第一話・ラクリモサ
─この話は、かつて「黒き英雄」と呼ばれた1人の青年の物語。しかし、彼は言った。「俺は醜い復讐鬼だ」と。これはその青年が歴史に名を残すまでの物語─
「あ~あ、どうしろっつうんだよ‥‥‥?」
欧州大陸を我が物とし、世界的にも圧倒的な軍事力を誇るロズワント帝国。その西端にあるシルキアという小さな村。
その傍にある3つのドックを持つ小さな軍港の一室で、頭を抱える青年がいた。
(というか、何で少将にさせられるんだ!?)
歴戦の将校なら喜んでいただろう。だがしかし、彼、オルハ・ルナ・ゼスルータは齢15のエルフであった。飛び級で軍大学を卒業したとはいえ、14で志願兵となり、たった1年で少将へ抜擢されたのだから、責任感で押し潰されそうになるのは無理もなかった。
「第二メルギア航空戦隊司令官、か。本職だが、いくら何でも無茶だろ‥‥‥」
この世界は魔導文明が栄えており、魔導機械という魔力で動く機械が普及している。
メルギアとはその技術を用いた一種のパワードスーツであり、音速飛行はできはしないが、地上戦力に対する圧倒的な殲滅力は脅威であり、また宇宙要塞に対する制圧力も抜群である。
「失礼します。フェルリア第一大隊大隊長であります!」
「別に敬語じゃなくていいから、姉さん」
「「公私混同は慎むように」って言われたでしょう」
「やりずらい」
弟は彼女、オルハ・ルナ・フェルリアの意見を一蹴する。
「何か悩み事でもあるの?」
「姉さんだって他人事じゃないだろ。基幹大隊の大隊長、少佐に任命されたのに、余裕そうだな?」
「大丈夫、大隊のみんなとは仲良くできたから」
「マジかよ‥‥‥!?」
ここへ来てまだ3日目なのに、大隊員36名と良好な関係を築き上げたそのカリスマ性に驚く他ない。
だが、双子の弟と同じスラリとたなびく蒼髪と深く透き通る緑の瞳からなる美貌を以てすれば、難しくないのかもしれない。
「部下との意思疎通に艦隊の掌握‥‥‥おのれクソ政治家共め!」
自身がこれ程の職務を全うしなければならない羽目になり、実際に出撃した2つの戦争。それらを防げなかった無能共に怒りを覚えた。
1つめは極東の南に位置するユーラクラという、最終的には核兵器で消し炭にされた小国。
頭部に重症を負ったせいで記憶喪失となり、何故核という大層な代物を使ったのかわからない上、その経緯を知る前に箝口令を敷かれたのだ。
だが、かの国は人間至上主義国家で、常日頃から我々魔族を差別してきた。だから自業自得でもある。
「ユーラクラの時は心配したわ。風邪で寝込んでなかったら‥‥‥」
「それでよかったんだよ」
もっとも、戦力は圧倒的にロズワントの方が上であり、軍部はこれを「実戦的な演習」と高を括り、彼を含めた多くの新兵が送られた。
この事から、彼は上層部が途中でしくじったから核で無理矢理解決したと考えている。
「問題はガンダーラ帝国との戦争だ。マジでふざけやがって!」
開戦理由が我が国の外交官が酒に酔った男に殴られたという、裁判で済ませればいい事件。
‥‥‥のはずなのに、何故か帝国議会は「開戦あるのみ!」という強硬な意見を主張し、そして宣戦布告。しかも相手は南東亜で最も経済力を持つ大国。戦わされる身からすれば、たまったものではない。
おまけにとあるクソ貴族が首を突っ込んできたせいで初戦は惨敗。彼がいなければ、4万の兵は無駄死していたと言われている。
「いいじゃない、それで出世したんだから」
「良かねえよ!」
ユーラクラ戦が終わった途端に少尉から少佐まで出世させられたのには愕然としたが、「敵メルギア兵56機撃墜、歩兵3万及び戦車60両撃破」という大戦果を理由に更に三階級特進した時には驚きを通り越して呆れ返った。
これ以上出世すれば、自分の手に負えない程の責任を取らねばならなくなる。
そう思い、冗談混じりに「出世祝いに休暇をくれませんかね?」と上に言ってみた。流石にそれは貰えなかったが、故郷であるシルキアがあるこの軍港へ送られたのだ。
これが、事の顛末である。
「さて、行くか」
愚痴っても仕方ない。そう言い聞かせ、司令室を後にする。
「総員、傾注!」
