程から全く動じていなかった。
「こういうのは慣れてますから」
(((何があった4年前!?)))
その場にいた大半の者は驚愕の眼差しを向ける。
「まっ、それはおいといて、フェルリアちゃんどうする?」
エヴァンの言う通り、弟が肩を支えていたが、姉は気絶したままだった。
「起きて、姉さん」
ゼスルータは肩を揺すった。
「‥‥‥んん。あれ?」
「大丈夫ですか?」
「ええ、何とか」
「改めてまして、副長のジル・カーチェです」
ジルはフェルリアに歩み寄った。
「副長!? さっき吊し上げられていた方が?」
「分かるわ、その気持ち」
「私は航海長のオルハ・ルナ・フェルリアです」
「よろしくね。フェルリアさん」
「もうそろそろ艦の説明でもしてくれるか? あまり時間も割いていられんからな」
「んじゃ、ルータくんよろ」
エヴァンは張り切って言った。しかし
「勝手に設計変えられたのですが‥‥‥」
「確かに性能変わるわよね」
フェルリアの言う通りで、ゼスルータは改修された点については答えようがなかった。
「飛行甲板を廃して主砲を2基追加、速力は1ノット上がって31ノット(時速約57キロ)になっただけで、他は変わってないわよ」
副長であるジルがフォローをした。
「ありがとう。この艦は全長440メートル、武装として、主砲は最大仰角70度を誇る、三連装50センチ爆炎魔弾砲塔17基。本艦の場合、撃った爆炎魔弾が艦内に貫通すれば爆発する性質を応用し、実弾も発射可能となりました。副砲は蒼炎誘導弾を撃つ8.8センチ単装高角砲38基、時限信管にした蒼炎誘導弾の機銃が二連装、三連装、四連装合わせて180基、そして最後にロイ・ゼント級から流用したグラビィティル・カノーネであります」
「蒼炎? 火炎じゃなかったっけ?」
「閣下、まだ慣れてないのでありますか?」
「あっ、そうだった」
昔は火炎誘導弾の名の通り、その爆発は炎の色と大して変わらなかった。だが威力を高める為に改良していったところ、爆発は蒼くなった。
それで開発元の扶桑軍では蒼炎誘導弾へと名称を変更したが、我が国では6割が吸血鬼。その他にも長命な種族が多い為に、過去の名前に慣れきっている者が多く、未だに脳内では名称変更が徹底されていない。
「では説明の続きを。本艦の機関として、主機関は反重力を編み出す魔石の結晶、いわゆる<グラヴィタ・ストーン>、そして補助機関にはロイ・ゼント級の補助機関と同じ魔力噴射式のコズミック・タービン>を3搭載しています」
見上げると、ハイゼルクの艦尾には巨大な、透き通った水色の巨大な魔石と噴射口があった。
「錬成魔法でこれ程大きなグラヴィタ・ストーンを作り上げるとは、技術も進歩したのですな」
ルドルフはその魔石を見上げながら驚嘆した。
「そして動力源は光属性魔力と闇属性魔力が反発し合うとき、これら2つの和の魔力以上の魔力が編み出される性質<魔力融合理論>を利用した、<エーヴィヒ・リアクター>を大型、高性能化したものを搭載しています。まあこれは他の艦でも搭載されてるし、説明はこんなものか」
「そういえば、これって3ヶ月で完成したのよね。帝国の造船力もここまできたのね~」
フェルリアは感心していた。
「いや姉さん、おかしいからな! こんな超弩級戦艦建造するのに普通2、3年かかるからな!」
弟は思いっ切り突っ込んだ。
「あとは実戦訓練をしてから、そのまま地球へ降下してくれ」
「「「はい!?」」」
ロベルトの言葉にゼスルータとフェルリアとジルは驚いた。
「訓練後に一旦ドックに戻らないんですか?」
「降下訓練なんてしたことないんですけど!」
「いくら何でも早すぎません?」
3人は矢継ぎ早に問いただした。
「月面基地はヴァミラル軍に何度も攻撃されてる上、威力偵察もされている。前に試験運用したときにバレたから、出来るだけ早くしたいんだよ」
「まあ、分かりましたけど、何か問題が起きた場合、どうすればよいのですか?」
「‥‥‥自力でどうにかしてくれ」
艦長の表情はより一層落ち込んだものになった。
「月が出ている時なら、インティフィルの妨害も受けずに通信出来るかもしれませんが‥‥‥」
インティフィルの妨害範囲にも限界がある。それに月と地上(インティフィルの範囲外)を直接で結べば通信妨害は受けない。
「大丈夫だって、これからは宇宙でもヴァミラル軍に反撃していくから」
「そうなのですか!?」
その話は聞いていないと、フェルリアは大げさに見えるくらい驚いた。
「大帝陛下、それ今言っちゃまずいやつです」
慌ててエヴァンが注意した。
「おっと、つい口がすべってしまった」
「別に言わなくても想像は付きます」
ドックに並ぶ艦隊を指差しながら言った。
