異世界かつら師ツルッパ・ゲイタ
今作はカクヨムの公式企画KAC2022用に書き下ろしたものです。この時のお題は「お笑い/コメディ」でした。
大陸の東南に位置する国バール。
バールの男たちは、自らの男らしさを表すために髪を伸ばし、羽やビーズで飾りをつけるのが特徴だ。
それは昔、山から襲ってくる魔物たちが人間の男の長い髪を嫌ったことや、飾りに守護の力があると信じられていたことが理由だったという。逆に魔物は女の髪を好むため、女たちは外に出るとき、必ずその髪を大きな布でくるんで隠していた。
今となってはただの風習だが、今もバールの男たちは腰まで髪を伸ばす。特に結婚適齢期の男たちはこぞって髪の手入れをし、飾りをつけるくらいだ。
祭りや会議など重要な場でもそう。
長く美しい髪と飾りは、古来より強い男の象徴でもあるのだ。
そんなこともあって、ニークは目の前で飯をかきこんでいる青年に、半ば同情するような視線を向けた。
ひょろっとした青年は、年のころは自分の子たちよりも少し若いくらいか。
あちこち擦り切れた旅装束だが、洗濯や行水はマメにしているらしく、よく見れば存外きれいにしていることがわかる。
ニークもこの辺では長身のほうだが、彼はそれよりも背が高い。
ようやく人心地ついたのか、ほっと息をついて青年が顔を顔を上げる。前髪の下から見えたキラキラした目は長いまつげに縁どられ、美しい海の色をしていた。
行き倒れていたときには気づかなかったが、こい茶色の眉毛も凛々しく、なかなかいい顔立ちをしている。
(だからこそ、余計にもったいねぇなぁ)
給仕をしている妻ダリアの様子を見ても、同じことを考えていることがわかる。
何せ彼の髪は老人のように真っ白で、うなじが見えるほどの短さなのだ。男の短い髪は、この国ではいささか奇異に映ってしまう。
青年は、ニーク達にペコリと頭を下げた。
「ありがとうございました。奥さん、とてもおいしかったです。生き返りました」
子供のようなその笑顔に、ダリアもつられたようににっこりする。
「これもお飲みなさい。薬草茶よ。やけどをしないようゆっくり飲んでね」
小さな子に話すように注意され、青年は大きく笑って頷いた。
(もしかしたら、思ってたよりガキなのかもしれないな。となると親も一緒だったのか?)
この青年が、山の中で一人で倒れていたところを家に連れ帰ってきたニークは、自分もダリアから茶をもらって一口すすった。こちらは普通のお茶だ。
「それにしても、なんだってあんなところで倒れてたんだ? 物盗りにでもあったのか」
もしそうであれば警備団に連絡しなければならない。念のためそう尋ねたニークに、青年はフルフルと首を振った。
「いえ。おなかがすきすぎて動けなくなっただけです」
その恥ずかしそうな笑顔に嘘はないと判断し、
「親は?」
と聞くと、青年は零れ落ちんばかりに目を見開いた。
「これでも一応大人なんですよ」
聞けば、最初に思った通りの年頃だった。
そのまま世間話を交えつつ事情を聴くと、青年は何かを探す旅の途中らしい。
「仕事をするとすぐおなかがすいてしまって。でも、不精もんでして。つい、作るのが面倒だから町まで我慢しようと思って歩いてたんですが、ちょっと限界で、こう、パタッと」
身振り手振りで倒れた時の状況を教えてくれる。
「いくら不精ったって、携帯食くらいお持ちなさいよ」
呆れたようなダリアの言葉に、青年はもっともと頷きつつも、「実はそれも食べきってしまって……」恥ずかしそうに白状した。
「そりゃあまた、山越えするのに不用心だな」
呆れるニークに、青年は他人事のように何度も頷く。まるで緊張感がない。
「山には今も魔物が住むんだぞ。山頂までいかなくてよかったな」
一応そういうものの、どこかほのぼのとしたその空気に、なんだか世話を焼きたくなる男だなと、妻と顔を見合わせ苦笑した。
