孤独なランナー
本庄サーキット近くの温泉を後に、群馬へと帰る2台のBRZと1台のBMWの隊列。BMW Z4を先頭にしたその隊列は、隊列最後尾を行く三条神流からは葬列のように見えた。やはり、走行した結果のせいだろう。或いは、
「私、怒ってる」
と言う、松田彩香のセリフのためか。
おそらく後者であろう。
(きっと、目標タイムをクリアできなかった事で、怒られるのだろうな。)
三条神流は気が重い。
前橋のマルシェで三条神流と望月光男はそれぞれ、車の点検を行う。
「三条。タイヤが危ない。というか、俺がタイヤの事言わなかったせいでもあるし、そもそも走行前ここまで見なかったこっちも悪かった。こいつは、ウインランR330。峠とかでヤンチャする程度でも直ぐにタイヤの限界が来る事があるエコタイヤだ。」
と、霧降要が言う。
「タイヤ―?」
「車を早く走らせるためには、エンジンを改造してパワーを上げるだけではダメだ。パワーを上げたなら、それに耐えうる足回りやタイヤを作らなければ、そこから車はバランスを失って砕け散る。EF200が東海道本線で本気出して貨物列車引っ張って、変電所パンクさせて壊したのと同じだ。」
霧降要は言いながら、リストを三条神流に渡す。
「スポーツ走行用タイヤのリストだ。最も、このタイヤの状態では、2ヵ月後に山が無くなって、ワイヤーが出ちまう。安いのはルッチーニってメーカーのが7万。それから、グッドイヤーのLS2000。だが、アヤと同じく、GR86/BRZレースに出るとなると、ルッチーニは使えない。」
「アヤは、どいつを履いている?」
「ヨコハマのアドバン・フレバ。11万だ。」
三条神流は胃が痛くなる。
何とか買えなくはない。貯金している額にもギリギリ響かない。
「レースに出るには、金が要る。だが、アヤはそれでも走る。タクシー会社で働きながらな。だが、タクシー運転手の給料が20万から35万とかなり貰えるって事を知らぬ連中は、レズ風俗で働いているとか、デリヘルで働いているとか言っている。そして、レズ風俗の顧客は東郷三姉妹の次女の恵令奈って事にされている。」
「-。」
「話が脱線したな。まぁ、タイヤに関しては早急に決めろ。いいな。」
三条神流は点検代3000円を払って、マルシェを後にする。
そして、そのまま三夜沢赤城神社まで走ってお参りをすると、からっ風街道の三夜沢赤城神社から大間々側起点までの区間を攻め込む。
2往復もしたら、日が暮れて夜になった。
「-。腹、減ったな。」とつぶやくと、そのまま大間々の町へ向かって降りて行くと、その途中で、東郷三姉妹のロータスの隊列とすれ違った。
大間々の町にやって来た。
以前、松田彩香や霧降要と共に来た、らぁめん城ケ崎に行こうとしたが、今日は臨時休業だったので、隣のベイシアのマックに入る。
マックのアプリクーポンを使って、夕食にする。
(タイヤの事。タイヤだけでも10万か。だがな―。)
三条神流はタイヤショップのサイトを見ながら思う。
(両毛連合の車は、シビックが多いと聞く。その、シビックのFK7が、霧降に勧められたアドバン・フレバにした場合、BRZなら10万強だが、シビックのFK7は15万じゃねえか。金がねぇから、コンフォートタイヤで我慢するかって事なのか。それでも、7万だ10万って。アヤの事ラブホ特急とか、レズ風俗とかアホか。乗っている車が、ただの金食い虫になっちまってんじゃねえのか。)
と、三条神流は舌打ち。
「隣、いいかな。」
誰かが声をかけて来た。
窓沿いのカウンター席。別に断る事はしない。
だが、三条神流が不思議に思ったのは、わざわざ他の席が空いているのに三条神流の隣の席に、しかも三条神流に断りを入れてから座ろうとする事だ。三条神流は嫌でも、頭の逝かれた奴がハエやゴキブリのように集って来てうんざりしていた学生時代があり、そのために、そいつらと同類にもされ嫌な思いもした。何処の誰とも知らぬ奴を、わざわざ自分の隣に座らせるような義理も無い。