「守備艦隊以外の艦艇が多いですし、アレ見たら反撃するっていう魂胆丸分かりです」
「まずは火星までの航路を奪い返すところからかな?」
「雑談は置いといて、君達、さっさと艦に乗り込んでくれ」
ロベルトは話題を変え、急かしてきた。
「じゃあ俺達3人は艦橋へ行くか。他の方は用意された居住区画の部屋にでも」
「ルルも連れて行った方がいいぞ~」
その場を仕切った彼にエヴァンが助言した。
「何故でありますか?」
「それは秘密」
疑問に対して、面白そうに答えた。
「あの、ついていったらダメですか?」
断られると思いつつも、聞かずにはいられなかった。
「連れては行かない。途中で絶対にヴァミラル軍と戦う事になる。命の保証はできない」
ゼスルータはヴォーロルルをまたもや突き放す様に言った。
「それでも構いません。私はあなたに助けられました。あなたの為なら一緒に死んでも構いません」
「‥‥‥!!」
その覚悟に気圧され、頭を抱えた。
(ホント4年前何しでかしたんだよ俺は)
「いいんじゃないの? 人手もあんまりいないんだしさぁ」
ラゼルも擁護する立場をとった。
「なら通信士をやれ。働かざる者食うべからずだ。基礎は教えてやる」
「はい! 精一杯務めてみせます!」
よほど嬉しかったのか、目を輝かせながら答えた。
「ゼスルータ、私も連れて行きなさい」
そこにネイラータが割り込んできた。
「ネイ、駄目に決まっているだろう」
「皇女殿下、先程も言った様に、命の保証は出来ません。戦場では、身分など関係ないのですから」
ロベルトはもちろん、ゼスルータも反対した。
「お母様の許可は得ているわ。それに‥‥‥」
腰にあるレイピアを素早く抜刀し、その刃先をゼスルータの首元まで振った。
「‥‥‥!」
ゼスルータは反射的に具現化で真っ黒なナイフを作り、レイピアを弾こうとしたが間に合わなかった。
「一体どこの誰が、私の命を守れと言ったのかしら? 私は強いわよ」
「おいネイ、やり過ぎたぞ!」
ロベルトは当然娘を叱った。
「フフッ、ハハハハ、一本取られたな」
「ねぇルータ、どうかしたの?」
「分かりました皇女殿下、では使節団代表としてで構いませんか?」
「えっ? ちょ、私の立場は?」
使節団代表だったレゼルバは戸惑いの声を上げる。
「別に使節団の一員でいいだろ」
ロベルトはあっけらかんと言った。
「そんな勝手な‥‥‥」
「今ので分かっていなかったのかしら。私は戦場でも戦えるわ。軍師としての教育も受けたわ。皇女だから当然よ。それともう1つ‥‥‥」
ネイラータはゼスルータの方へ向き合った。
「これからは私のことはネイと呼びなさい。あと口調も普段通りにしなさい。いいわね?」
「いや、私ごときが皇族の方と馴れ馴れしくするのは‥‥‥」
「私はあなたのことが好きなのよ!」
おどおどしていた彼に、ネイラータは面と向かって言い放った。
「私はあなたが好きなの、一目惚れよ! これからはあなたのことはルータって勝手に呼ぶわ。それが理由でもいいでしょ!」
顔を真っ赤にさせながら、早口に喋り切る。
「ヒュー、ルータくんモテモテじゃん」
エヴァンははやし立ててきたが、当の本人は混乱していた。
「先に言っとく。2人とも俺とは付き合わない方がいい」
ゼスルータは普通ならあり得ない返事をした。その言葉にネイラータは今にも泣き出しそうになった。
「ちょっと、2人を振るってそれでも男ですか? 艦長」
「そーだそーだ、みっともないですよ」
ジルとラゼルはゼスルータの返事を批判した。
「貴様、俺の前で娘を振るとはいい度胸だなぁ?」
父親に至っては怒りのオーラを纏いながらゼスルータに詰め寄ってくる。
「あっ、いや、そういう意味ではなくてですね‥‥‥」
「だったらどういう意味だ!」
その怒号を前にして、今度は彼が泣きそうになった。
「はぁ~、ルータにそういうの分かる訳ないですよ」
そこにフェルリアが割り込んできた。
「ちょっ、姉さん!」
「どういう意味だ? 説明しろ」
「ルータは超が付くほど恋愛トンチンカンですし、それにまともな友達すらいなかったのですから」
「「「‥‥‥えっ?」」」
一同はその言葉に、冗談だろうと思考が一瞬止まってしまう。
「いやいや、中学のときモテただろう?」
「スタイルも良くてイケメンなのにモテない要素ってあるのかしら?」
「ていうかまともな友達がいなかったってどゆこと!?」
エヴァンとジルとラゼルは彼に迫った。
「そんなに知りてーなら言ってやるよ!」
その疑問に怒りながら右手の拳を握りしめた。
