ホテル
モビリティリゾートもてぎの敷地内にあるホテルに入る。
コレクションホールからホテルまで行くのにさえ、車を使わないと大変である事に、サーキットの広大さを実感する。
「確かに、下心丸出しで来るようなところでは無いな。」
と、三条神流はつぶやく。
「でも、あの極端な拓洋が、あそこまでカンナに話したのは珍しい事よ。普段なら、話しもしないだろうに。まして、あんな事の後だし。」
日菜子が言う。
先にチェックインしていた霧降達と合流する。
「坂口夫婦に会った。」
と、松田彩香が言う。
「雲の上の存在の!?来ていたのか?」
「ほら、エスロク女がメインポストでアホ面かいて、腹踊り。あれの主催だったらしい。」
松田彩香は溜息混じりに言う。
「おかげで、加賀美も調整が間に合わずだよ。死ねよあの女。まぁあのアホ面女は忘れよ。パーッとな!」
「俺、先に風呂入りたい。」
霧降が切り替えようとするのを、三条神流のセリフが遮る。
「ああ。分かった。風呂の後、少し羽を伸ばしてメシだな。ところで、部屋なんだけどここ、全部ツインなんだよ。勝手にこっちで、松田と同じ部屋にしちまったんだけど、大丈夫か?」
霧降要はこのホテルにシングルルームが無いと告げる。
「どうせ違う部屋にしたところで無駄だってことは、察しが付くだろう。」
「まぁな。」
部屋に入ると、松田彩香は三条神流の見ている目の前で、汗に塗れたレーシングスーツを脱ぎ、普段着に着替える。
「カンナは見ても反応しないからね。」
と、松田彩香。
「まぁな。お互い、ガキの頃からこういうの見ていたからな。」
「風呂、行こうか。」
松田彩香に促され、大浴場に向かう。
ガラガラで貸切状態。大浴場を仲間内で専有出来ると思うと心地良い。そう思っていたのだが、やはりここはホテルの大浴場。他の客が入ってきた。
「三条神流、だったかな?」
「えっ?ええ。」
それは、先ほどのホワイトレーシングプロジェクト所属の坂口拓洋だった。
「さっきはきつく当たってすまん。だが、俺も同じ思いをしたのでねぇ。詳しい事は、さっき君の相方から聞いたんだが、そんな奴をレースに出すわけにはいかんのだ。君自身も危ないが、レースは君だけで走っているのではない。君のような奴が居ると周囲の車両も巻き込まれる可能性だってある。解かるよな?」
「―。」
レースとなれば、一台クラッシュすると、巻き込まれて他の車までクラッシュしてしまう事も多々ある。ミハイルシューマッハが前を走るクルサードのミスで前輪が吹き飛び、シューマッハ大激怒。あわや大乱闘になりかけたという事もあった。
「走り屋とモータースポーツの違いはなんだか分かるか?」
「一概には言えませんが、走り屋はエリーガル。モータースポーツはリーガル。走り屋はその辺のヤンキーでも出来る素人ボクサー集団。モータースポーツは、プロボクサーと言ったところでしょうか?」
「では、その辺のヤンキーとプロとの差はなんだ?」
「―。」
答えることは出来なかった。
「車に乗ることはその辺のヤンキーでも出来る。だが、その車を完全に乗りこなし、自分の身体の一部と言えるまで操れる人はどうだ?」
「自分の身体の一部―。」
「それが走り屋とモータースポーツの違いってとこだ。車を身体の一部となるまで乗りこなせる事だ。俺はそう思う。車を単なる道具として扱う人は普通の街乗りドライバー。バスやタクシー等の車で商売する人を職業ドライバー。車を遊び道具として扱う奴は走り屋。車を身体の一部となるまで乗りこなすのをモータースポーツ。」
先程も言われた事。三条神流はどうだ。まあ、「自分の身体の一部」ということに驚いている時点で解かるだろう。
「いいか?プロになるためには、ただ走っているだけではダメ。自分を知り、車を知り、自分の思いを車と同調させながら走って行かなければ、いつまでも走り屋のままだ。」
「自分を?」
「そうだ。今、君がどうしたいかを考えるんだ。レースをしようがしまいが、君の自由だ。だが、レーサーになりたければ、自分を知る事を第一に考えろ。言いたいことはそれだ。」
と、坂口拓洋は言う。
「俺も、偉そうな事言っているけど、実際そうだったから。愛衣に引っ張られて、レーサーになれて、俺は負け知らず!ってバカみたいに走り出し、富士の裾野にある、デッカイ国際サーキットで痛い目に遭った。何をどうやっても勝てない。焦ってミスをしまくって、現実を知った。その時、当時はTOYOTAに居た大山神威さんに言われたんだ。俺達レーシングドライバーは、一般の人から見れば、型破りな奴等さ。だが、その型破りな事をするにはまず、型を作れ。型も出来ていないのに、型破りな事をするのだって暴れるのは、ただのバカだ。そして、そんな奴が、今日のエスロクオフのバカ女さ。ああ、君は見ていなかったな。」
「見ました。」
と、答えたのは望月光男。望月は明日のライトウェイト耐久に参戦する加賀美のメカニック。そのため、例の女が粗相をした影響を僅かに受けていた。
「俺達にも、女性レーシングドライバーが所属しています。っていっても、N-ONEオーナーズカップに少しだけ出ているだけですが。まぁ、あんなひどい事はしませんねぇ。」
霧降要も言った。
「ちなみに、三条神流?君、ライセンスは?」
「Aライセンスを来月、筑波で取得します。」
霧降要が先に答えた。
「ならいい。」
と、坂口拓洋は言った。
風呂を出ると、女子のメンバーと同時だった。
あちらには、坂口愛衣とその姉の真穂。そして、愛衣の妹の知恵の姿もある。
「三姉妹でレーサーだよ。坂口家は。父親もレーシングドライバーだ。」
と、坂口拓洋は言う。
三姉妹でレーサーをやっている、坂口家と東郷家の二つの家計が出会う。
共にレーシングスクール時代からのライバルであり同期だ。だが、婿の姿があるのは、坂口家だ。
風呂の後は夕食。夕食はレストランでコース料理だ。
松田彩香はレーサーの目から、普段の目になっていた。
「こうやって、カンナとコース料理なんてもうダメだって思っていたけど、まさかサーキットのホテルでねぇ。」
と、笑う松田彩香。
だが、三条神流はそれよりも、JAF国内Aライセンスの取得に向けた準備と、今日のカートでのミスの事、そして、レースの事で頭がいっぱいだった。




