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第十話・砂上の決戦

 

 フリードリヒを艦内へ招き入れ、ハルツーム即席野戦司令部近くに整備された停泊場へ艦を着陸させる。

 そしてゼスルータはすぐさま司令部へ出頭した。ドアをノックすると、「入っていいよ~」とラインハルトの軽い返事が返ってくる。

「失礼します。宇宙戦艦ハイゼルク艦長のオルハ・ルナ・ゼスルータ中将であります」

「そんなのいいって。お偉いさん達も来てるけど、気にしないでいいよ。まあルータ君もそのお偉いさんなんだけど‥‥‥それに君は大戦果を挙げたんだからね」

「えーでは改めまして。久しぶり、ラインハルト」

「元気にしてた?」

 二人は共に握手をし、旧友の再会に喜び抱き合った。

「もちろん。だが“誰かさん”の仕業か、送られた食料がほぼじゃがいもだったのには皆飽き飽きしてたところだ。シャルカ・ローゼンちゃんがシチリアのパスタかピッツァをご所望だよ」

「何? ネイに異常は無かったかい?」

 吸血鬼は普段は他の種族が食べている物で事足りるが、定期的に何かしらの血を飲まなければ長くは生きれない。

「大丈夫だ。ローゼンちゃんが南アフリでドラゴンを狩ってくれたからな。血抜きで結構な量が採れたし、ちゃんと低温殺菌してストックしてある」

「なら良かった。だがシチリアの美味い飯は当分食えそうにないよ。いくら補給は行き届いていても、流石に水は節約したいからね」

 水は他の物資と共に届けられているが、ここは砂漠気候。川の水を浄化して利用など難しいし、戦場飯もパスタのような、水を無駄遣いするメニューを作っている余裕はない。

「飲み水は最優先で確保しておきたいってか」

「そゆ事」

「ところで、戦況はどうだ? 優勢だと思うが」

「そーゆー話はここに居る参謀達から聞いてよ。僕そういうの興味ないし」

 その一言とダルそうな態度で、周りの目線がサッと冷たくなったのを感じる。

「“横着殿下”が‥‥‥」

 誰かがぼさっと聞こえるが聞こえないぐらいの声で呟いたのがゼスルータの地獄耳に入る。

 確かに、傍から見れば彼は国家の祭典では影武者を使ってサボっていた上、普段からだらけて、ロズワント帝国が立憲君主制国家とはいえ全く政治に関わらないはいいにしても、知ろうともしない様子には眉をひそめられる。

(エリートの中のエリートでさえこのザマか‥‥‥)

「まあいいさ、愚者は愚者らしくしていればいい」

 ゼスルータは参謀らの顔が真っ青になったのを見て、心の内で面白がる。

「それって僕の事?」

「さあ、誰の事でしょう?」

 誤解を生まないよう、周りに聞こえないよう耳打ちをした。

「当然ラインハルトの事じゃないよ」

「ありがとう」

 それから、戦局はほとんどゼスルータのお陰で掃討戦に入りつつあるのと、食堂に行けば流石にじゃがいも以外の飯にもありつけれる事を参謀から教えてもらう。

「おっ、やっと来た」

「何だ、先に食べてたのか。他の皆はどうした?」

 ヴィルドの隣に座ると、彼はベーコンの入ったスープを差し出してくれる。

「もうとっくに食べ終わってる。今は辺りを周ってる頃だろう。今の季節はそう暑くないからな」

「そうか。で、水は飲む以外あまり使えないんじゃなかったか?」

「水は使ってないんだとよ。これは野菜から出る水分だってさ」

「へ~、そいつは旨そうだな」

 いつのもK-Brotと共にゆっくりと味わいながら胃へ流し込んだ。それから外へ出た途端、ジルが慌てて駆け付ける。

「艦長、すぐに来てください!」

「どこに?」

 そこへ1台のジープが彼らの前で停まり、そこから1人の“ブタ”が降りた。

「やあ、久しぶりじゃないか。え?」

(レオポルグ・ピサロ‥‥‥!)

 XXXLサイズの服が今にもはち切れんばかりにブクブクと肥えた巨体を揺らし、その体型と血統にしがみつく最低な性格に見合ったブタの様な鼻が特徴的な男だ。

「何の用ですかな?」

「聞いたぞ。貴様はネイラータ様をたぶらかしたのではなく、洗脳し、挙句散々いたぶってるとな!」

「ちょっと待‥‥‥」

 突っかかったラインハルトを、ゼスルータは「いや、いい」と静止した。

「言い掛かりはよしてくださいますか」

「言い掛かりだと? 事実の間違いだろう」

「ご本人の様子は直接見られたのではないのですか? えーっと‥‥‥おブタさん」

「レオポルグ・ピサロだ! 貴様は余の名前すら覚えられんのか?」

「御免なさいな。ガンダーラ国北の極寒のヒマラ山脈で7万の兵を無駄死にさせた無能の名前を覚える程暇ではないので」

 よほど憎んでいるのか、出会った途端から、ゼスルータはあからさまに殺意と敵意で応えている。

「無能だと? それは貴様を含めた前線指揮官ゴミ共の方だろう」

「ア゛ア゛!!? 糧食も弾丸もが尽きかけてんのに撤退要請無視して片道切符押し付けたのは貴様だろうが!!!」

「まあまあ2人とも」

 一触即発かと思いきや、手にラーメンどんぶりを携えたラインハルトがフラッと現れ、仲裁に入る。背後にはネイラータもいた。

「これはこれはラインハルト様!」

「ピサロ君も落ち着きなよ。ネイはそんなヒッド~い事されてないから、ね?」

「そうよ、言い掛かりもよしなさい」

「大変失礼致しました」

 この豚貴族は、無礼にもゼスルータでもネイラータでもなく、ラインハルトに対して頭を下げる。

(それは俺に向かって言うべき言葉だろうが!)

 自分の怒りを抑える為、話題をそらそうとラインハルトに丼について尋ねる。

「なあラインハルト、何だそれ?」

「豚骨ラーメンだよ」

「いや何で?」

「豚の骨ってねぇ、いい出汁が取れるんだよ」

(あ~、なるほどな)

 ゼスルータは、たった一言で彼の意図を察した。

「しかし、ラーメンは確か〈宋人民共和国〉の料理ですよね。誰が作ったのでしょうか?」

「ああ、これはバイエルンが作ってくれたんだ。嫌そうだったけど‥‥‥ってルータ?」

 バイエルンと聞いて、ゼスルータはハイゼルクに向かってマッハで走り去ろうとした。

 が、どこからともなく現れたスライムの触手にぐるぐる巻きにされ、盛大にズッコケてしまう。

「もー、ルータったら、何で逃げちゃうの?」

 三人は艶やかな灰色の髪の彼女を見てゾッとした。

 左半身を中心に全身のほとんどが火傷の痕で赤黒くなっており、その上彼以外何も見ていないという笑顔が余計に恐怖心を煽る。

「いや逃げるわ! いっつも思うけど、何で俺のスケジュール知ってんだよ!? 待ち伏せとか、いきなりこうやって拘束してくんのが怖いんだよ!! 特にこれだけは止めてくれ」

「何で?」

 キョトンとする

「「蛇に睨まれた蛙」って言葉を知ってるだろ!?」

 ゼスルータが顔を青ざめて叫んだのが、彼が恐怖している何よりの証拠だった。

「‥‥‥そういうのが嫌だったの?」

「ああそうだ、嫌だ!」

「分かったわ」

 スライムの拘束を解き、彼を抱き上げた。

 理解してくれたかと思ったゼスルータだったが、それは油断であった。

「今までごめんなさい」

「ムぐッ!?」

「「「!?!?!?」」」

 いきなりのねっとりとしたディープキス。突然の事に混乱し、何もできずただされるがまま。

 しばらくして解放されたかと思えば、今度は怒り混じりの笑顔で睨まれた。

「ねえルータ、誰か他の女とキスをしたの?」

「あれは不可抗力というか‥‥‥」

「私が強引に奪ったわよ」

 次の瞬間にエルバの太刀と、ネイラータのレイピアの刃が交差する。

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!」

 突然何かにとりつかれた様に、狂気の赴くままに斬りかかる。

「やれるものならやってみなさいよ」

 話を理解しきれない内に決闘が始まってしまったが、周りはどうすることもできず逃げ惑うしかなかない。

「天狼漸!」

「あ゛あ゛ー戦車がぁーーー!」

 エルバの上空からの居合切りによる斬撃波で戦車が両断され、その戦車の戦車長は目の前で項垂れてしまう。

「アシッド・ショック!」

 着地した瞬間を狙った強酸を纏った一突きはかわされたが、エルバが反撃として放った水の刃を受け流す。

「やるわね」

「そっちそこ、このメス豚!」

「‥‥‥なんですって?」

 エルバのストレートな侮辱に割とキレたのか、全力の突きを放とうと構える。

「ルータ、仲裁しなくていいの?」

「はあ?」

 ラインハルトにそう言われたが、何で? という表情で返す。

「そうだ! 元はと言えば貴様が原因何だぞ」

「艦長、早く何とかしてくださいいいいぃぃぃぃ!?」

「ぬおおおおおおおお!!」

 必殺の、しかし何の変哲もないレイピアの突きであったが、その余波だけで豚貴族は遥か彼方まで吹き飛ばされる。

 ジルも同様に吹っ飛ばされそうになったが、平然としているゼスルータが軍服の襟首を掴んで未然に防いだ。

「あー‥‥‥」

 ゼスルータは頭を抱え、ひとつだけ方法が閃き、深く考えもせず実行に移す。

「なあ、二人共」

 軍服の襟をグイッと引っ張り、首筋を見せつける。

「「ッ!?」」

「喧嘩を止めてくれるのなら、後で好きなだけ“飲んで”いいが、どうする?」

「なるほどそう来たか」

(ルータの‥‥‥)

(飲んでいいの!?)

 その一言だけで、その場から殺気と戦闘が失せる。

「艦長、そんなのずるいですよ! 誰にも飲ませてないじゃないですか!!」

「ああそうだ、ロウェル姉以外に飲ませた事はない。嫌なら別にいいが‥‥‥このチャンスは二度と来ないぞ」

 ロズワント帝国において、吸血する行為は吸血側と被吸血側双方の同意無しでは許されない。だから相手がいない吸血鬼は店売りの家畜の血を低温殺菌したものを飲んでいる。

 今まで直接吸血した事が無い彼女らにとって、この機会はまたとないものだった。

「仕方ないわね‥‥‥」

「ここは一時休戦としましょう」

「艦長、私にも「スッキリとした甘さで大変美味なのでは?」と噂のその血を飲ませてくださいよ」

「いや、俺にも限界ってものが‥‥‥」

「何言ってるんだい? 優秀な部下にはきちんとご褒美をあげないと、ね」

「それは‥‥‥そうだな」

 あれ? もしかしてぶっ倒れるまで血を飲まれたりしないよなと、ここでようやく危機感を持ったゼスルータであったが、ラインハルトの一言で逃げ道は塞がれる。

「おい、陸軍ウチらの戦車をブッ壊したのはどこのどいつだ?」

 間に入って来た薄灰色の長い髪の人狼族の女性。彼女の肩を見てゼスルータは驚いた。

元帥杖げんすいじょうを交差させた肩章‥‥‥。間違いない、元帥だ)

「やあロンメラ、ひっさしぶり~。父さんとは仲良くしてる?」

「な訳無いですよ。あいつ、私の部下にまで変な手で触ろうとするので、毎回殴ってます」

(((娘!?)))