「俺は中学のときタレックのクソ野郎どもにいじめられてきたんだよ! 上手く言い返したりしてきたけど、逆恨みされて1人以外クラスの奴等は敵同然にされたし、その1人は俺を気絶させて女体化させる薬を注射器で打ってきたMADだったんだよ! 失敗作だから良かったが‥‥‥それに14歳からは職業軍人で職務終わったらすぐに兵舎に戻って魔法とかマギラマシンとかいろいろ勉強したり、武器の鍛練したりで人付き合い悪かったからそういうの疎いんだよ‥‥‥」
その場は静まり返り、一同は唖然となる。
「え? お前、ボッチだったの?」
「恋愛どうとか以前の問題じゃないですか、艦長」
「え~、だからスタイルそんなにいいんだ~」
「ねぇルータ、いくら何でも酷すぎるわよ‥‥‥」
「とっとと艦に乗るぞ!」
逆切れしながら話題を切り替えてきた。
「次は艦内の説明ですか?」
「艦橋と司令塔に居住区画と主砲下の弾薬庫に機関室、艦内工場、それ以外はほとんどデッドスペースしかねえよ」
「「「え?」」」
─戦艦ハイゼルク 艦橋─
艦長が指揮する為に室内中央に半円形の手すりや複数の受話器や伝声管(後者は予備の艦内通話の他に、侵入者が入ってきたら呪いなどの呪文を艦内に響かせる為)が取り付けられている。
それより前は一段下がり、右側には通信の為の様々な機器があり、左側には魔導電探から得た情報を表示する、球体状の水晶体でできた電探受像機。この中に立体的に地形や敵見方の艦の位置などを表してくれる。
そして前方には赤い魔石がはめ込まれた丸みのある、魔方陣やズラッと並ぶ文字が書き込まれた金属板。さらに艦橋の一番前には、羅針盤や操舵輪などが設置された航海長が舵を取る場所があった。
「いいか? この伝声管が艦内通信用で、コレが電鍵、モールス信号を打つときに使うヤツ。打ち方は後で教えるとして、そっちが‥‥‥」
ゼスルータはヴォーロルルに通信設備に何があるのか事細かく説明していた。
「色々見て回ったけど、ホントに空き部屋ばっかりだったわ。おまけに居住区画は何か適当な感じだったわね‥‥‥」
そこへガッカリした様子のネイラータが艦橋に入ってきた。
「操舵輪とかもそうだけど、居住区画は余ったスペースを突貫で作ったらしいからな」
ゼスルータは渡された資料を見ながら言った。
「艦長、それってどういうことですか?」
明らかにおかしいとジルは思った。この艦はまるで誰かを乗せるようにはできていない。
「あの金属板は<魔脳>の会話ユニットだ。本体は艦内中央部にある。それだけ言えば分かるだろ?」
「ルータ、まさか無人戦艦を作ったわけ!?」
「魔脳って何ですか?」
驚愕するネイラータをよそに、電鍵を触りながら問うた。
「ザックリ言えば、魔力で動く感情の無い脳といったところだ。本物の脳ミソみたいなものやマギラマシン、魔水晶など、形は色々ある。ホムンクルスにヴァミラル軍でもよく見かける兵器として造られたゴーレムなどに搭載される。今回は艦艇の自律運用の為に搭載した」
「ちょっと待って、まさか宇宙軍は無人艦隊でも作る気なわけ!?」
「たぶん。でも極秘なのは分かるが、1人で作れって言われたのが疑問だったな」
「話の途中すまないけどそろそろ出航してくれねーかなぁ~?」
エヴァンが機器に取り付けられた水晶板越しに急かしてきた。
「さて、じゃあ行くか」
軍帽をかぶり直し、ゼスルータは指揮を執る。
「微速前進、ハイゼルク出航!」
「微速前進!」
フェルリアはレバーを引き、舵を取った。
グラヴィタ・ストーンは淡く光り出し、補助機関の噴射口からは青い炎が吹き出て、ハイゼルクはゆっくりと前に進み始めた。
「主機、補助機関共ニ異常アリマセン」
「これが魔脳ね」
今まで沈黙していた金属板は、赤い魔石が光り、艦の現状を報告した。
「これがこの艦の頭脳たる魔脳の制御盤、名前はRs-9、通称<アスナ>だ」
「艦長、Rs-9ってどういう意味です?」
「今までマギラマシンで魔脳を作ってきたが、その中でも特に傑作品はRsシリーズと呼んでいる。アスナはその九つ目だ」
「皆さん、もうそろそろドックを出ますよ」
太陽光に照らされ、黒く輝く船体。
やがて不沈と謳われる戦艦が、飛び立った瞬間であった。
「じゃあ指定の航路で俺達のところまで来てね。攻撃とかは魔脳が指示通りやってくれるってことは確認済みだから、やるのはこの操艦訓練だけね」
月面基地守備艦隊旗艦ロイ・ゼント級巡洋戦艦ハンブルク。その戦艦に座乗するエヴァンから通信が入る。
「初の実戦訓練がこれか‥‥‥」
艦長は心底ガッカリした様子だった。
「何で落ち込んでいるわけ?」
「別に。この50センチ砲を試し撃ちしたかっただけだ」
「なら、映画とかでよくあるように、いきなり攻められない限り上手くいくわね!」
彼女はとんでもないフラグを立ててきた。
(フェルリアちゃんそういうこと普通言っちゃう!?)
(初の実戦訓練、果たして大丈夫なのだろうか‥‥‥?)