外では完全装備の6個大隊、合わせて216名が整列していた。これだけ見れば、精鋭部隊に見えるだろう。実際、ロズワント軍の中では1、2位を争う実力を持っていることは間違いない。
「早速だが、本日の訓練内容を伝える。諸君も知っての通り、メルギア兵の職務は空対地攻撃及び敵メルギア兵の排除である。中には要塞制圧や要人護衛、暗殺を担う部隊もいるらしいが、それは置いておく。喜べ諸君、今回は対艦攻撃訓練である!」
「「「はあ!?」」」
彼女らは例外なく青ざめた。それもそのはず、この世には同盟国である大扶桑帝国が開発した<蒼炎誘導弾>という対空兵器がある。それは青い火球をした魔法弾が、目標に向かって光速で追尾し、爆発によって対象を破壊する。
おかげで偵察機以外の軍用航空機というものは戦場から姿を消した。
それは音速を以てしても避けるのは不可能であり、ましてや時速500キロを出せれば上出来であるメルギア兵にとって、勝てる相手ではない。
「あの、司令、それは無茶というものでは‥‥‥」
「何を言う? その為に母艦として最新鋭のロイ・ゼント級宇宙戦艦を2隻も融通してもらったのだが」
背後にそびえ立つ漆黒の軍艦を見上げた。全長290メートル、両舷に格納庫を持ち、最大装甲厚は600ミリ。艦体各所に41センチメートル連装爆裂魔弾砲塔11基。8.8センチメートル連装高角砲及び機銃を多数。
艦首には圧倒的な破壊力を誇る魔導光線砲<グラビティル・カノーネ>を搭載した帝国の主力航宙戦艦。
それに立ち向かうのは、自殺行為に等しい。
「ああ、それとも模擬空戦の方がいいかな? いつも通り皆でかかってきていいぞ」
「御冗談を!?」
最初、「こんな子供が司令官? ナメてんのか!?」と文句を言い、そして後悔した事は記憶に新しい。
メルギアでは不可能な音速飛行を見せつけられ、自分たちの倍以上の速度で翻弄され、物理的に地面に叩きのめされた模擬戦。
それはトラウマでしかない。
(勘弁してください‥‥‥)
それが、戦隊員共通の心の訴えであった。
「では予定通り対艦戦闘訓練といこうか」
(((死ぬな、これ‥‥‥)))
何か奇跡でも起きてくれ! と切に願った。
「少将閣下! 付近の森で魔族狩りの賊に追われている子供がいるとの通報が!!」
伝令の報告に、ゼスルータの今まで悪魔的な笑顔でニコニコしていた顔が、急に氷山よりも凍てつく眼差しへと豹変する。
「聞いたか? 諸君、訓練は一時中断。外道共を皆殺しにする。かかれ!」
訓練よりマシだが、しくじればまたひとつ悲劇が生まれる。それを阻止せんと編隊を組み、空へ上がる。
「あの、敵は20名程なので全員出撃する必要はないかと‥‥‥」
「近くに他の被害者が捕らわれている可能性もあるだろ」
そう吐き捨て、彼もまた飛び立った。
「―たっ、助けて‥‥‥!」
「誰が助けるかよ」
「お頭、エルフつっても、そいつ男ですぜ」
「別に楽しめなくても、売れればいいんだよ」
「ヒッ‥‥‥」
「誰が好き勝手させるかよ」
少年を囲む、薄くしゃぼん玉の様な障壁。その直後に、少年に背を向け、彼らに立ちはだかる格好で勢いよく降り立った。
「なっ、何だテメェ!?」
「通りすがりの帝国少将だよ」
「ハッ、こんなガキが少将? 嘘がへ‥‥‥」
「ライト・ボム」
うるさいクズの口は、全身を吹き飛ばすことによって黙らせる。一瞬だけとはいえ、その閃光を受けた物質は2000度にまで熱せられる魔球でそいつを消し飛ばす。
他へ被害を出さない為には目標を結界で包む必要があるが、言い換えればその結界のサイズを変えれば、範囲も調節できる。
「この野郎!?」
「黙って死ねよ、この外道共」
「司令、この子を保護します。よろしいですね」
「ああ、すぐに退避させろ」
「あのっ‥‥‥助けてくれてありがとうございます!」
「当たり前の事をしただけだよ」
連れて行かれようとする前に、少年は礼を言った。
ゼスルータは羨望の眼差しで見上げられているのにも気付かずに敵を見定めた。
「さて、これでいいだろう。姉さん」
『了解、メルト・ショット!』
光属性を付与した鋼鉄の矢。続けざまに放たれ、射貫かれた者を内側から熱し溶かす。
「ア゛ア゛ア゛ーーー!?」
その激痛に彼らは苦悶した。