 彼女はロンメラ・ウルバルト。リルド・ウルバルトの娘で、親の七光りで上り詰めたと陰口を叩かれることもあるが、こと機甲師団の指揮能力に関しては帝国随一の技量を誇る。

 事実、東部戦線では彼女の部隊のみが倍以上のヴァミラル軍機甲師団を相手に連戦連勝重ね、不敗であった。その結果、先月には元帥昇進へと至った。

「戦車を直接破壊したのはバイエルンだが、原因はそこの男だ!」

 兵士に抱えられ、ようやく戻って来た彼は、どうにかして全責任をゼスルータに被せようと必死にわめく。

「黙れゴミが! お前ら貴族クズ共の話なんざ信用できるかッ!!」

 大した実力もなく、貴族政廃止後も組織票を買収することで分不相応な権力を得ている貴族は、実力主義の将校達とは相いれず、ロンメラも彼の主張を一蹴する。

「っ、覚えていろ!」

 ゼスルータは豚貴族に向かって平然と中指を突き立てた。当然睨み返すが、ロンメラの気迫に押され、何も言い返せずそのままこの場を去る。

「確かに嘘だよ~。レディ達が男を巡って勝手に喧嘩したんだから」

「そうだとしても、どっちの女にするか選べないそいつにも責任はあるだろう。お前がゼスルータだな? 中将のくせに決断力が無いってのは情けないとは思わんのか?」

「では、小官に対し恋愛が何たるかをご教授いただけますか?」

「なぁっ!?」

 思わぬ返答に憮然としていた表情を崩してしまい、しばしの間何も返せなかった。

「お前は学校で何を学んできたんだ!?」

「「海・空からの揚陸の重要性」や「宙軍戦略基本要綱」などであります」

「軍大学の話じゃない!!」

 ふざけた様な返答をここまで大真面目に淡々と返す将校など、ロンメラにとっても今まで会ったことがあるはずがなかった。故に、面を喰らったのは仕方がない。

「ハハハハッ! いやぁ~、ルータはホント面白いな」

「ルータ、控えめに言ってヒド過ぎるわよ‥‥‥」

 そこまでの恋愛バカだとは思っていなかったと、ネイラータはため息をつく。

「えっ? 何か変な事言ったか?」

「貴官、恋愛というものは男が女に教えを乞うものではないぞ」

 いやここまでくれば逆でもないなと、ロンメラは頭を抱えてしまう。

「じゃあ誰に聞けばよいのですか? ただでさえ宙軍は男は少ないのに‥‥‥」

 相談相手になりそうな知り合いが全く思い浮かばず、後半はげんなりした様子で消え入る様な声だった。

「中学や高校では友人はいなかったのか?」

「中学では女友達‥‥‥友達か? まあ彼女以外は敵か知らない奴でした。それで嫌気がさして高校は飛び級制度で飛ばしました」

 ゼスルータにとって唯一の女友達も、ぶっちゃけ縁を切っても周囲から非難されない程とんでもないやらかしをされた過去があり、どうしても疑問符が浮かぶ。

「マジか‥‥‥いやそうだったっけ」

 交友関係が無さ過ぎて、ラインハルトですら絶句してしまった。

「艦長、エヴァン大将閣下に聞いてみてはどうでしょう? 記憶を失ったとはいえ、曲がりなりにも交友があるのですし」

「‥‥‥暇があればな」

 自身のあまりのぼっちさに、ゼスルータは最後に長いため息をつき、うなだれた。

「ああ、そういえばゼスルータ中将、宙軍の総司令部から来た高官がお前を呼んでる。すぐに行った方がいいだろう」

「艦隊総司令部が、でありますか?」

 ロンメラの思い出したという言伝てに、ゼスルータは確認混じりに聞き返す。

「そうだ、貴官が出頭し終えれば戻ってくるだろうと思えば、真っ先に食堂に向かったと聞いて驚いていたぞ。「わざわざハイゼルクまで来たのに」とな」

「承知致しました。行くぞ、ジル」

「はっ!」

「私もついて行くわ」

 ゼスルータが僅かに焦り出したのを見て、相手は大物ではないかと察し、ネイラータもその相手を一目見ておこうと同行する。

「分かった」

(これはやらかしたかな‥‥‥?)

 ゼスルータは、キリッとした敬礼とは裏腹に、少し焦りつつ、走って戻って行く。


―戦艦ハイゼルク―

「遅れて申し訳ありません!」

「やあ、久しぶり! 土星沖以来か?」

 短くとがった耳に、灰色だが艶のあるショートヘア。ロウェルに似た真紅の瞳の彼女。吸血鬼の様な八重歯を持つが、下半身は無く、上半身も少し透明さがある幽霊族。

 彼女こそは元吸血鬼で、ヴァミラル軍との土星沖海戦で戦死し二階級特進。されど幽霊族として帰還を果たした、ロズワント帝国宇宙艦隊総司令官、レーダー・ロミー元帥である。

「そうなります。閣下もご健勝の様でなりよりであります!」

「君こそ元気そうで良かったよ。近々我が帝国の運命を決する戦いが始まる。その時は君が頼りだから」

「確かに、南アフリでの戦いは重要よね」

 ジルだけは、嫌そうな顔で横を向いた。

 それをよそに、声でネイラータの存在に気付いたレーダーは、一瞬だけ驚くが、すぐに普段通りの温和な表情に戻る。

「ネイラータ皇女殿下、何も南アフリだけの話ではないのですが‥‥‥まあ今はそれに集中した方がよいですね。なので伝達事項を伝えようか」

「はい閣下」

 レーダーはゼスルータの方へ向き直り、仕事としての顔と声色で辞令を述べる。

「では伝える。本日10月14日、15時に本国よりロイ・ゼント改級自律戦艦4隻が、その30分後には月よりレニム・メディチが合流する。貴官は第五七戦隊司令官に、ジル・カーチェ中佐は大佐に昇格と同時にハイゼルク二代目艦長に任命する。ただしレニムは貴官の指揮下に属さず。こちらが命令書と任命書だ」

「ちょっと待て下さい、今レニムと!?」

 親友の名を聞き、嬉しさ半分驚き半分に思わず聞き返した。

「レニムさんって、今火星にいるはずでしたよね? つまり火星から合流するってことだけど‥‥‥それができたら苦労しないでしょうに」

「ジル君、何を言っている? 私なんぞ、土星沖海戦時に総旗艦に乗っていたが、艦橋に敵弾が直撃して戦死。残った下半身だけ先に埋葬されたせいで今は上半身だけになってしまったが、この通りピンピンしているぞ!」

 ハッハッハッハッ! と笑うレーダーに、ゼスルータは「だからその話、ギャグにならないであります‥‥‥」と、どう反応していいか分からないという難しい顔をする。

「‥‥‥笑っていいのかしら?」

 その笑い声に、ネイラータも困り果ててしまう。

「微妙だな。それよりジル、とにかく皆を集めるぞ」

「承知しました。かん、いえ司令」

「またな、ゼスルータ中将」

「ええ、では失礼します」

 全員を艦内食堂へ集め、事の顛末を説明した。当然、戦力が増強される事よりも、レニムが来る事の衝撃の方が大きかった。

「第一主任が!?」

「「「第一主任?」」」

 ニコラスの言葉に(一体何の?)というのが彼女を知らない彼らの顔に出た感想だった。

「レッドテイル社は主に軍需産業と傭兵業、そして医療に力を入れている。その中でレニム・メディチは医療のメインである「レッドテイル医学研究所」の第一主任だ」

「それでルータ、月にレニムがいるって話、聞いた事ある?」

「いや全く」

 弟の方がレッドテイルの事情に詳しいのだが、現状は地球=火星間が分断されているので知るはずも無い。

「という事は、火星から来るので間違いないわね」

「そんな馬鹿な、インティフィルの妨害はどうやって解決するんだ!?」

 ネイラータはワープで直接来るものと考えたが、ニコラスはレッドテイル社でもワープ妨害対策は出来ていないと指摘する。

「あの、そもそも今の太陽系はどの様な状況なのですかね‥‥‥?」

「あっ‥‥‥」

 ゼスルータは歴史と現代文をヒルデガルドに教えているのだが、時代は魔導暦成立頃からであり、地球=ヴァミラル戦争の全容を説明するのを忘れていた。

「やらかしちゃってますな」

「ヒルデ、本当にゴメン」

「えっと、まずは原因から‥‥‥」

「ルル、政府やメディアが言っている開戦理由は嘘だと思った方がいい」

 最初から説明しようとするヴォーロルルに対し、ゼスルータは待ったをかける。

「その開戦理由とは?」

「「俺の故郷に馬鹿でっかいミサイルを撃ち込んだからその復讐だ」ってのが今の理由。その時母さんを失ったがな。でもそれより前にヴァミラル艦隊と接触を試みた時に先制攻撃したらしいけど」

「そんな‥‥‥」

「でもおかしいわ、ロウェル姉がそんな早計な事をするなんて‥‥‥」

 どう考えてもロウェルが軽率な真似をするはずがないと、フェルリアは違和感を覚える。

「ロウェル姉?」

「ロウェル・ヴェルキューラ。母さんの親友で、そのヴァミラル艦隊を接触を試みた艦隊の司令官。反撃されて行方不明だが」

「ロウェル・ヴェルキューラ!?」

「ん?」

 ゼスルータは、ヒルデガルドがその名前に強く反応したのを不思議に思った。

「何で名前を知っている? それと気になっていた事だが、ヒルデは一体いつ封印されたんだ?」

「ご教授いただいた歴史学から推察するに、恐らく魔導暦成立直前かと」

「何!? それは本当か!!?」

 顔を寄せ、彼女の両手を握り、尊敬にも似た眼差しを向けた。

「出来ればでいい。是非とも統一ルナリア時代の歴史を教えてほしい。いや、ご教授願いたい!」

 だが次の瞬間、全身に雷撃が走り、膝をつかされる。

「おい、大丈夫か!?」

「大丈夫だヴィルド。でも今のは‥‥‥」

 すると何も操作していないのに、左腰に下げていた収容型マジアムから自らを魔導書〈強欲の書〉が出現する。

「今はまだ知るべき時ではない」

 それが魔導書が開き、白紙に浮き上がった文字だった。

「つまり“今は”首を突っ込むな、か。まあいい、それよりも先に知らねばならん事があるからな。色々とな」

 ああも妨害されては身が持たないと、今はお預けかと諦める。

「あのさ、もうちょっとで午後3時だぞ」

 ヴィルドはもうそろそろ戦艦が来る頃じゃね? と腕時計を見る。

「事務的な事は艦長室でやってるさ。現在進行形でな」

「どうやって?」

「イーター・ハンドを遠隔操作してるんだよ」

「うわ~、羨ましい。それ出来たら便利だろうなぁ」

 膨大な量の書類仕事がメインのひとつであるレゼルバらは、羨望の眼差しを向けつつ呟いた。

「言っとくが、これかなり頭に負担がかかるからな。会話と書類仕事を同時に出来るか?」

「‥‥‥無理」

 全員が、そんな芸当が出来る脳を持っているとは羨ましいが、同時に自分達がやったら脳が破裂するだろうなと思わされる。

 その後、本国から予定通り送られて来た戦艦4隻を泊地に停泊させたのを直接確認し、それからレニムが来るまでベンチで座っていた。

「司令、レニム様がご到着しました」

「よし分かった。にしても久々だな」

 使節団組は仕事ついでに留守番を任され、他は彼女を一目見ようと泊地の端にある、小型艦用のスペース前に集合する。

 着陸した輸送艦から降り立った竜人族の女性。

 深海の様に青い一本角と瞳に尾。ゼスルータを見てギザギザした歯をニヤッと見せ、手を振った。

「ヤッホー、ひっさしぶり~!」

「元気だったか?」

「もっちろ~ん!」

 ゼスルータの目の前まで走り、ギュッと握手を交わした。

「ところで‥‥‥」

「何だ?」

「女になる気になった!?」

 ゼスルータが無言で繰り出したのは頬に向かっての右ストレート。それは一切容赦のない強烈なもので100メートル程飛ばされ、兵舎の壁に激突し、めり込んだ。

「何やってんだてめーーー!?!?!?」

 突然の暴挙に、ヴィルドは啞然とし絶叫する。

「いつものことだ、問題ない」

「いや大ありですよ!!」

「‥‥‥失望したぞ、中将」

 彼に用があってこの場に来たロンメラは、その光景を目にしドン引きだった。

「何のご用でありますか?」

「いや放っておくな! あれが親友に対する仕打ちか!?」

「親友ですがひとつだけ恨みがありますからね‥‥‥」

「女体化する薬品を注射された事ですか?」

 ジルの発言に、ロンメラは「えぇ‥‥‥何されて‥‥‥」と顔を引きつらせる。

「確かにそれもある。別にレニムが同性愛者だろうが差別したりしねえが、女体化される筋合いはない! そこはクッソ腹立つ!! が今となってはそれ自体はどうでもいいんだよ、失敗したからな」

「いいのかよ‥‥‥」

「けどな‥‥‥!」

 問題なのは副作用の方だった。

「あれ以来髪切っても寝て起きたらこんな風に伸びるてるんだよ。フッザけんなよマジで!! おまけにいくら鍛えても筋肉がムキムキにならねえんだよ! 一体どうなっている!?」

