五片「試行錯誤な整形計画」
「さて……実際問題、どう作り変えたものか」
小屋の中で岩永姫と向かい合わせに座った阿戸はさっそく首を捻っていた。
岩永姫との邂逅から、三日後。
阿戸の家を訪れた岩永姫を、周囲を警戒しながら家の中へと招き入れた。
阿戸の家は地面を掘り下げ、中心に太い木の支柱を建てて全体を萱で葺いただけの一般的な造りをしている。炉の周囲には筵が敷かれ、家の奥には寝間と素焼きの壺や平皿などが置かれた戸棚がある。とはいえ、その棚も普通の家庭よりは品数が手薄だった。
普段、阿戸は里の広場で粘土を成形しているか、縦窯の焼き入れをしていることがほとんどだ。家には寝に帰ってくるだけなので、最低限の生活用品しか置いていない。
「というか、一体どういう体の構造してんだよ……」
岩永姫の容姿を改めて見回し、阿戸は呆れた。
女神の外見は相変わらず人型を象った岩で構成されている。それも体のあちこちから純度の高い金や銀、翡翠、黒曜石などの鉱石が自然と生えてくるというから、もはや意思を持つ天然の鉱床である。
たしかに彼女を囲えば財政面では苦労しないだろうな。
阿戸は胡坐をかいた膝上に肘を置き、頬杖をついてため息をついた。
「こう、わずかに手を加えるだけとはいかぬのか?」
岩永姫が純粋な疑問をぶつけてくる。だが、さすがにそれは厳しい注文だった。
「体を作り変えるというからには成形できる土質でなければならないんだ」
岩永姫の全身は鉱石を潤沢に含んでおり、鉄や銅、金銀の他にガラス質のものも混在している。
これが単純な埴輪制作であったなら、まったく実用できない土質である。
「そもそもの所見として、あんたの身体は各部位の配列がおかしい」
岩永姫の全身は「歪」の一言に尽きる。
左右で大きさの違う腕に、鉱石が生えているせいで隆起した右肩や背面。腕の表面を覆う鉄も酸化して赤茶けており、足の長さも左足がやや短い。胴ばかりが長く、首がないため頭部と身体が直結している。
そればかりか、顔に至っては目もなければ表情を浮かべる眉や頬、唇もない。かろうじて空洞となった穴が口の代わりになって、岩永姫の声を発しているような有様だ。自然に削れた岩石が奇跡的に人型に近い形を取った状態ともいえる。
「人間っていうのは、ある程度均一性の取れたものを好む傾向がある。左右対称であったり、下から上へと徐々に高低差がつくなど、ある一定の法則が見て取れることが重要なんだ。あんたの場合にはその法則性みたいなものがなく、いくつもの石をより集めてできたような歪さがあるから、第一印象が『気味悪い』ってなるんだろうな」
阿戸は冷静に分析した。
「つまり、わたくしの身体をただ削るだけではダメということか?」
岩永姫が確認する。やや声音が落ち込んでいるようにも聞こえた。とはいえ、事実であるので阿戸はあっさり頷いた。
「下手に削っても、あんたの場合は人間の部位が足らない。まず目玉がない時点でもはや化け……悪い、失言だ。俺が悪かったからその壺から手を離してくれ」
家の隅にあった素焼きの壺を岩永姫が手にした。
それを見て阿戸は謝罪の言葉とともに慌てて両手を突き出す。
「削るのがダメなら、それこそお主らが普段しているようにすればよいではないか」
「俺たちが普段していること?」
岩永姫は手にした壺を置くと、怪訝そうにこちらを見返す阿戸に言った。
「普段は……粘土と言ったか? それをこねるように、わたくしの身体をこねて形を整えればよいではないか」
あっけらかんと言い放った岩永姫に、阿戸は噴き出した。
「人の仕事を卑猥な行為みたいに言うなよ!」
ゲホゲホと咳き込みながら、阿戸は岩永姫に怒鳴る。
「別におかしなことは言っていないだろうに。こうくねくねと手を動かして、わたくしの身体を同じように整えればよいではないか」
「だからっ! 実際に、そうするしかないとしてもだ! こう、もっと、少し恥じらいを持った言い方ってもんがあるだろっ! 仮にも女として見られたいんだろ!?」
