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Express BRZ  作者: Elena
第一章 出会い、SUBARU BRZ
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湖畔のドライブイン

 ラーメンを食べて帰ると思いきや、松田彩香は再び山の中へと走り出す。

 松田彩香は自分とラーメン屋の店主がフレンドリーに話す様を見せて、三条神流を嫉妬させる事が目的では無かった。

 国道122号を足尾方面へ走る。町は遠ざかる。寂し気に灯りを灯す木造の駅舎が横目に見えた。わたらせ渓谷鉄道の上神梅駅だ。

 水沼駅で国道122号を逸れ、渡良瀬川を渡った対岸の道へ入ると、そこを思い切り攻め込む。

 悲鳴を上げなくなった三条神流は、周囲の様子が見えるようになった。

 小さな灯りが見えては過ぎ去るが、夜空は月明りで僅かに明るく、微かに山の稜線が見える。

 やがて、前方にダムが見えた。

 草木ダムだ。

 草木ダムの横の登りの峠道を一気に駆け上ると、そのまま湖畔のワインディングロードを駆け抜ける。

 横目に見えるダム湖の湖面に月が写っている。

 松田彩香は三条神流も共にfripsideの曲で最も好きな曲を流す。「Distant moon-crossload version-」だ。

 曲のリズムに合わせるかのように、松田彩香はGR86で湖畔のワインディングロードを駆け抜ける。三条神流も身体をそれに合わせる。

(いい感じ。カンナ。もう話してくれるよね。)

 と、松田彩香は思うと、ダム湖の真ん中の橋を渡って国道122号に戻ると、湖畔の寂れたドライブインに車を止めた。

 既に営業時間は終わっていて、誰も居ない。

「学生時代のカンナは、周囲より幼く見られる事が多かった。それに、カンナの誕生日は2月26日。早生まれも相まって、同級生の多くは皆一つ年上。その上幼い見た目。おまけに海軍軍人だった曾祖父と祖父に、群馬県議員の父。そうしたことが災いして、何をやってもとばっちり喰らって痛い目にばかり合わされる。「軍人の子なら―」「県議会議員の子なら―」って、変なイチャモン付けては、何かを強制させ、逆らうと諭すような事を言われて強制させられ、周囲と距離を置こうとして心を閉ざし、自衛隊学校に体験入学したり、陸上自衛隊のレンジャー部隊へ体験入隊したり、挙句の果てには「エリア88」のようなところへ行こうとフランス外人部隊へ入隊を希望し大問題になった挙句、また諭すような事を言ったカウンセラーをぶっ飛ばして停学喰らって、防衛大学落ちるわ、江田島にも行けず。でも、カンナはそうやって、自分を守ろうとした。」

 松田彩香は淡々と、三条神流の過去を話す。三条神流は否定しない。事実だから。

「度が過ぎる自己防衛のため、からかうバカは居なくなったが、逆に友達のできないチー牛野郎、アダルトチルドレン、知的障害者、ホモガイジが寄って来て、またそいつらのせいでとばっちり喰らって、そいつらと同列にされる。おまけに教師にまでそういう扱いをされた。だからまた、自分自身を守ろうとして、今度は自分自身に、ベルリンの壁のような壁を作ってしまった。そんなカンナを、皆こう言った。「サイボーグ」「アンドロイド」って。」

「-。」

「サイボーグで良い。そう考えたカンナだったけど、誰かが放ったある一言で、またも変な方向へ走った。「年取ったな」って。「見た目が大人になった」と言いたかったけど、からかってそんな言い方をし、そのためにカンナは「早く大人になろうとして、大人を通り越しておっさん。ブタ芸人のような見た目になっちまったのか」と勘違いし、そんな自分を嫌いになってしまう。皮肉にもその頃から、身体が成長を始めてしまった。どんどん変わる自分の身体を止めようとしたけど、止まらない。だから余計に自分を嫌いになる。私は、人であるカンナが好き。なのにカンナは、人の身体をも捨てて、本当に機械の身体になろうとして、永遠を求め、体系維持の為に食事制限やサバゲーをし、ブタのような見た目にならないよう、中年脂肪が付くのを嫌って、脂肪を減らす効果のある緑茶をがぶ飲みして腹を下し、でも止められない。そんなカンナを嘲笑うかのように、「カロリーゼロ理論」ってギャグが流行り出し、カンナはそれに「馬鹿にしてんのか!」とキレる。変わらぬ姿のアニメのキャラや観音様、人形に恋焦がれ、神社や寺の境内で一人になると、そのまま何もない永遠がある天上世界へと吸い込まれてしまいたいと思った。そうして行きついた長野の安曇野で、同じ考えを持つ南條美穂さんと知り合ってしまって、惚れ込んでしまった。私は、そんなカンナが嫌い。殺してしまいたいくらいに。でも、今のカンナはもっと嫌い。殺してしまいたい。でも殺せない。私も私でなくなってしまうから。殺したい。嫌い。でも、殺せない。」

 松田彩香は途中から、涙を流し始め、気が狂って、三条神流を地面に押し倒す。

「お前はロボットか!?自分の意志は無いのか!?」

「毎回毎回、拉致しておいてよく言う。」

「黙れ!今のカンナに人権なんてない!貴方のお望みの人形よ。私の人形よ。今のカンナは。ああ、私と一緒でないと外にも行けない。まさに操り人形ね。毎度毎度、こうやって拉致していたのは、私に、カンナが長野で何されたのか話して欲しいからよ!自分の親にも断片的にしか話さないで、ずっと自分の殻の中に閉じこもってクソニートとはいい御身分よね!」