「酷い副作用だなおい!」

「イテテッ‥‥‥。しょ~がないでしょ、実験に失敗は付き物ですし」

 レニムは開き直って自分の頬をさすりながら、彼の肩をポンポンと叩いた。

「だからってそのままにすんなよ。元に戻せ」

「嫌~だもん。このままの方が可愛くていいし」

「ったく、ふざけやがって‥‥‥」

「それには同感よね」

「確かに‥‥‥可愛い」

「ネイにルル、一体どうした!?」

 ゼスルータは、彼女達の意外な反応に驚き困惑した。

「ところでレニム様、どうやってここまで来たのですか?」

 ニコラスの質問に、レニム自慢げに胸を張って答える。

「簡単よ、隕石に擬装したおっきなカプセルに入って月面に激突して、そっからは後ろのこれでここまで来た」

「ちょっと待て、お前よく怪我しなかったな」

「フッフッフッ、何を隠そう私は最先端医療を扱うレッドテイル医学研究所の第一主任! 当然医療と薬の知識はピカイチ。腕とあばら折ったけどすぐ治しました!」

 クッションもしっかりと設けていたが、激突スピードが想定より速く、衝撃が強過ぎて吸収し切れなかったという。

「重症負ってんじゃねーか!」

 大ダメージじゃん! つか下手に頭打ってたら死んでたかも知れなくね? とヴィルドはその度胸に肝を冷やした。

「こいつ決断力と勇気は凄いんだよな~」

「つまり病み上がりの彼女にストレート喰らわしたのか。容赦がないな」

 ロンメラはハハハッ、と声を漏らしつつ、やれやれとを首を振った。

「髪の毛の伸びる速さと筋肉を元に戻すのと、ふざけたこと言うの止めたら殴るのやめます」

「どっちもしませんよ~」

「お前な‥‥‥!」

「やめとけって!」

 もう一度右ストレートを喰らわせようと構えるゼスルータの腕を、ヴィルドは両手で掴んで止めに入る。

「あ~、んな事より‥‥‥」

 ロンメラはここへ来た用事を思い出し、話を切り出す。

「さっきので戦車1台潰された。誰も乗ってなかったから良かったが‥‥‥ゼスルータ、お前が弁償しろ」

「いいですよ。で、いくらですか?」

「そうかいいのか‥‥‥。えっ、いいのか?」

 ロンメラは、彼は断るだろうと踏んでいたから少々面を喰らった。

「自慢ではありませんが小官はかなりお金持ちなので、戦車代くらい払えますよ」

「お前どんだけ金持ってんの?」

「さあ? 多すぎて数えてない」

「それでもいいが、欲しいのは金じゃねえ」

「はあ?」

 その口から言い出されたのは、「何故それを!?」としか思えない要求だった。

「あの戦艦の中に、“重巡と同等の砲をのっけた超重戦車”があるんだってなぁ。そいつを渡してもらおうか」

「何の事ですかね~?」

 設計案は提出したが完成した話は聞かせていない。完成させたことを知られたくなかったのでしらばっくれる。

「嘘はお見通しだぞ。ラゼルにたっぷり酒を奢ったら快く話してくれたんだからな」

「おいジル」

「何でしょうか?」

「あのバカを探して来い」

 ゼスルータは内心割と激怒しており、笑顔だが殺気混じりの低い声で命令を下した。

「了解しました!」

 しばらくして、ジルはへべれけに酔ったラゼルを連れて来た。

「どうしたんっすか~? ヒック」

「地獄の‥‥‥」

 ゼスルータはラゼルを無視しつつ、右脚を大きく上げた。

「踵落としーーー!!!」

「ギャーーーーーーー!?!?!?」

 そしてそのまま無慈悲に踵を振り下ろした。

「あああ背骨がぁぁぁ‥‥‥。いきなり何するんっすか?」

「お前よくもノイ・マウスⅡの存在をばらしてくれたな。しかもその原因が酔ったからだとぉ? 本気で殺されてえみてえだな、えぇ!?」

「仕方なかったんっすよ。だって貰ったワインは200年ものの、超レア物だったんすっから!!」

「よ~し歯ぁ食いしばれ」

 パンツァーメタルⅠの銃口を、手から落としたラゼルの頭部に向ける。

「いや、食いしばっても無理っす。それマジで死ぬっす」

「これが嫌なら言うべきことは?」

「ごめんなさいっす」

「よろしい」

 銃をしまい、彼女に手を差し伸べる。

「あら意外ね。ここで食い下がるなんて」

「えっ? もう充分シバかれたと思うんっすけど?」

 ネイラータは予想が外れたことに、ラゼルは「もうよくないっすか?」と少しばかり驚く。

「扶桑にはな、「仏の顔も三度まで」っていうことわざがあるんだ。つまり‥‥‥4回以上やったらそこらへんの野にでも捨てるからな」

 本気で言っているのだぞと、ゼスルータは凄んで念を押す。

「元帥閣下、禁酒ってどうしたら出来るんっすか?」

 それで酔いが覚めたのか、ラゼルは歯をガチガチさせながら禁酒方法を乞う。

「知らねーよ。医者にでも聞け!」

「あっ、私医師免許持ってます」

「そうだ、ここにいるじゃねーか」

「レニム様! 禁酒の方法を教えてください!!」

 ラッキー! 医者は目の前にいるじゃんと、ラゼルは土下座までして崇めるが如く頼み込む。

「そうねぇ、まずはこの“レズビアンになる薬”を注射しましょうね~」

「シバくぞコラ!!!」

 シュヴァルツ・ゲネリエンで生成した、かなりでかいハリセンで頭を容赦なく叩く。

「いやシバいてんじゃねーか!」

「イッターーーー! 何するの!?」

「ふざけた薬を投与しようとすんなよ! レニムってホントそういうところだよ!!」

「いいじゃないの~」

「駄目に決まってるだろ!!!」

 過剰なまでに説教を続けるあたり、ゼスルータは普段は相当辛苦をなめさせられているらしい。

「なあ、面白れぇギャグの途中で悪いんだけど、はよ戦車よこせ」

「あーもー分かりました! 後で持って来ますから!!」

「いやぁ悪いな。お前が話が分かる奴で良かったよ」

(クソが‥‥‥!)

 ゼスルータは決して口にはしなかったが、腹立たしく悔しくてしょうがなかった。

「では操縦士を寄越してください。そいつに運ばせるんで」

「よし分かった。ああ、それと‥‥‥」

「まだ何かあるのでありますか?」

「晩飯はエリアスのところへ行ってやれ。何やら扶桑料理を再現したとかどうとか言ってたぞ」

「扶桑料理!?」

 ゼスルータは思わずよだれを垂らしそうになるのを必死にこらえる。彼は扶桑刀以外にも、かの国の料理や文化を好んでいる。

「扶桑酒はあるんっすか?」

「貴様は禁酒だっつってんだろこの野郎!」

「そんな!?」

 まだ不機嫌なのに、ラゼルはふざけた発言で不要な怒りを買ってしまった。

「当たり前でしょう。昼間っから酔い潰れてるのにまだ飲もうって考えてるの?」

 ジルですらもう飲むな、今日は飲むなと念の為に釘を刺す。

「言っとくが、酒とコメ? は無いそうだ」

「流石に米は入手できないだろうな。しかし一体何が出るのやら」

 ヤンデレストーカーと二人っきりは恐怖に満ちているが、しかし扶桑料理の魅力が勝っているらしい。

(ルータの好み‥‥‥)

(これはチャンス!?)

 ゼスルータの好みの味を知る絶好のチャンスだが、そうはいきそうになかった。

 彼女らの思惑を察したロンメラは最後に一言こう言った。

「あとひとつ、「他の女が来たらそいつの首を太刀で掻っ捌くから!」と言ってたぞ。いやぁ、あの顔は怖かったな」

「ネイさん、別の機会にしましょう‥‥‥」

 歯をガチガチと鳴らしているあたり、ヴォーロルルはエリアスのことを相当恐れている様子。

「そうしましょう」

 全身を震わしたヴォーロルルを見て、この機会を諦めることにした。結局、夕食は彼だけがエリアスの所へ赴き、済ませることとなる。

「―やっと来た♡ こっちこっち。メインディッシュは今から作るからね」

 外で準備を済ませた彼女が手招く。

 周りには煮込んでいる鍋やパンを焼いている、持ち運べる窯が置いてあった。

「この匂い、味噌汁だな」

「正解。具材は玉ねぎ、人参にじゃがいもの3つ。味噌を作るは簡単だけど、半年から1年もかかるし、今は材料の麹が手に入らないから貴重よ」

「有難くいただこう」

 用意された椅子に座りながら、金属網が置かれたバーベキューコンロを見て、ひとつ聞く。

「なあエリアス、それで何を焼くんだ」

「焼くと言っても半焼きよ」

 その手に持っていたのは捌いたカツオだった。

「まさか、かつおのたたきか!?」

 エリアスはコンロの中にわらを入れ、火を付けその上に鰹を置く。

「これ好きでしょう」

「ああ。にしても、まさかここで扶桑料理が食べられるとはな」

「魚市場で新鮮なのを買って捌いたの」

「ありがとうな、手料理を食べさせてくれて」

 辺りが暗くとも顔がパアッ、と明るくなったのがはっきりと伝わってくる。

「ルータが扶桑刀を愛用してるって聞いて、扶桑の事を調べてたら私も好きになっちゃったの。いいわよね、扶桑。また行きたいわぁ」

「同感だな」

 パンと出来上がった味噌汁とかつおのたたきをそれぞれ器に盛り、話を織り交ぜながら食べ始める。

「改めてごめんなさい、ストーカー行為なんてして」

「これからはしないでくれよな」

「ええ、分かったわ」

「ならいいさ。ところで調子はどうだ?」

「こっちは大丈夫よ。むしろ心配なのはルータの方よ! 単艦で世界各国を巡るって聞いた時、肝が冷えたんだから」

 捨て駒と言われても返す言葉もない作戦である故に、エリアスは彼の安否を本気で心配していた。

「安心してくれ。ハイゼルクは俺が設計した超弩級戦艦だし、姉さんもジルも信頼できる腕を持ってる。それに新たに戦艦が4隻もついたんだ。ハイゼルクはもとより、ロイ・ゼントもそう簡単には沈まないって」

「そう。でも約束して、必ず帰って来るって」

「最初っからそう易々とやられるつもりはねぇよ」

 何が起きようとも絶対に死なん。いや、死ぬ訳にはいかない。そんな真剣な眼に黙って頷いた。

「‥‥‥これからも、私の顔を見て怖がらないでくれる?」

「前にも言っただろ。「私は相手を見た目で判断する程愚かではありません」ってな」

「覚えててるわ」

(そう。理由は、何も、言えてないのに‥‥‥。それでも、手を差し伸べてくれた日の事を)

 最初に会ったあの日から、全て変わった事を今まで覚悟が無い故に言えなかった。だけど、今やっと、決心がつく。

「ねえ、何でこんな火傷痕がついたか、聞いてくれる?」

「‥‥‥ああ」

 ゼスルータはそっと箸を置き、耳を傾ける。

「私はね、人間にとって“道具”だったの。ただただ痛めつけて悲鳴を上げさせる為の道具。吸血鬼って大抵の傷は回復出来るから、何度でも利用できると思われていたかもね。鞭打ち焼きごてはもちろん、チェーンソーや斧で四肢や首を切られたりも。でもある日傷痕が残らないのが気に食わなかったのか、傷痕が残る様なことをしてきた」

「聖銀でも使われたのか‥‥‥?」

 地雷を踏み抜きそうだが、恐る恐る聞き出す。

「正解。裸にされて聖銀の粉を撒かれた、それだけでも全身が焼ける様に痛かった。その上油を被せられて火炙りにされたのだからたまったものじゃないわ」

「人間が憎いか?」

「昔はね。でも今はそうじゃない」

 彼女の答えには続きがあった。

「その後軍があいつらを殺して私を解放してくれた。それと復讐心を胸に軍大学の門を叩いた。成績は優秀だったけど、周りからは私を恐れる様に避けた。あからさまに怖がって避けていたわ。だからずっと独りぼっちで、世界がだんだんと“色”が消えていった様に見えて、もう興味がなくなった。けれど、いやだからこそ転職なんて考えは思い浮かばなかったし、結局何十年何百年と軍を全うし続ける羽目になって、気付けば五帝将。「私は何してんだろう?」って考えた時もあったけど、答えは出なかった。そんな時に、「ロウェルが弟子を二人もとった」と聞いて、「へえあのロウェルが。気晴らしに会いに行ってみよう」。そんなしょうもない理由でルータに会いに行ったの」

 割と下らない理由だったが、ゼスルータは意に介していない。

「理由はいいとして、「あのロウェルが」ってどういう意味だ?」

「知ってるでしょ、ロウェルはカリスマ性が物凄くあるってことぐらい。強いし美しいし、何より、後方で踏ん反り返る臆病な奴らと違って、自らの足で前線を視察し、威力偵察を敢行したり、とても勇気のある名将でもあったから当然よね」

「確かに、ロウェル姉は怖いもの知らずだな」

 記憶通りの話に、ゼスルータは一種の懐かしさを覚える。

「副官を付けてた頃には「威力偵察だけはおやめください!」と懇願されていたのよ」

「ロウェル姉らしいや」

「それはさておき、部下からの人望は非常に厚い、剣術や指揮能力も超一級。だから「私を弟子にしてください!」と彼女のもとを訪れる、腕に覚えのある将校達は大勢いた。でもロウェルはその子達を片っ端から断った。私はその子達をひどく哀れだと思わざるを得なかったわ。だから余計に興味をそそられていたのかも。さっき言った通り感情は半ば廃れていたから、あまり覚えてないけど‥‥‥。でも、あなたに会った時の“感情”は覚えているわ。自分でも驚く程ハッキリと」

 エリアスはしばらく目をつむり、懐かしむ様にその記憶を脳裏に思い浮かべた。

「図書館から出て来たルータと扉の前でぶつかって、持っていた紙が数枚床に落ちて、ルータはすかさず拾い始めた。そして私の顔を見上げて驚いた。でも、その驚きは醜い顔に対する恐怖心じゃなかった。ルータは私の胸の階級章に驚いて「申し訳ございません、五帝将閣下!」と早口で喋った。その眼に緊張感はあれど恐怖心は一切なかった。私は驚いた。私の見た目に対して何も思ってくれなかったから」

「あの時は緊張感で「ちゃんと敬礼出来てるか!?」ってばかり考えていたな」

 あの時は本当に緊張していたんだと、ゼスルータは苦笑し出す。

「いずれにしろ、私の顔を見て怯えなかったのはルータが初めてだった。思わず「私の顔、怖くないの?」と聞いたら、一瞬混乱して何も言えなかったよね。その後に言ってくれた言葉が、「私は相手を見た目で判断する程愚か者ではありません」という言葉が私を救ってくれた。その瞬間から全て変わった。モノクロに見えたいた世界が色鮮やかに見えた。あらゆる景色がこれ程美しく、愛おしいものだと初めて知った。そして、恋を知った。あなたに、ルータに‥‥‥。だから許せない! ルータが他の女にとられるなんて許せない!!」

「‥‥‥少なくとも、今のままじゃ誰の男にもなれない」

「‥‥‥どうしてぇ?」

 唐突に自分に向けられた愛と憎悪の目を前にしても、臆さず答える。

「俺は恋愛とんちんかんなんだ。女は好きな相手には些細な変化に気付いてもらえると嬉しいと姉さんから聞いたが、嗅覚が鋭いから相手がシャンプー変えたことぐらい分かっても、それしか分からない。そいつが好意を向けていることには全く気付けない。エリアスが俺を好きだってのも今初めて知った」

