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岩永姫 ―見た目が醜いと結婚拒否されたので美容整形して見返してやることにしました―  作者: 紅咲 いつか
三ノ巻:豊稲国魑魅暗躍編

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二十二片「侵入の痕跡」

 大宮殿の大門をくぐった敷地の右手、柵と堀で覆われた砦に右軍部と左軍部の建物や兵舎がずらりと並んでいる。左軍・右軍でちょうど軍部の敷地を半分に分けた形で、各軍の将軍が執務を行う建物の他、地方から出てきた兵士たちが生活するための兵舎、そして訓練場と併設された武器庫などが伺える。

 左軍は基本、左槍山での野外訓練が主であるため、滅多に訓練場は使わないという。そのため、訓練場は右軍部が使わせてもらう代わりに、武器庫の管理なども右軍部が請け負っているという。

「岩永姫!」

 右将軍の執務室がある屋敷前で、阿戸が佇んでいた。こちらに気づくと、駆け寄ってくる。

「阿戸!」

 岩永姫は駆け寄ってきた彼と手を取り合う。阿戸は岩永姫の全身をざっと見回すと、強張っていた表情を僅かに緩めた。

「……無事でよかった」

「阿戸、心配をかけたな。わたくしは平気じゃ」

 岩永姫はホッとした様子で頷く。彼女の袖下からナキツラがそっと顔を覗かせて阿戸に手を振ってきた。その様子に、阿戸も表情を綻ばせる。阿戸の顔が多々羅と美刀に向くと、二人はそっと頭を下げた。

「すみません……こちらが無理を言ったばかりに、岩永姫さまをこのような事件に巻き込んでしまいました」

「それは――」

 言いかけた岩永姫の肩を阿戸の手がそっと押しとどめた。

「謝らないでください。岩永姫も御倉と会うことを楽しみにしていました。今回のことは……予測できなくて当然です。あまり気になさらないでください」

 謝罪の言葉を口にする多々羅に、阿戸は穏やかな表情で告げる。

「ありがとうございます」

 多々羅は苦笑とともにホッと息をついた。

「さ、詳細は中で聞こう」

 手力が四人を己の執務室へと促す。手力が上座に座り、手力から見て左側に穂火と阿戸、岩永姫が座り、右手に多々羅と美刀が控えた。

「では、多々羅とやら……今一度、人死の際の状況を我々に詳しく話して聞かせてほしい」

 手力に促され、多々羅が静かに頷く。

「現場は我々の一座が宿泊している『言旅』です。皆が集まって食事をする部屋で、私と一座の護衛を勤める美刀、そして岩永姫さまの付き人でいらっしゃった穂火さまと会話しておりました」

「旅先でのお話を伺っておりました。他にも、四、五人の宿泊客が居合わせていたと記憶しております」

 手力の視線を受け、穂火もしっかりと頷く。

「穂火さまもおっしゃる通りで、俺たちを含めて宿泊客が八人、言旅の亭主と配膳を行っていたご婦人……十人程度でしょうか。うち、今回の被害者である旅人(まれびと)の男と同じように食事をとっていたのは三名。おそらく、同じ料理を食べていたと思います」

 多々羅、穂火、美刀がそれぞれ証言する。

 言旅に限らず、宿屋が旅人に振舞う料理は大量調理が基本である。言旅には竈も設置されており、それなりに設備の整った調理環境であった。

「毒を仕込むことができたのは配膳をしていた亭主の妻と、調理をしていた亭主か……しかし、動機がわからん」

 手力は腕を組み、唸った。

「毒ではない」

 岩永姫が、確たる口調で断言した。皆の視線が一斉に岩永姫に向く。

「あの旅人の死因に対して、何か思い当たることがおありなのですか?」

 不審そうに岩永姫を見つめる多々羅の横で、穂火が一瞬表情を消した。

「皆さまもご存知の通り、岩永姫さまは山主神さまの娘神です。山の神にとって、料理に混入した毒草を見極めることは造作もないことです」

 笑顔で言葉を添えた穂火に、皆が納得の表情で頷く。

「話を戻しましょう。我々が談笑している間に、かの旅人が昼食を取りに来たのでしたね」

「ああ、そうそう。すごく不機嫌な様子で、料理を注文して待つ間も体を揺すって落ち着かない感じでした」

 穂火に促され、言葉を続けた多々羅が顔を顰める。

「おまけに食事を口にした途端、『こんなまずい料理食えるか』って怒鳴ったんですよ。宿屋の亭主にも話を聞けばわかりますが、変な具材も入っている様子はなかったし、正直……男の方が何か持病でも抱えていたんじゃないですか?」

「それは検死を担当している星読宮が判断する」

 多々羅の言葉に、手力がすっぱりと言い切った。

 手力が小さく唸った。

「事情はだいたいわかった。多々羅、事件が解決するまでこの都から出ることを禁じる。破れば――」

「心得ております。疑いの目を向けられるのは慣れていますから」

 多々羅はへらへらと笑い、傍らの美刀もそっと目を伏せた。

「うむ……では、言旅にて待機せよ。見張りの兵士もつけるゆえ、見世物を出すにしても、宿屋より出る場合は必ずその右軍部の兵へ伺いを立ててほしい」

「承知いたしました」

 多々羅と美刀が深々と頭を下げると、右軍部を辞した。後には岩永姫たちが残る。岩永姫の袖口に隠れていたナキツラがもぞもぞと顔を出した。エミツラも阿戸の頭上で脱力している。隠れることに疲れたのだろう。

「さて、右将軍殿、人払いを……」

 多々羅たちの背を見送っていた穂火が手力に穏やかな口調で促した。手力が警備をしていた部下たちを下がらせる。

「岩永姫さまは先の現場で何やら発見があったご様子。姫さま、お話を伺ってもよろしいですか?」

 うむ……、と岩永姫は考え込んでいる様子で重い口を開いた。

「……亡くなった旅人から『常世』の存在(もの)の気配がしたのじゃ。あの気は……根の国(黄泉)の存在である可能性がある」

「なっ……もしや、件の『鬼』の仕業!?」

 岩永姫の言葉に、手力と阿戸が顔を見合わせた。穂火は予想がついていたのか、特に表情を変えることはなかった。

「さすがにそこまではわからぬ。だが……もしも鬼の仕業だとすれば――」

「鬼はすでに豊稲国内に侵入しているということになりますね」

 険しい表情の岩永姫の言葉を、無表情の穂火が後を紡いだ。

「これは王さまにもご報告申し上げた方がいいでしょう」

 穂火の鋭い視線が、虚空を見据える。

「鬼の狙いが何であれ、見過ごすことはできません。朔さまにも、鬼からの国土防衛についてご相談しなければいけません」

「急ぎ、大宮殿と星読宮にも遣いを出そう」

「いえ……検死の結果が出てからにしましょう」

 穂火が岩永姫をちらりと見る。

「岩永姫さまの証言を疑うわけではありません。しかし、証言者は多い方がいい。朔さまには旅人の遺体からわかった事実を、確たる証拠として保証していただくのです」

「うむ。その方がよかろう」

 穂火の提案に、岩永姫も頷く。

「では、明日にでも部下を星読宮、大宮殿へ遣わしましょう」

 手力の言葉が、異様な沈黙が下りた執務室に響いた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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