「あぁ、俺は君の事を知っている。レーシングドライバー松田彩香の相方。」
「構いませんよ。」
と、三条神流は隣の席を指した。
松田彩香を悪く言わず、レーシングドライバーと言ったからだ。
「まずは自己紹介からな。俺は、ナガト。インプレッサWRX STIグループR4に乗っている。同じスバル乗りで、現役のラリードライバー。」
駐車場に目をやると、三条神流のBRZの隣に、青いインプレッサWRX STIグループR4が止まっていた。だが、そのインプレッサWRX STIグループR4のフロントには大型のフォグランプが付いている等、ノーマルとは明らかに異なる点が多々あるのは、素人から見ても分かる。
「自分は―。三条神流。カンナって呼んでください。」
「エレナでなく?」
そうだ。以前、松田彩香は三条神流のTwitterのアカウントを作り、その際、兎月エレナと言うハンドルネームにしていた。その後、改名をしていないのだ。
「あっその、アヤもエレナと名乗っておりますし、他にもエレナを名乗る方がいるので、混同防止のため。近いうち、Twitterのアカウント名は改名予定です。」
「あぁそう。」
「なぜ、自分がここに居ると?そして、なぜ、自分の事を?」
「表の駐車場に、BRZが止まっていたのを見てね。そして、君の事は両毛連合の方で既に噂になっている。レズの合間に挟まるエロ男。或いは第二のラブホ特急とね。」
「仲良く出来そうにない。両毛連合の方々とは。話したことも無いのに、勝手にそんな事を言って。」
「まぁ、仕方ないよ。いきなり、アヤの隣に現れたと思ったら、あのアヤに首根っこ掴まれて引っ張り回されてんだ。嫌でも目立つさ。」
ナガトは言いながら、コーヒーを飲む。そして、誰かを待っているようだ。
(ちっ!どこの誰だ俺を付け馬している奴は。こりゃ、誰か付け馬がいるな。)
と、三条神流が思った時、こちらも明らかに純正部品ではないマフラーの音を轟かせながら、やはり、大型のフォグランプやら、エアロパーツやらで武装し、ラリー仕様となっているGRヤリスとGRカローラが駐車場に入って行くのが見えた。
「あの2台もラリーカーですよね?」
「ああ。俺のラリー仲間だ。」
彼等も店内に入って来た。
「GRカローラはネルソン。GRヤリスはロドニー。」
(戦艦か。インプレッサWRXのこの方がナガト。GRカローラがネルソン。GRヤリスがロドニー。今に、ムツ、コロラド、メリーランド、ウェストヴァージニアとか出て来るかもな。)
三条神流は苦笑い。
「やぁ。」
と、ネルソン。
「この方が、例のアヤの遣い?」
ネルソンがナガトに聞く。
「そうです。」
「場所を移そう。」
ネルソンは4人掛けのテーブル席を指す。三条神流とナガトは4人掛けのテーブル席に移動する。
(なるほど。アヤと俺が走っている姿を見た、俺とは絡み無い両毛連合の誰かが、特務機関を編成し、俺とアヤの関係から俺についての事まで何から何まで調べようと言うのか。)
と、三条神流は思う。
「どうやら、両毛連合の一味と俺達を見ているようだな。」
と、GRカローラのネルソンが切り出す。
「そうでしょう?」
「残念ながら、両毛連合とは確かに関りはあるが、あまり行動を共にしてはいないよ。」
GRヤリスのロドニーが微笑みながら首を横に振る。
「俺達は両毛連合から派生したラリー仲間のようなものさ。群馬サイクルスポーツセンターや浅間2000をメインに、ラリーをやっている。と言っても、JRCAのような本格的なラリーには出ていなくて、峠道でヤンチャするのにラリーテクニックを加える程度なんだけど、地方戦には偶に出場している。」
と、ロドニー。
「あの跳ねっ返りの強くて、男嫌いのアヤが、ただ一人だけ受け入れたって言う男であるエレナって奴がどんな奴かとずっと気になっていたんだ。ラブホ特急に付いて走ってそれを追い抜いたら、ラブホ新幹線になるかもしれない。」
ネルソンが言う。どうやら、彼等に三条神流はエレナという名で通っているようだ。エレナの名前は、松田彩香も冠しているし、東郷恵令奈の存在だってあるのに。