「そう、だったの‥‥‥。なら、何度でも言うわ。ルータ、あなたが好き、大好き、愛してる!」

 エリアスにとってかなりのショックだったが、すぐに立ち直り、告白した。

「あー、何て返せばいいのか、分からないけど‥‥‥。ありがとう」

 彼女は思わず微笑んだ。

「それで合ってるわ、愛しのルータ」

 そして唐突に唇を奪う。

「なっ‥‥‥!」

「長話しちゃった。早く食べ切りましょ」

 それからは、ゼスルータは恥ずかしさのあまり、エリアスは嬉しさのあまり、ただ黙々と食べ続けた。

「さっきの返事。OKって事でいいの?」

「なら「喜んで」と言ってるよ。すまん、不甲斐なくて」

「四つ巴の乙女戦ね。でも、絶対に諦めないから」

「四つ巴?」

 三つ巴の間違いではと、ゼスルータは首を傾げる。

「ネイラータ様にヴォーロルルとレニム、そして私よ」

「レニムはそういう仲じゃねえよ」

 あのMADと恋愛など万が一、いや億が一にも嫌だとハッキリと断言する。

「あら、つまり恋愛対象じゃない?」

「レニムは同性愛者だと。だから俺を女にしようとしたが、当然ながら抵抗しているよ。まだ諦めてない様子だがな」

「ふ~ん、なるほど‥‥‥」

(なら先にそいつの野望を潰すべきね‥‥‥)

 恋愛レースで蹴落としやすい奴から蹴落とす。その為にエリアスは早速戦略を練り始める。

「やっぱ恋愛小説でも買おっかな~」

「文章もいいけど映画とかはどう? 映像の方が分かりやすくていいでしょ」

「確かに。今の時代小さなメモリアに入って売られてるからな」

「後で私のおすすめを教えるわ」

「頼んだ。じゃ、そろそろ‥‥‥」

「その前に‥‥‥約束、したでしょ」

 エリアスは首筋を指差しながら彼を引き留めた。

「これでいいか?」

 ゼスルータは座り直し、首筋がよく見える様に襟を広げる。

「それじゃ遠慮なく‥‥‥」

 そこにゆっくりと、痛くない様に優しく噛み付いた。

「んっ‥‥‥」

 かなり長い時間だっただろうか。

「ヒウッ!?」

 何度も血を吸い、そして飲み干した。

「ごちそうさま」

「どう、だった?」

「甘く、それでいて後味がスッキリした、まるで高級なワインの様な味だったわ。また飲みたい」

「また機会があればな」

「その時は贅沢にもっと飲ませてもらうわ。それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 そしてハイゼルクまで戻り、風呂や歯磨きを済ませ、そのまま一直線にベットへ入る。

 が、すぐには眠らせてくれなかった。

「ルータ、やっと帰って来たわね」

「何の用? って聞くのは愚問か」

「約束、守ってもらうわよ」

「分かったよ」

 そして先程と同じ様に首筋を見せ、血を吸わせようとベッドの上に座る。

 しかし、ネイラータはそのまま押し倒し、上半身の寝間着を無理矢理脱がせる。

「ネイ、何して‥‥‥?」

「私は強欲なの。首筋だけって? そんなの嫌よ。腕からも、横腹からも、色んなとことから吸わせてもらうわよ」

「いくらでも吸っていいと言ったが首筋以外はいいと言ってない」

「首筋以外は駄目とも言ってないわよね」

「だからって、アッ!?」

 ゼスルータを黙らせる為に、獣が獲物を捕らえる様に横腹に噛み付く。

「他の女と一緒にいた罰よ。今夜は眠らせないんだから」

(冗談だろぉ‥‥‥)

 それからは、抵抗すら許されず、ただなされるがまま。

「あら、敏感なのね」

「やめっ、い゛っ!?」

 右腕のひじから上をさすっただけで僅かに跳ねたところに、容赦なく牙を立てる。

「ちょっと待って!」

「‥‥‥」

 ゼスルータの懇願も無視し、そのまま生き血を飲み続ける。

「だから待っ、オッ!?」

「‥‥‥? あら、これだけで果てるのね」

 全身をビクッ、ビクッと痙攣させている姿に、ネイラータは異様な昂ぶりを覚える。

「手のひらも味わってからぁ」

「ッ!」

「メインディッシュよ」

 首筋を嚙まれ、そのままダムが決壊してしまう。

 ‥‥‥しかし結局、朝日が昇るまで解放してもらえなかった。

「―あ゛~、眠ぃ‥‥‥」

 眠気をコーヒーでどうにか対抗し、深呼吸をした。

「司令、大変です」

「何だぁ~、どうした~?」

 取り繕う余裕もなく、眠そうなままジルからの報告を聞く。

「大本営より、月面司令部より報告を受けての通達です。「アフリ大陸東方にて敵軍集結しつつあり。どんなに少なく見積もっても50師団前後と艦艇200隻程度の戦力はある模様。目標はハルツームの可能性大なり。ハルツーム及びその周辺の全軍は警戒されたし」とのこと」

「大規模反攻の予兆あり?」

「はい司令、こちらが資料です」

 写真ではヴァミラルの残存兵力がこちらを前にして集まっている姿がありありと写し出されており、文章はその写真から分かる敵が持つ軍艦や兵器、武器の内訳や整備状況などを補足、説明し、我々が油断ならない状況下に置かれている事をしつこいくらい書いてある。

「まだやる気なのか‥‥‥」

 ここでも物量差を思い知らされ、嫌気がさす。

「それと、各艦隊司令官と師団長へ作戦会議室への出頭命令がきています」

「分かった。すぐに向かう」

 作戦会議室では、少将や中将、あるいはそれ以上の階級の将校らが集まっていた。

 当然誰もが歴戦の将であり、最もかつ異様に若いゼスルータと、呑気に鼻歌を歌っているラインハルトはこの面々の中ではかなり浮いている存在であった。

「諸君、既に知っての通り、ヴァミラルはその残存戦力全てをかき集め、ここへ攻め入ろうとしている。今作戦会議はそれに対抗する作戦の提案及び決定を行うものである」

 この作戦会議はロンメラが取り仕切る。

「して、何か提案はあるか?」

「はい」

「言ってみろ」

「すぐさま防備を固めるのが最優先だろう。具体的には塹壕及び火砲の配置転換、そして艦隊の整備をすぐに終わらせたりするのも必要だ」

「確かに、それが最もだ」

 他の将校達も口々にその意見に賛同した。ただ黙っているのは、真紅海へ潜水艦隊を派遣しているとはいえ、今回あまり活躍の場がないエリアス率いる海軍とゼスルータ、そしてラインハルトだった。

「他に意見は? 黙っている者もいるが‥‥‥」

「私達海軍は活躍する機会がないだけ‥‥‥と言いたいけれど」

 エリアスはそう前置きした上で、陸軍の面々をキッ、と睨む。

「ロズワント軍が計画している反撃計画は、そもそも大扶桑帝国と火星共和国との航路奪回を目的としていたはずよ。南アフリ大陸に構っている暇はないし、それ以前に本国の防衛はどうするつもり?」

 エリアスの指摘に、ロンメラは重い口を開く。

「‥‥‥議会の決定だ。政治家共は本土防衛は氷壁と親衛隊で充分と決めつけた上で、ヴァミラル軍が地球侵攻の一大拠点としているガンダーラ帝国も攻略するとほざいてやがる」

 確かに戦況に一塁の希望は見え始めているが、それでも物量差は如何ともし難い。

 ロンメラはロズワント軍とヴァミラル軍の戦力差に全く理解を示さない政府に苛立ちを覚えつつも、

「だが陸軍としても、ゼスルータ中将とフリードリヒ殿下の大戦果によって混乱している南アフリのヴァミラル軍残党は叩き潰しておきたい。本国から奴らを遠ざける好機でもある!」

「まあ、勝てばあとはど~でもいいじゃん」

 ロンメラが決意を露わにしても、ラインハルトはいつも通りだらけている。

「左様ですか‥‥‥。ゼスルータ、俺は若い奴の意見も聞いてみたい」

 しばらく考え込む素振りを見せていたが、やがて口からでた意見はこの場に居る将校らを困惑させたり、激怒させたりするものだった。

「別にここ守る必要無いだろ」

「「「‥‥‥はあ!?」」」

 海軍宙軍はまだしも、陸軍は当然彼を紛糾した。

「何を言う!? ここは我々陸軍が多くの犠牲を払って制圧した場所だぞ!」

「そうだ、他人の苦労も知らないで馬鹿げた事を‥‥‥!」

「もしレオポルグ様がこれを知ったらどうなるか分かっているのか?」

「あんなブタ野郎なんざ知ったこっちゃねえよ!!」

 野次の中からレオポルグの名前だけは聞き逃さず、堂々と敵意をむき出す。

「何を‥‥‥!!」

「それに関してはどうでもいいが、全く、これだから最近の若い奴は‥‥‥」

「そう言うなら言ってやろうか? これだからせっかちな老害共が‥‥‥」

「ほほう! そう言うか! 貴官目にクマができてるぞ、夜更かしして血迷ったようだな」

阿呆あほうだな」

「貴様の方こそ阿呆だろ! ハルツームを明け渡すだと? ここより南にも部隊が進撃している。我が軍が南北に分断されれば、残された南部の部隊は武器糧食が尽きた挙句に包囲殲滅されるではないか!」

 正論を繰り出されても、ゼスルータは平然と、そして意気揚々と答える。

「なら小官をそこの最前線へ立たせてくれてもいいですよ。それに、たとえ孤立しても真紅海に面していれば海から補給は受けれるではないですか。つまり海軍の出番という訳だ」

「確かにそうだけれど、海上から受けられる補給には期待しない方がいいわよ」

 エリアスは狂愛する者の意見でも、作戦となれば真面目だ。

 制空、制海権は充分でない故、水上艦ならミサイル攻撃を受ける可能性もあり、また潜水艦ならどうしても積載量が少なくなると指摘する。

「それで充分だ、もとより長期戦など考えていない」

「えっと、つまり‥‥‥?」

 ロンメラ元帥がエリアスの指摘を踏まえた上で充分だと言い、エリアスもこれには困惑する。

「その案を採用する」

「「「はっ‥‥‥!?」」」

 元帥の結論にゼスルータを除く全員がが困惑した。

「閣下、今何と?」

「二度も言わせるな、「その案を採用する」と言ったんだ」

「ご冗談を‥‥‥」

「何だ? 俺が嘘つきだとでも言うのか?」

「いえ、そういう事では‥‥‥」

 皆を納得させるために、ロンメラは自身の狙いを明かす。

「ここにいるゼスルータと、フリードリヒ殿下の御活躍により、アフリ大陸でのヴァミラル軍補給網はほぼ壊滅的な状況にある。どうしようもないからと各地でゲリラ戦を展開する可能性もあるが、それをされるくらいなら敵の多くをおびき寄せて一撃で叩き潰した方がいいだろう」

「確かに‥‥‥」

「それに元よりここは狙われる可能性が高いですしな」

「元帥殿」

 なるほどと頷く声々の中、ここで渦中のゼスルータが手を挙げた。

「ただここら一帯に“置き土産”を置いておく時間が必要なので、その時間は遅滞戦術で稼いでいただけますでありましょうか?」

「ああもちろん、ちゃんと稼いでやる」

 言葉数が少なくとも、彼らは完全に意思疎通ができていた。

「問題はどうすればここへ奴らを釣れるかですが」

「そこは俺に任せてよ」

 ラインハルトが大丈夫だからと、その役割を請け負う。

「それじゃ、この作戦案を練りに練りますか」

「あの、元帥閣下、我々にはさっぱりなのですので、どうかご説明いただけますでしょうか?」

「仕方ねーか、説明してやれ」

「了解であります」

 それからは、ゼスルータは先程までの態度と打って変わり、全員に向かって丁寧に説明を始める。

 それを聞き終えた後、誰もが感嘆し、それに賛同した。

「なるほど、これがサムライの戦い方ですかな?」

「いいや、“狂戦士おれ”の戦い方だ」


―3日後―

 全ての準備を済ませた帝国軍は、大陸東北部全体を護る様に戦力を配置。

 そして、忘れずに“餌”を撒く。

「―ハルツームにロズワントの皇太子と皇女が揃っているだと!?」

 ヴァミラル軍にもたらされた情報に、驚愕のあまり第十七軍の司令官は思わず聞き返す。

「はい、諜報機関からの情報です。それもかなり正確な情報だと豪語していました」

「なら間違いなさそうだな」

「司令、これはチャンスです。皇族の三名を捕らえ、奴らに降伏を促すチャンスです!」

 副官からの進言には同意だが、つい先日強烈な痛手を負ったばかり。

「補給は大丈夫なのか?」

「はい司令、輸送艦隊及び終結しつつある部隊の再編成も完璧です」

 補給の為のデポや集積地は壊滅的だが、鉄道や道路自体はほぼ無傷。

 また各個撃破されないよう、最も被害の少なかった第十七軍がいる、大陸中央へ続々と残存部隊が集結しつつある。

 それを踏まえ、司令は決断を下す。

「元々一か八かの賭けだ。ハルツームを攻略し勢いそのまま真紅海まで突き進む! 可能なら皇族を捕らえ、無理でも中東にいる友軍と合流する。やってやるぞ!!」

「「「了解!」」」

 更に翌日、ハルツームへ一挙に4万の歩兵と600の戦車と鋼鉄のゴーレムが押し寄せた。戦車は〈ルソー中戦車〉と呼ばれる、長い砲身の130センチ砲を備え、最高時速50キロ。ヴァミラルの主力戦車だ。

