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PK  作者: 宮城アキラ
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早乙女優希

 さおとめ ゆうき。


 これが僕が両親から授かった名前だ。


 姓も名も、どちらも嫌いだった。


 早乙女は、先祖代々繋がってきている姓であるから、まだ許せるというより仕方ない。


 しかし、両親が付けた優希という名が、更に全体を女々しく仕上げている。


 他に音も漢字も無数にある中、男女どちらに使っても問題ない名を付けた両親には、何度も理由を聞いた。


 しかし、「優しく希望に満ち溢れた人生を歩んで欲しい。」という、文字通りの在り来りな返事しか帰って来なかったのは、納得さえ出来ないが、責めることも出来なかった。


 それも相まって、同年代の他の男の子よりも、「男子たるもの強くあれ。」と自分でも知らぬ間に言い聞かせていたところがあった。


 そのため、負けん気は人一倍だった。


 おかげで、年代別のサッカー日本代表に選ばれるほど、サッカーが上手くなった。


 しかし、それでも自分の中ではまだまだ足りない。


 理想は上がるばかりだ。


 あくまでも、日本でサッカーが上手いに過ぎない。


 そのようなハングリー精神は当然、豪に入れば郷に従えの日本文化にそぐわず、何度もコーチや監督から指導を受けた。


「何でそこでパスを出さないんだ。」


「何故、自分でゴールを決めようとばかりするな。」


「チームの勝ちを最優先にしなさい。」


 クソ喰らえだ。


 チームが勝ったとしても、自分自身がゴールを決めなければ、点取り屋としては、負けたも同じ。


 そのような指導を受ける度に、逆に自分の根底にある、ねじ曲がった闘志が、ふつふつと湧いてきた。


 そんな葛藤を抱えながら、高校生活の大半は、サッカーに明け暮れていた。


 周りが、受験だ何だと言っている中、僕の進路は、高校2年の夏に決まった。


 川崎のJリーグ屈指のクラブから内定をもらったのだ。


 それで、周りの指導者の目も変わった。


 目だけではない。発言も然りだ。


「アイツにサッカーを教えたのは俺だ。」


「お前はビッグな男になると信じていたよ。」


「早乙女、俺を覚えているか?シュートを教えたよな。懐かしいな。」


 勝手に懐かしむ輩まで出てくる始末である。


 そんな僕のプロ転向前、高校生活最後の試合が一週間前に迫っていた。


 全国高校サッカー選手権決勝まで、あと一週間。


 ここまで、並み居る全国の強豪相手に決めたゴールは、4試合で10得点。


 誰が見ても、点取り屋として文句なしの結果である。


 決勝戦の相手は悲願の初優勝を目論む、東北の高校。


 全国大会常連校の僕らは、前評判からして負けるはずがない、と誰もが思っている。


 そう、僕が得点を取れば、勝てるのだから。


「おーい、早乙女くん!早乙女ってやつは


 いるか?」


 聞いた事のない声が、僕の名前を呼んでいる。


 よくある事だ。


 男子ならサインくれだの、友達に紹介したいだの、女子なら一緒に写真撮ってだの、付き合ってくださいだの。だのとだのと、あれやこれやと。


 僕は、18歳以下の日本代表に選ばれているだけなのに。


 何がそんなに、すごい事なのだろうか。


「おーい、早乙女くんってのは、どこのどいつだ!」


 目の前にいるにも関わらず探し続ける、その学生を見て、更にイライラが込み上げる。


 どこのどいつだは、こちらの台詞である。


「顔も知らないのに来たのかよ。」


「お!そんな悪態つけるとは、さては、お前が早乙女くんか?」


 つい、口から言葉として、出てしまっていたようだ。


「う、うん。そうだけど。なにしたらいい?」


 焦りを隠しながらも、早く目の前にいる五月蝿い男の用件を終わらせて、遠ざけたかった。


「俺は村上って言うんだが、早乙女くんに聞いて欲しい話がある!」


「なに?サインでも書けって?」


「サイン?何で、俺がお前のサインもらうんや。逆ならまだしも。」


 そう言って、目の前の村上という男は、腹を抱えて笑っている。


 僕は、自分が自意識過剰な発言をしたことを恥じて、顔を赤らめた。


 しかし、目の前の男のサインよりは、さすがに価値があるような気がする。


「そうか!早乙女くんは、有名人やからサインまであるんか!さすがやな。でもな、サインなんて、何の価値もない。そんなもん、ただの読みづらい記号みたいなもんやろ?あんなもん、もらって喜んでるやつの気持ちが、分からん!でも、せっかくやし、もらおうかな!」


 村上の笑いは、まだ収まっていない。


 何なら僕のことを茶化して、嘲笑の的にしている。


 僕は、とてつもなく恥ずかしくなって、その場の空気に耐えられなくなり、答える。


「じゃあ、何しに来たんだよ!」


 僕はイライラしていたからか思いの外、大きい声を出してしまった。


 それが余計に恥ずかしくなり、教室の空気が更に悪くなった。


 村上は、バツが悪そうな顔をしつつ謝った。


「すまん、すまん。ちょっと、ふざけすぎたわ!俺から呼んどいて、失礼なこと言うてもうた!許してや。」


「ごめん、僕も少し冷静さを、欠いていたよ。」


「ほんまに、東京から来たんやな。標準語ってやつか?」


 またムスッとしている僕の空気を感じたのか、村上は掌を合わせて、謝罪のポーズをする。


「で、結局なんの用事で来たの?」


 村上の表情が、急に真面目になったので、驚いたが、その後の言葉で、更に驚いた。



「次の試合のPKどっちに蹴るつもりや?」

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