「誤解なさらないでください。自分は、エレナではなく、カンナです。」
三条神流は言う。
「確かに、アヤと一緒に行動はしておりますが、エレナというのはアヤが付けた名前です。気に入っているかと言われると微妙なところです。」
「ふーん。名前の事は良いとして、両毛連合を始め、草木界隈じゃ何かと噂がな。」
ロドニーが言う。
「両毛連合とはあまり関わらねえんだが、あの界隈の近くの奴等が主体となって、カンナの事を―。」
「レズ風俗に乱入した変態男って噂流した。」
ネルソンが言うのを、三条神流が遮って言った。
「まぁ、半分は正解。ですが、半分は間違い。何しろ、長野で嫌な思いして群馬に逃げて来たら、幼馴染で腐れ縁のアヤに首根っこ掴まれて、気が付いたら車の世界に引き込まれて、BRZを買ったのですから。レズ風俗に乱入というより、レズ風俗に引き摺り込まれたと言うのが正しいでしょう。」
「それで、今、カンナは何を目指している?」
ナガトが言う。
「アヤに追いつく事です。しかし、追い付けない。今日、本庄サーキットに行ってきたのですが、酷いタイムで終わりました。」
「まず、タイヤがあれじゃダメだ。少なくとも、タイヤを変えろ。」
ネルソンが言い、自分のGRカローラのタイヤを見せる。
「ヨコハマタイヤのアドバン・ネオバ09だ。従来の08よりグリップ力が上がっていて、からっ風街道の三夜沢-大間々間で、タイムをこれだけ更新した。」
と、タイムを見せる。
タイヤを変えただけで、タイムが変わる事に、三条神流は驚く。
「ただ、この09に関してはあまり良い評価をしない奴も居る。白い大宮ナンバーのS660に乗っている埼玉と群馬のハーフの奴は、「08の方がウェット路面でのグリップ力が良く、09は雨で直ぐにハイドロを起こす。」って言って、09を履かず、同じアドバンでも、ミディアムコンパウンドのフレバを履いている。」
「-。」
「まぁ、何を目指すにしろ、走るならまず、タイヤとガソリンに金掛けろ。その後に―。」
「ブレーキですか?」
三条神流の発言に、ネルソンとロドニーは驚く。
「スピードを上げる前に、そのスピードを止められるようにしなければ、危険。故に、ブレーキを強くする事ですか?」
これは、車重が重く、直ぐには止まれない大型バスに乗っていた故の三条神流の考え方だが、的外れだったのか?
「ブレーキ。それから、足回り。スピードを上げ、それを止めるのも重要。その後、そのスピード、そのスピードを止める事への負荷に耐えられる足回りを作って、パワーを上げる。ここまでの道のりは長く険しいぞ。」
と、ナガトがニヤリと笑って言う。
(分かってんじゃねえか。)と言いたいのだ。
「まぁ、正解だな。」
と、ナガトは言った。
「ただ一つ忠告。スピードを上げれば、速くなればなるほどに、孤独になっていく。孤独になれば、クソみてえな噂流す奴等もハエやゴキブリのように沸いてくる。」
「なぜ?スピードを上げれば孤独に?」
「F1にBRZが追い付けるか?」
「-。」
「そういうことさ。スピードを上げれば、周囲は徐々にそのスピードに付いていく事が出来なくなり、気が付いたら周りには誰も居ないって事はよくある話だ。そして、付いて行けず脱落した奴等は、自分の腕の無さ技量の無さを棚に上げ、僻みから、変な噂を流す。アヤと恵令奈、日菜子、玲愛だって、以前は両毛連合とは仲が良かったのだが、三人姉妹はレーサーで、あまりにも速くて追い付けず、アヤも加賀美もスピードが上がって行って追い付けなくなり、そこへ、アヤと恵令奈がラブホに入ったのを見たって奴が、そういう噂を流し、結果、アヤと加賀美は両毛連合の中では姫扱いだけど、三人姉妹は変な目で見られ、そこに引き摺り込まれたカンナもまた、変な目で見られていると言う分けさ。」
「どうして、アヤと加賀美は変な目で見られないのですか?」
「さぁ。ヤれると思ってんじゃねえの?」
と、ナガトは吐き捨てた。




