アヤ
しばらくは病院通いをしながら、パートで働くことになるだろうと思った三条神流は、実家の自室でパート情報を探していた。
出来る事なら在宅ワーク可の物という条件を付けて探している最中、妙にうるさい車の音。ドアホンが鳴るのだが「どうせセールスだ」とほったらかし。だが、玄関のドアが開いた。仕事で出かけている両親のどちらかが帰って来たのだろうか?と思った刹那、誰かに腕を掴まれて気絶させられた。
気絶させられる直前、相手の顔が見えた。
それは、昨日のタクシー運転手の眼鏡っ子だった。
少しして、三条神流は目を覚ます。
車の中だった。
最初に目に入って来たのは山の中の道。そして、耳をつんざくように唸りを上げるエンジン音とタイヤが鳴く音。
「よっ!」と、運転席で気合を入れる声と同時に、タイヤが鳴く。
「ふっ!」また、運転席の眼鏡っ子が気合を入れ、カーブに飛び込む。
カーブを抜けて直線区間。ふと、眼鏡っ子が横目で三条神流を見た。
「私の事、覚えていない?まぁ、無理もない。あの頃の私と今の私は少し違うからね。」
黒髪のツインテール。人形のような可愛らしい顔に赤渕の眼鏡をかけた女の子。だが、その見た目に反して、峠道を物凄い勢いで駆け抜け、カーブというカーブを三条神流にしてみれば(こんな勢いで―)と言いたくなるような勢いで攻めて行く。
「最初は高速道を走っているだけだった。アルト・ラパンで。今の会社に入った後もそうしていた。そして私は、突然変異を起こし、今のこの車。TOYOTA GR86に行きついた。GR86 SZグレード。赤いカラーリングは、私のイメージカラーから。そして、連合艦隊はみんな、私に続いて車の世界へと飛び込んで行った。これが今の私。」
山を登り切って、湖畔の駐車場に車を止める。
三条神流はふらついて仰向けに倒れ込んだ。
その身体に、彼女は馬乗りになった。
「カンナ。どうして、私に「ただいま」って言わないの?久しぶりぐらい言ってよ!」
と、彼女は平手打ち。
「アヤ―。」
と、三条神流は声を絞り出す。
松田彩香。
三条神流とは幼少の頃からの付き合いである腐れ縁の幼馴染。
三条神流とトップの成績を争う優等生で学校一の美人と言われる程可愛い容姿を持っていて、学生時代、三条神流とはよく釣るんでいた仲。
言うならば、今の三条神流にとって一番会いたくない奴だ。
松田彩香は微笑んで、
「久しぶりね。カンナ。」
と、微笑みを浮かべて手を差し出す。
だが、それは救援のためではなく、三条神流を自分に従わせ、拘束する鎖のように見えた。