(不安です‥‥‥)
(不安だわ‥‥‥)
エヴァンにジル、それにヴォーロルルとネイラータは(現実にならないよね?)と心配になってきた。
「姉さん、フラグ立てるなよ‥‥‥」
「フラグ? 旗なんて立ててないわよ?」
「はぁ~あー」
弟は姉の天然っぷりに呆れ返った。
「えっ、何? 私悪いことした?」
「アスナ、とりあえず全砲門開けといてくれ」
「了解シマシタ」
『いや大丈夫‥‥‥だよね?』
「艦長、まさか‥‥‥ですよね?」
エヴァンとジルは不安げに聞いてきた。
「さあどうでしょう。けど姉さんが立てたしあり得るだろ」
「駆逐艦ルールより入電! 『我、電探にて艦船を捕捉。艦種はレッドテイル社のテヴェレ級輸送艦』」
ヴォーロルルが電文を正しく読み上げる。
「電文が読めるのか?」
「打電は役立つと心得たので、独学で学びました。平文でしたら読めます」
「‥‥‥」
誰も気付いていないが、ジルは「レッドテイル」という名が出てきてから、歯を食いしばってガクガクブルブルと震えていた。
「でも変ね。一体どうやって火星圏からここまできたわけ?」
「ワープとかじゃないんですか?」
「ワープやテレパシーはヴァミラルの手によって妨害されている。今ワープしたら目的地とは全く別の所にやられるぞ」
「そのせいでワープした艦艇が機雷がばらまかれた場所に無理矢理ワープアウトされて宇宙の藻屑にされるとかしないとか」
最後にジルが怖い噂話を投下する。
「うわぁ‥‥‥」
「テヴィレ級、地球ヘ降下スル模様」
「どういうことだ?」
「テヴィレ、急速接近!」
「回避行動!」
「取り舵一杯!」
守備艦隊と合流する為、前進していたハイゼルクの右側を通り過ぎるテヴィレ。無数の被弾跡があり、その姿は痛々しいものだった。
「かなりやられているわね」
「艦の制御もろくに出来てない様だな」
「あの~。嫌な予感しかしないんですが、それって私だけじゃないですよね‥‥‥?」
「来るかも知れんな」
艦橋にいる者はフェルリアを除き、ますます不安な気持ちになった。
「電探ニ感アリ。前方400キロメートル先、ワープアウト反応ヲ確認」
突如として現れた多数の赤紫のワームホール。そこからヴァミラル軍の大艦隊が出現する。
『やっぱりフラグ回収しなきゃいけねーのかよ‥‥‥』
「航ー海ー長ーーー!!」
「何で私なの!?」
「ハハッ、終わった。人生終わった」
落ち込むエヴァンに怒る艦長。副長はブツブツ小言を言いだし、そしてフェルリアは自分がフラグを建てたことをまだ理解していない。
『全艦に通達、撃ち方用意。ハイゼルクは直ちに反転し、地球へ降下せよ!』
気持ちを切り替え、エヴァンは指示を出した。
「モガドール級駆逐艦83、シュフラン級巡洋艦27、ブルターニュ級戦艦5隻ヲ確認」
「エヴァン大将、本艦は反転しません」
『何を言っている!?」
「敵艦、更ニワープアウト」
「艦種は?」
「ベアルン級空母デス」
『何‥‥‥だと!?』
ベアルン級航空母艦とは、全長760mにも及ぶ、たった1隻で航空機300機を艦載可能な超弩級空母。
土星沖でも連合側の主力艦隊壊滅に最も活躍し、未だ1隻も沈められていない。また、帝国のロイ・ゼント級と同等以上の火力と装甲を誇る、まさに不沈の移動要塞である。
「本気で潰しに来たか‥‥‥。エヴァン大将、私に考えがあります」
『第二、第三守備艦隊が来ても勝てるか分からんのにか?』
「第二守備艦隊に煙幕魚雷を頼んでおいてください。あとは本艦にお任せください!」
自信に満ちた顔で答えたゼスルータ。一方でエヴァンは判断に迷っていた。
(ハイゼルクはA号計画の要、逃がすべきだ。だが月がやられたらヴァミラル軍は今まで以上の艦隊を送り込めるようになる。どうする?)
「司令、ご決断を」
参謀が指示を仰いだ。
(賭けるしかないか‥‥‥)
『頼むぞルータ。沈んだらただでは済まないからな!』
「承知しました」
彼は息を大きく吸い込み、指示を出した。
「第二戦速、面舵47度。主砲、撃ち方始め!」
「フォイヤー!」
先手を切った戦艦ハイゼルク。合わせて10基の三連装砲が火を吹いた。
─ベアルン級航空母艦アルザス艦橋─
「―ロズワントめ、今日こそは月面基地を叩きのめしてくれるわ!」
紺色の長髪と羽に碧眼の瞳。背は普通ぐらいだがスレンダーなハーピー族の女性。彼女こそはヴァミラル艦隊の地球侵攻を指揮し、冥王星沖や土星沖会戦で幾度となく太陽系連合軍艦隊を壊滅的状況まで追い込んだ提督、ソフィア・アレクシス上級大将であった。
「追撃していたテヴィレ級を確認」
「捨ておけ。ここに来るまで邪魔だっただけだ」
「敵超弩級戦艦、発砲!」
「何!?」
前にいたブルターニュ級戦艦2隻が一瞬にして多数の紅蓮の光線に貫かれ、爆沈した。
「例の新型艦が発砲した模様」
(対応が早いな。あのテヴィレめ、最後の最後まで邪魔をしおって!)
