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岩永姫 ―見た目が醜いと結婚拒否されたので美容整形して見返してやることにしました―  作者: 紅咲 いつか
二ノ巻:豊稲国防衛奔走編

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二十七片「戦支度」

「おお、義姉上(あねうえ)! そして阿戸よ! よくぞ無事に戻った!」

 大宮殿へ急いで参内した岩永姫と阿戸を出迎えたのは、照守王と朔、手力の三人だった。三人は卓上に置かれた豊稲国の模型図を囲んで、戦での備えについて相談していたようだった。

「無事、山の宮より帰還いたしました。戻るのが遅くなり、申し訳ございません」

 阿戸が一礼とともに告げる。

「よい! 常世へ赴き、二人が無事に帰って来てくれただけでも余は嬉しいぞ!」

 歩み寄った照守王が、跪く阿戸の手を取って立たせた。戦支度に追われ、ロクに眠っていないのだろう。照守王の表情には拭い切れない疲労の色が窺えた。

「雅から聞きました。雷左将軍はすでに出陣なされたと……」

「山砦国との国境付近に陣を張っているはずだ。開戦すれば、狼煙が上がる手筈になっている」

 手力が焦燥を滲ませる阿戸を落ち着かせるように肩に手を置いた。

「陸路から行軍してくる四国の軍勢もすぐに豊稲国に攻め入るつもりはないようだ。各国の兵士たちの足並みが揃わぬことも一因だろう」

「雷左将軍が部下に命じて頻繁に夜襲をかけているようです。我が配下の(うずめ)たちにも敵方の補給路を絶つなど、敵方の行軍を遅らせるよう命じています」

 朔も阿戸と岩永姫の傍に歩み寄ると、その表情を曇らせた。

「それで……山主神さまは、何と……?」

 朔の問いに、照守王、手力も固唾を呑んで阿戸と岩永姫の顔を見つめてくる。

「まぁ、細かい経緯は省くとして……わたくしたちを助けてはくださるとのことじゃ」

 岩永姫は苦笑まじりに照守王たちに頷いた。

 照守王たちの表情が俄かに活気づく。

「複雑なご心境のようでしたが……岩永姫のためにと打開策を与えてくださったのです。陸路の敵に対しては、山主神さまの力が宿ったこの水晶が役立つでしょう」

 阿戸は手にした革袋を差し出しながら告げる。照守王は即座に頷いた。

「わかった。阿戸よ、その水晶を携えてすぐにでも雷左将軍に合流せよ。海からの敵は我々で何とか防ぐ」

 照守王はちらりと岩永姫を一瞥すると、阿戸に向き合った。

「その際、義姉上も一緒に連れていってくれ」

「なっ、危険な戦場に……!? 正気ですか!」

 阿戸が即座に首を横に振る。いくら山主神の神気で補填されたとはいえ、岩永姫の身体は脆い。それこそいつ破損するとも知れない戦場に連れて行くなど、阿戸としては承諾できなかった。

「今の豊稲国に安全な場所などどこにもない」

 照守王はどこか申し訳なさそうに、しかし断固とした口調で言い切った。

「船守国の主力は行軍道中の妨害もなく、そのまま我が都へ攻め行ってくる。むしろ少数の軍勢だからこそ、選りすぐりの勇士たちを差し向けてくるだろう」

「……し、しかし……」

「広い土地に陣を張って相対する戦場に比べ、都での市街戦となれば……混戦が予想されます。場合によっては、戦場よりも死者が多くなる可能性もあるのです」

 躊躇する阿戸に、朔も言葉を添えた。

 手力を筆頭とした右軍としても、市街地での混戦といった事態はできる限り避けたい。だからこそ万全の備えをして国土防衛に臨むわけだが、一旦開戦してしまうと後は互いに死力を尽くした総力戦となる。村々や田畑が破壊されることは、もはや避けられないのだ。

「豊稲国が戦場になると知り、国外へ逃れる民も出てきておるくらいだ。この都に留まるくらいならば、義姉上も阿戸の傍にいた方が何かと安心であろう」

「照守王さま……」

 不安そうに照守王、朔、手力を見つめる岩永姫に、三人は笑いかけた。

「ああ、勘違いはしないでほしい。余とて簡単に死ぬつもりはない。しかし、何が起こるかわからぬのが戦の常だ。義姉上は豊稲国の希望、そしてその夫である阿戸は豊稲国の明日を繋ぐ手段となろう。我らとしては二人を失うわけにはいかぬ」