それを見て怯む奴もいたが、大半は逆に彼を切ろうと剣を振りかざす。
「死ねい!」
「‥‥‥図に乗るな」
少将は腰に携えていた刀で上からの初撃をいとも簡単にあしらった直後、何の迷いもなく腹を切り裂いた。
「このっ!」
ナイフを持っていた小男は足元を狙ったが、彼はそれを避けるでもなく受け止める。
「何!?」
キンッ、という音と共にその一撃は弾かれ、それで生じた隙を突き、首元から心臓を一刺しした。
「何なんだこいつ!?」
短い間だったとはいえ、鋭い剣筋から、かなりの技量を持った剣士であることが伺える。
「面倒だな、撃て(フォイア)」
『『『了解』』』
テレパシーで命令。そして上空から降りかかる弾丸と魔弾。それらの数は決して多くないが、正確に敵を捉え、的確に殺す。
『司令、付近に他に敵影を確認』
「“状況”は済ませたか?」
『滞りなく。被害者も既に保護。何ら問題はありません』
「ならいい。さて諸君、訓練再開といこう」
その場へと悠々と航行する2隻の戦艦の姿を見て、全員の士気が大いに下がった。
「嘘でしょう!?」
『えっ、マジ?』
『何でロイ・ゼントが来てんだ!? 冗談じゃない!!』
「俺は中断とは言ったが中止とは言ってない。では‥‥‥全艦、撃ち方始め!」
『『『嫌だあああぁぁぁーーー!!』』』
そして、一切の抵抗も出来ず、七面鳥の様にただただ撃ち落された戦隊員達であった。
―シルキア軍港―
「やっと終わった‥‥‥」
戦隊員達は今日もたっぷりとしごかれ、クタクタになりながらもどうにか食堂へたどり着く。
「あの悪魔教官め! 少しは加減しろっての」
「シッ! 余計な事は言うな。聞かれてみろ、冗談抜きで殺されるぞ」
「‥‥‥ですね」
「大隊長~、どうにか言ってくださいよ。でなきゃ命がいくつあっても足りないぃ!」
しかし、彼女はニコニコと「生き残れるようになるわよ」と答えるだけ。
「大丈夫よ、蒼炎誘導弾にも対抗策があるから。だから毎回私達はちゃんと生き残ってるのよ」
「‥‥‥それ出来るの大隊長と司令ぐらいですよね?」
確かに、その魔法弾は何故か2人に対しては追尾することはない。理由を聞いても、「技は見て学べ」と突っぱねられる。
「みんなお疲れ! 料理できてるわよ」
「母さん!?」
エプロン姿をした、三つ編みにスラリとした高身長のエルフ。彼女は姉弟の母、オルハ・ルナ・シャルゼであり、一外交官。
休日を利用して、2人の様子を見る為にたまに食堂の手伝いをしている。
「天使降臨!」
「よっしゃあーーー!!」
「シャルゼさんシャルゼさん、今日のメニューは何ですか?」
勢い良さに少々ばかり圧倒されるが、シャルゼはすぐに笑顔を見せる。
「ええと、ハンバーグとか色々作ったわよ」
「よお、そっちは大変なんだって?」
軍港要員はとっくに彼女の料理を味わっていた。
「何だ? お前らも地獄のトレーニングを試したいって?」
「冗談じゃねえ。あんなのやったら死ぬわ!」
「そうそう、脱落者がいないのが不思議ってもんだ」
ガハハハッ、という要員達豪快な笑い声が食堂中に響き渡る。
「ねえフェル、ルータはどこかしら?」
「ちょっと用事ができたって言ってたわ」
「あら、何かあったのかしら?」
―応接室前―
「失礼します」
ドアをノックし、部屋に入る。実は誰が待っているかは聞かされていない。だからこそ、察しがつくというもの。
「久々じゃなー! ルータよ!!」
彼が入るや否や、彼女は抱き着いてきた。
背中までたなびく銀髪に、濃く輝く紫の瞳。体形も良く、目指そうと思えばグラビアアイドルも夢ではない美貌を持つ吸血鬼。
名をロウェル・ヴェルキューラという、帝国宇宙海軍のトップである。
「やっぱりロウェル姉だ」
「おや、驚かそうと思うたが、バレていたか」
「だっていつもこうしてるだろ」
「それもそうじゃが、まあよい。して、シャルゼは元気にしておるのかの?」
彼女とは古くからの親友であり、その縁があって子である2人との仲がいい。
そうでなければ、帝国の5人しかいない最高戦力にして、1人で百万もの軍勢を殲滅できるという、<五帝将>の一柱である彼女と気安く会話を交わすなど不可能である。
「今厨房で料理を振る舞っているよ」