傷ついたテヴィレ級輸送艦が我々の接近を知らせた。そう考える彼女の推察は正しかった。
「流石は帝国軍、敵ながらあっぱれ!」
「提督?」
「だが、このままやられっぱなしになると思うなよ。‥‥‥作戦変更、航空機全機発艦! 内200機は 敵新型戦艦に対し両舷から雷撃を、真上から爆撃を浴びさせろ! 砲雷撃戦用意!」
「了解。航空隊、全機発艦せよ。雷撃隊は敵新型艦の両舷から雷撃し、爆撃隊は上方より爆撃せよ。繰り返す‥‥‥」
「全艦砲撃用意!」
「安全弁解除。ミサイル1番から7番装填完了」
「全艦、砲撃始め!」
「全艦。砲撃、始め!」
かくして、ヴァミラル艦隊の怒涛の反撃が始まった。
「―全艦、魔導防壁展開。撃ち方始め!」
「フォイヤ!」
ヴァミラル艦隊の反撃とほぼ同時に、第一守備艦隊も主砲を撃ち始めた。
「防壁に被弾、されど損傷無し!」
「こちら戦艦ティルピッツ。魔導防壁により損傷軽微」
「こちら駆逐艦ルール、魚雷により敵戦艦撃沈!」
「―おのれ帝国、いつの間にあんな代物を‥‥‥」
ヴァミラル艦隊の攻撃は魔導防壁によって全く通用せず、反対にヴァミラル艦隊より手数の多い帝国のハイゼルクや守備艦隊の一方的な攻撃により、被害が拡大する一方だった。
「狼狽えるな。勝算はある、参謀!」
ヴァミラル艦隊の参謀は振り返らずに淡々と報告した。
「先程情報部からヴィーン要塞侵攻軍が壊滅したとの報告がありました。しかしながら、敵の防壁には限界があることが確認できております」
「攻撃の手を緩めなければ、勝機はあるかと」
「手数は下だが、一発一発の火力は我が方が圧倒的に上だ。このまま攻撃を続けろ。前衛艦隊は艦首を敵守備艦隊へ向けろ」
「航空隊、間もなく敵超弩級戦艦へ突入するとのこと」
「よし、そのまま突撃せよ!」
ハイゼルクへ矢の如く襲い掛かる航空隊。ゼスルータは航空隊の意図に気付いた。
「―敵機来襲! 目視で確認!」
(挟撃かよ、ああされると避け切れねーんだよな。オマケに爆撃機のプレゼント付きか)
「アスナ、魔導防壁は?」
「魔導防壁ニ異常ハアリマセン」
「対空戦闘用意、面舵いっぱい!」
「面ー舵~」
右にめいいっぱい舵を取るハイゼルク。だがゼスルータの予想通り、全ての魚雷を避けきることは不可能に近い。
「―全機、突撃!」
ハイゼルクの横腹目掛けて飛来する2つの雷撃隊。
「―対空戦闘始め!」
高角砲が敵機を射程におさめた瞬間、無数の青い爆炎がまるで花火の様に散った。そして一瞬にして約10機が火だるまとなる。
(爆発!? 何故使えるようになった)
敵の蒼炎誘導弾は通用しないはず。だが目の前の事実に航空隊隊長は一瞬困惑した。
「―被撃墜機多数!」
「何が起き‥‥‥」
一機、また一機と爆散する友軍機。
(あれ?)
自分達がいないところで爆発する火炎無誘導弾。それを見た隊長は、一瞬で魔弾の仕組みを理解した。
「全機に通達、敵の爆発する魔弾は時限式だ。怯まず突撃せよ!」
「「「了解!」」」
機体から切り離され、魔力噴射でハイゼルク目掛けて突っ込んでいく魚雷。1発2発どころではない。左右から一気に50発以上の魚雷が襲い掛かった。
「―航跡多数、来ます!」
「総員、衝撃に備え!」
全て魔導防壁によって防がれる。しかし、船体への衝撃は凄まじかった。
「ッ‥‥‥。アスナ、まだ耐えられるか?」
「問題アリマセン」
「よし、それなら‥‥‥」
「敵機直上!」
続けて、何機か被撃墜機を出しながらも向かってくる爆撃隊。TNT火薬500キロ分の爆発を発揮する魔力を込められた爆弾が雨の様に降り掛かった。再び船体へ衝撃が響く。
「うわっ!」
「怯むな! 生かして帰すなよ」
次々と襲ってくる敵機。これはハイゼルクだけではなかった。
「回避ーーー! 回避ーーー!」
「駆逐艦、撃沈されました!」
「第一守備艦隊、これで9隻脱落」
「増援はまだか!?」
強力な魚雷、爆弾を食らい続け、戦艦よりも防御力の低い駆逐艦、巡洋艦から沈められていった。
「―敵巡洋艦撃沈!」
「よし、主力艦隊の方は時間の問題だな」
ソフィアは笑みを一瞬浮かべた。
「だが、問題は‥‥‥」
彼女は怒りを込めた目でハイゼルクを見つめた。
「敵超弩級戦艦に攻撃を仕掛けた航空隊は甚大な被害を被っています。既に40機程撃墜されました」
「‥‥‥クッ!」
ソフィアは、ハイゼルクのあまりの頑強さに舌を巻いた。
「敵艦のバリアは?」
「まだ持ちこたえています」
(想像以上だ。何なんだあの戦艦は‥‥‥だが、沈めてみせる!)
