赤城の夕日
その後も、松田彩香は何度となく、三条神流を拉致しては、ドライブに出かける。ある日は、仕事の最中、群大病院に行く三条神流をタクシーに引きずり込んだり、そうでなければ三条神流の実家に突撃してきて無理矢理ドライブに引っ張り出したりと、滅茶苦茶である。
赤城山を駆け抜けている時、時折、同じように車で駆け抜けている者を見かけた。中には、松田彩香の知り合いらしき者の姿もあったが、松田彩香は会釈だけでノンストップで走り続ける。
トイレに行くときも、三条神流が逃げ出さないよう、拘束したまま。三条神流がトイレを訴えた時は、男子便所の入り口で見張り、酷いと多目的トイレについてくると言う有様。
そして、峠を攻め込む松田彩香は三条神流に恐怖を与えた。
特に、夜の峠道は恐怖でしかない。
今日もそうだった。
朝から、沼田の方へ行き、吹割の滝を見、老神温泉を経由し再び赤城山を走って夕方。
今日は普段よりも大人しい松田彩香だったのだが、赤城山の峠道ではやはり、普段の走りをする。
だが、三条神流は怖いことに変わりないが、どういうわけか、悲鳴を上げる事が少なくなっていた。
「慣れて来たね。」
と、松田彩香は言う。
(そうして、麻痺して、私の居る世界に―。いいえ。私の隣に来るのよ。カンナ。貴方の居るべき場所は、ヤリマン年上女の胸の中ではない。私の隣よ。)
松田彩香は思いながら、新坂平下で赤城山の山頂カルデラ壁を越え、県道4号。通称「赤城道路」の峠道を一気に下って行く。
三条神流、やはり怖い。
だが、怖さの中である物を見た。
夕陽である。
「キレイな夕陽。」
と、三条神流が小さく言ったのを、松田彩香は聞き逃さなかった。
「ラーラーララララー」と松田彩香は歌い出す。
三条神流と松田彩香共に好きな音楽ユニットfripsideの「an evening clan」
だ。
(夕陽の中、赤城南麓地区を駆け抜ける時、私はこの曲を口ずさみ、聞きながら駆け抜ける。)
北新地の交差点をまっすぐ行けば前橋市内。だが、松田彩香はここを左へ曲がり、ちょっと走って一旦停止。松田彩香はオーディオを操作し、fripsideの曲を選択。
(夕陽のからっ風、わたらせ用BGMにセット。)
と、松田彩香は思う。
「赤城南面広域農道。通称「からっ風街道」。赤城南麓地区は、数万年前の噴火による山体崩壊デブリが堆積し、それを避けるため曲がりくねった道になっている。おまけに時々大型トラックも入るから、道もしっかりしているし、道幅もそれなりに。まぁ時期によっては、鹿や熊のような動物が出て来ることもあるけど、つまりは、高速で攻め込んで行ける道ってわけよこの道は!」
松田彩香は言うと、アクセルを2、3発程吹かして僅かにホイールスピンさせて、からっ風街道に飛び込んで行く。
「ギャァーッ!」とタイヤを派手に鳴らしながら、高速コーナーを駆け抜けていく。今までなら、三条神流は悲鳴を上げていたのだが、なぜか悲鳴は上げない。
怖いことに変わりないのだが、怖さが半減しているように感じる。
三条神流は、手を拘束しているガムテープをかみ切り、足を縛っているタオルを解く。
「なっ!」
松田彩香は驚いた。
思い切りコーナーを駆け抜け、横Gが身体に遅いかかる。
三条神流は、身体を張ってそれに耐える。
「アヤ。いつもこんな事しているのか。なんで、こんな事をしている時、アヤは「渡月エレナ」を名乗る?」
始めて、三条神流から口をきいた。
「トゲツは分かるでしょう?彼女たちの流儀の―。」
「あぁ。」
コーナーを抜けながら答える松田彩香に頷いた。二人でハマったエロゲの主人公の名前だった。
「私は、カンナをタクシーに乗せたあの日、カンナの親から聞いた。カンナが長野で酷い目に遭ったって。どうして、私に「ただいま」って言わないの?長野で何があったの?答えて。カンナ。」
「待てよ。聞いているのはこっち―。」
「私はずっと、答えを求めている。知りたければ、私の質問に答えてから。」
夕陽が沈み、夜の戸張が降りて来ると、南に広がる関東平野の町灯りが灯ってそれが、光の海に見えて綺麗だった
からっ風街道の端まで来ると、そこから国道353号に出て東へと山を降りて行き、大間々の町が見えて来た。
「晩飯食べるよ。」
と言って、松田彩香は赤城駅と大間々駅のちょうど中間に位置するラーメン屋に車を止める。
「ここの店主はアイドルマスターやfripsideのファンでね。店内はグッズやポスターだらけ。」
と、松田彩香は言いながら食券を買い、店主に挨拶する。
「私の相方よ。名前はそうね。私と同じくトゲツエレナ。苗字の漢字は違うけど。」
店主と松田彩香はフレンドリーに話している。
「これ、カンナの名前。」
と、松田彩香は言いながら三条神流のスマホでTwitterを開いてアカウントを作ってしまった。そこには「兎月エレナ」と名前。
「おまちどう。味玉サービスな。」
と、店主がラーメンを持ってきた。
かなり油濃そうな見た目の割に、脂気は抑えめの鶏白湯ラーメンで三条神流も「美味しい」と心から言えた。
(感情、戻って来ている。今夜あたり、言ってくれそう。)
と、松田彩香は微笑んだ。