調教開始
三条神流は松田彩香の手を取った。
最初は手を握らず歩こうとしたのだが、観光客もそれなりにいる場所。ロクに歩けない。なので止む無く。
ところで、ここは何処か?
湖を挟んだ対岸。三条神流はそれを見ただけで気分が悪くなる。
対岸の道を、関越交通のバスが走っている。この場所に定期路線バスで乗り入れて来るのは、関越交通だけ。それを見ただけで、気分が悪くなったのだ。
そして、松田彩香に手を引かれて歩いて渡る橋は、神社の境内に通じている。
「大桐赤城神社」と書かれた鳥居。
ここは、群馬県のシンボル上毛三山の一つ、赤城山。そして、その赤城山の山頂カルデラ内にあるカルデラ湖の中にある、大桐赤城神社だ。
「私と再会したのは、タクシーの車内。バスから逃げて来た時、群大病院まで。」
と、松田彩香。だが、それだけでも気分が悪くなる。「バス」という単語に反応したらしい。緊急用の薬を飲もうとしたが、手元にない。
「私の目見て。」
松田彩香は三条神流の顔に自分の顔を近づける。
三条神流、呼吸が整わない。
空転する蒸気機関車のようだ。
「落ち着いて。私の目見て。」
徐々に、三条神流の呼吸が整う。
「よし。歩こう。」
と、松田彩香。
二人で本殿に参拝した後、啄木鳥橋を渡って駐車場に戻るが、その最中も三条神流は松田彩香に手を引かれている。まるで、故障車がレッカー車に牽引されているようだ。だが、松田彩香は三条神流を引っ張るレッカー車の役割をしない。
「今日は夕食まで一緒に居る。」
と、松田彩香は言うと、GR86に三条神流を押し込み、奇妙な形のシートベルトで三条神流を拘束し、エンジンをかけると赤城山から沼田方面に抜ける峠道に入る。
「下ってもう一度上がるよ!ちょっと見慣れぬシートベルトよね。普通は三点式だけど、私のGR86はセミバケットシートに加え四点式!」
峠道に入ると、松田彩香は雰囲気を変える。
目付きが鋭くなり、GR86を自分の手足のように操る。
「ギャギャ」っとタイヤが鳴り、カーブの度、横Gが襲ってくる。三条神流は、シートベルトで拘束され、身体を振り回され、悲鳴を上げる。だが、松田彩香は三条神流に対して容赦ない。学生時代からそうだ。松田彩香はとんでもないほどにサディストだった。
峠を降り切った時、松田彩香は「うるさい」と、三条神流の手足を紐で縛り、目隠しまでした。
「アヤ。何を―」
「ああ言い忘れていた。私、車で駆け抜ける時、名前変わるの。渡月エレナって名前に。月に渡るが如く駆け抜ける。それが、走り屋の私の呼び名。」
と、松田彩香は言うと、三条神流の口をガムテープで塞いだ。
「さて。」
松田彩香は再び、今来た道を登って行く。
今度は登り勾配。
GR86のアクセルを思い切り踏み、高速で峠道を駆け抜けるのだが、三条神流はただひたすら、怖くて堪らなかった。