「ゴーレム隊、前へ!」

 鋼鉄の塊であるアイアンゴーレムを“盾”にし、後方から戦車で相手を射抜く“槍”となる、まさに攻守一体の戦術だ。

(―いつものやり方じゃん、じゃあ遠慮なくシバきますか)

「そんじゃ俺に続いて~!」

 低空飛行で忍び寄る36人のメルギア航空兵。〈第一メルギア航空大隊〉大隊指揮官はラインハルト・ヴィルヘルム。彼自ら姿を現すことで、ヴァミラル軍が手にした情報の信憑性を高める算段だ。

「大隊、対戦車戦用意!」

 第一メルギア航空大隊は各個に散開し、フレア・ボムの術式を組み上げ、それぞれの目標に投下する。

「―各員、被害報告!」

『今ので20両やられました!』

『ゴーレム隊に損害無し!』

『敵はメルギア兵。その中にラインハルトを確認!』

「何だと!? 師団長、やはり諜報機関の情報は正しいかと」

「うむ、対空戦闘始め! それと、出来れば奴を‥‥‥」

 言いかけたところに、彼らが乗っている装甲車にフレア・ボムが送られた。大隊の中でラインハルトだけが、通信を傍受し、そこから指揮官の居場所を探し当て、その首を狙ったいたのだ。

『師団長?』

 それからは通信網の破壊に専念し、ヴァミラル師団は遂にはまともに命令を受ける事すら出来なくなった。

『応答願う! 繰り返す、応答願う!』

『こちら第三中隊。命令を、誰か命令を!』

「ええい、撃て、撃て!」

 ラインハルト以下36名は反撃を容易くかわしながら攻撃を続けた。

 結果、ヴァミラルの前衛部隊は支離滅裂し、まともに陣形を組むことさえままならなかった。

『―こんなもんかな、そろそろ引き揚げるよ~。あとよろしく~』

戦車前進パンツァーフォー!」

 猛スピードで突撃して来たのは、〈ヴィント中戦車〉。

 他より一回り小さい90センチ砲を搭載するが、ヴィントの名が示す通り、整地で履帯を外せば最高時速は220キロという、戦車ではありえない速度を誇る、人間やその他多くの種族の魔族では到底扱い切れない中戦車。

 そんな“化物”が帝国陸軍で最も有名なティーガーよりも、それどころか帝国陸軍史上、最も多く量産されている訳は、ひとえに日々の訓練と吸血鬼や人狼などという種族が肉体・視力双方において優れているからに他ならない。

「派手に蹴散らせ! ゴーレムは避けろ、狙うは戦車と野砲だ!!」

『『『了解ヤヴォール!』』』

 幾多もの戦場で、ロズワント帝国陸軍の機動戦ドクトリンを正面に展開したゴーレム隊による二重三重もの“壁”によって打ち砕いてきたそれらを相手することなく、戦車の撃破を忠実にこなす。

 ラインハルト大隊のお陰でまともに連絡を取り合うことも出来ず、側面ががら空きだった。

「―側面より敵戦車多数!」

「反撃だ、撃て!」

 各部隊がバラバラに反撃を開始したが、如何せん速過ぎる。狙いを定める暇もなく、逆に一方的に砲弾を叩き込まれるしかなかった。

『―ラインハルト大隊長、全体で敵戦車80両を撃破しました』

「よし、ここで一旦下がるぞ。巻き添えは喰らいたくないからな」

 ヒットアンドアウェイ、終始その戦術に徹する腹積もりだ。

「―あいつら逃げるぞ!」

「ええいっ! ゴーレム隊は動かせねえのか!?」

『こちら第七○○コントロール中隊、ゴーレム隊を向かわせ‥‥‥そんな!?』

「何があった!?」

 ご自慢のアイアンゴーレム隊は重戦車ティーガーⅥの120センチ砲の洗礼を受け始める。

 鋼鉄と防御魔法により撃破とまではいかずとも、榴弾で腕や足の関節部を破壊することは可能だった。

「―いいぞお前ら、このまま狙って撃って下がれ! それを繰り返せ!」

「元帥閣下、中にお入りください!」

 敵前であるにも関わらず、ハッチを開けて双眼鏡で様子を見ていた。

『元帥閣下、ノイ・マウスⅡは出さなくてもよろしかったでしょうか?』

「あれは皇女殿下を護る城壁にもなる。それにまだ温存しておいた方がいいだろ」

『はっ、失礼いたしました』

「別にいいっての」

 待ち伏せし、強襲し、そして撤退する。帝国陸軍戦車部隊は5日間それを徹底して行った。

 ヴァミラル側も後方から遅れて到着した友軍と合流しながら前線の数を増やしていき、ハルツームを目前にした頃には戦車2000、アイアンゴーレム2300、そして歩兵30万が集結していた。

「―やっとですな」

「敵もなかなかやる。だがこれまでの様だな」

「しかし敵艦隊はまだ確認できておりません」

「なら無理にでも出てきてもらうまで」

 空高くを前進するヴァミラル130隻の艦隊。その姿を見ても、ゼスルータやロンメラ以下歴戦の軍人達は全く動じなかった。

「―上手く引き付けてくれるかな」

「‥‥‥フォイア!」

 ロズワント艦隊の奇襲に寄り、一瞬にして半数あまりの艦艇が大破した。

 それもそのはず、インティフィルによるワープ妨害が無い為、ロズワント艦隊は彼らの後方に展開ワープアウト。そして魔力噴射式の主機関めがけて魔弾を放ったのだから、内部から爆発するのは当然だった。

「―我が方後方に敵艦隊ワープアウト!」

「反転、攻撃用意!」

「例の超弩級戦艦を確認!」

「何!?」

 その中には、ハイゼルク率いる第五七戦隊の姿もあった。

(私が司令代理か‥‥‥)

 だが司令官であるゼスルータやヴィルドらは、ある重要な任務に就かされた為にハイゼルクを留守にせざるを得ず、ジルが司令代理を務めさせられている。

「機関長! オルゼ型エーヴィヒ・リアクターの御機嫌はどうだ?」

『大丈夫だよ~』

 ジルの確認に、ラテノはのほほんとした口調で、リアクターがある機関室から通話を返す。

「ルータさん大丈夫でしょうか?」

「まあどうにかなるでしょ」

「そうだといいんですけどね‥‥‥」

 第一艦橋内では、レニムは楽観的だったが、反対にジルは心配性であった。

「艦隊司令より『全艦直ちに反転せよ』との命令です」

 モールス信号を受け取ったヴォーロルルが即座に暗号を解読してみせ、ジルに報告する。

「反転! フェルリア、アスナ」

「了解、面舵一杯」

「艦隊、反転サセマス」

 充分引き付けれたと判断し、おびき出す様に背を向ける。

「―敵艦隊、反転します」

「提督、これは罠かも知れませんが、彼らを無視する訳にもいきません」

「陸軍にも伝えておけ、我々はあの艦隊を追うとな」

「はっ!」

 参謀の具申に、ヴァミラル艦隊は後者を叩くことを選んだ。

「―よし! これで空を心配する必要はない。次は奴らを“ご招待”すればこっちのものだ」

 ゼスルータはこれを見て、第一段階は成功だと心の内でガッツポーズ。

 艦隊の判断に一時は失望したヴァミラル陸軍だったが、部隊を進めさせている内に奇妙な感覚に襲われた。

「―おい、敵はどこだ?」

「分かりません」

 ハルツーム野戦司令部とその周りは既にもぬけの殻であった。手当たり次第建物のドアを蹴り開け、中を探しても誰もいないどころか、家具などの物は一切ないのである。

「艦隊より報告、『砂嵐により我敵を見失いたり』とのこと」

「砂嵐? 予報では風ひとつないはずだが‥‥‥」

 その砂嵐はロズワント軍が風魔法で起こしたもの。

「それで?」

「すぐこちらと合流するそうです」

 ヴァミラル艦隊は仕方なく陸上部隊と合流するという。

「それはそうと‥‥‥」

「ああ、分かってる。何としてでも皇族を一人でも捕らえたいところだ。これから捜索だ、後続の部隊もすぐに来させろ」

 諸部隊を集めつつ、丸一日中探し回っても、痕跡らしいものは何も見つからなかった。

 兵士達の間では、「ロズワントはもう尻尾巻いて逃げたのでは?」との噂が広がり、明日からは掃討戦だと慢心気分だった。

「あいつら、結局何してんだろうな?」

「わっかんねーよ。とにかく無血開城したって事は間違いないだろ」

 そう言いつつ、煙草を取り出しそれに火を付けた。

「おい馬鹿、いい的になっちまうぞ」

「大丈夫大丈夫、どうせ敵はサボタージュ決めてんだから」

 ‥‥‥勤勉なロズワント帝国軍が職務怠慢などしているはずなどない。

「―元帥閣下、いつでも行えます」

「行くぞ、3、2、1‥‥‥起爆!」

 建造物内部に家具類が一切無かったのは、床下に大量の爆薬や爆裂魔法陣を設置するのに邪魔だったからだ。それらを大都市の至る所に仕掛け、TNT換算では5キロトン分。その全てを同時に起爆させたのだから、甚大な被害が出るのは当たり前だ。

「―ああああああああーーー!?!?!?」

「消火だ、火を消せ!」

「無茶言うな、馬鹿!!」

 ヴァミラル陸上部隊は一瞬にして壊滅的損害を被った。歩兵約20万が死傷し、戦車・アイアンゴーレムも合わせて半数近くを失ってしまう。

「じょ、状況を報告しろ!」

『火が、火災が街中に‥‥‥!』

『死傷者多数、早く軍医を!』

『こちら第一三大隊、ほとんどがやられた。すぐに救護を!』

「各部隊からの緊急通信が止まりません!」

「何の冗談だ!?」

 一方、停泊していた航宙艦隊は炎の魔の手から逃れようとサイレンをけたたましく鳴らし、緊急発進に取り掛かっていた。

「急げ、私物は捨てろ!」

「艦長ぉ!」

「何だ! こんな時‥‥‥なっ!?」

 参謀が見上げた先には、飛来するミサイルの雨。それら一発一発は正確に外すことなく命中し、大破・着底させる。

『―これで私達の役目は終わり、後はのんびり高みの見物ね』

 真紅海を潜航する攻撃型潜水艦〈UZ-117〉の艦橋で小声で、気の引き締まるテレパシーで、エリアスは潜望鏡から光信号『全弾命中』を確認し、目を放す。

 先程のは同型艦5隻との連携した攻撃だ。

『まさか我々にも出番が出来たとは‥‥‥』

『友軍が艦艇停泊所をハルツーム付近に整備していたのは幸運でしたね』

『そうね‥‥‥』

 他に心配事に気が向いており、聞き流しつつ素っ気なく答えた。

(どうか武運を‥‥‥)

 地下に張り巡らされた水道のマンホール下には、臨時編成されたロズワントのゲリラ戦部隊がじっと機をうかがっていた。

『各隊へ通達、第一フェーズは終了した。これより第二フェーズへ移行せよ』

「さ~て、突撃するっすよ! まずはコッソリ素早く出て‥‥‥」

「はあ? 何言ってんだ、派手に登場するに決まってんだろ」

「「「えっ‥‥‥?」」」

 ヴィルドにラゼルやニコラス、そして陸軍兵士らが一斉に目線をゼスルータに向けたが、彼は気にすることも無くマンホールをアッパーで殴り飛ばし、ジャンプで華麗に地上に出る。