「そうであったか! ならば少しばかりご馳走させてもらうとするかの」
「‥‥‥その前に、本題は?」
軍において雲の上の存在ともいえる彼女が、そんな理由でこの辺境まで赴くはずがないし、それに気付かない訳がない。
「まあ、その為にここまで来たのじゃが、ちょっとぐらい話に興じても良いじゃろうに‥‥‥」
愚痴りつつも用意されたソファに座り、面を向かい合わせた。
「してルータよ、“強硬派”のリーダー格が誰なのか分かったのか?」
「全く」
「じゃろうな」
首を横に振られても、特に気落ちしなかった。
元よりその件に関してはあまり期待してはいない。
「それはいいとして、少々困った事があってじゃな‥‥‥」
「上の奴ら、また何かやらかすのか?」
「今回はその件ではない。‥‥‥ルータよ、これを見てどう思う?」
机に置かれた1枚の写真には、薄黒い紫をベースにした船体色の複数隻の葉巻型航宙艦だった。
「かなり短砲身だな。口径も戦艦クラスで35センチメートルか。で、どこに所属している艦艇だ?」
「それが外宇宙からやって来たのじゃ」
「‥‥‥マジか」
事の重大さに思考が一瞬止まってしまう。
「ファーストコンタクトで上手くいけば国交樹立、下手すれば即星間戦争。慎重にならねばなるまい」
「だったら何故ここに来たんだ?」
「その話じゃ。何でも構わぬ、すぐに艦艇を手配してくれぬか?」
(えぇー‥‥‥)
急に無茶ぶりをブッ込んでくるなおい、と頭を抱える。
「あの、手持ちの軍艦は3隻しか無いし。というか、何で手配しなきゃならないんだよ‥‥‥?」
「諜報機関が掴んでいる情報だがな、他国にはどうも先制攻撃を仕掛けようとする馬鹿がいるらしくての」
「それで先に手を打って出る杭を打とうと」
「その通りじゃ! ルータは賢くて偉いのう。どうやら今土星付近にいる様でな、彼らはいつも半日以上は滞在しておる。今行けば間に合うじゃろう。それと、少なくとも陸軍はこの案に賛成しておるから、あまり敵対せぬように。<九九艦隊>の二の舞などごめんじゃろう」
「‥‥‥シャルカ姉、いや<レッドテイル>に喧嘩なんて売りたくはないな」
レッドテイルとは、太陽系最強の宇宙海賊団で船長の名は<シャルカ=レッドテイル>。火星に本拠地を置き、海賊と言うよりも傭兵業や軍需産業で利益を上げている大企業と言える。
九年前、帝国軍と揉めた時、レッドテイル海賊団が帝国宇宙軍最強の、ティルピッツ級戦艦90隻、ヴェーザ級巡洋艦90隻、合わせて180隻からなる<九九艦隊>を中核とする大艦隊をたったの10時間で壊滅させたことは幕僚たちを恐怖のドン底へ突き落とした。
また、彼女は裏社会にも通じており、喧嘩をふっかけてきた裏組織は全て叩きのめしているので、裏社会の者からも恐れられている。
この後すぐに帝国が白旗を上げ、和解したが、生き残り捕虜になった3人はシャルカ=レッドテイルに直接会い、彼女の怖さをたっぷりと味わうこととなった。
何故そんなに彼女が怖いのかは3人ともが話すことはなかったが。
「それはそうじゃろう」
「分かった。じゃあシュペーを貸すよ。言っておくが、護衛艦は付けられないからな。俺がここを外したりするとと色々と文句を言われるからな。勝手に艦動かすのだってバレると不味いし」
「すまんのう、その代わり異星人と握手を交わしてくるぞ。そうなれば、未知の技術を学び放題じゃ!」
「フッ、確かに」
それを聞いて、期待と好奇心で胸が満たされるのを感じた。自分は根っからの機械オタクだなと思う。
「そろそろ食堂に行かないか? 2人が待っている頃だろうしな」
「そうじゃな、では行くぞ!」
ロウェルは待ってましたとばかりに部屋から飛び出し、駆け足で料理を注文しに行く。
「あら、ロウェルじゃないの! なるほどあなたが来てたのね」
「シャルゼよ、カレーセットをひとつじゃ!」
「はいはい、ちょっと待っててね‥‥‥ってルータ、昼食まだでしょう!?」
「まだ仕事があるから、もうちょっとだけ待って」
「その前に、ルータ、フェル。ちょっと来てくれ」
「何?」
近くに寄った途端、人目もはばからずにギューッ、と抱き締める。
「ちょっ、ロウェル姉!?」