「補給を終えた航空機は主力へ攻撃せよ!」
「了解」
(主力を叩きのめしてから、たっぷりといたぶってくれよう)
薄ら笑いを浮かべ、目標を変えた。
「―第三次攻撃、来ます!」
「回避行動! 面舵一杯!!」
ハンブルク目掛けて飛来する4発の魚雷。回避する前に喰らったが、魔導防壁により全て防がれた。
が、これが限界だった。
「魔導防壁消失!」
(やっぱもう持たねえよなぁ~)
「敵弾、来ます!」
ハルオン級駆逐艦からの砲撃が艦首に直撃した。しかし、巡洋戦艦とは思えない程の分厚い装甲により傷はつかなかった。
「被害は?」
「損傷はありません」
「敵弾、また来ます!」
これならどうだとばかりに、今度は口径35センチを誇るブルターニュ級戦艦からの砲撃が襲った。ほとんどが側面にもろに直撃し、船体は右に30度程傾いた。
「主砲損傷、被害甚大!」
「ダメージコントロール急げ!」
「艦内にて火災複数発生。ミサイルに誘爆しています!」
ドゴン、と再び揺れる船体。
(流石にヤベェ)
エヴァンは内心冷や汗をかいていたが、士気を下げないよう表には出さない。
「こちら基地司令部。第二、第三守備艦隊が間もなく戦域へ到着する。もう少しだけ持ちこたえてくれ」
やっと届いた吉報にエヴァンは安堵した。
「聞いたか? もうひと踏ん張りだ!」
「「「了解!」」」
ゼスルータもまた勝利を確信する。
「ルル、増援に通信頼む」
「了解です。えっと、これかな?」
ヴォーロルルは何とか増援とのと回線を開く。
『こちら第二守備艦隊旗艦ミュンヘン。どうぞ』
『こちら戦艦ハイゼルク。援護を求む。敵艦隊中央へありったけの煙幕魚雷をすぐに放って欲しい。あとは本艦が何とかする』
『了解した。武運を祈る』
「煙幕魚雷、全弾放て!」
無数に放たれる漆黒の魚雷。
「―敵魚雷来ます!」
「何だと!?」
「全艦、回避行動をとれ」
「間に合いません!」
炸裂し、白煙に包まれるヴァミラル艦隊。
「煙幕!? 一体何のつもりだ!」
「前衛艦隊、目視での索敵不能とのこと」
「落ち着け。敵の増援が来たと思えば、血迷ったか、帝国軍め」
ヴァミラル側にとって、煙幕はレーダーがあるとはえいむしろ艦隊を隠してくれている様な物であった。
「―反転! 本艦はこれより、敵艦隊中央を突破し、敵旗艦を叩きのめす!」
敵航空隊を引き付ける為に敵艦隊に背を向けていたハイゼルク。その艦橋で艦長の命令が響き渡った。
「ちょっと艦長、正気ですか?」
その命令に驚くジル。今の命令は自殺行為に思えて仕方なかった。
「戦に正も狂もあると思うのか?」
「魔導防壁ハ限界寸前。今ノ命令ハ危険ト判断スル」
「そうよルータ! 突撃したら蜂の巣にされるわよ」
ネイラータも同意見だった。しかし、フェルリアはすぐに意図を察する。
「了解。反転、急速回頭ー!」
「航海長!?」
「大丈夫、ルータを信じて」
おもいっきり舵を取り、一気に反転するハイゼルク。艦首をヴァミラル艦隊へ向けた途端、すぐさま前進した。
「―マズイ‥‥‥。こちら航空隊。敵超弩級戦艦、前衛艦隊へ突撃する模様」
「何?」
「レーダーでも捉えています。敵戦艦急速接近!」
「目標変更、敵超弩級戦艦!」
「主砲旋回急げ!」
一部の艦艇は慌てて主砲を旋回させ、ハイゼルクへと狙いを定める。
「撃ち方、始め!」
ハイゼルクへ直進する紫の魔弾。直撃し、これでハイゼルクの守りは消えた。
「―魔導防壁、消失シマシタ」
「怯むな。撃ってきたなら撃ち返せ!」
負けじと紅蓮の魔弾を撃ち始めるハイゼルク。たった一斉射で5隻の艦艇が沈んだ。
「第二射、用意」