「-。」

「なんとか言え!」

 松田彩香は平手打ち。

「なんだよ。どいつもこいつも。まるで俺は犯罪者じゃねえか。何もしていない。ただ、毎日、仕事して生きていた。普通に生きていただけの人間を犯罪者に仕立て上げて、何が楽しい。人間なんて滅んでしまえ。」

 三条神流、力なく言った。それを、松田彩香は聞き逃さなかった。

「なんでカンナが犯罪者?黙ってじゃ分からない!」

 松田彩香、顔を近づけ怒鳴った。

「言わなきゃ、カンナが犯罪者かどうか分からないでしょうが!」

「言ったって無駄さ。どうせアヤだって言う。「お前は犯罪者。」「エアガン持っているから人殺し」って。自分の立場を棚に上げて。」

 松田彩香、怒りから三条神流の首を絞める。

「いつ言った?私がカンナを犯罪者だって。私が言ったのは「自分の殻に閉じこもってクソニートとはいい御身分だ」よ。」

「俺はお前が、アヤが嫌いだ。誉め言葉だった。「サイボーグ」って。でも、壁を作ってもアヤはいつも、その壁を壊して入って来る。だからアヤが嫌いだった。そして、それをネタにアヤと俺をくっ付けて楽しもうとする奴等なんて、死んでしまえと思った。それを良い事にまた俺をバカにする。だから、元凶であるアヤが嫌いだった。言ったってどうせ無駄さ。」

「死にたい?なら今、私が殺してあげる。でも、死に逃げなんかさせない。一緒に死ぬ。カンナを道連れに、GR86ごと、草木ダムに飛び込んでやる。そして、死んだ後も、影のようにカンナに付きまとって、苦しめ続ける。私が私を見失ってタクシーなんかに就職するハメになった報いよ。」

「殺すなら殺せ。俺は今のを聞いて、ざまあみろって思った。いつも、俺の上を飛んでいて、嫌いで、追い付きたいって思って、追い付けなくて、嫌いなのに憧れて、だから俺が安曇野で彼女作った時は、彼氏の居ないお前の上にたったって思った。」

「死ね!」

 松田彩香、三条神流の首をきつく締める。だが、絞め殺せない。

「殺したい。嫌い。殺せない。好き。」

 松田彩香、息が荒い。

「でも、違った。」

 三条神流、力なく言う。

 松田彩香、手を離した。

「奴は、そんな俺の思いに、永遠を求める思いに漬け込むだけだった。バス運転士をやりながら、奴と幸せになりたいって俺の気持ちなんて、どうでもよくて、ただ自分が楽しければそれでいい。奴は浮気して、俺がブチ切れたら今までの事を掌返し。そして、アルピコ交通まで悪者にして、俺は会社に居られなくなってしまった。だから、帰って来た。」

「ありがとう。よく言ってくれた。あの女を罵るけど、結局そういう奴だった。強引な手を使ったのは謝る。でもね、そうやって自分の殻に閉じこもって、ワンワン泣いていても何も始まらない。少なくとも、私には言って欲しかった。ずっと昔から、カンナの傍にいたから。私は、ずっとカンナの隣にいるし、そうしていたいから。下劣の俗に染まったカンナは嫌い。自分が見えないカンナは嫌い。でも、私はそうなる前のカンナを知っている。目的の為ならば手段を選ばず、ひたすらに突き進むカンナを知っている。自分の目的に向かって突き進むカンナと、自分に自信が持てないでいた私を引っ張ってくれたカンナが好き。」

「どの面下げて、群馬で―」

「生きていける。だってカンナ、生きているじゃん?裏切ったのはカンナじゃない。長野人。勝手にカンナをこんな姿にして、今頃ゲラゲラ笑っている。そいつら後悔させよ?私、そうでもしないと気が済まない。」

「嫌いだよ。そんなセリフ。理想主義的だ。」

「なら、まずは仕事見つける。そこから一歩でもいいから、歩くのよ。覚えている?失われた記憶を辿って彷徨い歩いて群馬に来た、小岩剣君。」

「ああ。」

松田彩香は、三条神流が群馬を出て行く頃に出会った、一人の鉄道好きの名前を出した。

過去の記憶を失って、群馬にやって来たところを三条神流に拾われ、面倒を見ていたのだ。

「彼が言っていた。「星の寝台特急ブルートレイン。それは夢と希望を乗せ、夜の鉄路を駆け抜ける蒼き流れ星。寝台特急「はくつる」のヘッドマークは紺に翼を広げた鶴。翼を広げ羽ばたく鶴の如く、誰の心にも翼がある。それが「ココロノツバサ」。何処までも夢を追って、ブルートレインと共に闇を切り裂き突き進むのだ」って。私はそれを聞いた時、群馬人は皆、生まれながらにして「ココロノツバサ」を持っているって感じた。」

 松田彩香は言いながら、自分の胸の中から上毛かるたの札を出した。


「つる舞う形の群馬県」


 と書かれた札。

「鶴よ舞え。広き空へ、私たちの夢を乗せて。私たち群馬人のココロノツバサよ。それを教えた小岩君が、自分の記憶を見つけ、青森へ帰って行く時、小岩君の背中を押したのはカンナよ。そのカンナが今の状態では、どうしようもない。」

「-。」

 三条神流、涙を流した。

「今頃、あいつは幸せに生きているだろうな。失われた記憶見つけて、俺の手を離れ、寝台特急で旅立って行ったあの日、俺は群馬を旅立った。あいつに今会えた時、俺がこれでは―。」

 松田彩香は三条神流を抱き寄せる。

 その手は、三条神流を従わせるのではなく、三条神流を助ける物だった。

「お帰り。カンナ。」

「ただいま。アヤ。」

 三条神流もまた、松田彩香を抱いた。



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