顔を真っ赤にして叫ぶ阿戸に、岩永姫はない首を傾げるばかりだった。彼の言っている意味がとんと理解できなかった。これも人間の世界における常識か何かなのだろうか。
「それに、だっ! まず大前提として、あんたの身体をその辺の土器と同じように扱うのは不可能なんだよ!」
胡坐をかいた阿戸が、ばんっと膝がしらを叩いた。
「あんたの身体は様々な鉱物が潤沢に含まれている。それこそ、単体でそれなりの財産が築けるほどだ。だが、それが今回は仇になっている」
土師が扱う粘土は、土や砂礫が層を成している間に堆積している地層から採取されるのが一般的である。他の入手方法としては、雨風によって堆積した土からも採取され、長石や花崗岩などの鉱石が粉砕されてできた集合体に少量の水分が含まれているものからも作ることがある。しかし、鉱石が粉砕されたものは手に入りにくいため、比較的少数に留まるのが現状だ。
「焼き物として使用される粘土の条件は三つだ。一つ、耐火性があること。一つ、可塑性があること。一つ、収縮率が低いこと。この三つだ」
阿戸は指を三本立てると、呆ける岩永姫に解説する。
「耐火性はわかるな? 火で焼いて形を整え、強度を増すんだから焼いて壊れるんじゃ話にならない」
「う、うむ……」
岩永姫がどこか臆した様子でぎこちなく頷く。阿戸は構わず続けた。
「次の可塑性って言うのは、水を含むと粘性を持ち、形を自由自在に変えることができることだ。そして乾燥すると固まること。これが可塑性」
それで、最後の収縮率が肝だ。
阿戸がずばりと断言した。
「素焼きの壺を例にすると、焼き上がった壺は全体的に収縮する。つまり、焼く前よりも焼いた後の方が一回り小さくなるってことだ。この小さくなる割合が低いほど……要するにその壺全体の大きさが焼く前と変わらないほど、その壺全体にかかる圧力が弱まるというわけだ。それにより、焼いている間に割れてしまうことを防ぐんだ。これが収縮率だ」
指折りながら解説する阿戸に、岩永姫は悩ましげに唸った。
「焼き物に使う土の条件は理解した。しかし、どうすればわたくしの身体はその条件を満たすことができるのじゃ?」
「問題はそこなんだよな……」
岩永姫の言葉に、阿戸は腕を組んで唸った。
「あんた、自分の身体の土質を変えたりできないのか? たとえば自分の意思で、体を金や銀の鉱石に変化させるとか……」
まぁ、無理だろうな。
阿戸は言いながら内心でため息をついた。いくら岩の神だからと言って、自分の身体の土質が自在に変えられるなら阿戸を頼ってくるはずもない。
初歩から躓いた状況に、阿戸は疲労を滲ませたため息を吐く。
「あぁ、それならできるぞ」
「できるのかよ!」
平然と頷いた岩永姫に、阿戸は思わずツッコんだ。
「できるなら、なんで自分の体を自分で作り変えないんだ!」
「流石に見目をどうこうする技術までは持ち合わせておらぬ。であるから、こうしてそなたに頼っておるのだ」
岩永姫は不服そうに呟いた。
「あぁ……それもそうか……」
阿戸も納得顔で引き下がる。
とはいえ、さすがは自称でも神さまを名乗るだけのことはある。
阿戸は岩永姫の体質に感心した。
「なら、肉体の問題はとりあえず解決だな。次の問題は、臓器だ」
阿戸が咳払いとともに次の話題へ移る。
「空洞で構わぬぞ? わたくしは飲食が不要だからな」
「内臓じゃなくて、眼球とか髪とかの話だ。特に目玉なんかは絶対に必要だからな。目玉のない人間を見たら、周囲の人間が恐怖に震え上がる」
阿戸が呆れ顔で続ける。
「第一、お前さん、今の状態で周囲の景色はどう見えているんだよ。たとえば花の色とか、わかるのか?」
「神気を感じ、それを景色として認識している。無論、色もわかるぞ」
「なら、眼球はお飾り程度でも問題なさそうだな。でも、いっそそれなら、昔じいさんに教えてもらった『レンズ』っていうものでも作ってみるか。それなら眼球の代用にできるかも……」
「れんず?」
聞き慣れない言葉に、阿戸が説明する。