「改めて、久しぶりじゃの、2人共」
「元気だった?」
「当然じゃ」
「あの、もういいだろ。頼まれたことやるから」
「なんじゃ、もうよいのか‥‥‥では、頼んだぞ」
「ああ」
少し寂しいが、最後に頭を撫でる。
解放され、照れ隠しに走って第三ドックへ向かった。
「巡洋艦アドミラル・グラーフ・シュペーの艦長及び機関長、それとドック要員に「いつでも発進出来るように準備しろ」と伝えろ」
「少将閣下、我々は閣下の「常在戦場」という訓示により、本艦隊は3隻の内1隻以上はいつでも出撃準備は完了させていますが、一体何用で?」
「アドミラル・グラーフ・シュペーは現時点をもって一時的にロウェル閣下の座乗艦とする。そして本日中に閣下自らが例の所属不明艦隊との接触を試み、国交樹立のお膳立てをする。くれぐれも先制攻撃はせぬように!」
「了解しました。では火器管制システムは全てロックしておきます」
「頼んだ。俺はすぐに食事を済ませてから閣下らをお見送りするから、急いで食堂に行く」
そして戻った時、ゼスルータは水晶板の受像機で放送されていたニュースを見て、唖然とするのであった。
『速報です。本日未明、帝国軍関係者によると、およそ3ヶ月前から太陽系各地に出没している国籍不明艦隊を太陽系外から飛来した、別の星間国家に属する艦隊である可能性が高いこと帝国宇宙軍は発表いたしました。尚、政府からの正式な発表は未だありません。しかし、この可能性が本当ならば、我々は歴史上初めての太陽系外生命体に遭遇することでしょう。また、帝国宇宙軍は、今日中にこの艦隊と接触を試みようとしていることが判明しました。接触を試みる艦隊はシルキア方面基地から発進する模様で‥‥‥』
(これは不味いぞ!)
「ルータ、これはどういう事なの?」
姉が寄って来て、説明を求める。
「俺もさっき聞いた話なんだけど‥‥‥」
チラリを彼女の方へ目線を向けた。
「どうせ陸の重鎮の誰かが酒に呑まれて口を滑らしたのじゃろう。まったくあやつらは下戸の癖に飲みまくりよるしな」
「いや、スピリタスをジョッキで何杯も飲める方に言われてもな‥‥‥」
その酒豪っぷりに誰もついていけないというのが彼女に突き合わされた者達の断末魔。「閣下の肝臓はどうなっているの?」というのが常日頃の皆の疑問だ。
「そんな事より、こうなればすぐに向かうしかあるまい。して、準備の方はできておるのか!?」
「いつでも行けます。火器管制の方はロックしておいてよろしかったでしょうか?」
「完璧じゃ。では行くぞ!」
颯爽と、それでいて急ぎ足でその場を後にする。
「いってらっしゃい」
親友の言葉に、彼女は一度立ち止まっても振り向かず、ただ黙って頷く。
「母さん、軽めのものあるかな?」
「サンドイッチはどうかしら?」
「それにする」
「了解、一瞬で完成させるわ!」
「ありがとう」
出来上がったサンドイッチをがっつく勢いで胃袋に押し込みつつ、またドックへ向かって走る。
「総員、傾注!!」
号令をかけ、並んだ手空きの将兵らに見送られながら、1隻の艦は飛び立った。
((いってらっしゃい、ロウェル姉))
そして「どうか無事で」との願いも込めて、敬礼しつつ、ワープした後もしばらく空を見上げ続けた。
─土星軌道上 旗艦アドミラル・グラーフ・シュペー艦橋─
「全艦ワープアウト完了。月面基地からの艦隊と合流しました」
「あの男もいい仕事をしてくれる」
「巡洋艦2隻に駆逐艦4隻と輸送艦1隻。この程度の戦力ならば、敵意なしと見てくれるでしょう」
「全艦、このまま複縦陣を維持せよ」
「了解」
各艦の航海長達は、まるで一体となっているかの様に、綺麗に陣形を維持し続ける。
「例の艦隊を捕捉しました。数は10隻、全て巡洋艦クラス以上だとみて間違いないかと」
「目標艦隊、ワープする模様!」
「何?」
「彼ら、もう引き上げるのでしょうかね?」
「目標艦隊ワープアウト、これは‥‥‥艦隊、並列しました」
相手の艦隊は事を急いでいるのか、短距離ワープで我が方と急接近する。
「かなり度胸があるようじゃな」
「いかがなさいましょう?」
「うむ、どうしたものか‥‥‥」
不安げに呟いていた。実をいうとそのあたりのことは急いでいたのもあり、あまり考えていなかったのだ。