火力が高い変わりに、帝国艦隊に比べ連射速度が極端に低いヴァミラル艦隊の砲。それが命取りになった。
「敵戦艦、煙幕内へ突撃してきます!」
「―主砲、放て!!」
魔力の充填が終わり、再び砲を撃つヴァミラル前衛艦隊。無数の光線がハイゼルクを襲う。ブルターニュ級2隻の一斉射だけでも火力は充分、一瞬で沈むはず。
‥‥‥その考えは打ち砕かれた。
「―被害報告!」
「敵弾多数跳弾、サレド副砲3基損傷」
全部合わせて59発もの魔弾をうけたにも関わらず、ほとんどを弾き返した。
「―敵艦の損傷軽微!」
「馬鹿な‥‥‥」
「アルザスに援護を要請しろ」
彼らの砲のほとんどはハイゼルクの側面のやや前に命中したが、ハイゼルクの船体装甲は最低でも4m、最大で5.3m。
装甲材料も魔法攻撃耐性に最も優れた合金<アウロイ>を使用しており、また主砲の装甲も分厚く、側面に設置されたものにも通用せず、せいぜい8.8センチ連装高角砲を3基潰しただけ。
ハイゼルクを沈めるには、あまりにも火力が足りなかった。
「―前衛艦隊より支援要請」
「敵超弩級戦艦、煙幕内へ突入!」
「前衛艦隊が邪魔になってる。航空隊は?」
「こちら航空隊。ダメだ、敵艦を目視で捕捉出来ない」
レーダーで捕捉出来ても、煙幕に籠られてはヴァミラル航空隊も手出し出来ない。
「―主砲撃ち方始め! 撃って撃って撃ちまくれ!!」
「フォイヤー!」
ハイゼルクから放たれる紅蓮の魔弾と青い爆炎弾。電探と連動した攻撃はほとんど外さなかった。
「―くそったれ、反撃しろ!」
魔力を込め、レーダーで砲の標準を合わせるブルターニュ級。
「―敵戦艦ノ砲、コチラニ向キマス」
「させるか!」
すかさず主砲をブチ込むハイゼルク。もろに直撃し、ブルターニュ級の船体が大きく傾いた。
「―のわぁーーあーーー!」
あられもない方向へ放たれた紫の魔弾。それはシュフラン級巡洋艦へ当たってしまった。
「シュフラン級撃沈、ffです」
「何をしている!?」
「前衛艦隊、被害甚大! 7割方壊滅した模様」
「おのれ、帝国軍め‥‥‥」
たとえ敵が瀕死だろうと、容赦なく撃ち続けるハイゼルクを前にただなぎ倒されるだけだった。
「―進路そのまま、主砲を敵空母に向けろ!」
煙幕から出て、砲口をアルザスへ向けた。
「―敵弩級戦艦、本艦へ突撃してきます!」
「ミサイル、全弾放て!」
アルザスの艦首から放たれたミサイル7本は全てハイゼルクへ命中した。しかし、それでも怯まず突き進み、いよいよ目と鼻の先へ近づいた。それにソフィアは思わず唸った。
「回避急げ!」「撃ち方始めーーー!」
すれ違いざまに主砲を撃ち始めたハイゼルク。口径50サンチを誇る砲を至近距離で何発もくらえば、不沈をいわれるベアルン級でも、ただでは済まなかった。
「左舷被弾多数!」
「第一、第二砲塔大破!」
ハイゼルクは更に紅蓮の魔弾や青い爆炎弾を撃ち込む。
「撃て、撃て、撃ちまくれ! 敵の息の根を止めろ!」
ハイゼルクは続けざまに主砲弾を叩き込んだ。
「―格納庫に被弾! 爆弾が次々と誘爆しています!」
『こちら、機関室。主機損傷、このままでは航行不能、に‥‥‥』
機関室を撃ち抜かれ、今にも爆発しそうな主機関。すぐに爆発を引き起こさなかったのは不幸中の幸いだった。
「提督、いかがなさいますか」
しかしソフィアは、士官の言葉は耳に入っていなかった。彼女はハイゼルクの艦橋にいる、金髪の艦長らしき人を睨んでいた。彼の表情はどことなく自分を見下している様に見えた。
「クッ‥‥‥」
(貴様の顔は覚えたぞ、必ずやこの屈辱は晴らしてくれる!)