 直後、奇襲であるにも関わらず信号弾を打ち上げ堂々と名乗りを上げる。

「やぁやぁ我こそはロズワント帝国宇宙軍が中将、オルハ・ルナ・ゼスルータなり! 貴殿らはヴァミラル陸軍とお見受け致す。腕に覚えのある者は名乗り出よ!!」

「「「何言ってんだーーーーーーー!?!?!?」」」

 当然、味方は「何してくれちゃってんの!?」状態だし、これで折角の奇襲が強襲になってしまった。

「いや分かってんの!? これ奇襲だよ! 何堂々としてんだよ!!」

「そうっすよ、うちら死にたかないんっすよ!」

「ラゼルに同感ですわ、ゼスルータ様」

 ヴィルドとラゼルとニコラスから、総ツッコみが放たれても、それが何かという態度。

「何を言う。武士というものはな、たとえ敵が寝込んでいる隙を狙ったとしても、枕を蹴飛ばしてから襲うんだぞ。それにな‥‥‥」

「「「それに?」」」

「皇族が三兄妹とも参戦するんだよ。何かあったら陛下に殺されるよ、マジで‥‥‥」

 そうなるくらいなら、ゼスルータはこちらが陽動になればいいとはっきりと断言する。

「あ~なるほど。こうしたら俺達が目立って敵を引き付ければそのリスクも減るってことか」

「そういう事だ。それにあいつら全員ビビってるし」

 彼の言う通り、攻撃する隙は腐る程あったのだが、誰も攻撃しないどころか怯えていた。

「―紫銀のゼスルータだ‥‥‥!」

「悪夢か? これは悪夢なのか!?」

「終わりだ‥‥‥」

 あるヴァミラル兵は歯をガチガチ鳴らし、またある者は両手で頭を抱えていた。

「逃げろーーー!!!」

 その場にいたヴァミラル兵は、負傷の有無に関係なく一目散に逃げ始める。

「―敵前逃亡とは感心しねえな‥‥‥者共、突撃せよ!!!」

「作戦開始ィ!」

「Hurraaaaaaaaaaa!!」

 様々な場所にある地下の水路出入口から続々と走り出す帝国陸軍兵。その一報は両軍の司令部に伝えられた。

「あー、派手に燃えてんな~」

「―しまった!」

 ロズワント側は将校らが笑みを浮かべ、ヴァミラル側は度肝を抜かれ恐怖している。

「―ていうか、これやり過ぎじゃね?」

「っつかアッツ!? えっ、これ生きて帰れるんっすか!?」

 ヴィルドとラゼルが小言を言うくらい、既に周りは火の海。この中でゲリラ戦をやろうというのだから正気とは思えない。

「まいったな、ルルに来てもらえれば水魔法で何とかしてくれたかな?」

「おいおい、いい歳したおっさんが幼女に頼ろうとしてんじゃねえ~、よッ!」

 300m先の角から現れた中戦車のエンジンをパンツァーメタルⅠで的確に撃ち抜く。

 彼らに見向きもしなかったことから、ただ逃げようとしていたところかも知れない。

「お見事です。ところで、お三方、防塵マスクは着けないのですか?」

「「「あっ‥‥‥!」」」

 ゼスルータはメルギアとそれに付属する酸素マスクを着けているし、彼らもまたいつの間にか黒い前面マスクを装着していた。

『おいルータ、俺達の分はないのか?』

 ハンカチで口を覆ったヴィルドが尋ねる。

「えっ、貰ってねえの? 頼めば陸軍から分けてもらえたかもしれねえのに?」

『じゃあ何で聞いてくれなかったんすか?』

「俺陸軍嫌いだから。特にあの変態狼男」

『ちょま、それ洒落にならないですって』

 宙陸対立に巻き込まれて戦死という、下らない理由で死ぬのは御免だと、ヴィルドとニコラスは顔を青ざめる。

「君ら予備持ってるか? あるならこいつらに分けてくれないか?」

「失礼ですが、予備は無いです」

「シュバルツ・ゲネリエン」

 彼が着けているのと同じ形だが真っ黒い半面マスクを3人に渡した。

「これで何とかなるだろ。さて、追撃と行こうじゃないか」

 敵を追い求め、業火の中を縦横無尽に駆け出した。敵を見つければ容赦なく斬り撃ち薙ぎ払った。

「メドゥーサ・スライス」

 剣先で少し掠り傷を負わせただけの剣筋。

「―馬鹿にして‥‥‥うあ゛!?」

 それだけでそのヴァミラル兵は手足の指先から腕や脚、そして胴体から全身まで石像と化す。

「―‥‥‥ルータちゃんおっかないっすね~」

 即死級の呪い付き魔剣を普段使いする、ゼスルータの狂った感覚にラゼルは少し恐怖する。

「というかこの魔剣が凄い。元からかなり強い呪い属性が付与されてるし、何より呪いをあまり使った事が無い俺でも扱いやすい」

 ラゼルどころか、使用者であるゼスルータすら、魔剣ゴルゴンソードの恐ろしさにビビっている。

「小隊長、ここらに敵はあまりいなさそうです」

「ふむ、高い所から偵察というのも無理そうだし、どうやって敵を見つけ出そうか‥‥‥?」

「とっくにやってる。イーター・ハンドで探し回ってるが、ほとんど負傷してたり逃げ回ってるよ」

「やっぱこれやり過ぎじゃね。一体どんだけの規模の爆発だ?」

 街を丸々ひとつ消し飛ばしたのでは? という程の惨状に、ヴィルドからかすれた笑い声が漏れる。

「さあ? 規模とか決めたの陸軍の方だし」

 所々燃え尽き、倒壊し始めた建物が目立ってきた。

「俺らここに居続けて大丈夫なのか?」

「司令部より通信、『敵をハルツームから追い出す様に追撃せよ』とのこと」

「第三フェーズの始まりか」

 記憶した地図を頼りに、ほうきで隅へ掃う様に範囲攻撃魔法を連発し始める。

「ディメンション・ボム」

 ゼスルータの魔力弾は炎や瓦礫を吸い込み粉砕し、射線を確保した。

「フォイア!」

 そして統率が戻り始めたのか、かかって来た敵兵を撃ちまくった。

「おい、重機関銃の設置はまだなのかよ!?」

 騎士団の盾に付与エンチャントされたリフレクターを展開し、攻撃を防ぎ続けるヴィルドは急かす様に問う。

「もう少しです!」

「マジで頼むぞ~」

「あいつら、逆にこっちを押し込もうとしてるな」

「そりゃあからさまに追い出そうとしてるからな。流石に気付くだろ」

「ちょま、マジヤバいっすよ! 飛んでくる弾の数も増えてきてるっす!」

 遠距離戦が苦手なラゼルは、建築物から身を隠すしかない。

「土塁構築してるからちょっと待ってろ」

 黒く、即席であるにも関わらず、機関砲すら防ぐ防衛陣が完成しつつあった。

「ルータ様、敵の数はどのくらいですか?」

「100人規模程度がこっちに向かってる。でも逃げて来るって感じだな‥‥‥」

「はあ? 何でだ?」

「‥‥‥剛撃の鉄槌!」

 地面や空気を伝って響く衝撃と轟音。それは敵と共に黒い即席土塁の背後にしゃがんでいたロズワント陸軍兵の幾人かをも吹っ飛ばした。

「今のは何なんっすか!?」

「ヤッホ~、ルータくん」

「ラインハルトか、無事そうで何より」

「うわ~、本当に皇族までここに居るのか‥‥‥。怪我でもしたら大問題だろうに」

 とはいえ吸血鬼だから、そう大変なことにはならないだろうと、そう言ったヴィルドも冗談半分のつもりだ。

「ヴィルドよ、だから俺は艦隊司令の任務をすっぽかして来たのだよ。俺はヴァミラルでは有名だし、囮にならんこともないだろうからな」

「ハハッ、苦労させてすまんな」

「いや、何でこっちに来のでありますか? フリードリヒ様は確か地下に指揮所作ってそこで全ゲリラ戦部隊を指揮してたはずでは? ほら、灯台下暗し的な考え方で最前線に指揮所置いとけば割と気付かれないだろうと提案し実行してたでしょう」

 その疑問にラインハルトは軽いノリで笑いながら答えた。

「それがさ~、その場所がバレて火炎瓶放り込まれたからついさっきそこ放棄してきたんだよね~。通信機器も半分くらいヤラれちゃったし、参謀達も結構怪我したんだ。だからここに逃げて来たんだ~。あっ、ついでに司令部ここに移すから」

「何でうちらの居場所が分かったんっすか?」

「それは、自分がフリードリヒ殿下に対し答えたからであります!」

 1人の通信兵が敬礼した。

「そうそう、それに敵のテレパシーを傍受してたら、1万の大軍が俺らをひっ捕らえようと集まって来てるらしくてさ、ちょっと俺らのこと守ってくれる?」

「「「‥‥‥はあ?」」」

 彼らは耳を疑った。そして、それはクソふざけたジョークであると信じたかった。

「ハッハッハッ、ラインハルト殿下はご冗談がお好きなようで」

「何言ってるの? これ冗談じゃないから」

 小隊長の希望はことごとく一蹴される。

「冗談じゃねえよ! たかだか1個メルギア大隊と陸軍1個小隊と俺ら3人で2人と参謀達を守れって!? どうしろっつうの!!?」

 あまりの戦力差に、ヴィルドは発狂混じりにツッコみを叫んでしまう。

「流石に守り切れねえぞ、司令部に救援を求めろ!」

 ゼスルータすらこれは非常にマズいと、通信兵にそう指示を出す。

「了解!」


―ハルツーム北・移動司令部(ノイ・マウスⅡと装甲車)及び司令部集団―

「皇女殿下、フリードリヒ殿下とラインハルト殿下が窮地に陥っている様です」

「指揮所の場所が漏れたのかしら‥‥‥? まあいいわ、それでどうしてるの?」

「ハルツーム3番地にてゼスルータ隊と合流。現在防御陣地を構築しつつ敵部隊と交戦中、あまり長くは持たないとの事」

「どうします? 作戦じゃあ出て来た敵をひとつずつ美味しく狩るつもりだったが‥‥‥」

 ロンメラがノイ・マウスを傍に寄せさせ、ネイラータの意向を伺う。

「ロンメラ師団はシチリア軍第八旅団と合流し、北西部から市街地へ前進、敵主力を釘付けにしなさい。内部に入れなくてもいいわ。その場合交戦地点から南にかけて包囲網を構築して」

「了解だ、歩兵共は戦車にしがみつけ! 戦車前進パンツァーフォー!!」

 砂地を荒々しく進撃するキャタピラ音。背に兵士らを背負い、火の海目掛けて突き進む。

『敵を発見! 歩兵がチラホラ見えます』

 先陣を切るシチリアの〈C-34軽戦車〉。砲塔が無く、二連装20mm機関砲を搭載した、2人乗り戦車。

 火力不足で対戦車戦ではあまり活躍出来ないので、主に偵察に使われる。

「その機関砲で追い払え。親玉が出て来たらすぐに下がれ」

『じゃあ下がる! ルソーがぞろぞろ出て来やがった。20両以上はいやがるな』

「逃げ道でも作るつもりか。歩兵は飛び降りろ」

 速度を緩めたりせず、戦車軍団はそのまま突っ切る。

「敵戦車発見! いつでも撃てます」

「まだだ‥‥‥止まれ!」

 突如操縦士の背を蹴りフルブレーキを指示。そして間を置かず足元に砲弾が着弾。咄嗟の判断で損傷を免れた。

「なかなか上手い一斉射撃だ、だがこっちだって負けちゃいねえよ!!」

 ノイ・マウス及び30両のティーガーⅥによる統制射撃。絶え間なく砲弾を撃ち続ける。

「敵戦車、倒壊した建物に身を隠しました」

「遮蔽物ごと薙ぎ払え」

 命令された通り包囲網を構築しつつ、その後も攻撃を続行する。

「―マズい、囲まれた!」

「落ち着け、まだ南と北は薄い。退路をどっちかに作ればいい」

「駄目です少佐! 北から敵司令部集団接近中との報告が!!」

「「「何!?」」」

 将軍ジェネラルとそれに率いられた兵士ソルジャーを彷彿とさせる陣容の戦車の群れ。ネイラータが指揮する第一○機甲大隊(+ノイ・マウスⅡ)。

 指揮官が食中毒に当たってしまった為、急遽皇族軍人でもある彼女が代理を務めている。

「このノイ・マウスⅡの装甲はそう簡単に貫けないわ。前線は私自ら押し上げる。あんた達、しっかり付いて来なさい!」

「「「はっ!」」」

(―もらった!)

 遮蔽物の角からの待ち伏せ攻撃。中戦車4両による、しかもゼロ距離に近い距離からの一斉射撃。

 普通重戦車相手でも充分通用するはずなのだが、ノイ・マウスⅡには効かない。

「は!? 無傷!!?」

『3号車下がれ!』

 そんな暇など一切与えられる訳もなく、今度はその20.3センチ砲をどてっ腹に穿たれた。

「―フォイア」

 ノイ・マウスⅡと3両のティーガーⅥは5秒もかからずその小隊を全滅させる。

「見事ね」

「いいえ、このくらい当然です」

「前方2キロ先に信号弾確認!」

 パアッ、と黄色く輝く信号弾。その色はロズワント軍では「掩護求む!」という意味を持つ。

「急ぐわよ! 障害物があろうと体当たりしてでも突き進みなさい!!」

了解ヤボール、かっ飛ばしますぜ!」

 言うや否やフルスロットルで戦車を走らせた。

「―畜生めええぇぇぇ!!!」

 ラゼルは半狂乱に叫びながらルソー中戦車の砲身を剣で叩き曲げる。

 そしてゼスルータがすぐさま砲身が曲がって撃てなくなったその戦車の車体と砲塔の間を乱れぬ剣筋で斬り捨てる。

「敵もやけくそになってんなこれ」

「我がしもべたる、死にし大魔導士よ。盟約に従い我が元に馳せ参ぜよ、ヒルデガルド!」

「やっと出番ですかね」

 火の竜巻の中からヒルデガルドが跪きつつ召喚される。

「助太刀頼む!」

「承知致しました。ディフェンス・ブースト」

 ヒルデガルドの補助魔法はその場にいる全員どころか、即席塹壕にまで防御強化を付与した。

「もう1回ブチかませ!」

「わーかってるよ」

 重機関銃の弾倉を交換し終え、再び乱れ撃ち。しかし、撃っても撃ってもまだ敵は溢れて来る。

 参謀らも心許無い拳銃で応戦してはいるが、焼け石に水だった。

「おいヴィルド!」

 そして鉄剣を投げ渡した。

「敵から奪った物のようだが、これが何だ!?」

「お前雷属性の魔力持ってんだろ。だったら電磁砲レールガンみたいに飛ばせるだろ」

「電磁砲? 何だよそれ!?」

「ええっと、物体を電磁気ローレンツ力で火薬やそれ以外の爆発を使った砲よりも速く弾を飛ばす兵器で‥‥‥。もういい、テレパシーでイメージを送るから後はどうにかしろ!」