それに相手は異星人、どうコミュニケーションをとればいいのか分からない。
「閣下、ひとつ提案があります」
「何だ? 言ってよいぞ」
「本艦隊を反転させて、タイタン基地まで案内するのはいかがでしょうか?」
「なるほど、名案じゃな。よし、全艦反転。本艦隊はこれより、かの艦隊をタイタン基地へ導く」
だが次の瞬間、赤い光線が例の艦隊の1隻を貫き、艦は爆沈する。
「目標艦隊、1隻爆沈! 相手から見て我が方後方からの攻撃です!」
「どの船だ! 我々からは攻撃するなと言ったではないか!」
「しかし、火器管制システムは全艦全てロックしています」
砲雷長が恐る恐る事実を報告した。
そして最後尾にいる艦からも攻撃の否定を報告される。
「巡洋艦ドナウより入電。『我、砲は撃っていない』」
「だが、あれはどう見てもあの光線は我々のものではないか!」
1人の士官が怒鳴った。
「例の艦隊、我が方へ砲を向けました!」
「かっ、回避ーーー!」
しかし、無駄であった。無数の紫色の光線がロウェル艦隊を貫く。
(あぁ、わらわはもうだめか‥‥‥)
ロウェル艦隊全滅の一報はタイタン基地よりもたらされた。
数日後、帝国宇宙軍はとてつもない程の非難の声を浴びせられた。この一件は帝国からの先制攻撃ということで自国民はおろか太陽系各国から非難され、宇宙軍の信頼は地に落つ。
そして、政府、特に外務省は焦りに焦る。我が方からの先制攻撃という最悪のファーストコンタクトからどうやって講和すればよいのか。それだけが悩みの種であった。
しかし、そんな悩みの種が一瞬にしてきえてしまう事件が起きる。
─7日後 月軌道上 巡洋艦バルバロッサ艦橋─
「ったく、最悪だぜ! 戦争がおわって平和だったってのにまた戦争かよ。お陰で休暇が取り消しになっちまったじゃねーか!」
「艦長、愚痴言っても仕方がないですよ。我慢して哨戒任務に励みましょう」
「しゃーねぇーか。おい通信長、なんかいい歌でも流してくれ」
「艦長、そんな場合じゃ‥‥‥」
その時、船務長が異変を察知する。
「艦長! “所属不明艦”のワープアウトを確認、艦底に大型のミサイルらしきものを装備しています!」
「何?」
聞き返す艦長。その時だ。
「ミサイル、切り離されました」
「火器管制システムロック解除! 迎撃ミサイルならびに蒼炎誘導弾発車用意」
シュペーと同じ巡洋艦にはそれを搭載した高角砲が左右5門ずつ、合わせて10門ある。
それにこの迎撃ミサイルは最新鋭のもので、名前は<ブラックホーク>といい、魔法のブラックホールを一時的に展開し、例え目標に核弾頭が搭載されていても核爆発による放射線すらのみ込む。
当然、迎撃能力も抜群。
「落下コース予測完了。このままではランカイト王国首都へ落下します!」
「狼狽えるな! この程の大きさのミサイルなら確実に迎撃できる。落ち着いて狙え!」
「はっ!」
(馬鹿め、あんな艦船並みにデカいものを迎撃できないと思ったか! 巡洋艦をナメるなよ)
その場にいた全員が絶対に迎撃できると確信していた。
「右舷後方より‥‥‥!」
船務長からの報告が言い終わらない内にバルバロッサは爆沈する。そしてミサイルもガンダーラ帝国の首都に落下する。はずだった‥‥‥。
─数時間後 シルキア軍港─
「ルータ、まだ落ち込んでるの?」
「‥‥‥俺の責任だからな」
ロウェル艦隊全滅の一報を受けた時から、家のリビングで何もせず椅子に座っていることが多くなった。
というより、勝手に軍艦を動かした事が知られていまい、謹慎処分を受けているのだ。
姉の方も弟を止めなかったという理由で巻き添えを喰らっているのだが、その程度は屁とも思っていない様子だ。
「自業自得でしょう」
「謹慎処分が何だ! どうせ強硬派の奴らが自分達で使える軍艦が1隻でも欲しいからそうしたん だろ。おかげでシルキアはガラ空きか」
残った2隻の戦艦も、地球周辺の警備の為に月面基地へと駆り出されている。
「大丈夫よ。ルータの部下と私の親友は歴戦の猛者。そう簡単にはくたばらないわ」
母親は彼が何を心底心配しているのかを理解している。
「失礼します。ここにゼスルータ閣下とフェルリア大隊長はおられるでしょうか?」