だから青年から「ぜひお礼をさせてください」と言われても、「別にいらねぇよ」と手を振った。何か縁があった旅人だ。もてなすのは当たり前。
お金を出そうとするのも止めると、青年は叱られた子犬のように小さくなってしまうので、どうしたものかとこちらが困ってしまう。
(常であれば、髪をひと房編んだものを交換するんだが、この長さじゃ無理だしな)
互いの無病息災を願う習慣だが、青年の髪をみてニークは心の中で首を振った。
「そういえばニークさんは、どこかに行く予定だったのでは」
今更そんなことに気づいたらしい青年が、微妙に青ざめる。ニークは安心させるように多くく手を振った。
「心配しなさんな。狩りは明日でもできる」
「狩りに行くところでしたか」
「ああ。祭りが近いからな。ティティラかメチーレダを捕りたいと思ってたんだが」
ニークが上げたのは長毛種の魔物たちだ。
ティティラには出会うことからして難しいため、せめてメチーレダ、もしくは色鮮やかなウィムタあたりでも捕ってこられたら上等だと考えていた。
「長毛種ばかりですね。何か作る予定でしたか? バールだから付け毛?」
「よく知ってるな。あたりだ」
ニークの髪も、年のせいでだいぶ細く頼りなくなっているし、額から頭頂部までの髪は、肌が透けるほどの量しかない。
この土地の男はこうなってくると、長毛種の魔物の毛から付け毛を作る。狩りの腕を試されるため、付け毛の色や質も重要なのだ。帽子に毛を植えたかつらをかぶる場合もあるが、あまりかっこいいものではないため付け毛が主流だ。
この時期は、祭りのために皆気合を入れる。
特に結婚相手を探しをしている若者は、髪の手入れに余念がない。
長く美しい髪を持っていない男は、この国では「弱い男」「甲斐性なし」と見られてしまうのだ。
「ほう、それは面白いですね」
興味深そうに目を輝かせる青年に、ダリアがいくつかの祭りの絵や、実際に使った飾りを見せた。
「こりゃあ、鮮やかだ。こちらが飾りですか。かっこいいな」
「だろう? いろんな色を混ぜた付け毛を、耳の後ろに垂らすのが最近の流行らしくてな。だからティティラが獲れりゃあ、肉もうまいし、綺麗な毛も手に入るしで一石二鳥なわけだ」
めったに遭遇しないうえ、凶暴な魔物だから、獲れることはほぼない。それでもあの金に赤が少し混ざる毛を飾りにできたら、町の男たちが集まってする会議での発言権さえ大きくなるほどの影響力を持つ。それぐらい希少なのだ。
「なるほど。ではお礼にかつらを作ってプレゼントしますよ」
楽しそうに笑った青年は、
「いや、かつらは」
と言いかけたニークの言葉を遮り、
「アディ!」
と誰かに呼び掛けた。
すると巨大な蜘蛛が部屋に現れ、ダリアがヒッと息を飲む。
妻の半分の大きさはあるであろう蜘蛛はゆっくりと頭を巡らせると、青年のほうへ向かって「ダーリン」と嬉しそうな声を出した。
蜘蛛がしゃべったのだ。
いや、それ以前に、蜘蛛の魔物なんて聞いたことがない。
唖然とするニークたちの前で、青年は無邪気に笑いながら蜘蛛の背を撫でた。
「ニークさん、ダリアさん。心配しなくても大丈夫ですよ。彼女はアディ。僕のパートナーです」
「ただのパートナーじゃなくて、大切なパートナーでしょう、ダーリン」
蜘蛛なのに、なぜかにっこり笑ったことがわかる。
しかもアディはニークたちが青年の恩人だと聞き、丁寧に頭を下げて礼を言うのでさらに驚きだ。
「僕はね、かつら師なんですよ」
青年が言うそれは、かつらを作る職人のことだ。
「いや、かつらは別に」
不格好な帽子に毛を植え付けたそれを思い出し、ニークが断ろうとすると、青年が自分の髪をずるっと外したのでギョッとした。
なんと彼の白い髪の下には毛がなく、磨き抜かれたかのようにピカピカだったのである。
(え、かつらだったのか?)