 無理矢理頭の中にねじ込まれたイメージ図と数式。イメージはなんとなく伝わったが、数式は全く理出来なかった。

「数式は無視でいいか!?」

「はっ!? 待って下手に魔力を込め過ぎると‥‥‥!」

 既に剣にはいくつもの魔法陣が、腕に通したブレスレットの様に展開されていた。

銃身バレルが無いから精度は期待できないが‥‥‥」

「おい、その剣に付与させろ」

 フリードリヒが手をかざすと刀身が赤くなる。フレア・ボムを付与したのだ。

「レールガン!!」

 その鉄剣は軽々と音速を超え、戦車を真正面から貫通し、更に円錐状に爆発し後ろにいた兵の集団を焼き飛ばした。痕はちょっとしたクレーターの様な感じになってしまう。

「フュー、ナイスショット」

「‥‥‥やり過ぎじゃないっすか?」

「―何だ今の?」

 それは他のヴァミラル兵に恐怖を与えるのには充分であった。

「―フォイア!」

 すぐ左後ろの3階建てのアパートが倒壊した。

「道を開けろー!」

 そしてその中から派手に登場する超重戦車。その頼もしい友軍の姿を見て、士気が高揚しない訳がなかった。

「やっと合流出来たわね!」

「ここらに団体客が多過ぎてよ、スタッフの数が足りなくて困ってたところだ」

「ルータったら、冗談が言えるのならまだまだ余裕そうね」

「まっさか~、死ぬほどキツイって」

「再装填完了」

「全部まとめて蹴散らしなさい!」

 それからは、ただ一方的な戦いだった。ヴァミラル軍はゲリラ戦部隊とそれに合流したラインハルトら相手にルソー中戦車や野砲を持ち込み、逆にそれら火力の高い兵器から優先的に反撃され、破壊されていた。

「ちっ、くっ、しょーーーーーー!!!」

 それでも残った野砲等で抗戦を試みたが、ゼスルータやラインハルトが先回りして上空からそれらを発見報告し、快進撃を止めるには至らなかった。辛うじて残った部隊は何とか連携を取りながら南へ向かい、突破しようとしたが、結局ロンメラ率いる本隊相手に降伏した。

「‥‥‥やっと終わったな」

 翌々日の朝、朝刊を読むヴィルドは安堵のため息をつく。

「いいや、まだ先は長いぞ」

 ハイゼルクの司令室で送ってもらった新聞を読んでいるヴィルドと、報告書を書き続けていたゼスルータはペンを置くと椅子の背もたれにもたれかかった。

「お加減はいかがですか?」

 昨日は風邪? で一日中寝込んでいた主を気遣うヒルデガルドに対し、ゼスルータはにこやかに答える。

「大丈夫だよ、別にのどや鼻に異常は無かったからよく分からんが、レニムに薬を処方してもらったし、ちゃんと回復したよ」

「なら良いのですが‥‥‥」

 それよりも今後の事が重要だと、ゼスルータはヴィルドに昨日は何が起きたか確認する。

「ところで、現状はどうなっている?」

「しばらくはアフリじゃ掃討戦と各国との国交回復を進めるってさ」

「それが済んだら真紅海を渡って‥‥‥まずは中東方面へ進撃か? それまでは俺達艦隊屋も休めるだろうな。さてと、報告書も書き終わったし、ニュースでも確認するか」

 魔導歴世界における情報通信網である〈テレパスワーク〉。ゼスルータはそれに繋いだ水晶板から新聞記事を漁り始める。

「ニュースか、こっちの国は暗いニュースが載ってるよ」

 見出しには「止まらぬ学力低下 公立学校中心に」と書かれていた。

「数年前ジョージ内閣が〈落第ゼロ法〉を作ってから子供達の学力が下がっていってんだよな」

「当たり前だろ。やれテロとの戦いだのと国民を煽って軍事費増加、からの教育費などの社会保障費はバッサリカット。奨学金も利子付きで返せ、出来なければ自己責任だ。教師も残業してでもテスト対策をさせろ、生徒の成績が上がらなければクビ。そんなやり方で学力が上がる訳があるか! おまけに学費ローンで子供を貧しくさせて市民としての権利を奪い、軍に入れば取り戻せるよと甘い言葉で経済的徴兵。そんな事をするなら最初から開き直って徴兵制をやればいいだろ!!」

 思ってもみなかった怒涛の怒りの声に、彼はビックリしてゼスルータをまじまじと見た。

「どうしてそこまで熱く語るんだ?」

「俺はな、国民を騙したり、戦争を引き起こしておきながら後始末をしないクズとそれを優遇する外道は大っ嫌いなんだよ。テロリストじゃなく民間人を6万人以上殺したゴミ首相だから言えるが、このクソジョージが祖国で政権を握ったら間違いなく爆破テロでぶっ殺してるね」

 戦争で儲けるなとは言わないが、国益にすら反する戦争をやるのはダチョウ以下の馬鹿だと、ジョージに対し嫌悪感を隠そうともしない。

「確かに、当時はテロリスト相手よりも国民を監視する政府の方が怖くて何も口に出せなかったな‥‥‥」

 ヴィルドから見ても、当時“マスゴミ”に踊らされ、「おかしい」と言えなかった学生時代の頃を思うと自分が情けなくなった。

「あの、主の祖国ではどの様なニュースが報道されているのでしょうか?」

「ああそうだな‥‥‥」

 ヒルデガルドに聞かれて再び水晶板に目を移し、そして愕然とした。

「どうせ「アフリ戦役集結 我が方圧倒的勝利!」とか、そんなところだろ」

「全然違う‥‥‥」

「‥‥‥何だって?」

 最上部の見出しには「帝国宙軍中将 皇女殿下を洗脳!?」と書かれていた。しかも一緒に載せられた顔写真は紛れもないゼスルータのものだった。

「今日ってエイプリルフールだっけか?」

「今日は11月26日だぞ」

「‥‥‥失礼します」

 じゃあ何でこんな訳の分からない記事が書かれたのかと不思議に思っていたところ、司令室に押し入って来たのは、逮捕状を携えた警察だった。

「あなたがゼスルータ中将ですね?」

「そうだが、何か?」

「あなたを不敬罪及び性的暴行の疑いで逮捕します」

 その一言で、ゼスルータはこの一件は出来レースだと察する。

「ちょい待ち! ルータはそんな事‥‥‥」

「狼狽えるな! 身の潔白は法廷で証明すればいい」

 かばおうとしたヴィルドを一喝し、静止する。

「あなた達、これはどういうわけ?」

「「「皇女殿下!」」」

 冷たく怒気を孕んだ声で、そしてこめかみの血管が浮き出た顔で警察官たちを問い詰める。

「見ての通り、何故か逮捕されるところだよ」

「ふざけないで! 私は洗脳されてないし、性的暴行なんて‥‥‥」

 ネイラータは擁護していたのだが、途中で何を思い出したのか言葉が詰まり、冷や汗をかいた。

「我々は正義の味方です。何なりとおっしゃってください」

「むしろ私がした方になるの、かな‥‥‥?」

「一体何を‥‥‥?」

「ハルツームの作戦会議の昨夜に私がルータをベットの上にはっ倒して、朝になるまで色んな所の血を吸ったわ‥‥‥」

「それは事実なのですか?」

 警察の質問に、ネイラータは目を泳がせつつも頷く。

「そういやその翌朝にルータは目にくまができてたな。なるほど道理で‥‥‥」

「言うな馬鹿ぁ‥‥‥!」

 ゼスルータは両手で顔を抑え、恥ずかしさのあまり下を向く。

「しかし証拠がなければ‥‥‥」

「いや、艦内の至る所にマイクや検出器があるから音声とかは残ってるはず‥‥‥」

「「はあ!?」」

「主に自動で隔壁閉鎖したり、侵入者が銃を使ったら艦内のどこで、銃声のパターンからどこ製の銃でどういった弾丸が使われたのか瞬時に把握したりする為にだよ。軍艦ならどの国でも装備されてるよ」

「今すぐ弁護士と証拠を集める為の技術者を呼べば‥‥‥」

 ならば一瞬で我が主の無罪を証明できると、慌てて出ようとしたヒルデガルドは、扉の前で立ち止まる。

「必要無い」

 司令室に入って来たのは、ゼスルータやフェルリアと同じ金髪のサイドダウン、翡翠色の尖った目をし、軍服を着たエルフだった。

「あなたは?」

「お久しぶりであります、軍令部総長」

「「「ええっ!?」」」

 無表情で応対するゼスルータに対し、軍令部総長は彼を蔑んだ目で見る。

「いかにも。私はレオナ・フォン・ハイドリヒだ」

「第五七戦隊司令のオルハ・ルナ・ゼスルータ中将であります。して、証拠集めの必要が無いとはどういう事でありますか?」

「証拠集めは既に部下にやらせているし、優秀かつ信用できる弁護士も雇っておいた。アクセスする為のパスワードも把握しているから何の問題もない」

「それは有難いのですが‥‥‥」

 今度は張り付いた笑顔で答えるが、どこかいびつな感情が混じっている。

「やけに話が早過ぎるんじゃないか?」

「ヴィルド!」

 ゼスルータは突然大きな声で、ゆったりと首を横に振った。

「疑問に思うのは当然だが、少なくとも“客観的”に判断し行動してくれているんだ。それに文句を言うのは野暮と言うものだよ」

「はあ‥‥‥」

税金泥棒けいさつ共、さっき言った罪状は本当か? 私には皇女殿下は正気を保っておられる様に見えるのだが?」

 殺気と憎悪をあからさまにし、警官二人に侮蔑の視線を向けるレオナ。

「しかし現に裁判所から逮捕状が出ていますので‥‥‥」

「それは大方彼の存在を煩わしく思っている奴らが賄賂でも渡して出させたものだろう。それにな、何が「正義の味方」だ! そう自称するのなら、祖国に巣食っている移民と金官国人と白豪主義者をひとり残らず撃ち殺せばいいだろう。移民は今や罪を犯しても取り締まられない特権階級! 金官国人は女を弄び人生を狂わせ、白豪主義者は快楽殺人鬼と同じ様に黒人達を撃ち殺しているんだからな!!」

「それは、その‥‥‥」

 その肉声と瞳からは、彼らに対する憎悪と復讐心が窺える。

 彼女に潜む「闇」を感じ取り、警察官らは恐れを抱く。

「総長殿、その話は後でじっくり同胞達と議論すればよいじゃないですか。小官の無罪も、法廷で証明しましょう。そして、その外道共の苦い顔を拝めばよろしいのでは?」

「‥‥‥ひとまずはそれでいいだろう」

「ハイドリヒさん」

 ヴィルドは司令室から出ようとするのを呼び止めた。

「まだ何かあるのか?」

「あなたは白人が嫌いな様だが‥‥‥」

「白人を含めた人間族は総じて「害獣」でしかない。お前は私費で魔族をも受け入れる孤児院や病院に多額の寄付をしているが、どうせ本質は同じだろう」

「‥‥‥何でそれを知っている?」

『ヴィルド、だから首を突っ込むなって』

 寄付の話は自慢する訳でもないから誰にも言っていない。

 なのにその事実を知っている事に警戒心を抱いたヴィルドだが、ゼスルータから今度はテレパシーで再び釘を刺される。

「君は中将、つまり公人だからだ」

「はあ‥‥‥」

(だからって経歴に載せた覚えはないんだよな‥‥‥)

 何故か自身の過去を調査されていた事実に、ヴィルドは一種の不気味さに感じる。

「別にそれくらいいいだろ。ほら、さっさと俺を連行しろ。そうしに来たのだろう?」

「ええ、はい」

 警察官から手錠をはめられ、ゼスルータは司令室から連れ出される。

「今のはどういう事よ!? ってああ!!?」

 るョックを受けたフェルリアは混乱していたが、レオナを見ると更に驚いた。直後、ハイドリヒはフェルリアを優しく抱き締め、頭を撫でた。

「落ち着け。君の大切な兄は必ず救って見せる」

「はっ、はい」

「レオナ総長、データは全て収集し終えました」

 指示を出した部下から報告を受け、レオナは戦艦ハイゼルクから去る。

「では撤収する」

 その晩、艦内食堂にハイゼルク組のほぼ全員が集まった。

「しかし、とんでもないことになってしまった。はてさてどうすべきか‥‥‥」

 もういっそ裁判所を襲撃するか? と冗談なのか本気なのか分からない表情でニコラスは考え込む。

「使節団の面々はラゼルと一緒にアフリ中を飛び回ってる頃だが、まず彼らにも知らせるよう連絡を取るか。証人になるネイ以外も法廷には傍聴には行けるだろうし」

「もちろん行きます!」

 ヴィルドの意見に、ヴォーロルルは必死に右手を挙げ、同意する。

「それはいいとして、ジル様はどこにいらっしゃるのですか?」

 ヒルデガルドからの指摘により、そこで初めて二代目艦長の姿が見当たらない事に気付いた。

「そういえば、今日はあまり見かけなかったわ」

「全く、上官が大変な目に遭っているのに、どういうつもりなわけ?」

「私に任せるのだ!」

 ローゼンが胸に拳を当て、自信満々に息を吸い込む。

「居場所が分かるのか?」

「そんなの、匂いで分かるもん」

 ローゼンの鼻を頼りに、皆がついて行くと、食堂から艦尾に向かった。

 そして辿り着いたのは機関室下の隅。

「本当にこんな所にいるのかしら?」

「間違いないのだ」

「ヒッ!」

 どういう訳か、ジルは配管の陰に隠れていた。

「お~、いたいた」

「流石ローゼンちゃん」

「えっへん!」

 褒められ、胸を張るローゼンの姿は、子供らしく可愛らしい。

「あの、軍令部の方々はもういませんよね?」

「もうとっくに帰って行ったわよ」

「はぁ~」

 ホッとした息と共に、陰から出た。

(おいマジか‥‥‥)