呼び鈴が鳴らされた後、ドアの向こうから声が聞こえた。
そう言われて、彼は立ち上がる。
「2人共いるが、どうした?」
「はっ、西方方面軍司令部より現時点をもって両名の謹慎処分は解除。すぐさま哨戒任務に当たれということなのですが‥‥‥」
「それで、どうかしたのか?」
命令書を渡し、口ごもっていた伝令兵は、恐る恐る現状を説明する。
「電探ならびにテレパシーが使用不能。何者かに妨害されている様子でして」
「だから君がここまで来たのね」
「それはどうにかなるのか?」
「現在あらゆる周波数で通信を試みておりますが‥‥‥」
彼は溜め息をつきつつ、命令を受け入れる。
「分かった。俺達はそいつらを探す。そう伝えてくれ」
「了解!」
「それじゃ、そろそろ時間だし、お母さんは買い物をしてくるわ」
「母さん、今の話を聞いて‥‥‥」
「だからこそよ」
彼女は「そんな不届き者なんて、ついでに懲らしめててやるわ!」と言わんばかり。
それを察して彼もこれ以上何も言わなかった。
実際、それ相応の実力を持っているから大丈夫だろう。
「そうか、なら行ってらっしゃい」
「行ってきます」
母親が出ていった後、2人は準備を整える。
「では、行くとするか」
彼の持つ小さな結晶についたダイヤルを回すと光り輝き、全身が光に包まれ、彼の姿は黒色のスリムな機械じみた鎧を装備した姿となる。
この世界でいう魔導具、通称<マジアム>。
その中でも装備を変えるマジアムの効果だった。そして呼吸用のマスクを着けながら役割分担を決める。
「俺は高空から辺りを見渡してみる。姉さんは村をまわってくれ」
「分かったわ。それじゃ、気をつけてね」
「行ってきます」
2人は家を後にし、フェルリアは村をまわりに行き、ゼスルータは双眼鏡を片手に地面から垂直に、高く高く空へ向かう。
(何も無いといいが‥‥‥)
空を飛び続け、雲を突き抜ける手前ところで彼は愕然となる。
「ウソだろおい!」
彼が見たものは巡洋艦バルバロッサが迎撃できなかったあの大型のミサイル。
しかし、ゼスルータはすぐに冷静さを取り戻す。
「ノヴァ・カノン!!」
すると彼の手のひらから戦艦どころか小惑星すら消失させる程の白銀の光線がミサイルを包み込む。
が、傷ひとつ付かない。
(あれで無傷か!)
急いで軍港に向かった光信号を発した。『すぐさまミサイルを迎撃すべし』と。
既に異変を察知していたが、軍港内は大混乱に呑まれる。
「どうにかして迎撃出来ないのか!?」
軍港司令官の切羽詰まった声に対し、副官は半ば諦めている。
「ご存知の通り、本軍港は「計画」の為に作られましたが、未だに拡張途上。軍艦も取り上げられた上、元々防衛戦は想定しておらず、地上兵器などはございません」
「‥‥‥村に結界を張ることは?」
しかし司令官が出した苦肉の策も、現実的ではない。
「時間が無さ過ぎます。それに結界魔法に長けた魔導士はここにはおりません。住民を避難させようにも、転移系魔法も妨害されています」
「打つ手なし、か‥‥‥」
万事休す。どうしようもなく、ただただ指を咥えて見ていることしかできなかった。
一方、地上から上空を見ていたフェルリアは異変に気付く。
「フェル、どうかしたの?」
母は遠くから声をかけた。
「よく分からない」
「フェル! 上よ!」
二人とも、自分たちに何が迫っているのか理解した。そこへゼスルータが飛んで来る。
「2人とも、逃げろ! すぐに!」
急かす様に言い、ゼスルータは着地する。
「大丈夫!? ルータ」
「平気だ、母さん。それよりも、まずは逃げることだけ考えよう。確実に迎撃できる保証はない」
「分かったわ。じゃあ一緒に」
「ダメだ。俺たちは軍人だ。村のみんなをできるだけ逃がしてから俺たちも逃げる。だよな、姉さん」
「ええ、そうよ。まずはお母さんから。それじゃ、テレポート!」
しかし、母親は転送されなかった。
「どうしたんだ、姉さん!」
「そんな! こんなときに······、テレポートが使えない!」
「嘘だろ‥‥‥」
「仕方がない、みんなを背負えるだけ背負って·‥‥‥」
「立派に育ったわね」
母親は息子の言葉を遮る。