「提督?」
「全艦に通達、撤退せよ。それと‥‥‥」
ソフィアは怒り、屈辱を抑えながら、決断を下した。
「総員、退艦せよ‥‥‥」
「総員退艦、急げ」
「提督、早く内火艇へ」
「ああ、分かった」
生き残った乗組員達は、アルザスを後にした。
「―ヴァミラル艦隊、撤退していきます」
『ッしゃーーー!』
思わず雄叫びをあげるエヴァン。他の者も歓喜の声をあげていた。
「敵空母、撃沈シマシタ」
「ハンブルクより通信です。よくぞやってくれたと」
「全く、ヒヤヒヤしたものだわ」
「し、死ぬかと思った‥‥‥」
「まっ、結果オーライね!」
「‥‥‥」
安堵する4人をよそに、振り返り、沈んだアルザスをじっと睨むゼスルータ。
「ん? ねえルータ、どうかしたの?」
「敵の指揮官が死んでいるか気になってな」
「えっ、でもどうして‥‥‥」
「ネイ、それはな······」
「電探ニ勘アリ、内火艇デス」
「副砲、砲撃用意!」
「ちょっとルータ!」
「間ニ合イマセン」
直後、赤紫のワームホールを穿ちジャンプするアルザスの内火艇。
指を咥えて見ることしか出来なかった彼は、地団太を踏んだ。
「チッ」
「ルータ、どうしてそこまでして敵を殺そうとするわけ?」
戦いは艦艇を沈めた時点で終わっている。そう考えている彼女は、彼の考えが分からなかった。
「ヴァミラルの物量は絶大だ。あんな空母ぐらいまた建造出来るだろう。だが優秀な兵士はそうはいかないはずだ。あれ程の指揮官が育つのに何年かかると思っている!?」
「だから兵器よりも兵士を殺すべき、ということですね、艦長」
「そういうことだ。指揮官が無能奴なら見逃していたが‥‥‥」
そして再び振り返り、呟いた。
「後悔する結果になるかもな‥‥‥」
艦首を地球へ向け、守備艦隊に見送られるハイゼルク。
『んじゃ、お別れってとこだな。久々に再開できたのに‥‥‥』
水晶板越しにどこか寂しげに別れの言葉を言うエヴァン。
「そんな感じしないですけど、また会えますよ。この戦艦は簡単には沈みませんし、乗員はそう弱くありません」
「またです、エヴァンさん。生きて帰ってきます」
「大将、そういえばルルはこのまま乗せていいんですか?」
「細けえなぁジル、ルルは志願兵として、書類とかこっちで処理しとくから。戦時下特別徴兵法があるから何とかなるだろ」
「なら大丈夫ですね」
「もう行くぞ。進路そのまま、地球へ向け降下せよ」
「了解!」
ゆっくりと、力強く進み出すハイゼルク。その姿は勇ましいものだった。
「本艦はこれより、地球への降下シークエンスを行う。上げ舵一杯」
「上げ舵一杯!」
ハイゼルクは地球に対して、船底を見せる様な姿勢をとる。
「補助機関、出力最大」
3つの艦尾下の噴射口から吐き出される蒼炎。しかし、様子がおかしい。
直後、けたたましく鳴るブザー音が艦橋内に響き渡った。
「何だ?」
すると突然、3つの内右2つの補助機関の噴射口から橙色の爆炎がボッと出て、船体がズドンと大きく揺れた。
「うわぁぁぁ!」
「ちょっと、何事よ!」
「補助機関ニ異常発生、コノママデハ更ニ爆発シマス」
「補助機関を全て停止させろ!」
「補助機関に被弾していなかったわよね?」
「就役時カラ工作ガ甘イナドノ欠陥箇所ガ126箇所アリマシタガ」
「先に言え!!」
ゼスルータはそんな状態でよくあれだけ戦えたものだと、「知らぬが仏」とはよく言ったものだと肝が冷える。
「工作って何ですか?」
「金属を削って部品を作ることだ。それをする為の機械を工作機械という」
「ねぇ皆、主機関だけだと出力がちょ~と足りないのだけど‥‥‥」
フェルリアは深刻そうな顔をして皆の方に振り返った。
「スラスターも使って何とかしてくれ。というか試験運用したんですよね!?」
ゼスルータは水晶板越しにいるエヴァンを睨みつける。
「そういうところは繰り上げ合格で済ませたからな!」
エヴァンは親指を上げながら言いきった。
「フザケてんじゃねぇーーー!!」
「艦長、どうしましょう」
「こんな感じで大丈夫な訳!?」
「大気圏入ったら何とかする。それとエヴァン大将」
「何?」
「ハイゼルクの建造に携わった奴全員に言っといてください。「貴様らナメてんのか?」と」
「分かった。それじゃあご武運を」
「こんな状況で言わないでくださいよ!」
半ば重力にのまれたように降下するハイゼルク。黒き英雄の旅路は今、始まった。
「最悪な船出だ‥‥‥」
―第二章・終―
お久しぶりです。素人作家のルティカです。
前話からかなり時間がかかってしまいましたが、ようやく第三話の投稿へとこぎ着けることができました。
実はこの作品は以前から書き続けてはいたのですが、恥ずかしさもあり投稿せず、おまけに人生初の作品。技量も上がった今現在から見ると、手直しが不可欠な為、再編集中となっております。
それこそ主人公ゼスルータの義足のように、古くなりつつも、改造してどうにか使えるようにしているといったような状況です。
しかもアホなことに、第三話は手違いでWordにてバックアップを複数保存していたことが判明した、「あれまやっちまった」というしょうもないエピソード付きの話でもあるのです。
今回は新たなキャラクターがたくさん登場しましたが、一番重要なのはネイラータ・ヴィルヘルムです。理由は「ネイ×ゼス」をやっていきたいから(どういうものかは察してクレ)。
キャラクター以外では、やはり「ハイゼルク」がキーとなります。この名前は某有名宇宙戦艦アニメにて、超硬い大戦艦「○○○○○級」の名前をもじったものであります。
の割にはサイズは小さい上、船体色も真逆ですが、こちらもそう簡単には沈みません(というか主役艦が沈んじゃったら話が詰んでしまいます)。
次話までまた長く間が空いてしまいそうですが、逃げはしません。
それでは、「黒き英雄と永遠のラクリモサ(黒ラク)」をこれからもよろしくお願いいたします。