「雷左将軍ならばその辺りの見極めと決断力に優れております。お二人のこと、必ずや守り通してくださるでしょう」

 照守王たちを気遣う岩永姫と阿戸に、朔も穏やかな表情で笑いかけた。

「……わかりました。では、水晶をいくつか託します。これを地面に植え、清水をかければ必ずや山主神さまがお助けくださいます」

 阿戸が唇を引き締め、手にした袋から一握りの水晶片を掴んで朔に手渡した。

「ありがとうございます。山主神さまより賜ったこの御恩、必ずや報いることを誓います」

 朔が両手に乗せた水晶を拝むように捧げ持つ。祈るように、その両目を閉じた。

「……手力右将軍!」

 岩永姫も眦を下げ、袖の袂へ手を入れた。どさくさに紛れてついてきた埴輪たちのうち、エミツラを掴んで照守王へ差し出す。

「わたくしの眷属の一体をお預けする。頭のよい子たちじゃ、何かとお役に立てるじゃろう」

 差し出されたエミツラは呑気なもので、手力へ親しげに手を振っている。

「ははは、これは心強い! がんばろうな、ワライツラ!」

「エミツラ殿ですよ、手力右将軍」

 エミツラを肩に乗せて笑う手力に、朔が苦笑を浮かべて訂正した。

「……どうか皆さま、戦勝の宴で再び会いましょう」

 都に残る三人へ、阿戸は告げた。照守王も、穏やかな表情で頷く。

「ああ。馬を用意させる。今から急いでも、雷左将軍の陣地にたどり着くのは五日ほどになるだろう。道中、くれぐれも気をつけるのだぞ」

「ああ、それならばおそらく大丈夫じゃ」

 手力の申し出を、岩永姫があっさり断った。

「岩永姫、馬がないと徒歩(かち)ではもっと時間がかかる」

「ふふふ、まぁ、アテがあるというやつじゃ。阿戸よ、ここはわたくしに任せてくれぬか?」

 にこにこと笑う岩永姫に、その場に集まった男たちは同時に顔を見合わせた。

 阿戸と岩永姫は大宮殿を辞した後、ナキツラ、シカメツラをお供に手早く旅支度を済ませた。そのまま、右盾山の登山道を通って雷が陣を張っているという巴山を目指す。

「岩永姫! 一体、どうやって巴山まで行くつもりなんだ?」

 岩永姫の後に続き、阿戸が声をかけた。阿戸の肩上で、ナキツラが近寄って来た蜂に腕を伸ばして戯れている。

「ふふ、もうすぐじゃ」

 岩永姫が意味深に笑う。そうして岩永姫たちが雑木林に差し掛かったところだった。林の中で、白い巨体がゆっくりと近づいてくる。それは岩永姫を山の宮へと連れて行った山主神の白狼だった。阿戸は咄嗟に岩永姫の前に進み出て身構える。

「大丈夫じゃ、阿戸」

 岩永姫は警戒する阿戸に笑いかけると、白狼へ顔を向けた。

「父神さまに命じられて助けに来てくれたのじゃろう?」

 白狼は低く吠えた。そうして岩永姫の身体に顔を寄せる。岩永姫は白狼の頭をそっと撫でると、驚く阿戸に振り向いた。

「ふふふ、相変わらず素直じゃないのぅ。とはいえ、せっかくの父神さまのご厚意じゃ。ここは甘えよう」

「ああ、そうだな……」

 阿戸も苦笑いを浮かべて頷く。そうして岩永姫に続いて地に伏せた白狼の背に跨った。岩永姫と阿戸、そして二体の埴輪が背に乗ると白狼は立ち上がる。馬よりもはるかに大きい身体のせいで、ひどく視界が高い。

「また、振り落とされたりしないよな……」

「大丈夫じゃ! 慣れれば快適じゃよ! どうしても不安ならわたくしにしっかり掴まっておれ!」

 阿戸が心許なさそうに呟き、岩永姫が自信満々で胸を張った。

「そうさせてもらうよ。また途中で取り残されたらたまらない」

 阿戸の腕が岩永姫の腰に回り、背に阿戸の体温が被さってきた。

「んんっ!?」

 岩永姫の全身が跳ね、頬が真っ赤に染まる。背後から抱きしめられているような状態に、岩永姫は体を強張らせる。

 あ、阿戸の体温が……。

 今更ながら、岩永姫は自分の発言を後悔した。

「あ、阿戸……ち、ちと近すぎではないか……!?」

「ん? ああ、悪い。苦しかったか?」

 阿戸の体温を感じて、岩永姫は固まっている。阿戸は首を傾げると、密着していた体を僅かに離した。ほぅっと安堵の息をつくものの、どうしても腰に回された阿戸の腕を意識し過ぎてしまう。

「岩永姫? 大丈夫か? もしかして、まだ体が本調子でないとか……」

 落ち着かない様子で体を揺らす岩永姫を不審に思い、阿戸が背後から顔を覗き込んでくる。

「い、いや! 大丈夫じゃ! 心配いらぬ! そ、それより、準備はよいか?」

 岩永姫は我に返ると早口にまくしたてた。

「ああ、いつでも行ける」

 阿戸がしっかりと頷いたのを見て、岩永姫も白狼の背を叩いた。

「では、巴山まで急ぐぞ! よろしく頼む!」

 できるだけ、最速で! と岩永姫は心の中で叫んだ。とにかくこの状況から早く逃げ出したかった。そうでないと、岩永姫の意識の方が巴山まで持たない気がする。

 岩永姫の必死さが伝わったのか、狼は天へと吠えて力強く地面を蹴った。

 過ぎ行く風が耳元で轟轟と唸る。道なき道を駆け、切り立った山の斜面を平然と飛び越えていく。そうして、岩永姫たちを乗せた白狼が右盾山を越えて山の木々の間へと消えていったのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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