 ヴィルドは、ジルが陰から出るまで、腰のホルスターにある拳銃に手を添えていたことに気付いたが、黙っておいた。

「まさかずっとそこに隠れてたのか?」

「当たり前です! 軍令部なんて狂気の沙汰以外何者でもありませんから!!」

 半分正気を失った様に声を荒げるジル。

「それはどういう意味ですか?」

「“それ”を知ったら気が狂うからよ!」

 ゼスルータもあんな奴らと真正面から対立しているせいで、悪夢の軍内派閥争いに巻き込まれたが、生きているのは奇跡だと、いやだったと嘆く。

 ジルは、質問してきたヴォーロルルには無事でいて欲しいからと、絶対に何も知ってはいけないと忠告する。

「落ち着きなさい。理由は分からないけど、軍令部がトラウマになっているって事だけは分かったわ。私以外は法廷を傍聴するつもりだけど、無理しないでいいから」

「‥‥‥法廷とは?」

「えっとね」

 フェルリアからの説明を受けたジルは、あろうことかゼスルータの心配をせず、恐怖でしゃがみ込み、縮こまる。

「国が‥‥‥ロズワントが滅ぶッ‥‥‥! どうすれば‥‥‥逃げる? 逃げた方がいいわ!! そうねそうしましょう!!!」

「‥‥‥ジルがぶっ壊れた?」

 普段ならキレッキレのツッコみをかますヴィルドだが、完全に発狂してしまったジルを見て、心配心と、底知れぬ不安に駆られる。

「‥‥‥大丈夫なのか?」

 あまりの発狂具合に、ローゼンですら本気で心配し声をかける。

「ねえジル、ハイゼルクに内火艇はあるかしら?」

「あったとしても貸しませんよ! 今本国に行ったら死にますからねぇ!!」

「それって、どういうこと~?」

 ネイラータの要求に猛反発したジル。

 その様子からラテノは、のんびりとしているが同時に疑問を抱き、ジルを問い詰める。

「派閥抗争と反乱が始まっているの! それも同時にッ!!」

「「「今何て!?」」」

 ジルのとんでもない爆弾発言に、全員が驚愕の声を上げてしまう。

「反乱とはどういうわけ? 順を追って説明なさい」

「ここは深呼吸よ。はい吸ってー、吐いてー」

 ネイラータはジルの両肩を優しく押さえ、フェルリアは落ち着かせようと深呼吸を促す。

「‥‥‥スゥー、ハァー。まだ大丈夫じゃないけど、説明は出来ます」

 そして話し出された内容は、ロズワント帝国の闇の一端に関わるものであった。

「まず、この件は少なくとも300年程前からの魔族奴隷化犯罪が大元の原因。で、レオナ・フォン・ハイドリヒ閣下も、また大勢の軍将校もその被害者でして‥‥‥」

「‥‥‥まさか国家ぐるみでの犯罪だったりする?」

 ガパラが死んだ、ブラックマーケットの件を思い出したヴィルドは、自らが感じた嫌な予感をそのまま口に出す。

「ローズウェル王国にロズワント帝国、南アフリとスペースコロニー諸国家の一部にガンダーラ帝国の国家権力者に警察、裏社会ならマフィアなどが関わってますよ、程度の差はありますけど」

「これ、かなりヤバい案件‥‥‥」

「ニコラスさん、もっとヤバいのはこれから。ロズワント宇宙軍とロズワント国家対外及び対内情報局が手を組み合ってるせいで、権力者のスキャンダルどころか、多くの国家の機密情報までレオナ派が握っている状況。けど最初の標的はロズワント帝国政府よ」

「‥‥‥何で?」

 フェルリアの間の抜けた疑問の声は、ジルの逆鱗に触れる。

「一部の国会議員も奴隷売買に関わってるって話よ! 今まで奴隷商と戦ってきたんなら、それくらい知ってるはずでしょ!!」

「だからそれがどうなって反乱に繋がるのって意味よ!? 親衛隊相手に勝算あるの!!?」

 本国の最終防衛をも担うロズワント親衛隊は、当然のことながら内側から敵が湧く事態も想定している。

 その上、つい先日ハイゼルク級二番艦デアフリンガーが親衛隊艦隊旗艦として就役しており、一番艦であるハイゼルクの活躍を鑑みれば、それだけでも戦力として申し分ない。

「レオナ派だよ! 無くても決行するでしょあんなイカれポンチ共!!」

 同じ宙軍将校達のことをボロクソ言っているあたり、心底嫌っているらしい。

「ならみんなで行けばいいのだ!」

「えっ? 行かないよ」

 ローゼンが張り切ってゼスルータお兄ちゃんを助けに行こうと言ったのに対し、ジルは速攻で拒否する。

「どうしてなのだ!?」

「お嬢様の言う通り、仮に反乱は無視しても、ゼスルータ様を見捨てるのはどうかと思いますが‥‥‥」

「いや、ルータがその気になれば冤罪でも。脱獄してこっちに合流するかも」

 ローゼンとニコラスは異を唱えるが、レニムはその方が意外と合理的かもしれないと考え込む。

「司令はほっといても自力でどうにかするはず。問題は過激なレオナ派と、それに対抗しているロウェル派のどちらにも属さない中立派よ」

「中立派がどうかしたの~」

 ラテノは状況を飲み込もうと、ジルに続きを促す。

「中立派といっても元々まとめ役がいない以前に派閥ですらないけど、‥‥‥中立派は何故か全員レオナ派の反乱を無視するって。陸軍にも海軍にも協力者はいるっぽいから、親衛隊も苦戦は免れないという訳」

 奴隷売買の被害者でもない者もいるはずなのだが、どういう訳かレオナ派に協力する者まで現れ始めているらしいという。

「えーと、反乱が成功しちゃったらどうなるの?」

 割と勝算があるなと感じたヴィルドが、ならば最悪の場合その後はどうなるか、予想がつくかとジルに確かめる。

「はっきりとは読めませんが、サーチャーでしたっけ? ローズウェル王国首相の対応次第で全面戦争勃発かも」

 ブラックマーケットの件を理由に、ロズワント=ローズウェル間にて、どちらかが滅ぶまで続く絶滅戦争が起きるところまでは容易に想像がつくと断言する。

「それはないわね」

「何故ですか?」

「我がロズワントには古い法律が残っているわ。〈非常時叙任法〉といって、首相と閣僚の半数以上が何らかの理由で殉職し、内閣が崩壊したら、大帝であるお父様が首相と閣僚を任命するというものよ。400年程前に保守派の悪あがきで出来た法律だけど、まだ有効よ。だからジルが心配するような事態にはならないわよ」

「でしたら、やはり主の救出作戦が優先事項ですね」

 一度も使われた事が無い上、貴族と保守派が妙なプライドを守ろうとして作られた法律だが、まさか役立ちそうになるとは思わなかったと、ネイラータは僅かに安堵する。それを聞いたヒルデガルドも、最悪政権の方は無視してもどうにかなると、ゼスルータを救出することに意識が向く。

「戦艦だと目立つし、もう一度聞くけど、内火艇か何か小さい艦載機は無いか? 出来たらワープ可能なヤツ」

「いや、本当に無いです」

「‥‥‥マジか」

 広い格納庫はあるのに何で格納可能な乗り物が無いのかと、ヴィルドは押し黙ってしまう。

「やっと見つけた! にしても何でここにそろってんの?」

 機関室の扉が自動で開かれ、そしてラインハルトがチョコレートの菓子袋を抱えたまま入る。

「お兄様?」

「話は聞いてたけど‥‥‥じゃあさ、僕が乗る予定だった便を譲るよ。その代わりハイゼルクに居候させてね」

「承知です! 乗ります!!」

 願ったり叶ったりな彼の提案に、フェルリアはえらく食い気味で挙手する。

「勝手に決めないでよ! 艦長は私なんですけど!!」

「まあまあ‥‥‥」

 せめて上官に確認してからにしてよと怒るジルを、ニコラスはちょっぴり笑いつつもなだめる。

「話の続きだけど、爆撃機で行くから、乗れるの後3人までよん」

 ラインハルトは真面目な話の途中だからか、菓子袋に手を付けていないがおちゃらけた調子で話を進める。

「ヒルデはどうするの?」

「私めは使い魔ですから、召喚されれば一瞬で主の下に馳せ参じれます。ですので、枠が余っていれば乗させていただく形でお願いします」

 もしそうなれば、主に召喚していただくよう伝言を頼みますと、ヒルデガルドはフェルリアに頭を下げる。

「なら証人としてネイラータ様と‥‥‥レニム様、お嬢様の護衛は頼んでもよろしいでしょうか?」

「分かったわ。だから、これあげる」

 絶対に助け来いと、レニムは瓶入りのキュアポーションを5個渡す。

「ありがとうございます、レニム様」

「これが手持ちの全部だから、大事に使って」

「なら、私とフェルリアに、ニコラスと‥‥‥」

「ルルはここに居て。下手にレオナ派の将兵と遭遇したら目も当てられない」

 一歩前に出ようとしたヴォーロルルをジルが肩を掴んで止め、絶対に駄目だと首を振る。

「‥‥‥なら、ヴィルドの4名で行くってわけね。それでお兄様、本国行きの便はいつ出発するの?」

 ネイラータがメンバーを確認した上で、ラインハルトに時間と場所を聞く。

「場所は隣にある滑走路だよ。とはいえ急な話だからね~、後1時間後に飛ぶよ」

「最低でもパスポートと身分証を持って来なさい! 急ぐわよ!!」

 ネイラータが号令をかけ、4人は大慌てでハイゼルク内の自室へとすっ飛んで行く。

「外にジープを用意してるけど、20分後に乗らないと遅れるから~!」

「ありがとうございまーーーす!」

 フェルリアは礼を言いつつも、「あれどこだっけ!?」と焦りながら部屋へと突っ走っていく。

「‥‥‥ルル、すぐに第一艦橋に行って、ラゼルとレゼルバ達と連絡を取ってきて」

「ええ、分かりました」

 少しの間落ち込んでいたが、別行動中のラゼル達を心配し、すぐさま第一艦橋へと向かう。

「ラテノはエーヴィヒ・リアクターの調子を見守って。レニムとローゼンちゃんは、ラインハルト殿下と一緒で」

「え~、子守はしたことないのに~‥‥‥」

「居候するのでしたら、少しは働いてもらいませんと」

 何かが吹っ切れたのか、皇太子相手にも物怖じせず、艦長として命令を発する。

「別の仕事があるんだけど‥‥‥まあいっか」

「‥‥‥予感に裏切られたらいいのに」

 まるで臆病者になったかのような、震えている声。

 ジルの背筋は取り憑かれた様に凍り、両手で腕をさする他なかった。


                                       ―第十話・終―

やあ久しぶり! 大学を無事に卒業し、新社会人になったリキュ・プラムです。

 ようやく第十話を投稿出来てホッとしていますよマジで。

 今回もまたまた新キャラを登場させた訳ですが‥‥‥先に言っておきましょう、あの豚貴族は絶対に殺します。何が何でも処します。無事に生かす訳ねーだろこのカスレオポルグ。

 というかミンチか極刑に処す前提で登場させたからね。コイツいないとストーリー成り立たなくなるけど‥‥‥はよ地獄に行ってくれ。

 そんなコイツはほっといて他のキャラクターについて語りましょう。えーと今回新登場させたのは確かエリアス・フォン・バイエルンにロンメラ・ウルバルトと、あとラテノ・ベラトにレーダー・ロミーで全員だっけ? いやレニム・メディチも初登場だった。話には出てたけど火星共和国から無事合流出来たんだった。もうこの時点で把握すんのに一苦労、ヤベーわコレ。

 実を言うと、この中で元々モブ扱いのつもりだったのが一人だけいて、その方はラテノ・ベラトでして。‥‥‥でもオルゼ式とかいう、ハイゼルクのエーヴィヒ・リアクター魔改造したでしょ。当の本人は艦隊の司令官になって忙しいし、かといって放置は流石にないし(したら爆発しそう)。

それ以前に主人公艦に機関長なしとか流石になくね? と思っていたところ、そういやモブだけど、ハイゼルクのドッグ入りして修理する時にレッドテイルから派遣されたドワーフは元から登場させるつもりだったことを思い出した。なら性別も女性に変えてメインキャラにしても問題ないじゃん。という訳でラテノは誕生したけど‥‥‥どう扱っていこう? めんどいからって死なせはしないよ、僕だってそこまで無慈悲じゃないし。

 メンヘラストーカー五帝将の方は方向性決まっているんだけどな。筆者としてはネイ×ゼスが一番だけどエリ×ゼスも捨てがたい‥‥‥。

 それよりも次回だ。今話のラストで結構なネタバレみたいな感じになったけど、まあ戦時中に反乱なんて起こす訳ないし。けどゼスルータは濡れ衣で裁判所送り確定だけど、なんやかんやで出所させるからそこは安心して(メタいけど、そうしないと黒ラクが終わっちまうし)。

 まあその前に閑話休題を第十一話に挟み込む予定だから。でも短く済んだら次回の、前書きに書くのもアリか。

 そういや前にも言ったけど、黒ラクって書き溜めてたのを再編集して投稿していたのだけど‥‥‥閑話と次話からは手直しせず一からやることになりそうなんだよな。一部は書いてある部分から引っ張り出したとしても。

 でも大まかなストーリーは頭の中に出来上がっているし、下手にブレたり、伏線回収を忘れたりはしないかな。それでは、次回もまたお会いしましょう!

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