二重の意味で唖然とするニークたちの前で、彼は
「こんな感じのをお作りしますね」
と笑った。
「さあ、頼むよアディ」
「はぁい、ダーリン」
茫然としているうちに、アディが吐き出した糸がニークの頭を包帯のように覆っていく。きれいに覆われたそれを青年がはずすと、細かい網のような帽子になっていた。
「金に赤でしたね。腰までの長さでいいですか?」
「あ、ああ」
よくわからないまま頷くと、今度は青年の頭からぶわっと金色の毛が生えるので腰が抜ける。一部に赤が混ざったそれは彼の身長を超す長さまで伸びると、熟れた果実が落ちるようにバサッと抜け、すかさずアディがそれを背中で受け止めた。
「じゃあいきますよ」
青年が帽子を宙に放り投げると、アディの背にあった毛が次々と帽子に刺さっていく。
ぽかんと口を開ける横で、ダリアが頬に手を当ててこてんと首を傾げた。
「あれじゃあ、長すぎるんじゃないかしら?」
なぜかのんびりそんなことを言うダリアに、青年は心配ないと言った。
「毛は二つ折りになるので、倍の長さがいるんです」
帽子に魔法のように毛が均等に編み込まれる。最後まで終わると、それはニークの頭に戻されたが、毛は前も後ろも同じ長さだ。ただ、頭にぴったりの帽子は、蜘蛛の糸のおかげかきつくもゆるくもないことに気づいた。
最後の仕上げにと蜘蛛が毛の長さを整えると、妻が感嘆の声を上げる。
「ニークさん、鏡をどうぞ」
どこから出したのか青年が出した大きな鏡には、長い金髪に赤い筋が混ざっている洒落た男の姿が映っていた。それが自分だと気づくのに少しかかり、再度唖然とすると、鏡の中の男もぽかんと口を開ける。
「これが、かつら……?」
「お兄さん、似合うわよぉ」
蜘蛛に褒められた。しかも彼女の声は可愛らしい女声なので、姿さえ見なければ若い女の子に褒められたように聞こえる。
次にアディはダリアのほうを向くと、
「お姉さんにはこれね」
と、木の実でできた小さな容器を渡した。
そこには粉と練状の二種類の紅が収まっていた。頬紅と口紅というものらしい。それを「こう使うのよ」と蜘蛛が妻の顔を撫でた。
「男も女もきれいにしなきゃね。きれいになると気分が浮き立つでしょう」
歌うような蜘蛛の言葉に、ニークとダリアが同時に頷く。
(うちの母ちゃん、こんなに綺麗だったんだなぁ)
お互い年を取ったと思ってたけど、なになにどうして。相当ないい女じゃねえか。さすが俺の妻!
しかも同じように妻が自分をうっとり自分を見てくれるとなれば、たしかに気分が浮き立った。
「では僕はこれでお暇しますね」
「待ってくれ。そういえば名前を聞いてない」
さっさと立ち去ろうとする青年を引き留めると、妻が急いで携帯食などを蜘蛛に渡した。いつの間にやら女同士の連帯感ができている。
すげえな、おい。
「あ、そうでしたね。えっと、ツルッパ・ゲイタ。ゲイタと呼んでください。ではお世話になりました」
そう言って立ち去ろうとするゲイタの腹が盛大に鳴った。
「す、すみません。仕事をすると……」
腹を抑えてオロオロしながらも出ていこうとするゲイタを引き留め、ニークは豪快に笑った。
これで行かせられるわけがない。
「母ちゃん、もう一回飯作ってやってくれ」