アヤの実家
松田彩香に助けられ、三条神流は松田彩香に手を引かれる。
「救援に繋いでいただけでは、壊れた物は修理出来ない。」
と、松田彩香は微笑む。
「まず、カンナは人慣れしないといけないね。うーん。出来れば直ぐに仕事させるために根回ししたいけど、いきなり吹かして余計に壊したらどうにもならないし。まぁとりあえず、明日さ、私の家まで来て?」
「あっああ。ええっと―」
「迎えには行けないから自分でね。」
と、言われた翌日、三条神流は松田彩香の実家に向かう。
生まれて間もない頃、三条神流は新潟県長岡市から群馬県前橋市に引っ越してきたのだが、引っ越してきた文京町の目と鼻の先にある南町に住む松田彩香とはその頃からの腐れ縁で、けやきウォークが出来るとそこは松田彩香と三条神流にとって格好の遊び場になった。
だが、今の三条神流には、けやきウォーク付近を通過するのにすら難儀する。車ではなく、自転車で松田彩香の実家に向かうのだが、けやきウォーク付近は人もそれなりに居る。そこを突っ切って行かなければならない。おまけに、永井バスや関越交通、日によっては日本中央バスのバスが乗り入れて来る。なので、大回りにはなるが、バスも通らぬ細い道へ逃げながら自転車で進み、どうにか、一軒家の和菓子屋に着いた。
別に和菓子を買いに来たのでは無い。ここが、松田彩香の実家で、今も松田彩香はここに住んでいるのだ。
不意に「だぁーれだ?」と背後から手で目隠しをされる。
「驚いたよ。アヤ。」
「えへへ。自転車、こっちに置いて。まずは、おめでとう!」
いきなり拍手する松田彩香。
「カンナの家から私の家まで一人で来る事が出来た!これにおめでとうって言っているのよ。」
「意味分からないよ。だって―」
「ありゃ?カンナは他人が怖かったのよ?私が拉致して無理矢理引っ張り出していたのよ?」
「-。」
「まずは出来るっていう経験から。そんなわけで、今日から私の家でバイト開始!」
松田彩香は言いながら、中へ三条神流を引きずり込むと、無理矢理衣服を脱がせて白衣に着替えさせる。
「いきなりバイト?ていうか、着替えなら自分で―。」
「忘れたの?仕事すらまともに出来なくなるまでに短期間で追い込まれたのだから、仕事着に着替えることだって危ないよ。まぁ、ちゃんと仕事こなしたら、一緒に着替えるから。まだ一人では着替えさせないよ。」
単にセクハラをしたいのではない。
松田彩香の狙いは、三条神流に、こうしたくだらない事や当たり前の事でも「松田彩香と一緒に出来た」という経験を積ませ、その後に単独で同じ事をやらせて「単独でも出来た」という経験を積ませる事だ。確かに、「自分が支配して自分の物にしたい」という松田彩香の下心も含まれているが、自分に甘え切ってしまう三条神流は、松田彩香の好きな三条神流の姿ではない。
午前中は、学生時代に松田彩香の実家でバイトしていた時、松田彩香と一緒にやっていた、どら焼き作りをする。
昼時に、松田彩香とけやきウォークまで行き、一階の登利平で昼飯にしようとしたのだが、けやきウォークの入り口で普段とは違う時間に、日本中央バスの三菱エアロスターと出くわして三条神流が発作を起こしてしまった。
(けやきウォークは止めておこう。)
と、松田彩香は思いながら三条神流に薬を飲ませ、けやきウォークを離れて南町のシャンゴに行く。三条神流は入店した途端、懐かしく思った。
鉄道好きだった学生時代、所属していた鉄道好きの集まりである「群馬帝国帝都防衛連合艦隊」のメンバーの一人がバイトしていて、三条神流は松田彩香や霧降要と一緒に冷やかしに行っていた事を思い出したからだ。
「懐かしいもの食べよ」と、松田彩香はシャンゴ風を2つ注文。デミグラス風ソースに、豚カツが乗ったパスタ。見るからに量が多い。一瞬、発作による拒食を心配した松田彩香とは裏腹に、三条神流は松田彩香と同じペースで完食してしまい、「食っていたら、群馬に帰って来たって感じた」と言う。それに安心した松田彩香は少し意地悪に頬を膨らませ、
「私の顔見て実感して欲しい。私はシャンゴ以下?」
と言い、狙い通りの反応が来るのを待つ。
「駅前のマック以下。」と三条神流はニヤリと笑って言う。
「うるせ」と、三条神流を蹴飛ばし、三条神流もやり返す。二人でゲラゲラ笑う。
(最初からシャンゴにすればよかった。)
と松田彩香は思い、午後は少しギアを上げて一緒に売り子をやる。
売り子をやるとなれば、必然的に人と接するのだから、三条神流には少しハードルが高いように見えたが、松田彩香にサポートしてもらったおかげですんなりと克服。仕舞には自分から前に出ようとするのだから、松田彩香は「やれ」と言った。だが、屋台での焼きまんじゅうの焼き方を失念していたという事態に陥った上、夕方の学校終わりの子供や学生たちが、おやつに焼きまんじゅうや団子を買いに来る。松田彩香は止む無く、三条神流を後ろへ下がらせた。
「カンナがダメとか言うのではない。焼き方忘れている状態で背伸びは、お店的にちょっとね。」
と、松田彩香は言った。
一日が終わった。確かに発作こそ起きた上、松田彩香の判断で後ろへ下がる場面があったが、思いのほかすんなりとバイトをこなした三条神流は、次の日からは出来る限り一人でバイトをこなし、松田彩香や親戚たちを驚かせたのだった。