「母さん、何を言って‥‥‥」
「2人とも、よく聞いて。これが最後の言葉だから」
「そんな、縁起でもないよ。母さん」
「2人にこの大切な本を託すわ。絶対に手放してはいけないから。分かったわね」
フェルリアに一冊の本を渡す。
「冗談はやめてくれ!」
ゼ スルータは目に涙を浮かべながら言った。
「冗談じゃないわ、ルータ。2人とも、これが本当に最後の言葉よ」
そしてシャルゼは抱きしめて、そして間を置いて、ありがとうの気持ちを込めて。
「“3人”が生まれてきてくれて、お母さんは幸せでした」
そして眩い閃光に包まれ、2人は意識を失った。
「‥‥‥とも、生きてるか?」
誰かが自分達を呼ぶ声がする。
「2人とも、生きてるか」
誰かに起こされ、2人は目を覚ます。
「‥‥‥ッ、あなた方は?」
「一体、何があって‥‥‥」
2人は何が起きたのかを思い出す。
ゼスルータの顔は真っ青に染められる。
「シルキアは? 母さんはどうなった! 答えてくれ!!」
周囲の者達は、正直に答えるのは2人にとって酷だと思わざるを得ない。
「その答えは、見た方が早い」
しかし、その中の1人が突然そう言い切る。
2人は立ち上がり、今のシルキアを見た。
何もない。
あるのは焦土と化した大地があるだけ。
フェルリアはただ泣き崩れた。しかし、ゼスルータの方はただただ、怒りに燃え上がる。
「ふざけるなーーー!!」
彼はありったけの声で叫ぶ。すると、彼の体に異変が起きた。
手は黒くなり、そして紫色の紋様のついた手となり、背中の下の方からは、同じような紋様のついた、まるで外骨格のような、左右それぞれ3本の紫水晶色の爪を持った腕のようなものが生える。
胸の真ん中には棺型の何かしらの紋章が入ったルビーのような結晶が生成される。
周囲の者はフェルリアを除いて、ゼスルータの姿を見て恐れた。
「絶対に、復讐してやる!」
彼の心にあるのは、怒りと復讐心。
人々はこの日を<ラクリモサ>と呼んだ。
―第一話・終―
―あとがき―
こんにちは、ルティカと申します。
最近急に寒くなったこの頃。正直衣替えが出来てないし‥‥‥けど更に寒くなりそうだから、秋物すっ飛ばして冬物が必要になったらでいいかと、めんどくさがっている奴が自分です。
最近は流行りのフ○ムゲーたる「ACの最新作」をプレイ中。「攻略法 ○んで覚えろ フ○ムゲー ノーデスクリアは 神の領域」を身に染みて思い知らされています(何気に初フ○ムゲーなんだよね)。
あれでもまだ簡単な方らしいけど、ボス相手には必ず1回以上はヤラレチャッテいる。まあ最近倒した燃料基地へ来た封鎖機構のイカしたコンビは対アリーナとほぼ同じ要領で一デスで倒せたから良かったけどね。
あのコンビは肩装備のダブルグレネードキャノン砲で大ダメージ+ブレードで止めをさせばいい。それも一体ずつね。
前置きはこのくらいにして、かなり前から書いていたにも関わらず、修正というやり直し等で中々前に進んでいなかった本作。
ストックがあるくせに進まないのに嫌気がさし、遂にネット上に公開することに決定。なのにしばらくはストック分の消化(再修正)ばかりになりますが、ご愛読していただけると幸いです。
さて、世界観としては「宇宙戦艦ヤ○ト+ファンタジー」的なイメージな本作。
主人公オルハ・ルナ・ゼスルータと姉のフェルリアの母が死んでしまうところから始まりますが、それだけでは済まない無慈悲っぷりが待ち受けています。
正直かなり好みが分かれそうですが、まだまだ素人なので、客観的な評価をしていだだけると光栄です。
‥‥‥それ以前に見てもらえるか微妙なのは心配ではありますが。
ぶっちゃけ今までに投稿した「妖狐図書館」と「とある魔女のいたずら」の内、後者の方が未だに誰からも読まれていないんだよな~。
それはしゃーない。読む読まないは読者の自由。気長に待ちましょう。
それはさておき、本作では2人の将来は一体どうなるのか? 果たして復讐はなされるのでしょうか?
たまにギャグも織り交ぜるので、お楽しみに。
それでは、読んでいただきありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
ルティカより