「昔、俺のじいさんが住んでいた大陸から、西の砂漠を超えた先にある異国で生み出されたものだ。こう鉱石を加工して、遠くのものを大きく見せたりするやつだ」
「ほぉ! 便利じゃな!」
明るい声を上げる岩永姫を余所に、阿戸は思案気だ。
「確か透明度の高い鉱石を上手い具合に研磨して、鉱石内へ差し込む光の角度とかを調節するんだったか……とりあえず、材料さえあれば色々試せるんだが……」
「その材料はどのような鉱石じゃ?」
「大元となる鉱石は蛍石だ。できれば、不純物が入っていない透明のものがいい。水晶でもできなくはないが、やはりより鮮明に風景を見えるようにするなら蛍石がいいってじいさんが言っていた。だが、蛍石は瑞津穂の地でも多く取れるわけじゃない。さらに蛍石だけでなく、加工した蛍石の表面に水晶を原材料にした薄膜をつけるんだ。そうするとより綺麗に風景が見渡せる」
考えながら呟く阿戸の前で、突然、岩永姫の両肩から水晶と蛍石がそれぞれ生えた。いきなりの出来事に、阿戸は驚きの声を上げてひっくり返る。心臓が激しく脈打っていた。
「これ、使えるか?」
「おどかすな! 息の根が止まるところだったぞ!」
阿戸は体を起こして岩永姫を叱った。
「ったく……どれ、よく見せてくれ。おぉ、純度がいい。あんた、こういうのを自分の意思で生やせるのか?」
「うむ、造作もないことじゃ」
「本当……便利だな、お前の身体」
嬉々とした声音で言ってのける岩永姫に、阿戸はもう驚きよりも呆れが勝った。
額を手で押さえ、小さくため息をもらす。
「なら、材料面は岩永姫の能力を頼るとして、あとは専用の窯を作るだけだな。他にも色々と必要なものを揃えていくとして……俺の方の準備が整うまでに、あんたは自分がどんな容姿になりたいか考えといてくれ」
「それならもう決めておる!」
やや食い気味に岩永姫が体を前に倒した。その様子に、阿戸は意外な顔をする。
「へぇ……ちなみに絵は描けるか? お前さんが思い描く姿を、俺にわかりやすく伝えてほしいんだが……」
「うむ、あいわかった! 絵というものが何かはよくわからぬが……」
岩永姫が元気に返事をした途端、阿戸の頭の中に一人の女性の姿が流れ込んできた。長い黒髪を、翡翠を連ねた玉の髪飾りでまとめた線の細い美しい女性だった。
「えっ、な……今のは?」
ふらりと目の前が眩み、阿戸は咄嗟に手で目元を押さえた。まるで白昼夢を見たような心地である。しかし、阿戸の頭に浮かんだ女性の姿は細部まではっきりと思い出すことができた。
「お主の頭に直接、わたくしがなりたい姿を思念として送り込んだ!」
「……随分と現実離れした美人さんをご所望のようで」
阿戸はまだ揺れる視界に顔を顰めた。断りもなく、勝手に人の頭に記憶をねじ込まないでほしい。これだから、神さまというのは人間の常識が通じないから困る。
「うむ……妹の咲夜姫の姿じゃ」
心なしか、岩永姫の声音が沈んだように感じた。阿戸は顔を上げて岩永姫を見つめる。岩石でできた顔には、何の表情も読み取れなかった。
「恥ずかしい話じゃが……わたくしは人間たちの言う『美しい』というものに疎くてな。それで、照守王さまが美しいと称した我が妹の容姿を真似ればきっとうまくいくと思うたのだ」
岩永姫の顔が、阿戸の視線から逃げるように逸れる。
「それに、人間たちの姉妹とはどことなく似るものなのであろう? まったく同じというのが無理であれば、多少似ていれば問題ない。まったく別の容姿というのも魅力的じゃが……それでまた、追い出されてはかなわぬ」
「……妹さんと同じ姿で、あんたは満足なのか?」
阿戸の低い声が、岩永姫に尋ねた。
「わたくしは、この見目さえ美しく生まれ変われればよい。そうすれば、きっと照守王さまもわたくしを認めてくださるはずじゃ」
岩永姫はただそう繰り返しただけだった。
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