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前編

「続いてのニュースです。昨日昼頃、東京港区にある住宅に空き巣が入り込み、八千万円相当の宝石を……」


 五月半ばの、気怠げな朝。

 私はトーストを食べながら、テレビのワイドショーを聞いている。まだ頭は起きていなくて、ニュースの内容は耳を素通りしていった。


 少しでも頭をすっきりさせたくて、母が淹れてくれた緑茶を口に含む。口の中が一気に熱くなって、飲み込むとお腹に温かいものを感じた。


 こんな田舎の地方都市に住む私に、港区のニュースなんて全く関係ない。せいぜい「ああ、盗まれた人お気の毒に」くらいの感想しか浮かばないものである。


 目の前で洗い物をしていた母が、聞いてもいないのにニュースについて解説を始めた。昨夜ネットニュースの記事を読んで、既にある程度知っていたらしい。


「盗まれた宝石って、もともと詐欺で巻き上げたお金で買ったものらしいわよ。何も知らなかった奥さんが被害届を出したら、旦那さんが詐欺罪で逮捕されたんですって」


 お喋り好きの母は、朝から元気である。大きな声でケラケラと話すさまは、三年ほど前に亡くなった祖母そっくりだ。


 私は視線を動かしてテレビの画面を見る。

 コメンテーター達が話しているのは、正体がまだ分かっていない犯人がした盗みが、人間として正しいかどうかということだった。


「犯人がしたことは素晴らしい。まるで現代の鼠小僧ではありませんか」


「どんな動機であれ、犯罪は犯罪だ。犯人は厳しく罰せられなくては、他の犯罪者に対しても良いことではないでしょう」


「しかしこれで詐欺師の罪が明るみに出たことも事実。ただの犯罪者と一緒くたに裁かれるのはいかがなものかと思いますね」


 どこかの偉い人が偉そうに語った自論なんて、私にはどうでも良い。


 母は「情報収集」と言ってよくワイドショーを見るけれど、私はそれが好きではなかった。


 情報が欲しいのだだったら簡潔に事実のみが放送されるニュース番組か、新聞記事でも読めば良いのにと思ってしまう。


「現代の鼠小僧。怪盗って感じで、なんだかかっこいいじゃない」


 かっこいいかはさて置き、母が言った怪盗という言葉を聞いて、私は小学生の頃に一度だけ読んだ『怪人二十面相』という小説をふと思い出した。小学生の頃に一度手に取ったものの、読み慣れない文体に挫折したものである。


 多分二十だと思うけれど、もしかすると十二だったかもしれない。数字を覚えるのは苦手だった。


 パン屑が落ちた皿を流しに下げて、私は家を出る。朝が苦手な私は一限に講義を入れていないので、まだ余裕で間に合う時間だ。


 外は晴れていて、昼間はきっと暑くなるだろうと思われた。


 生ぬるい風が強く吹いて、私の体にあったエネルギーを溶かして去っていく。暑すぎたり寒すぎたりするのは論外だけれど、生ぬるい風も結構疲れるものだ。どの季節なら、身体が楽に過ごせるのだろう。


 駅まで歩いただけで、元々無かった私の気力はごっそりと削ぎ落とされていた。少し迷って、私は大学と反対側の方面に向かう下り列車のホームへと階段を上る。


 下り方面へ二駅行くと、駅から五分のところに大きな運動公園がある。講義をサボったときはよくそこへ行って音楽を聞いたり、あるいは途中にある古本屋で買った文庫本を読んだりしていた。


 大学の近くにも公園はあるけれど、時々知り合いに遭遇するのが嫌だった。


 たまに講義をサボるくらいみんなやっていることだけれど、何となく罪悪感があって見つかりたくないと思ってしまう。それに、昼間からベンチでいちゃつくカップルを見るのも、決して気持ちが良いものではなかった。


 着いたのは駅前に寂れた商店街が立ち並ぶ、小さな駅だ。

 

 商店街の奥の方に、「てんとう虫」という古本屋がある。色褪せた看板が掛けられた小さな店に、私は足を踏み入れた。


 新刊ばかりを売る書店には無い、独特の空気がそこには流れていた。


「いらっしゃい」


 そう言ったきり、店主はレジのところに座って本に目を落とす。時々ページをめくる小さな音だけが、店内に響く唯一の音だ。


 古本屋の店内は雑多だ。一応作者順に並んではいるものの、その法則を無視して置かれている本も多い。


 私はいつものように、「百円均一」とだけそっけなく書かれた、小さなカードがついた籠を見る。ここなら大して懐を痛めずに、好きな文庫本を買うことができるからだ。


 その中に『怪人二十面相』と書かれた背表紙を見つけた。


 作者名は江戸川乱歩とある。間違いなく今朝思い出した、そして二十か十二か迷っていた題名の小説だった。


 私は迷わず買うことを決めた。レジに持って行って、お願いしますと控えめに声をかける。読書を邪魔された寡黙な店主は、ほんの少し嫌そうにしながら会計をしてくれた。


 小銭を出して本を受け取ると、私はいそいそと小さな文庫本をトートバッグにしまった。


 店を出ると、太陽が少しずつ高くなり始めているのが分かった。小さなこの商店街に、アーケードなんてものは無い。


 眩しい日差しに、思わず目を細めた。

後編の投稿は今日の夜8時です。

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